「サモエドとゴールデンレトリバーのワンちゃんなの?」杏が尋ねる。「ああ」「じゃあ、お母さんがゴールデンなの?それともお父さん?」子供の世界は、いつでも知りたいことで溢れている。部屋に入ってきた律の声は、意外なほど辛抱強いものだった。「おじさんにもわからないんだ。ネモを引き取った時、もう生後三ヶ月だったからな」雫は唇を噛んだ。瞳が、微かに揺れる。生後三ヶ月の、サモエドとゴールデンのミックス。それは、私が……雨の中で拾った、あの子。本当に、私が拾った子なんだ。あの人は、言ったはずなのに。「飼わない。犬は嫌いだ」「遥、もしあいつを俺の部屋に連れてきたら、ゴミ箱に捨ててやる」それでも……飼っていてくれたんだ。杏は、律の車の下からポテトを拾った時のことを覚えていた。「柏木おじさん、ネモはおじさんが拾ったの?とってもきれいだね」律の声は感情を抑えた、わずかに掠れた響きをしていた。「他の誰かが拾って、俺の家に置いていったんだ」幼い杏には、その言葉の本当の意味はわからない。彼女が手を差し出すと、ネモは指示を待つまでもなく、女の子との触れ合いを喜ぶように、自ら前脚を上げてその小さな手のひらに乗せた。律との距離は、わずか一メートル。雫は、「霧島雫」として、彼の口から、初めて過去の自分について語られるのを聞いた。友達でもなく、元カノでもない。そう、他の誰か。私は、「他の誰か」なんだ。「おじさん、昨日は雨宿りさせてくれてありがとう」娘が、雫が言えなかった言葉を口にした。雫はそれに乗じて、口を閉ざしたままでいた。律は一度雫に視線を向けてから、杏に顔を戻した。「送っていくよ」沈黙を保っていた雫が、口を開いた。「いえ、お気遣いなく。今日は日曜日ですし、外も晴れてきたので、このまま動物園にでも連れて行こうかと思って。ここからならタクシーもすぐ拾えますから」雫は娘を連れてエレベーターに乗り込む。杏は振り返って手を振るのを忘れなかった。「バイバイ、柏木おじさん。バイバイ、ネモ」エレベーターのドアが閉まった、その瞬間。雫は、その場にしゃがみ込んだ。「杏ちゃん、前にママが言ったこと、覚えてる?パパと柏木おじさんがそっくりなこと、絶対に言っちゃだめよ」雫
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