All Chapters of 妊娠中に一緒にいた彼が、彼女を失って狂った話。: Chapter 161 - Chapter 170

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第161話

「はい!」ボディガードたちが空港に突入した瞬間、ずらりと並んだ空港にいた警備員たちに阻まれた。その威圧感は凄まじかった。「ここは特別な許可が必要な飛行場です。命令なくしては入ることは許されません!」声が響き渡ると、静まり返っていた夜空に、次々と白い弧を描いて飛行機が飛び立っていった。蓮司は夜空を見上げ、黒い瞳には危険な光が宿っていた。「突入しろ!」妻を見つける可能性は、どんなに小さくても見逃すわけにはいかない。ボディガードたちは、ためらうことなく警備員たちに襲いかかった。激しい乱闘の中、蓮司は誰にも邪魔されることなく管制塔へと向かった。そこには監視カメラがあって、すべてを映し出すはずだった。龍一は直樹を連れて出てくると、この光景を目撃し、蓮司の前に立ちはだかった。「正気か?こんなところで暴れるなんて!」これ以上、蓮司を進ませるわけにはいかない。蓮司は直樹の首元に視線を落とし、目を細めた。「これはうちの妻が最も大切にしているネックレスだ。彼女はきっとこの空港にいる。連れてこい」龍一は、さっきの宴会場にいたので、蓮司が天音にした許されざる行為のことを知っていた。彼は冷ややかに言い放った。「天音の居場所は知らない。知っていたとしても、お前には教えない。彼女にあんなひどいことをしておいて、まだ許してもらえるとでも思うのか?彼女が戻るとでも?」蓮司の黒い瞳は冷たく輝き、周りの空気は凍りついたように感じた。「どけ」「風間!お前は天音にひどいことをしたんだ、少しは自覚しろ。天音は、たとえお前が見つけたとしても、もうお前の元には戻らない。諦めろ」言葉が終わると同時に、黒い影が襲いかかり、龍一は蓮司のパンチで地面に倒れた。蓮司の全身から殺気が放たれ、黒い瞳は深い淵のように冷たく、声は氷のように冷たかった。「彼女は俺の説明を聞き、俺を許し、俺の元に戻ってくる」その執念は呪いのように蓮司の心を締め付け、まるで少しでも緩めたら心が砕け散ってしまうかのように、どんどん強くなっていった。蓮司は管制塔に入った。ボディガードたちもそれに続き、管制塔のスタッフを制圧し、監視カメラの映像を呼び出した。「旦那様!各国の要人です!」ボディガードが叫んだ。「それに、遠藤隊長もいます!」蓮司は監視画面を食い入るように見つめ
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第162話

蓮司はボディーガードのリーダーから受け取った携帯を見た。車につぶされ、粉々に砕け散っていた。携帯ケースにある「愛しの妻」という文字が目に入り、胸が張り裂けそうになった。「メモリーカードとSIMカードは、すでに鑑定士に渡してデータのダウンロードと解析を依頼しました」ボディーガードのリーダーは言った。蓮司は、疲れて眠ってしまった大智を抱えて別荘に戻ると、テーブルの上に置かれたカレンダーが目に入った。今日の日にちに線が引かれていた。天音が初めてカレンダーに線を引いた日のことを思い出した。あの日、すでに自分の浮気を知っていたのだろうか?天音が丸一ヶ月も苦しんでいたと思うと、蓮司は、天音とどこか似た大智の眉間を撫でながら、胸を締め付けられた。蓮司は大智を美月に預け、1階から3階まで見て回ったが、何も変わっていなかった。ウェディングドレス写真も、家族3人の写真も、そのままだった。しかし、クローゼットの金庫の中を見ると、天音のパスポート、そして彼女が大切にしていたルビーのネックレスがなくなっていた。何一つ、自分たちに関わるものを持ち出していなかった。写真一枚すら持ち出さなかった。自分たちに関するものは、何もいらないと?その事実に、蓮司の心は奈落の底に突き落とされた。オフショルダードレスとブレスレットがベッドの上にきちんと置かれていた。蓮司はドレスを抱きしめ、天音の香りがするドレスに顔をうずめた。まるで彼女を抱きしめているようだった。しかし、腕の中の空虚感が、蓮司の心をさらに掻き乱した。天音、本当に怒って、去ってしまったのか?もう戻らないのか?自分も、大智も、もういらないのか?「旦那様、鑑定士がSIMカードの解析を終えました」ボディーガードのリーダーは寝室のドアをノックし、急いで言った。「謎の番号も特定できました」蓮司はドレスとブレスレットを元の場所に戻した。まるで、天音が次の瞬間にもそれらを使うかのように。蓮司は急いで階下に降り、鑑定士が用意した新しい携帯を受け取った。番号をダイヤルすると同時に、鑑定士は信号追跡を開始した。呼び出し音が静かな夜に響き渡った。しかし、何度かけても相手は出なかった。蓮司は通話を切り、ラインを開いた。「高額保険契約」という文字が目に飛び込んできた。蓮司の底知れぬ黒い瞳は、瞬
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第163話

これは一か月前に恵里が天音を挑発したメッセージだった。天音が家を出たのは、こいつのせいだ。蓮司は愛莉を突き飛ばし、恵里の前に歩み寄ると、彼女の首を掴み、強く締め付けた。黒い瞳には危険な光が宿り、全身から鋭いオーラを発している。「お前か。よくも俺の妻の代わりになれると思ったな?よくも何度も天音を挑発できたな?」恵里は喉を掴まれ、顔がみるみる赤くなり、苦しそうに息をしながら言った。「蓮司さん、私……私は本当に何もしてない……」蓮司は並外れた記憶力の持ち主だ。すぐに、その二つの時間帯に自分が恵里と何をしていたかを思い出した。音声通話の時間は、義母の法事で薬を盛られ、そのまま別荘で恵里と……そしてその時、天音はゴルフクラブを持って別荘へ行き、現場を押さえたんだ。ビデオ通話の時間は、恵里が天音の不倫疑惑をでっち上げた黒幕は杏奈だと白状した時だ。その褒美として、別荘で恵里と……さらに海の星をプレゼントした。天音はマンションで療養中だったはずなのに、突然警察署へ行き、その後、恵里のマンションへ海の星を取り返しに行った。天音はビデオ通話で、自分と恵里が……そういうことをしているのを見てしまったに違いない。蓮司は、天音が絶望に打ちひしがれていた姿を思い出した。彼は顔が青ざめ、心臓が激しく痛み出し、恵里を床に叩きつけた。恵里はテーブルにぶつかり、カーペットの上に倒れ込んだ。ようやく息ができるようになり、苦しそうに喘ぎながら、「蓮、司、さん、本当に何もしてない」と繰り返した。「こいつを川に沈めて魚のエサにしろ!」蓮司の言葉に、ボディガードたちはすぐに別荘に入り、恵里を引きずり出した。前回、川に落とされ、水に沈み、窒息しそうになった時の恐怖が蘇り、恵里は必死に抵抗し、蓮司の足元に這い寄り、泣きついた。「蓮司さん、もう分かった。ごめんなさい、もう二度とあんなこと考えないよ!私……私があなたとの子供を産んだことに免じて、許して、お願い」恵里が苦しそうにしているのを見て、愛莉は怖くなって泣き叫びながらも、必死に恵里を庇った。「パパ、ママをいじめるのはやめて……」「黙れ。今日からパパと呼ぶな」蓮司の声は冷たかった。「この子を施設に送れ。二度と顔も見たくない」「蓮司さん、愛莉はあなたの実の娘なのに!」恵里は叫んだ
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第164話

恵里は蓮司が心を揺るがしたと思い、彼の足元に縋り付いて懇願した。「蓮司さん、天音さんはもう帰ってこないわ。私は彼女より若くて、綺麗で、体も丈夫。これからはずっとあなたのそばにいるわ」蓮司は高みから恵里の驚愕した顔を見下ろした。「天音は必ず帰って来る!」ボディガードたちはすぐに駆け寄り、抱き合っていた恵里と愛莉を引き離した。二人の手は徐々に離れ、指先がすれ違う瞬間、二人とも泣き崩れた。「パパ、やだ……パパ……やめて……」「蓮司さん……お願いだから許して……もう二度としないから……」二人の胸を引き裂くような叫びも、彼の心を少しも揺るがせなかった。こいつらが自分の時間を奪ったんだ。もっと天音と一緒に時間を過ごしていれば、彼女の様子がおかしいことに気づけただろう。そうすれば、天音もいろいろ挑発されることなく、傷つかずに済んだ。こいつらは許せない。二人が扉から引きずり出されそうになったその時、蓮司は口を開いた。「待て」かすかな希望を抱いた二人は、ボディガードの手を振りほどき、再び抱き合った。30分後、数多くのライブ配信の中、ある配信が急激に注目を集め、あっという間にランキング1位になった。数万人、数百万、数千万……ついには一億人以上の視聴者がオンラインで視聴している。配信画面の中で、蓮司はスーツ姿でソファに座り、やつれた表情をしているが、瞳には愛情が溢れている。そして彼の足元には、愛莉を抱きかかえた恵里と、高額な生命保険契約を手にした杏奈が跪いている。蓮司はゆっくりと口を開いた。「天音、すまない。こいつらがお前を挑発していたことも、騙していたことも知らなかった。もし知っていたら、絶対に二人をお前に近づけさせたりしなかった」杏奈と恵里は声を揃えて謝罪した。「本当に申し訳ございませんでした。二度とこのようなことはしません」「天音、俺は許されない過ちを犯した。許しを請うつもりはない。必ず心を入れ替え、二度と悲しませない。お前が怒っているのは分かっている。俺に会いたくないなら、もう探しはしない。だけど、お前が一人で外にいると考えると、俺も大智も心配で仕方ない。大智はお前が恋しくて、一日中泣き続けて、声も枯れてしまった。お願いだ、電話を一本だけでもくれないか?大智にお前の声を聞かせてやってくれ。無事
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第165話

さっきまで、ライブ配信のコメント欄は応援メッセージと投げ銭で盛り上がっていた。【風間社長は、男なら誰でも一度はする過ちを犯しただけ!奥さん、許してあげて!!!】【浮気は一度やったら、何度でもやる!】【妻の妹と浮気して、隠し子まで!許せない!】【クズ男を捨てて、あの愛人をやっつけろ!奥さん、一人で生きていける!!!】【男なんて腐るほどいる!奥さん、俺の弟を紹介すよ!!!】【風間社長!奥さんがいらないなら、私がもらう!】様々なコメントが滝のように流れ落ちていく。ソファに座る蓮司は、全身が硬直していた。鼓動が早鐘のように鳴り響き、今まで感じたことのない恐怖が心を締め付ける。天音を説得できないかもしれない、居場所を突き止められないかもしれない。「天音……」その言葉が終わると同時に、携帯が「ドン」という音と共に爆発し、掌を焼く。そして、床に転がり落ちた。追跡用のノートパソコンからも、煙が立ち上る。「風間社長!逆探知されました!さらに、電磁パルスで携帯とパソコンを破壊されました!」調査員は叫んだ。「これは、トップクラスのハッカーの仕業です!」この騒ぎで、ライブ配信のコメント欄は再びざわめき始めた。【居場所を突き止めようとしてた上に、嘘までついてたなんて!許せない!】【ハッカーですら、風間社長の非情な仕打ちを見過ごせなかったんだ!】蓮司の耳から、血が滴り落ちる。爆発した携帯を見て、耳の痛みを感じ、天音が自分のことを全く気にしていないことを悟る。かつて、自分がくしゃみをしただけで、天音は心配して温かい飲み物を用意し、優しく食事を勧めてくれたことを思い出す。胸に激しい痛みが走る。まるで、爆発したのは携帯ではなく、心臓のようだった。蓮司は目の前のカメラをつかみ、その絶望的な顔を画面いっぱいに映した。後悔の色が濃い瞳に浮かび、乾いた唇から苦しげな声が漏れる。「天音、もう一度だけチャンスをくれ。俺から離れないでくれ」その声は、痛々しいほどに弱々しかった。恵里を二度と家に近づかせない。天音に気づかせない。天音を傷つけさせない。もう一度チャンスがあれば、今度こそ完璧にやり遂げられる。煙が立ち込め、火の手が広がり、リビングは騒然となる。頭の中で、何かが鳴り響いた。蓮司の視界は暗転し、カメラから手が
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第166話

「風間社長を許してくれるんでしょう……」萌はつぶやいた。「息子さんがかわいそうね。一日中泣いていた」静かな病室の中。千鶴は心配そうに言った。「蓮司、本当に大丈夫なの?」スーツ姿の蓮司は、ソファに座り、泣き腫らした目をした大智を抱き上げた。珍しく優しく声をかけた。「ママは大智が一番可愛いんだから、きっと戻ってくる。いい子にして、ご飯をちゃんと食べて、学校に行って。そうしたら、ママは怒らないだろ?」大智は素直に頷き、蓮司に抱きついた。「佐伯の動きを監視しろ。全て把握しておくように」蓮司はボディガードに指示を出した。天音が大切にしている海の星を直樹に渡したということは、あの二人に何らかの繋がりがあるはずだ。「それと、告知を出せ」「何と書きますか?」蓮司の黒い瞳に、わずかな波紋が広がった。「俺が余命いくばくもないので、妻に一目会いたいと、そう書け」ボディガードはすぐに頷いて出て行った。千鶴は、息子が昔のように采配を振るう姿を見て、かえって不安を募らせた。「蓮司、天音を、そして、あなた自身を解放してあげて。大智もいるんだし……いつか、他の女性を……」「俺の妻は天音だ。他の女などいらない」蓮司は冷たく千鶴の言葉を遮り、黒い瞳に激しい憎しみが宿った。「母さんには、俺に薬を盛って仕組んだことを責める気はない。だが、これからは俺たち父子には二度と関わるな」千鶴は声を荒げた。「私と縁を切る前に、まず純一とあの恥知らずな女を東雲グループから追い出しなさい!」蓮司は底知れない黒い瞳を細めた。「たかが東雲グループだ。天音が手放したなら、それでいい」蓮司の危篤の知らせは、翌日には広まった。それと同時に、大智は名門私立幼稚園を退園させられ、家からも追い出された。雨の中、家を追い出され「ママ」と泣き叫ぶ哀れな姿は、すぐにネットで拡散された。しかし、天音は依然として消息不明。蓮司は最後の手段に打って出た。蓮司の最期のメッセージビデオが急速に拡散された。ビデオの中で、蓮司はICUのベッドに横たわり、薄い病衣にシーツをかけられ、口と鼻には酸素マスクがつけられていた。天井を虚ろに見つめ、一言話すたびに激しく息切れしていた。彼は言った。「妻との離婚に同意します。しかし、今、体が弱く、息子の面倒を見ることはできません。
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第167話

様々な憶測が飛び交う中、蓮司と天音、かつてはおしどり夫婦として知られた二人のことは、人々の記憶から徐々に薄れていった。三ヶ月後、千鶴は島で蓮司を見つけ出した。彼は数日間、何も口にしておらず、やつれた姿で、無精髭を生やし、かつての立派な東雲グループ社長の姿はどこにもなかった。こんなにも落ちぶれた息子を見るのは初めてで、千鶴の胸は締め付けられた。ボディガードから、捜せる場所は全て捜索したが、天音はまるでこの世から消えてしまったかのように、誰一人として彼女を見たものはいないと聞いた。千鶴は、天音が事故に遭ったのではと疑い始めた。心臓が弱かった天音のことだ。もしかしたら……しかし、そんな恐ろしい思いを息子に伝えることはできなかった。彼が耐えられないと思ったからだ。「いつまでここにいるつもりなの?天音は戻ってこないわ」千鶴は言った。「いや、必ず戻ってくる。天音は彩花を深く愛していた。娘が一人で寂しく眠っているのを見過ごすはずがない。きっと、会いに戻ってくる」蓮司は胸に下げた指輪を撫で、強い執念を瞳に宿らせて言った。「結婚指輪を彩花の墓前に置いていったんだ。必ず戻る」「蓮司……」千鶴は取り乱した息子をどうしようもなく見つめた。「大智は施設でいじめられて、毎晩泣いているのよ。まずはあの子を家に連れ戻してあげなさい」「あれは当然の報いだ。大智が恵里をママと呼んだから、天音は監視カメラを確認することになったんだ。全ては大智のせいだ。あいつがあの女をママと呼びたがり、天音と別れたいと言ったから、こんなことになったんだ!」「蓮司!大智はまだ五歳の子よ!子供に何が分かるのよ!あの子のせいじゃない!」千鶴は、蓮司が到底理解できなかった。「あいつが悪いんだ。生まれてくるべきじゃなかった。生まれるべきだったのは彩花だ。天音は彩花を心から愛していた。彩花がいれば、天音は俺から離れることはなかった」蓮司は結婚指輪を撫でながら、墓石を何度も優しく触れた。狂乱する息子を見て、千鶴は悲しみに打ちひしがれた。「私のせいだ。あなたに薬を飲ませて、恵里と……」「恵里が出産した時、二人の子供をすり替えるべきだった。そうすれば、天音は娘と幸せに暮らせたはずだ。あんなに辛い思いをすることもなかった」蓮司は過去を振り返り、深く後悔した。「そして、俺から離れるこ
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第168話

機械的な電子音が聞こえた。「明日の正午、瑞雲市。現金1億円用意しろ」「彼女に会わせてくれ。無事でいるか確かめたい」蓮司は興奮を抑えきれなかった。しかし、電話はすぐに切られてしまった。「蓮司、あなたが行っちゃだめ。本当に誘拐なら、もっと早く身代金を要求してくるはずよ。こんなに時間が経ってから電話してくるなんて、おかしいわ」千鶴は不安を隠せない。「警察に連絡しよう!」蓮司は千鶴の言葉を無視し、ボディガードに指示を出した。「ヘリと金を用意しろ」ほんの僅かな望みでも、絶対に彼が諦めるはずない。「蓮司、あなたはこれまで多くの人を敵に回してきたわ。もしかしたら、恨みを持つ誰かの罠かもしれない」過去にも天音が誘拐されたことがあった。その時、蓮司は慎重に段取りを組んだ。だが今は違った。千鶴は蓮司の精神状態が心配でたまらなかった。この三ヶ月、彼は毎日ギリギリの状態で過ごしていた。「落ち着きなさい!」千鶴の叫び声は風に掻き消され、蓮司はすでにヘリコプターに乗り込んでいた。「心配しないでください、私が旦那様をお守りします」ボディーガードのリーダーは千鶴を慰めた。千鶴は諦め、気を付けるようにと念を押した。しかし、このままではいけない。天音が見つかる前に、息子が壊れてしまいそうだった。千鶴は携帯を取り出し、電話をかけ始めた。「この前紹介してもらった人たちに連絡を取って。一番似ている人を選ばなきゃ」犯人が指定した場所は、川沿いにある廃工場だった。周囲に遮るものがなく、ボディガードたちは蓮司の近くで警護することができなかった。ボディーガードのリーダーは強い不安を感じながら、用意した金が入った鞄を持ち、蓮司に言った。「私に行かせてください」蓮司は何も答えず、鞄を受け取ると、大股で廃工場の中へ入っていった。中へ入ると、開いていた鉄製の門がすぐに閉ざされた。前後に仮面をつけた男たちが一人ずつ、蓮司を取り囲んだ。「金をよこせ!」犯人は蓮司に向かって叫んだ。「天音はどこだ?」犯人の一人が小屋を指差した。「中にいる」「彼女が無事でいることを確認させろ」蓮司は川の見える窓辺まで行き、鞄を窓の外へ突き出した。「さもないと、一銭もやらん」突然、小屋の中から天音の声が聞こえた。「蓮司、ここにいるわ」かすかな物音も聞こ
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第169話

「私の孫を刑務所にぶち込み、うちの爺さんも病気になってあの世に行った……地獄に落ちろ!」老婆が蓮司に向かって再びナイフを突き立てようとした瞬間、蓮司は老婆の手首を掴み砕いた。ナイフは床に落ち、老婆は仰向けに倒れ、そのまま気を失った。蓮司は腹部の傷口を押さえ、指の隙間から流れ出る血を気にしながら、小屋から出た。希望は打ち砕かれ、蓮司の全身から殺気が溢れ出ていた。まるで地獄の底から這い上がってきた鬼のように、恐ろしい形相だった。ボディガードたちが二人の誘拐犯を取り囲んでいた。怒りが蓮司の理性をかき消した。誘拐犯を掴み上げ、抑えきれない苦痛を二人にぶつけた。血に染まった拳で、何度も何度も殴りつけながら、「俺を騙したな!」と咆哮した。ボディーガードのリーダーが「旦那様!」と呼び止めたが、我を忘れた蓮司を止める術はなかった。血まみれになった誘拐犯。蓮司の足元にも血溜まりができていた。顔面蒼白になりながら、よろめきつつ拳を振り上げ、絶望に満ちた目で言った。「なぜ俺を騙したんだ?」小屋から聞こえてきた天音の声は、録音の編集だった。紗也香の結婚式の時の雑音まで入っていた。騙されていると気づかないはずがなかった。蓮司自身も、自分を騙していたのだ。もし自分を騙しきることができれば、天音が戻ってくるような気がした。どんな犠牲を払っても構わなかった。「瑞雲市の小林家!貴様のせいで、勇気があんなことになり、小林家は破産!うちの親父は、死んだんだ!」誘拐犯は、突然ヒステリックに叫び始めた。「勇気は……男なら誰でも一度はするような、ちょっとした過ちを犯しただけだ!」その言葉は、蓮司の胸に突き刺さった。「自分だって不倫してた癖に、どうして俺たちをこんな目に遭わせるんだ!」誘拐犯は、さらにヒステリックに訴え続けた。蓮司は拳を強く握りしめ、誘拐犯を殴り倒し、片足で踏みつけた。「奴は俺の妹を裏切り、妻を苦しめ、そして妻を誘拐し、傷つけた。奴も、お前も、死ね!」蓮司はさらに強く踏みつけ、誘拐犯の手をへし折った。鬼のような形相の蓮司を見て、誘拐犯は悲鳴を上げた。「化け物!この化け物め!貴様の妻が逃げたのも当然だ!自業自得だ!」その言葉を聞いて、蓮司の全身から力が抜けたように、血溜まりに倒れ込んだ。ボディガード
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第170話

千鶴と健太は透明なガラス越しに病室の中を見つめた。蓮司は起き上がっていた。二人は慌てて病室に飛び込んだ。手術直後で麻酔もまだ切れていないはずの蓮司がベッドに座り、モニターの機器は全て外され、腹部の白い包帯は血で染まっていた。蓮司は布団をはぐり、ベッドから降りようとしていた。「蓮司、やめて!傷口を縫合したばかりなのよ!動いちゃダメ!お母さんを驚かせないで!」千鶴は叫び、健太も一緒に蓮司を押さえつけようとした。床に倒れていた女が、ようやく我に返り、起き上がって蓮司に近づいた。「蓮……」蓮司は女を見て、怒鳴った。「お前は天音じゃない。天音の代わりになろうなんて思うな!出て行け!」「蓮司、私は本当に……」「天音なら、俺が引っ張っても、腹の傷を気にして、こんなふうに俺に倒れ込んだりしない。誰よりも俺のことを案じてくれる、彼女は……」蓮司は激しく身をよじり、声を張り上げた。「天音に会いたい!」もがき苦しむ蓮司の傷口は再び裂け、大量の血が流れ出した。しかし、彼は痛みを感じていないようだった。千鶴と健太の二人では、蓮司を押さえつけることができなかった。幸い、物音に気づいた医師と看護師が駆けつけ、再び麻酔を打った。蓮司は目を覚ましたが、虚ろなままだった。千鶴は疲れ切った様子で椅子に座っていた。息子をどうすることもできないでいた。「蓮司さん、このまま東雲グループをあなたのお父さんに奪われるつもりか?俺たちの会社も、あの男に潰されるつもりか?あなたを捨てた女のために、おばさんや大智くん、それに俺たちのことはどうでもいいっていうのか?ほんの少し道を踏み外しただけでしょ!あなたは心を、全てを天音さんに捧げた。なのに、彼女は一体どうした?彼女は東雲グループを、あなたの最も憎んでいる男に渡したんだぞ!なんて残酷だ!あなたのことはもちろん、大智くんのことだって何とも思っていない。そんな女のために、命を懸ける価値はない!」健太は激しく非難した。蓮司の脳裏に、天音が16歳の時、病院の窓辺に座っていた時の姿が浮かんだ。満開の花のように純粋で穏やかな彼女は、蓮司の姿を見ると、優しく声をかけた。「こんにちは」天音を思い出から消したくなくて、目を閉じる。だが、目に浮かぶのは、悲しみに暮れながら去っていく彼女の後ろ姿
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