Semua Bab 風に消える恋なら、それでよかった: Bab 11 - Bab 20

21 Bab

第11話

啓介は、海の上に浮かぶ破片を見るたびに、どれか一つでも夏希に繋がっていないかと、必死で泳ぎ続けた。だが、希望は次々と裏切られ、手がかりのないまま、彼の体力は徐々に限界へと近づいていった。ついには腕も脚も動かなくなり、そのまま静かに、海の底へと沈んで行った――だが、幸いにも救助艇がすぐ近くにいた。隊員たちは素早く海へ飛び込み、意識を失った啓介を引き上げ、甲板の上に運びあげた。応急処置の末、啓介はようやく数口の海水を吐き出し、薄く目を開けた。その姿を見ていた隊員たちは、ついに彼に問いかけた。「一体何を探していましたか?」「……げほっ……」啓介は絶対に助けを求める機会を逃さない。その問いに応じ、すがるような声で答えた。「……俺の、婚約者を……あの便に乗ってたんだ……もう、一週間も経ってるのに……何の情報もなくて……お願い、どうか……助けて……」懐から取り出した防水ケースに入ったスマホを震える指で開き、夏希の写真を隊員たちに見せた。「……この子だ……もし見かけたら、どんな小さなことでもいい、教えてほしい……」周囲の救助隊員たちは皆、厳しい現実を知っていた。航空機事故での生存率は極めて低く、既に一週間が経過しているとなれば、望みは限りなく薄い。たとえ見つかったとしても、それは遺体しかない。――けれど、その事実を、目の前の男に向かって告げる者はひとりもいなかった。啓介を引き上げた隊員のひとりが、そっと肩に手を置いた。「あなたは命を賭けて彼女を探していました。その気持ちは、きっと伝わりますよ」――その言葉は、嘘ではなかった。けれど、それでも、啓介の胸には刺さった。彼にだけは分かっていた。どれほど彼女の想いを踏みにじり、どれほど長い間、真正面から向き合ってこなかったか。あの時の、あの言葉のひとつひとつを思い出すたび、胸が締めつけられるように痛んだ。「……違うんだ……俺は……最低の男なんだよ……」そう呟くと、啓介は仰向けに甲板へ倒れこみ、顔を両手で覆った。「……俺なんか、あいつの愛を受ける資格なんてなかった……全部俺のせいだ、俺が……俺が夏希を、死なせたんだ……」止めどなく溢れる涙が、指の隙間から流れ落ちていった。その後も、啓介は毎日、海岸に立ち尽くし、望みのない捜索が終わるまで離れようと
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第12話

啓介は玄関で立ち尽くしていた。今からこの家族に、夏希の死をどう伝えればいいのか――その言葉が、喉の奥で詰まって出てこなかった。そのとき、キッチンから良い香りとともに琴子が笑顔で出てきた。「啓介さん、ご飯できたわよ。千春があんたの帰りを心配してね、『きっと疲れてるから美味しいもの作ってあげて』って言ってたのよ」彼女の声は明るく、まるで何事もなかったかのように響いた。啓介はその言葉に呆然とした。頭がうまく回らなかった。「……俺が帰ってくるって、知ってたのか?」彼は信じられない思いで千春を見た。「じゃあ、俺がなんのために帰ってきたかも、分かってるはずだろう?何か……言うことはないのか?」彼はずっと、高峰家が電話で夏希の話を避けるのは、あまりにも現実が重すぎるからだと思っていた。だが――違った。千春はテレビでバラエティ番組を見て、大きな笑い声を上げた後、啓介の前にやって来て、にこやかに言った。「……夏希のことで、もうあなたに迷惑かけたくないの。だから私は、前を向いて生きていくわ」「……は?」啓介は、笑みが歪んでしまうのを止められなかった。笑っているのか、怒っているのか、自分でもわからない――ただ、体の内側で何かが崩れていく音がした。そのとき、千春の継父がキッチンから出てきて、食卓に大きな土鍋を運んできた。「千春の言う通りだ。お前の好きな海鮮粥、千春の手作りだよ、あの子がレシピを探して、何時間もかけて煮込んだんだぞ」鍋の蓋が開くと、立ち昇る湯気と香ばしい匂いが部屋中に広がった。だが、啓介の顔は青ざめた。空っぽの胃に、むしろ吐き気をもたらした。海鮮――あの冷たい海の味。夏希が沈んだ、あの場所の匂い。彼の異変に、誰も気づかなかった。この三人はこのところ楽しい日々を送っていた。啓介が戻ってきた今、計画が完成間近だと知り、喜びが増すばかりだ。琴子は笑顔で千春に粥をよそいながら言った。「千春、エビいっぱい入れておいたわよ、啓介さんの大好物でしょ?」――だが、その瞬間、啓介はもう限界だった。「……誰も、夏希のことを気にしてないのか?」彼は怒りに任せてテーブルを指差し、叫んだ。「救助隊は言ってた。夏希の遺体はもう……魚の餌になってるかもしれないんだぞ。それなのに、お前らはよくその魚を、こ
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第13話

千春は夏希の死を、まるで天気の話でもするかのように軽く流した。その声には、妹を失った悲しみのかけらも感じられなかった。まるで夏希が他人だったかのように――見ず知らずの通行人のように。だが、たとえ他人であっても、人の死を知ったならば、もう少し感情というものがあって然るべきではないか?その冷たさに、啓介の背中がぞくりと冷えた。全身を包む強烈な嫌悪感の中、彼は反射的に千春の手を振り払い、かつてないほどの厳しい声で詰め寄った。「夏希の遺体はまだ見つかってもいないんだぞ……!お前、それでも人間か?」その言葉を聞いた瞬間、千春の表情にわずかな変化が走った。彼女は唇を固く結び、少し間をおいてから、傷ついたような顔で言った。「どうしてそんなこと言うの?私は叔父さんのために、海外の芸能活動まで全部捨てて帰ってきたのに……それでもまだ、足りないの?」彼女に反省の色は一切なかった。琴子もすぐに反応し、娘をかばうように駆け寄った。「千春、泣かないで。啓介さんはきっと、取り乱してるだけよ。そんなつもりじゃなかったのよ。啓介さんだって、あなたが好きだったからこそ、ずっと待ってたんじゃない。夏希なんて、いてもいなくても関係ない人だったのよ。ねぇ、啓介さん?」啓介は千春の、夏希にそっくりな顔をじっと見つめた。だけどその顔は、今まで見たこともないような、まったく別のものに見えた。もう限界だった。彼は無言で背を向け、家を出た。そこは本来、自分の家であるはずなのに、一秒たりとも留まっていたくなかった。そして、出ていく瞬間、ドアを思いきり締めた。バタン。「啓介さんったら、なんであんなに怒ってるのかしら……夏希のことで、精神的に追い詰められてるのね。あの子も、よりによってあんな日に失踪するなんて……わざとじゃないの?」琴子は千春を慰めながら言った。「大丈夫よ、お母さん。叔父さんはすぐ戻ってくるわ」千春はまるで勝利を確信しているかのように微笑み、まったく気にも留めない様子で席に戻ると、また海鮮粥を口に運んだ。――夏希なんて、ただの身代わりにすぎなかった。啓介が本当に愛していたのは自分なのだ。夏希は生きていた頃から自分に勝てなかったし、今や海の底に沈んだとなれば、なおさら敵うはずもない。両親の財産も、啓介の財産も、すべてが自
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第14話

夏希は彼の前に立ち、まずはふさふさとした短髪にそっと手を伸ばした。指先はそのまま肩幅のあるたくましい肩へ、さらに露わになった前腕へと滑っていく。「……すごい、今の技術ってここまで進んでるんだね。触った感じ、ほんとに人間と変わらない」肌は滑らかでしっとりとしており、押せば適度な弾力が返ってくる。しかも、ほんのりと体温さえ感じられる。――あまりにも、リアルすぎる。彼はまるで本物の恋人のように優しく笑みを返し、その夜のうちにキッチンで腕前を披露してくれた。火も水も恐れず、教えられてもいないのに、さまざまな調理器具を器用に扱っていた。最初、夏希は何かトラブルが起きるのではと心配して、キッチンの入口に立って様子を見守っていた。でも、彼が色とりどりの美味しそうな和食を運んできた瞬間、そんな不安は吹き飛んだ。「……どうして座らないですか?もしかして、僕の料理が気に入らなかったのですか?もし問題があるなら、どこを直せばいいか教えてくれたら、すぐに改善しますから」彼は食器をテーブルに並べながら、穏やかに尋ねた。夏希はあわてて駆け寄り、味噌汁をひと口味わった。その瞬間、目を輝かせて言った。「ううん、すごく美味しいよ。私の好みをよく分かってるなって、びっくりしただけ」テーブルには、見た目は派手ではないが、どれも味は抜群な料理が並んでいた。彼は、まるで長年連れ添った恋人のように答えた。「僕は君一人だけを愛しています。だから、君に関することは全部、完璧にこなすべきだと思ってます。海鮮が苦手なのも、あっさりした味が好きなのも、トマトは皮を剥いて食べたいっていうのも……全部、君のデータに書いてありました。それを覚えていないようじゃ、君の『恋人』なんて名乗る資格はないと思います」夏希が彼を注文したとき、正直なところ、気持ちはまだ整理できていなかった。心のどこかに残る未練や寂しさ――それを埋めるために、仮初めの「恋人」として彼を選んだ。書類にもたくさん自分のことを書いた。それなのに、想像以上に心を満たしてくれる存在が、目の前にいた。「来てくれて、ありがとう。たとえ人間じゃなくても……ただの機械と部品でできた仮想の存在でも、構わないよ」そう微笑むと、彼と一緒に食器を並べ、向かい合って座った。島に来て初めて、まる
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第15話

人は誰しもが唯一無二の存在で、誰の代わりにもなれない。夏希はずっとそう信じて、その思いだけを支えに生きてきた。けれど――最初に心からその価値を認めてくれたのが、「人間」ではなく仮初めの存在だったなんて、彼女は夢にも思わなかった。アンドロイドは、彼女の目に涙が浮かんでいるのを見て、不安そうに尋ねた。「……何か、いけないことを言ってしまいました?」「ううん、違うよ」夏希は涙を拭い、穏やかな笑顔を浮かべて首を振った。「嬉しかったの。ただ、それだけ。私と……姉は双子で、ほとんどの人がいつも見分けられないのに、あなたはちゃんと私を選んでくれたから」彼は優しい眼差しで彼女を見つめ、静かに言った。「……夏希のこと、なっちゃんって呼んでもいいですか?」その言葉に、夏希はふっと笑みを浮かべた。「いいよ」その瞬間から、「なっちゃん」は彼女だけの名前になった。「南ちゃん」と呼ばれ、個として認識されることすらなかった過去の自分は、もうどこにもいない。そして、この新しい呼び名が生まれたことで、彼との関係性も少しずつ変わり始めた。最初こそ、傷ついた心を癒すためだけの「存在」だったのに、今では彼を本当に「彼氏」だと思えるようになっていた。――たとえ、機械であっても。彼は、彼女を選んでくれた。その事実だけで、人間の誰よりも、ずっと信頼できた。海辺の島での生活は、静かで穏やかだった。周囲に住んでいるのはかつてこの地に訪れた旅行者が多く、すれ違えば誰もが自然と微笑み、「あのふたりはカップルなのだ」と思ってくれる。そんな日々が続くうちに、アンドロイドは「彼氏」という役割にどんどん馴染み、ますます頼れる存在になっていった。夕暮れ時。ふたりで海辺に座り、沈みゆく太陽を眺めていた。夏希は少し疲れを感じ、体をそっと彼の方に傾けた。すると彼はすぐに手を取り、優しく語りかけた。「まだ日が暮れるまで少し時間があるよ。帰りたくないなら、僕の肩で少し眠ってもいい」「うん」遠慮なんて、もうとっくに捨てていた夏希は、素直に彼にもたれかかった。彼の体は広い肩幅と引き締まった腰のバランスが美しく、どんなときでも彼女を支えてくれる。より快適に寄りかかれるようにと、そっと腕をまわして彼女を包み込んでくれた。その瞬間、夏希の眠気は一気に吹き飛ん
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第16話

アンドロイドは、夏希のささやかな違和感に気づくこともなく、いつも通り穏やかな声で言った。「じゃあ、ここに飽きたら、温かい時期にノルウェーに行こうか。ちょうど僕も行ってみたいと思ってたし」彼の言葉は、まるで感情を与えるために設計されたように、完璧に温かかった。その頃には、太陽はすっかり海の向こうに沈み、空にはかすかな夕焼けが残るだけだった。そよ風が夏希の髪をやさしく揺らし、ひんやりとした空気を運んでくる。アンドロイドは彼女が冷えてしまわないか心配して、そっと姿勢を変え、自然な動作で夏希を抱き寄せた。風を遮るように。別に寒くはなかったはずなのに、不思議と心が温かくなった。そのぬくもりに、夏希の胸がふと震えた。――この体温まで、そんなにリアルなの?しかも彼の胸元に耳を寄せると、微かに鼓動のような音さえ聞こえてくる気がした。夏希はまるで自然に身を寄せるように、彼の胸に顔を当てながら尋ねた。「ねえ……あなたたちって、体温の調整もできるの?全然寒くなさそうだけど」アンドロイドは微笑みながら、軽やかに答えた。「もちろん。ある程度の知能がないと、彼氏役なんてできないからね」言葉には冗談めいた抑揚があった。夏希は興味を引かれ、さらに質問を重ねた。「じゃあさ、どうやって調整するの?スイッチがあるの?それとも中枢システムが自動で反応してる?プログラムに組み込まれてるとか?」立て続けの質問に、あれほどいつも完璧だったアンドロイドが、一瞬だけ言葉を詰まらせた。「えっと……そのへんはちょっと複雑で……また今度詳しく話すね。ほら、夕陽が沈んじゃったよ」話を逸らされた。「まさか、答えられないってことじゃないよね? まあいいや。あのとき渡された取扱説明書、どこに行ったか分かんなくなっちゃったけど、自分で読めばどうせ同じだし」夏希は笑いながら、それ以上追及しなかった。彼と並んで海を眺めるこの瞬間を、静かに味わいたかった。それから一週間後、ふたりはトリスタン・ダ・クーニャ島での滞在を終え、次の目的地・オーストラリアへと旅立った。ノルウェーを最終地に設定し、世界を巡る長い旅の始まりだった。もちろん、アンドロイドにはパスポートがない。そのため夏希は事前に製造会社へ連絡を入れておき、すべての手続きを代行してもらっていた
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第17話

ふたりは同時に上を見上げた。すると岩壁の一部が崩れかけているのが目に入った。今にも落ちそうな不安定な石が、風に揺れていた。「……急いで下りないと」夏希は顔を青ざめさせながら言った。その瞬間、山頂から突風が吹き抜け、小石がばらばらと落ちてきた。その勢いで、さっきから不安定だった岩がついに外れ、夏希めがけてまっすぐ落ちてきた。安全ロープに体を繋がれている夏希は、身動きが取れず、避ける暇もなかった。この幸せだった日々も、ついにここで終わるのか――そう思って目をぎゅっと閉じた。けれど、崩れ落ちる岩の音が耳元をかすめたその瞬間、彼女の体は何かにしっかりと抱きしめられていた。ゆっくりと目を開けると、目の前にはアンドロイドの真剣な眼差しがあった。彼はぎりぎりのタイミングで自分の体を大きく揺らし、夏希を脇へと突き飛ばすようにして庇ったのだった。ふたりは落石を避け、いくつかの小石がかすっただけで済んだ。「……今の、もう本当に死ぬかと思った……」夏希の目には涙が溜まり、声が震えた。「大丈夫」アンドロイドは片手で安全ロープを握りしめ、もう片手でしっかりと彼女を抱きしめた。自分の肩を夏希の寄りかかる場所として差し出し、静かに語りかけた。「僕がいる限り、君は絶対に危険な目には遭わせない。もし何かあるなら、僕が先に壊れるだけだよ」それはただの優しい言葉ではなく、実際の行動によって証明された事実だった。彼が飛び込んでくれなければ、夏希は今ごろ大怪我を負っていたかもしれない。夏希はもう「ありがとう」などという言葉では足りないと感じ、そっと彼の肩に両腕を回した。ふたりは断崖の途中で抱き合い、すべての外界のことを一時的に忘れていた。この瞬間、世界には自分たちしか存在しないような気さえした。だがその直後、アンドロイドが安全ロープを調整しようと動いたとき、ごく短い呻き声を漏らした。夏希は顔を上げて慌てて尋ねた。「今、声がしたよね?どこかケガしてない?」「平気だよ」「そんなはずないよ、さっき確かに聞こえた!」彼女は不安そうに彼を見つめ、彼の体をくまなく目で追った。普通、アンドロイドにはそんな反応があるはずない。それなのに、今の彼の様子はあまりに「人間らしすぎる」。やがて、夏希は彼の袖口に滲む赤いシミを見つ
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第18話

やがて、カサカサという物音は静まった――かと思えば、今度は誰かの小さな声での会話が聞こえてきた。夏希は、これ以上ベッドの中で息を潜めて様子を見るのは無理だと判断し、そっと布団をめくって身を起こした。できる限り音を立てないように慎重に寝室のドアを開けると、壁にぴったりと体を寄せながら、廊下の角まで足を進めた。そこからリビングを見やると――あのアンドロイドがドアのそばに立ち、見たことのないスマホで電話をしているところだった。彼は夏希に背を向けたまま、まるでずっと前から使い慣れているかのように、落ち着いた仕草で操作していた。以前、夏希が「スマホは必要ないの?」と聞いたとき、彼は「君以外の誰とも関わる必要がないから」と答えたはずだ。では今、彼が使っているそのスマホは、一体どこから来たのか。そして、アンドロイドのはずの彼が――誰と、何のために連絡を取っているのか?たくさんの疑問で混乱した夏希は、息を呑み、耳を澄ませた。「……他のことはどうでもいい。とにかく信頼できる医者を連れてきてくれ。腕の擦り傷が感染しかけてる、すぐに処置しないとまずい。うん、できるだけ早く頼む。わかった。ここで待ってる」彼の声は、これまで夏希の前で見せたことのない、低く抑えられた緊張感を帯びていた。通話はすぐに切れた。その後、周囲を警戒するように見回し、アンドロイドは足音を立てないように静かに玄関を開けて外に出ていった。完全にドアを閉めることなく、少しだけ隙間を残して――彼が身を翻すよりも早く、夏希は影に身を潜めた。自分の気配も足元の影も、すべて隠した上で、彼の動きを見届けたのだ。彼が出て行ったのを確認すると、夏希がすぐに窓辺まで移動し、カーテンの陰から外を覗いた。ここは一軒家タイプのレンタルハウスで、庭には芝生と車道が敷かれている。その庭先に、アンドロイドは立っていた。彼の前には、白衣を着た男が立っており、片手には救急バック。どう見ても医者だった。彼の背後には黒塗りの高級車が停まっており、運転席には別の男性の姿があった。そして驚くことに、その医者は極めて手慣れた様子でアンドロイドの腕の処置を始めた。消毒、薬の塗布、包帯――その一連の動作は、まるで「修理」ではなく「治療」だった。夏希は、それをただ黙って見つめていた。
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第19話

「正直に言うとね――」悠真は、どこか照れくさそうに目を伏せながら話し始めた。「卒業してから、わざわざ海を越えてウォール街で起業したのも、失恋の痛手から離れたくて……って理由が少しはあったんだ。でも、まさか自分たちの開発したアンドロイドの初期販売に、最初に現れたお客さんが――君だったなんて、想像もしてなかったよ。仕事に没頭していれば、きっと昔のことなんて忘れられると思ってた。でも、君を見た瞬間……もう、心を止められなかった。とくに君の置かれていた状況や、必要としているものを知ってから」彼は一度言葉を切り、少し躊躇ったあと、申し訳なさそうに告白した。「……君をがっかりさせたくなくて、嘘をついた。本当にごめん」夏希はすべてを察したように、静かに口を開いた。「ってことは、あのアンドロイドの『癒し効果』って、実は誇張されてたんじゃないの?」「いや、それは違う!」悠真はぶんぶんと首を振って、真剣な顔で続けた。「たしかに癒しの効果はあるけど、やっぱり本物の人間みたいに『感情に寄り添う』ってレベルまではまだいかなくて……それに製造期間が長いし、使用環境にも様々な制限があるし、納期も延び延びで――それなら、いっそ僕が直接そばにいたほうがいいって、思ってしまったんだ」もし彼の言葉がすべて本当だとしたら、出発点はきっと善意だったのだろう。だけど、たとえ善意でも嘘は嘘――夏希は、すぐには彼の気持ちにどう応えていいか分からなかった。再び、空気が張りつめる。そんな沈黙の中、悠真は真っすぐに彼女を見つめたまま、口を開いた。「……もし受け入れられないなら、首を横に振ってくれればいい。そしたら僕はすぐにここからいなくなる。本物のアンドロイドが完成したら、改めてそっちを君のもとへ届けるよ」その声には、なんとも言えない切なさが滲んでいた。すると夏希は、ふっと笑みを漏らした。「贅沢に慣れると、戻れなくなるのよ。あなた自身が言ってたでしょ?アンドロイドには、まだ本物の『感情に寄り添う』ことまではできないって。もし届いたアンドロイドが思ったより『おバカさん』だったら――返品したくなっちゃうかもね」その言葉に、悠真の顔がぱっと明るくなった。「じゃあ……つまり、僕はこのままここにいてもいいってこと!?」「まだ決めてないわ」
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第20話

夏希は目を閉じ、願いを込めて静かにロウソクの火を吹き消した。部屋いっぱいに咲き誇る蓮の花を見渡しながら、ふと尋ねた。「このお花も、さっき言ってた「サプライズ」なの?」悠真は頷き、優しく笑った。「うん。君がアクセサリーやカバンに興味ないのも、高級コスメをあまり使わないのも知ってたから――だから、君だけの特別なプレゼントを贈りたかった。蓮は夏の暑い時期にこそ、一番美しく咲く花だって知ってる?僕にとっては、まさに夏希にぴったりの花なんだ。だから、これを贈ることにした」彼はそれを手に入れるために、慣れない土地のオーストラリアでどれだけ奔走したかを語ることはなかった。ただまっすぐな瞳でこう言った。「夏希、君は僕にとって、いつだって『たった一人の存在』なんだ。誰が何と言おうと、僕は絶対に見間違えたりしない」その言葉は、どんな甘い愛の言葉よりも、ずっと心に響いた。迷いも不安も、彼の言葉と共に自然と消えていく。そして、夏希はケーキを一切れ切り取り、小さく頷いた。「……じゃあ、試してみようか。私たちのこと」その日を境に、二人は正式に恋人関係を確認した。悠真は喜びを隠しきれない様子で、これまでの遠慮をやめ、堂々と仕事をこなし始めた。時には部下と会い、時にはリモートで指示を出しながら、夏希と過ごす時間を大切にした。夏希もまた、彼の世界の中に少しずつ入り込んでいき、心の中にあった影を振り払うように、新たな生活を歩み始めた。封印していたカメラを再び手に取ったのも、そんな変化のひとつだった。悠真も有言実行で、夏希の趣味を心底から支援した。暇さえあれば共に出かけて撮影を楽しめる。「今考えると、あの頃は本当に夢の中にいたみたい」ファインダー越しに街の風景を切り取っていた夏希は、ふとそう呟いた。彼女はかつて、自分を他人の代わりとしか見てくれない男のために、大切にしていた趣味さえ手放していたのだ。「でももう、目が覚めたんだよね」隣でそう答えた悠真の目には、まぶしいほどに輝く彼女の姿が映っていた。夏希と出会えたことこそ、自分の人生最大の幸運だと、彼は心の底から思っていた。山の安全確認が済んだ頃、二人はもう一度あの山へ向かい、再び登頂に挑戦した。今回は何事もなく頂上までたどり着き、夏希はそこで撮った一枚
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