リビングの扉が閉まる音が、思ったよりも重く響いた。カチリと鳴ったその一瞬に、空気が変わる。柔らかな照明に照らされた空間は、音を潜めていた。ソファの前に置かれたローテーブルには、誰のものでもない湯呑がひとつ、取り残されている。隆義は、迷いなくその向かいに腰を下ろした。組んだ足首に沿って、スラックスの折り目がぴたりと直線を描いている。眼鏡の奥、彼の眼差しは、いっさいの感情を揺らすことなく、春樹のほうへ向けられていた。春樹は、立ったまま答えを待っていた。けれど、それが無意味だとわかるまで、わずか数秒だった。静かに腰を下ろす。椅子の背に触れぬよう、背筋を伸ばして座る姿勢は、どこか昔の少年を思わせる気配を残していた。沈黙のまま、十秒ほどが過ぎた。「お前たちは」隆義の声は、思いのほか低かった。掠れることもなく、凍りつくほどに整っていた。「どういう関係なんだ」誰もが想像していたよりも、ずっと冷静で、感情を排した声音だった。声を荒げるでもなく、詰問する口調でもない。ただ、厳密な確認を求めるような、問いだった。春樹はその言葉を、受け止めるように口元を引き結んだ。そして、視線を逸らさず、ただまっすぐに、隆義の目を見ていた。智久は、リビングの扉のそばに立ち尽くしていた。いまだ何の言葉も発せずにいる自分に、焦りとも自己嫌悪ともつかない苛立ちが滲んでくる。何かを言わなければ、何か言葉を探さなければ、そう思って口を開こうとするのに、喉の奥が張りついて動かなかった。ソファの脇、控えるように座っていた昭江は、微動だにせず、ただ目を伏せていた。膝の上に重ねた手だけが、静かに指を組み直す。視線は誰にも向けられない。その沈黙が、まるで“答えをすでに知っている”とでも言いたげだった。「春樹くん」隆義の声に、春樹の名が呼ばれた。その響きに、少しだけかすれが混じっていた。春樹は息を吸い、ゆっくりと吐いた。その動きさえ音にしないまま、言葉を選ぶように唇を動かした。「…先生」その言葉の切り出しに、わずかに声が揺れていた。けれど、次の瞬
Last Updated : 2025-08-29 Read more