All Chapters of ~スーパー・ラバット~ムーン・ラット・キッスはあなたに夢中: Chapter 81 - Chapter 85

85 Chapters

~第十六話④~ アマンは敗北を悟る

 アマンは剣を腰に収めた。「それでよい。賢明な選択だ」 ムンー・ラット・キッス女王のおごそかな声が流れた。「何をしている。アマン。早く老いぼれを銀河の墓場に送れ」 エブリー・スタインがイケメンに似合わないヒステリックな声をあげた。すぐにキラーリ公主に顔を向ける。「姉上、このような勝手を許してよろしいのですか? 完全な国家への反逆行為です」 キラーリ公主は腕を組んだまま、一言も発しない。エブリー・スタインに顔を向けることもない。「アマン、国家反逆罪で逮捕するぞ。分かってるのか?」 アマンはエブリー・スタインの方に目も向けない。じっとムーン・ラット・キッスを正面から見つめた。「あなたとの決着は必ずつけます。ただもう少し後で」 「よかろう。一応、話しておく。私はお前のことが嫌いという訳ではない」 「それは光栄です、女王」 アマンはひと呼吸おいた。「ただし私は、あなたがサライさん母子を無慈悲に殺害したことを許すわけにはまいりません」 アマンはムーン・ラット・キッスの答えを待った。「私はひとりの少年を愛した」 ムーン・ラット・キッス女王の口調は柔らかく夢見るようだった。アマンは驚きを隠せない。「そしてサライも彼を愛した。ふたりの人間がひとりを愛することは出来ぬ」 アマンは、残忍で冷酷と云われたムーン・ラット・キッス女王の口調に例えようもない哀しみの感情を見出していた。「人工衛星型の望遠鏡。そして遠く離れた地球の音声も聴くことの出来る私の耳を使って、ずっとあの少年のそばにいた」 アマンは熱心に耳を傾ける。エブリー・スタインは憎悪の表情でムーン・ラット・キッス女王を直視している。ポケットにはセレネイ王国で使用されるオニール・フラッシュと呼ばれる光線銃が隠されている。手の中に収まる小型の銃。だが放射されるオニール光線の量を最大にすれば、一瞬で女王をこの世から消すことも可能だ。  少なくともエブリー・スタインはそう信じている。  キラーリ公主は弟が右手をポケットの中に伸ばす様子を平然と見つめている。「気の小さい少年だ。弱虫で臆病な子だ。だが必要なときには誰かのために戦うことが出来る。慈愛の心で誰かを助けることが出来る。あの少年は、強いだけの人間にはない大きな魅力を備えている。私はこの少年を自分ひとりだけのものにしたい。私に地球の少年のこ
last updateLast Updated : 2025-09-15
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~第十六話⑤~ ベールの下の女王の素顔

 エブリー・スタインがムーン・ラット・キッス女王の前に仁王立ちする。嘲りの表情と共に、黒いベールを引っ張った。アマンの叫び。「エブリー・スタイン公子、何をするんです」 黒く長いベールがフワリと床に落ちる。エブリー・スタインが両足で踏みつける。  だがエブリー・スタインの勝ち誇った顔もそこまでだった。  ベールをはがした女王の顔。見よ。彼の前には、髪の毛が薄く額が広がり、口の大きな男の顔があった。間違いなく彼女いない歴五十年の顔だ。  待て待て、待って欲しい。この見苦しすぎる中年男性の顔が、ムーン・ラット・キッス女王の素顔だというのだろうか?  エブリー・スタインは思わず後ずさりした。自分の目の前の光景が信じられなかった。「ボク、ツルッキー。モテタイ、モテタイ。JKヤJDトツキアイタイヨ。ミンナボクノコトアイテニシテクレナイ。タスケテ、タスケテ」 耳が痛くなるようなキンキン声がエブリー・スタインの耳に入ってきた。  そして女性の澄んだ声が続く。「あなたの願い、今すぐかなえます」 一瞬のうちにツルッキーの頭部が、髪の毛がフサフサのカッコいいアクティブショートに変身した。  何人もの若い女性たちの声が王宮に響き渡る。「キャーーーッ、見て」 「髪の毛がフサフサのあなたって本当にセクシー」 「お願い、私を愛人にして」 「あなたのそばにいられれば、それでいいの」 ツルッキーの幸せそうな声。「男性用カツラ『アドランス』を使ってから、女性が向こうから僕に近づいてきて、今では選ぶのに困るほどです。『アドランス』のお陰でフーゾクも会員制の動画サイトも必要なくなって、バラ色の毎日です。ハハ、ハハハハハ」 エブリー・スタインは何が起こっているのか、サッパリ分からず茫然自失の状態で立ち尽くしていた。思わず両手で髪の毛をかきむしめ。「な、何なんだ、これは?」 エブリー・スタインの絶叫が、ツルッキーの笑いに重なる。  そしてムーン・ラット・キッス女王の高笑いが王宮を占領した。「ホホホ、これは日本の男性用カツラの会社のデモンストレーション用のAIロボットだ。私がここへ来るほどお人よしと思ったら大きな間違いだ。愚か者め」 高笑いに続き、カチカチと規則的な音が聞こえてきた。カチカチ音は、止まることなく連続して続く。  この音は、まさか時限爆弾の音なの
last updateLast Updated : 2025-09-16
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~第十六話⑥~ エブリー・スタインの醜態

 エブリー・スタイン公子は悲鳴をあげてその場に土下座した。「セレネイ、セレネイ、セレネイネイ、ネイッ! 偉大なるセレネイの神よ。私はあなたの忠実なしもべでございます。慈愛と謙虚、質素、倹約をモットーに、日々一日一善を実践しております。どうか、この爆発から私をお守りください」 エブリー・スタインの涙ながらの叫びが続く。 そしてそんな彼に冷たい言葉が頭上から投げかけられる。「弟よ」 エブリー・スタインが顔を上げる。そこには孔雀の団扇を手にしたキラーリ公主の平然とした表情があった。「あなた、バカじゃない」 キラーリ公主がそう言って、エブリー・スタインをのぞき込む。 AIロボットは同じ場所に立っている。アマンがロボットの頭部を手に取り、構造を調べている。 エブリー・スタインの顔が真っ赤に変わった。「子どもだましの爆発音に騙された弟へ。私の代理で摂政を務められるのは遥か先みたい。ねえ、一生、来ないかもよ。そんなチャンス」 そう告げてから孔雀の羽根の団扇を優雅に扇ぐ。「姉上」 エブリー・スタインは悔しさに歯ぎしりを繰り返している。彼のファンのセレネイの女性たちには決して見せられない見苦しさだ。 キラーリ公主は肩をすくめた。「あの女は今、地球にいる。あのロボットに通信機能がついていたのだ。弟よ。名誉挽回のために、あなたがすることはひとつしかない。地球に向かい、必ずムーン・ラット・キッス女王を殺しなさい」「ハッ」 エブリー・スタインが大声で返事をする。「必ずあの老いぼれを地獄に送ってやります」「もう一度伝える。必ずムーン・ラット・キッス女王を殺すのだ。あの女がいる限り、セレネイの地球総攻撃は不可能だ。私は今、ハッキリとそう悟った」 キラーリ公主が孔雀の団扇を高々と掲げた。「直ちに『ムーン・レーカー』の準備を開始せよ。アマン、弟を助けてあげて」 アマンが大きくうなずく。だがエブリー・スタインは首を横に振った。「アマンの応援は要らないというのか?」「この者がムーン・ラット・キッス暗殺に貢献するとは思えません。ムーン・ラット・キッスの首は、私が斬り落とします」「それほど言うのならお前に任せる。お前には荷が思いと私が判断すれば、すぐさま、アマンを送る」「承知致しました」 エブリー・スタインは、アマンから司令用通信機を取り
last updateLast Updated : 2025-09-17
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~第十七話 朝井うさ子が悠馬の前に現れた~ うさぎの帽子の不思議な女性

 スーパー・ラバットがいなくなってからというものの、悠馬はずっと沈んだままだった。  一週間後、母の芽衣は長野に戻ることとなった。  東京を離れる前夜。芽衣は桜花高校の屋上で、荒川先生と一緒に天体観測を行った。 「月には色々秘密があると思う」 深夜の屋上の中心には乾電池式のライトが置かれている。その一角、十メートル四方だけが昼間のように明るい。そのそばで荒川先生は、屈折式天体望遠鏡の調整をしている。芽衣はその様子を見つめながら話しかけた。「月には文明があるという仮説。昔からささやかれてきたけれど、私にはただの根拠のない伝説とはどうしても思えない。実はね、月観測を最高レベルまで引き上げる『ムーン・ライト』の設計図が完成したの。是非とも開発まで持っていきたいところ。天文台の東京支所の目玉にしたいのだけれど、そのためにも国からの補助金が絶対に必要」 荒川先生は望遠鏡から離れ、芽衣の話に耳を傾ける。「悠馬のことはすごく心配だけど、仕事は毎日ある。東海科学館長野天文台の館長が退任し理事長に就任することが内定した。私が館長に就任することも内定。天文台に帰らない訳にはいかないのよ。分かるでしょう」   「何か大きな成果を挙げないといけませんね。海外では、大手企業が協賛金を出している天文台がたくさんあります」 「そう、成果さえあればね。今はあなたと悠馬の二人三脚に期待している。悠馬のこと、頼んだから」 荒川先生の表情が緊張した。天文観測より難しい任務を与えられた気分である。「年の差は、私、全く何も気にしてないから。早く決めちゃったら?」 荒川先生の表情が一層、緊張した。  そのときだった。「朝井先生!」 聞き覚えのある声がした。ふたりが声の方向を振り返ると、懐中電灯を手にした飛鳥がいた。その後ろには高蔵彩良先生の夫の田辺がいる。防衛大学研究所の研究員である。「田辺先生」 あわててふたりが挨拶する。「突然、すみません。現在まだ機密事項ではありません。私の判断で朝井先生にお話しします」 田辺も緊張した表情。だが荒川先生の緊張とは、どうやら種類が違うようだ。「月から地球、しかも日本に向かって何かが飛来しています」 芽衣も荒川先生も顔を見合わせた。「それは間違いないのですか?」 「いえ、調べてみましたが、日本とアメリカのレーダ
last updateLast Updated : 2025-09-18
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~第十七話②~ 屋根の上の不思議な彼女

 悠馬には新しい習慣が出来た。毎朝、登校前に必ず庭に行く。 スーパー・ラバットのケージのあった場所には、ホームセンターで買った陶器のウサギがお墓代わりに置かれている。百均で売っているものとは違いますよ。団鬼八郎という有名な陶芸家が作った作品の複製で、価格は五千五百円。(税別) 悠馬は陶器のウサギの前にニンジンを一本お供えして手を合わせる。名古屋で栽培されている天白ニンジンという品種で、スーパーで売られているニンジンの三倍の値段。江戸時代の中頃、岩谷天坊という人が改良して作った甘みの多いニンジンだ。別名が「フルーツ・キャロット」。 もちろん陶器だってニンジンだって、悠馬が自分のお小遣いで買ったのだ。 夕方、自宅に帰る。陶器のウサギの前には、悠馬がお供えしたニンジンがそのまま置かれている。 それはもちろん当然のこと。けれども悠馬は、地面に置かれたままのニンジンを見る度に、胸が張り裂けそうな悲しみと苦しみを覚えた。 やっぱりそうだ。スーパー・ラバットは、もう帰らないのだ。 目に涙を浮かべてニンジンを拾って、その日の夕飯のおかずにする。 同じ毎日が十日ほど続いた。 そしてその日から別の毎日が始まった。 夕方、学校から自宅に戻ると、陶器のウサギもニンジンもなかった。姿を消していたのだ。(どうして?) 悠馬は左右を見回す。だが頭上を見ることはなかった。「悠ちゃん」 親し気な女性の声が空から降ってきた。悠馬は思わず頭上に目を向ける。 家の屋根の上。女性がひとり座り込んでいた。ハシゴは見当たらない。  初対面の彼女ったらウサギの頭のかたちをしたホワイトの帽子をかぶっていた。ウサギと同じ長い耳が、天に向かって伸びている。 帽子の下には雪のように真っ白な顔。目が大きく、瞳は真っ赤に輝いている。 ホワイトのボタン付ブラウスにライト・ピンクのジャケット、そして太腿の根元まで見えるライト・ピンクのショートパンツ。そしてホワイトのハイソックス。ピンクのスポーツ・シューズ。 悠馬は思わず顔を伏せた。それというのも緒対面の彼女の太腿が丸見えだったから。 そしてもうひとつ。初対面の彼女の太腿が、丸太のように太かったから。けれどもなまめかしいくらいに白くてきめこまかで、流れるような美しい曲線を描いていた。「下なんか見ないで。そんなことされたら、私悲しいな。悠
last updateLast Updated : 2025-09-19
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