LOGINレストラン〝Aria(アリア)〟に勤めるの暮科静(くれしなせい)は、自ら終わらせたはずの想いをいまだに引きずっていた。 そんな胸中に変化が表われたのは、新たに入社してきた河原英理(かわはらえいり)の教育係に抜擢されてから。 河原は極度の人見知りであり、極度のあがり症だった。 けれども、それを補って余りあるほど素直で優しく、直向きな性格でもあり――。 そんな彼に接するうち、やがて暮科の世界にも色が戻り、止まっていた時間が再び動き始める。 だけど河原は確実にストレート。 この想いは伝えられない。今の関係を壊したくない。 そんな折、目の前に姿を現したのは――。
View More「あ、お帰り」 部屋に入ると、キッチンでグラスや皿の用意をしていた河原が、いつも通りの柔らかい笑みで迎えてくれる。「ただいま」 釣られるように微かに笑って返し、何気なくリビングに目を遣った俺は、その瞬間、絶句した。 そこにはいつもの自室と全く違う景色が広がっていたからだ。 運良く翌日の休みが合わせられた7月7日。 その日は言うまでもなく七夕であり、そして俺の誕生日だった。 早番で出ていた俺が帰宅すると、リビングのローテーブルはすでに様々な料理でいっぱいになっていた。しかもその種類と量。さすがにちょっとやりすぎでは……。 思いながらも口にできなかったのは、つっこむべきところが他にあったから。「河原……これって」 辛うじて声になったのはそれだけだ。 半ば呆然としたまま室内を見渡すと、部屋のあちこちを埋め尽くし、頭上でもゆらゆらと漂っていたそのいくつかが、空調に流され俺の方へとやってくる。俺は無言でそれを避けた。 テレビや雑誌でしか見たことのなかったそれは、ハートや星形の風船だった。マットな質感のパステルカラー。大小様々な大量のそれが、俺の部屋をこれでもかと言うくらいに彩っていた。 そして真っ白だったはずの壁面に目を遣ると、ひらひらしたリボンのようなものと一緒に、これまた煌びやかなアルファベットの風船でこう書かれていた。『Happy Birthday Sei?』「木崎だな」 確信を持って呟くと、脱衣所の方からガタタッと不自然な音がした。 *** クラッカーから飛び出た紐やラメを頭に浴びたまま、俺はいわゆる誕生日席――そう広くもないローテーブルの誕生日席なんて狭いだけだが――でビールを飲んでいる。「かんぱ~い!」 珍しく缶のままでなく、グラスに注がれたそれに勝手に(そして執拗に)乾杯を強いてくる木崎へと、ついた溜息はもはや何度目か分からない。「ちょっとー。暮科、暗いよ~?」 「つー
河原が入れてくれたカフェ・ラテは随分温くなっていて、それに伴い、繊細に描かれていたラテ・アートもかなり滲んでしまっていた。 ――もったいない。 今更酷く申し訳ない心地になり、俺はわずかに視線を落とした。 いつものことながら、俺も意地を張りすぎた気がする。そう反省するたび、次こそもっと寛容にと思うのに、どうも河原の前だと上手くいかない。「それならそれで、最初からそう言えよ」 挙句素直に謝ることもできず、俺はさながら拗ねたみたいに呟いてしまう。「お前だって……」 そんな俺に、河原は一度瞑目し、独りごちるように言う。「暮科だって、なかなか言わないだろ。だから俺だって、わからないままで……、それがあるから、たまにこうやって将人さんからお前の話聞くと、いやでも色々考えちゃうんだよ」 「……考えちゃうって、何を」 「だから、今回みたいに……こういうのがお前の好みなのかな、とか」 「あ――…、だから」 その気持ちは嬉しい。嬉しいけど――。 俺は前髪をぞんざいにかき上げ、そのままくしゃりと緩く掴んだ。吐息混じりに顔を上げると、つられるように河原も目線を上向けた。「さっきも言ったけど、何が好みとか、そういうのは関係なくて、俺はただお前が俺のためにしてくれたってだけで十分なんだよ」 これだって、とまっすぐカップを示す。重ねて、「わかったか」と釘を刺す。「…………」 束の間の沈黙が流れた。「――そっか」 先に口を開いたのは河原だった。 河原はわずかに俯き、苦笑混じりに言った。「ごめん、なんか俺、ホントいちいち言ってもらわないと解んないみたいで」 「そんなのいまに始まったことじゃねぇから気にしてねぇよ」 揶揄混じりに即答すると、河原は気恥ずかしそうに小さく笑った。「……じゃあ、まぁ……いただきます」 ようやく素直に味わおうと、改めてカフェ・ラテのカップを手に取った。 カップの表面――河原の描いてく
「実際、喜んでくれたみたいだし……」 「……いや、まぁ確かに嫌いじゃねぇし……嬉しかったのも嘘じゃねぇけど……」 「俺、暮科がこういうの好きとか……そういうのよく知らなかったから」 「え……いや、だから……」 「デザインにしても、シチュエーション? にしても……。ホントは、自分で先に気付ければ良かったんだけどさ」 言葉に詰まる俺をよそに、河原は照れ笑い混じりに話を進める。 俺は何度か口を開き、しかしそのたびに何も言えないまま口を閉ざした。 話がかみ合っていないのは明らかだった。河原は何かを誤解している。でもこっちもどう言えばいいのかわからない。 もともと多弁な方じゃないし、いちいち弁明するのも面倒だと感じる性質だ。伝わらなければ伝わらないでいいと、割り切ることにも慣れている。 だけど、「でも、どんな形でも、暮科が喜んでくれれば俺も嬉しいし――」 心底嬉しそうに、そのくせどこか寂しそうにそう言われると、さすがに黙ってはいられない。「あのな、河原」 「?」 堪えきれず口を挟むと、河原はきょとんとした眼差しで俺を見た。「お前、俺が何に喜んだと思ってんの」 「え……」 まるでわかったふうもなく、河原は小さく首を傾げる。ダメ押しのように、河原の手の中でグラスに浮いていた氷がカランと音を立てた。 俺は空笑いに瞳を眇めた。「……マジでわかんねぇのかよ」 聞くまでもないのはわかっていたが、あえて責めるように河原の顔を覗き込んだ。河原はわずかに身を引き、おずおずと頷く。 俺は持っていた煙草を灰皿に押し付け、無言で河原の手の中からアイスコーヒーのグラスを取り上げた。それをテーブルの上に置き、更に追い詰めるように間合いを削ると、一つ静かに息を吸い込む。そうして、「俺が喜んだのは、あくまでもこれをお前が俺のために作ってくれたと思ったからであって、デザイン云々が好みだとかそういう話じゃねぇよ。そもそも見城が俺のことよく知ってるとか、そんなのもお前の思い込みだし、て言うか、いまはお前が一番俺のこと
「……これ、俺…に?」 「うん」 当たり前みたいにうなずかれ、ますます返す言葉に困る。そうしているうち、何だか一気に気恥ずかしくなった。「でも、なんだってこんな……」 俺はなかば逃げるようにカップの中へと目を戻す。その先で、控えめなハートマークが小さく揺れた。「今日なんて別に、何の日でもないのに――」 努めて平然と言うものの、心は勝手に浮き立ってしまう。 照れくささに目端が熱を帯びて、いよいよ顔が上げられなくなる。 だってこんな状況、まったくの想定外だ。普段の河原を思えば、どういう心境の変化なんだと疑いたくなる。 それこそ、これが木崎あたり――こういう演出が大好きな――の仕業と言うなら、特に不思議とも思わないが。「――…」 そこまで考えて、俺はふと我に返った。「河原、もしかしてこれ……」 言いながら、思い出したように見遣ったのはテーブルの端に積まれた本の山。 いつだったか、コーヒーに詳しい友人がいると、聞いてもいないのに話してくれたやつがいた。しかもそいつは、俺だけでなく河原のこともよく知っていて――。「……見城……?」 できれば当たって欲しくない、木崎であってくれた方がいくらもマシだと思いながら、俺はその名を口にする。「えっ……」 瞬間、河原の顔色が変わった。「や……、あの、えっと……」 しまったと顔に書いてあった。どう見ても肯定だ。 それでもどうにか言葉を濁そうとする河原に、俺は「なるほど」と深い溜息を吐く。「……てか、なんだよその態度は。あいつに黙ってろって言われてたのか?」 堪えきれず片手で目元を覆い、ややしてゆっくり顔を上げる。 問い詰めるように言うと、河原はわずかに目をそらしたものの、「黙ってろって言うか……。何も言わずに暮科に出してみるといい、って」 結局観念したらしく、おずおずと首を縦に振った。 ……何考えてんだ、見城のやつ。
「な……なんなら、お……俺とも寝れるって……」 「は……?」 思わず声を上げると、咥えていた煙草が口からこぼれる。とっさにお手玉したそれには、今度はしっかり火が点いていて、俺は慌ててそのフィルター側を摘み直しながら、上掛けで顔を隠したままの河原を振り返った。「俺ともって、お前とってことだよな……!? そんなこと言ったのか、木崎?」 「う、うん……それが……俺、結構衝撃で……」 そりゃそうだろうな……。 思わず口端がひきってしまう。 そんな俺をよそに、河原は続けた。
「ってぇな……なんだよ、いったい」 「なんだよじゃないだろ。なんで無視するんだよ、俺のこと」 「無視?」 俺が? 河原を?「無視なんてしてねぇよ」 心外とばかりに言い返すと、河原は仕方ないように息を吐いた。「何一人で考えてんだよ」 ややしてそう告げた河原の声は柔らかい。 どこか軽口めいたそれに、けれども俺はきわめて真面目に答える。「いや、だから……。もしお前が、どうしてもって言うなら、って……」 「なんの話?」 「なんの話って……」
触れ合う全ての場所から、河原の鼓動が伝わってくるような気がする。同じように、俺の鼓動も伝わっているのだろうか。 だとしたらそれはそれで恥ずかしい――と思いながら、そのくせどこか擽ったいようにも感じている自分がなんだか滑稽だった。 俺は軽く意識を飛ばした河原の髪にキスを落とすと、名残惜しくも身体を起こし、下着一枚の姿でベッドサイドへと足を下ろす。 ベッドが軋むのに合わせて、河原の呼気がかすかに揺れた。ややして伏せられていた睫毛がぴくりと震え、気怠げに瞼が引き上げ足られる。「そのまま寝てろよ」
続けざまに達したせいで、その量は少ない。それがまた可愛いと思いながら、俺はずるりと指を引き抜いた。「……、ぁ……」 河原は幾分ほっとしたように脱力する。 けれども、そこで待ってはやらない。俺は濡れた谷間を開くなり、自身の先端をそこに宛がった。「え……っあ、あぁっ……!」 そのまま一気に貫いていくと、河原はしなやかに仰け反った。逃げるように身動ぐ腰を追って体を密着させる。 ほとんど俯せ寝のまま開いていくそこは、いつもよりずっと狭く感じられた。「河原、……」
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