甲斐というのは、塔子さんと同様、以前勤めていた会社の同僚で、兼、大学の頃からつきあいのある友人だ。同じ大学、同じ学科、同じ学年だったこともあり、――もちろん甲斐の性格のおかげもあって――、 気がつけば俺はよく甲斐とつるんでいて、塔子さんと付き合い始めてからも、定期的に飲みに行くほどに貴重な存在の一人でもあった。 ちなみに甲斐は、俺が転職してからもずっと同じ職場で働いていて、だから塔子さんの口からその名前が出ること自体は、特に不思議とも思わなかったけど、「ごめんね。 どうしても……他に話せる人がいなくて」 ただ、その表情が、言い方が、他愛も無い話だけに終わらないことを予感させた。「実は私も、少し前に仕事変えたんだけど……」 「あ、そうなんですか」 「えぇ、英理くんには、前に言ったことがあると思うけど……親の会社にね」 指の動きを一旦止めて、塔子さんは小さく苦笑した。 確かに、昔そんな話を聞いた覚えはある。すぐにではないけれど、いつかは親の会社に戻らなければならないのだと、言いながら塔子さんはどこか寂しそうに笑っていた。それが予定よりも早まったということかもしれない。 俺はなるほど、と再度頷いて、続く話を待った。「それでね。会社を辞めてからは、全然連絡は取ってなくて……て言うか、そもそもの付き合い自体、英理くんがいたから食事や飲みにも一緒に行ったことがあったくらいで、それ以外ではなにも無かったんだけど」 さっきまでとは打って変わって、矢継ぎ早に告げられる。 けれども、そんな勢いのわりには、塔子さんは俯きがちに目を伏せたまま、一度も顔を上げることなく、それどころか表情はどんどん見えなくなって、終には謝るみたいに深々と頭を下げられてしまった。「……塔子さん?」 そのまま固まってしまった塔子さんに、俺は思わず手を伸ばしかける。その動きを、継がれた塔子さんの言葉が止めた。「実は、その……私、甲斐君のことが……」 俺の知る塔子さんは、いつだって余裕たっぷりで、理性的な大人の女性で、「好き、なのよね」 なの
Terakhir Diperbarui : 2025-10-14 Baca selengkapnya