再生機器の小さなディスプレイが消灯し、部屋の空気がいっそう深く沈んだ。音は完全に止まったはずなのに、智久の耳にはまだ、微かな旋律が残っているように感じられた。夜の静けさは、音楽の余韻を際立たせる。それは鼓膜ではなく、もっと内側、心の奥のほうに染み込んだまま消えない。智久は、リモコンに添えていた指をそっと外した。立ち上がるまでに、少しだけ時間がかかった。身体が重いというより、まだ何かを受け止めきれずにいるような、そんな感覚。湯呑はもうすっかり冷めていて、手に取る気にもなれなかった。部屋の電気を消す前、最後にもう一度、視線をスピーカーのほうへ向けた。再生は終わっている。何も流れていない。ただそこに、黒いボックスが静かに佇んでいるだけだ。それなのに――胸のどこかがざわめいていた。右手をのばして、部屋の壁のスイッチにそっと指をかける。パチ、とわずかな音を立てて電気が落ちると、部屋はすぐに闇に包まれた。けれど、真っ暗ではない。カーテンの隙間から、月の光が床をうっすらと照らしていた。細く、白く、けれどどこか優しいその光が、机の端や本棚の角をなぞっている。智久はしばらく立ち尽くしていた。夜のなかで、自分の呼吸の音だけを聴いていた。やがて、ゆっくりと扉に手をかけた。ノブを回す音がしないように、できるだけゆっくりと。きしむ音が出ないように注意して、そっと扉を引いた。外はさらに静かだった。家の廊下に、他の気配はない。みんな眠っている時間だ。智久は足を一歩踏み出した。廊下の板が微かに鳴る。その音が、自分の心音と重なったような錯覚に陥る。薄いシャツの袖が肌に張りついていた。暑くも寒くもないはずなのに、汗をかいたような感触があった。智久の影が、月明かりの先に長く伸びていた。廊下の途中で、ふと足が止まる。何を思ったわけでもない。ただ、身体が立ち止まった。その場から、どこかへ引き返したくなったのかもしれない。けれど、戻る理由もない。それでも、一歩を踏み出さなくてはならない理由も、どこかにある気がした。智久は静か
Terakhir Diperbarui : 2025-08-19 Baca selengkapnya