Lahat ng Kabanata ng そろそろ別れてくれ〜恋焦がれるエリート社長の三年間〜: Kabanata 171 - Kabanata 180

561 Kabanata

第171話

「……俺は君を協力相手に選び、結婚した。だから、他の誰かを選ぶつもりはない」秀一は一拍置いて、少しぎこちなく言葉を足す。――けれど本当は、「協力相手」なんて冷たい言葉で括りたくなかった。秀一の中で二人は、契約関係でも協力関係でもない。ただ一つ、「彼は彼女の夫だから、信じてほしい」、それだけだった。彼は玲を愛しているから、裏切ったり、他の人を選んだりしない。しかし、今の二人は、まだ気持ちが通じ合っていなかった。それに、弘樹との苦い初恋を経験した玲は、気持ち的にも精神的にもすぐには秀一を恋愛対象として受け入れるのは難しいだろう。そんな彼女に、急に恋人としての距離を詰めるより、信頼できる仲間として寄り添う方が、きっと自然だ。玲は、言葉の裏にある秀一の思惑を知る由もない。けれど、「他の誰かを選ぶつもりはない」という一言が、胸の奥に温かく染み込んだ。「……はい。秀一さんを信じます」目尻が少し潤んで、玲は笑った。「次からは、勝手に疑ったりしません。無駄に落ち込んだりもしません」秀一はその笑顔を見つめ、ふっと柔らかく微笑んだ。「いい子だ」大きな手が、そっと彼女の頭に触れる。「さっき部屋を出てからずっと戻ってこなかったが……お義母さんに何か言われたのか?」「ううん、何も。むしろちょっと仕返ししてきました。そうだ、これ!母からご祝儀をもらってきました!」手渡されたのは、一枚のカード。雪乃の貯金だけでは足りなかったから、十数分前、玲が自分の口座からわざわざ振り替えをしたばかりのものだ。決して大金ではない。けれど、彼女なりの精一杯の気持ちだ。誇らしげの玲の顔を見て、秀一は一瞬だけ目を細め、それから受け取って小さく頷いた。「ありがとう」彼にとっては必ずもらわないといけないお金ではないが、玲が彼のために頑張って引っ張り出してきたものだ。大事にとっておくのが、彼女への一番のお返しだろう。秀一がカードを丁寧にポケットにしまい込むのを見て、玲の胸の中で小さな花が咲いたように嬉しさが広がる。弘樹に「大人気ない」と言われたことも、完全に忘れ去った。二人はそのまま個室へ戻り、最後まで丁寧に挨拶を済ませた。一方、雪乃は全財産をまんまと失い、目の縁まで赤くして、誰とも話したくない様子だ。そんな中、茂だけは変わらぬ笑顔を浮かべていた。秀一
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第172話

数日が過ぎ去り、あれほど騒がしかった世界が、まるで嵐の後の海のように静けさを取り戻していた。玲もようやく、親戚たちへの挨拶を済ませ、誰にも邪魔される心配がなく、本業――アトリエでの彫刻制作に没頭できる日々が始まった。とはいえ、そばに雨音がいるおかげで、世間の話題から完全に切り離されることはなかった。特に――弘樹と綾のゴシップとなると、雨音は黙っていられず、話が始まると止まらない。なぜなら、藤原家と高瀬家の協力関係が白紙になってから、弘樹と綾の関係は修復どころか、余計にこじれてるらしい。聞いた話だと、綾が転院したあとも弘樹は彼女についておらず、退院してからも冷たい態度のままだった。そのせいで、綾が何度も高瀬家に押しかけて大泣きし、雪乃も手を焼いてるとか。だが弘樹はまったく反省していない様子で、今まで通り仕事に没頭し、まるで今を逃したら、大事な何かを失ってしまうかのように。玲は十年以上弘樹のことを知っている。けれど今の彼の行動は、彼女の知る弘樹とはまるで違っていた。とはいえ、今の玲の生活において――もはや彼のことは「優先事項」ではなかった。彼女は粘土を整えながら、目の前にいる雨音を見て尋ねた。「そういえば、この前お願いしてた件……あの人のこと、何かわかったの?」「もちろん!」雨音は得意げに微笑んだ。「あの桜木ひなのことでしょ?今日それを報告しに来たの。あの人、首都に来てから、一度も港市に戻ってないらしい。でもね、このところ頻繁に藤原家の本邸に出入りしていて、いつも美穂さんと何かコソコソ話してるみたい。怪しいったらありゃしない」玲の眉がわずかに動いた。「でも、秀一さんのところには行ってないよね?私のところにも、何の接触もないし……」それが、玲にはどうしても引っかかっていた。「秀一の妻」という立場を奪われたと知ったなら、ひなが黙っているはずがない。秀一に詰め寄るか、自分に嫌味を言いにくるか――そのどちらかだ。けれどひなは、美穂とだけ接触してる。それはさすがに不自然だ。玲の言葉を聞き、雨音も首を傾げたが、すぐに楽観的な笑みを浮かべた。「案外、引き際を悟ったんじゃない?あの人、頭は悪くないし、藤原さんに玲ちゃんがいるってわかったら、勝てないと思って諦めたかもしれないでしょ?なんせ、あの綾みたいに、人の彼氏を無理やり
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第173話

「秀一、その話、本当に難しすぎるって……!俺ら二人ともそんな経験ないし、女の人の誕生日パーティーがどんなのかなんて、わかるわけないじゃないか!」友也は椅子に背を預け、頭を抱えながら呻いた。いつもは余裕たっぷりの水沢家御曹司も、今日はすっかり覇気を失っている。彼が泣き言を漏らすのも無理はなかった。なにせ秀一は、玲の二十一歳の誕生日をどう祝うかという難題を、一週間前から二人に課していたのだ。その間に友也と洋太が提出した企画案は、ざっと十通り。だが、どれもこれもありきたりすぎると、秀一の一言で即ボツ。何千億もするプロジェクトに携わったときでさえ、こんな無力感を覚えたことはないと、友也は嘆いた。「秀一、惚気話を聞かされるだけならまだいいんだけど、俺らまでその惚気に巻き込むのはどうかと思うよ?」友也はぐったりと机に突っ伏す。いつも饒舌な洋太も、何を言えばいいのかわからず、途方にくれた。「社長、誕生日パーティーなんて普通にお花を送って、会場に風船を飾って、それっぽくすればいいんじゃないですか?」しかし秀一は、暗い顔で答えた。「……それはもうやった。新居に引っ越した初日、すでにその手を使ったんだ」「じゃあ……もう一回やればいいじゃないか」友也が顔を上げて、当然のように言った。「同じ演出だって気持ちがこもってればいいんだろう?俺なんて雨音と知り合って十年以上、結婚して二年経つけど、一度も誕生日パーティーなんて開いてやったことはないよ」彼女と比べれば、玲はもう何倍も幸せだというのに。友也の話を聞き、会議室に沈黙が落ちた。数秒後、秀一が無言でスマホを取り出し、何かをタップした。そして目を閉じたまま、淡々と告げる。「ボーナスを振り込んだ。二百円。下の売店でのど飴でも買ってこい。今後、まともな会議には出なくていい」「……?」友也の口が開いたまま閉じない。――何これ、子どもをあしらうつもりか?雨音の誕生日パーティーを開いてあげなかったのは、それなりの事情があった。彼女は三歳年上で、もともとは友也の兄の友人。誕生日のたびに兄が主催していたから、彼の出る幕などなかった。結婚してからも、仲は冷え切っていた。誕生日パーティーを開いてあげる意欲もない。特にこの間、雨音の胸をうっかり触ってしまった事件以来、友也はもう半月も雨音に
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第174話

「……あなたに用なんかない!」雨音の声が、会議室の空気を一瞬で震わせた。その勢いに、友也が思わず言葉を飲み込む。雨音は彼の横をすれ違いざま、まっすぐに足を踏み出し、秀一のほうへ向かった。「藤原さんっ!玲ちゃんが――玲ちゃんがいなくなったんです!」その言葉を聞いた瞬間、秀一はすぐに立ち上がった。整った顔立ちに冷たい影が落ちる。彼の視線が鋭く光ったとき、場の温度が一気に下がった。「……どういう意味だ?」その低い声に、雨音は息を整え、急いで一気にまくしたてた。「今日、玲のアトリエに行ってたんです。一緒に作業しながら話してて、最初は何もありませんでした。玲ちゃんはお父さんの話をしてて、笑ってました。でも急に、銀行から電話がかかってきて。玲ちゃんのお父さんが残した貸金庫を、雪乃さんが、家族の名義で開けちゃったって!中のものは全部、もう持ち出されたって言うんです!それを聞いた途端、玲がすごく取り乱して、何も言わずに飛び出していきました!私も追いかけたけど、少し遅くて……そのまま行方がわからなくなったんです。あれからもう二時間も経ってるのに、電話も繋がらないんです!何かあったらって、心配で……」玲にとって父が残したものは、ただの嫁入り道具ではなく、大事な遺品でもあるのだ。まさか、あとわずか三日でそれを手に入れられるタイミングで、実の母親に先を取られてしまうなんて。玲の親友として、雨音は、怒りで顔を真っ赤に染めながら言葉を絞り出した。「たとえ相手が玲ちゃんのお母さんで、私にとっても年上の方でも――今日だけは、絶対に許せない!あの人ほど自分の娘を搾り取る母親なんて見たことない!十三年前、玲ちゃんを連れて高瀬家に嫁いでから、彼女に優しくしたことなんて一度もなかった。むしろ、玲ちゃんの持っていたものを奪えるだけ奪った。玲のお父さん――登山中の事故で亡くなったって聞いてる。彼は保険に入っていて、保険金の受取人を娘にした。だから本来なら、玲ちゃんがその保険金を受け取るはずだった。雪乃さんは……それを知ってるから、再婚しても玲を手放さなかった。そんなの、愛なんかじゃない!あの人は最初から保険金しか見てなかった!結局その保険金、玲ちゃんは一円だってもらってない。全部、雪乃さんが使った!それも――高瀬家の父子のために!こんなの
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第175話

会議室の空気は、一瞬にして氷のように冷たく張りついた。洋太も友也も、その場で立ち尽くし、耳を疑うほどの事実を受け止められずにいた。――どうして、そんな人間が存在するのか。彼らは最初、雪乃が玲に冷たいだけの母親だと思っていた。だが今、それは単なる冷たさではなく、雪乃は、娘を徹底的に食い物にしていたのだと理解したのだ。秀一の表情は、見る者を凍りつかせるほどに冷たい。彫像のように整った顔立ちに黒い影が差し、言葉は出さずに席を立つと、大股で会議室を出て行った。「どこへ行くんですか?人を出して探さないんですか?」雨音が慌てて追いすがる。「俺が直接行く」秀一は短く答え、鋭い口調で続ける。「高瀬家だ」雨音はその言葉を聞いて、一瞬で我に返った。銀行や玲が行きそうなところを探すことばかり考えていた自分に気づく。そうだ、雪乃は高瀬家にいる――玲が今いるのは、間違いなくそこだ。――そのとき、静かに見える水面でも、実は大きな嵐を孕んでいたのだと、誰もが気づかなかった。秀一は車を飛ばした。通常なら四十分はかかる高瀬家までの道のりを、わずか半分ほどの時間で走り切った。高瀬家に近づくにつれ、邸内からは悲鳴や助けを求める声が途切れず聞こえてきた。「お父さんが残した物はどこに隠した!」掠れた玲の声に怒りが満ちていた。散らかったリビングにはブランドバッグが無造作に置かれ、彼女の手には砕けたグラスの破片が握られている。血走った瞳で、玲は雪乃の首を押さえつけていた。全身の血が逆巻くように高鳴り、身体は震えている。その状態で、二人はどれだけ対峙していたのだろうか――時間の流れの中で、玲は目の前の雪乃を見て、不思議なほどに「見知らぬようでいて、見慣れた」存在だと感じていた。その瞬間、玲はすべてを思い出した。雪乃が自分の母として、ずっと冷たい態度だったことを――それは茂と再婚してから急にそうなったのではなく、自分の父が亡くなる前からずっとそうだったのだ。父が生きていたころも、玲は母に愛されている実感を持てなかった。一般の家庭なら母親が娘の面倒を見て着飾らせるものだろうが、雪乃は玲を父に押し付け、自分は明るく華やかに着飾って遊びに出かけてばかりだった。再婚してからは、急に良妻賢母へと変わったが、玲が愛されることはなかった。彼女は高価の
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第176話

弘樹と茂はそのとき会社にいて留守だった。家にいるのは雪乃と数人の住み込み家政婦だけ。家政婦たちはすでに震え上がり、ソファからできるだけ離れた場所へ固まっている。玲が自分たちにも危害を加えるのではないかと、誰もが恐怖で手がすくんでいた。雪乃は息すら困難になり、逃げようともがく。何度も体を捻って娘を振り切ろうとしたが、力及ばず、ただ助けを求めて声を上げるしかなかった。「玲、私はあんたの母親よ。親を殺すなんて、世の中に顔向けできないことよ!いい?こんなことになったのは全部あんたのせい、因果応報ってやつよ!……そこのあんたたち、何をぼーっとしているの?警察を呼んで、この毒婦を引きずり出してもらいなさい!」雪乃の怒鳴り声が家の中に響き、玲の耳に突き刺さった――毒婦だって?それは母親が実の娘に向ける言葉なのか?娘をこんなふうにした張本人は他ならぬ雪乃なのに、彼女はいまだに自分に非があるとは思っていない。すべてを玲のせいにし、責任を転嫁しようとする。そんな彼女の姿に、玲の胸に冷たい絶望が落ちた。隅のほうで家政婦の一人が震えながらスマホを取り出し、通報しようとしても、玲にはそれを止める気力すら残っていなかった。「通報するな!」そのとき、足音が屋敷内に鋭く響いた。秀一が大股で踏み込んできた。彼の視線は鋭く、立ち尽くす者たちの動きを一瞬で止めた。家政婦たちはスマホを握る手を引っ込め、声も出せない。玲もはっと固まった。顔に浮かんでいた痛ましい嘲りの表情は、すぐに硬直して消えた。反応する猶予すら与えられぬまま、秀一は彼女のもとへ進み、片手で乱暴にその手を掴む。そして冷静に、だが力強く指をこじ開けた。「パキッ」という乾いた音が一瞬にして部屋に響く。長いガラスの破片が床へ落ち、赤い血しぶきと混ざって四散した。玲の手のひらは見るに堪えないほどに抉れ、肉が露出して深く裂けていた。もしあのまま握り続けていれば、神経までも切れていたかもしれない。けれど玲にはもう痛みを感じられない。押さえつけられ、まるで悪さをして捕まった子供のように萎縮していた。「秀一さん、ち、違うんです。少し説明をさせてください……」玲はしわがれた声で言い訳を試みる。自分があのような凶行に及んだことに、秀一は激怒しているに違いない。なぜなら、親を傷つけるなど、こ
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第177話

玲は答えなかった。ただ、目の前の秀一をじっと見つめるだけだった。雪乃の前では見せなかった涙が、今は止めどなく溢れ出していく。抑えてきた感情が決壊したかのように、涙は頬を伝い落ちる。「わ、私……ただ自分のものを取り戻したかっただけなんです。お父さんが残してくれた、最後のものなんですよ……」泣きながら、玲はなんとか言葉を繋いだ。秀一は瞳を沈ませ、手の甲に落ちた玲の涙を見つめる。その一滴は、彼の胸にじわりと熱を残した。その間に、ようやく玲の手から離れた雪乃はソファから立ち上がり、慌てて弁明を始めた。「秀一さん、玲に騙されないでね。『お父さんが残したもの』だなんて、そんなことないわ。彼女宛てだって記録もどこにもないもの。それに、玲は私の娘よ。彼女の父親は私の前夫なんだから、どう考えたって遺品の第一相続人は私に決まっているでしょう。だからあれは私のものなのよ。それなのに、あの子が勝手に押し掛けてきたと思ったら、私を脅すように叫んで、ガラス片を持って襲ってきたのよ!秀一さん、玲はあんたと結婚した途端、後ろ盾を得たつもりで、実の母親にまで威張り散らすようになったのよ。こんな性格の子を妻に迎えたのだから、しっかりしつけてあげなきゃ、いつか必ず大問題を起こすわ!」雪乃は、いかにも正論を語るような口調で秀一を責め立てた。今までは反抗されても、言葉だけで済んでいた。だが今日は、娘の手が上がった。親であっても、それだけは許せない――そう思った雪乃は、秀一の前で娘に制裁を加えさせようと必死だった。秀一も高い地位にいる。もちろん、妻がトラブルの種になり、周囲から陰口を叩かれては困るはずだ――雪乃はそう踏んでいた。ところが秀一は何も言わず、ふっと視線を伏せると、スマホを取り出して短く電話をかけた。三分も経たないうちに、黒いスーツの用心棒たちが高瀬家へなだれ込んできた。そして次の瞬間、床に押し倒されたのは、雪乃自身だった。「きゃっ……っ!?ちょっと、離しなさい!どうして私がっ!?」雪乃は目を剥き、悲鳴をあげる。「秀一さん、何をしているの、悪いのは玲でしょう?こんな扱い、ひど過ぎない?この前の食事会で、私はあんたにご祝儀を渡したのよ!義母として、顔を立ててあげたじゃない!今のあんたのほうが、さっきの玲と何が違うというの?」秀一は小さく笑った
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第178話

「三つ数える。言わなければ、今すぐ高瀬グループを叩き潰す。高瀬の親子は、首都に居場所をなくすことになる」間違いを理解しない人間に口を割らせるには、本人ではなく、いちばん大切に思っている人間を痛めつけるしかない。そしてそれを実行できる男が目の前にいた。藤原秀一。茂にも、弘樹にも、容易く地獄を見せられる男だ。その言葉は決定的だった。さっきまで強気だった雪乃は、あっさり崩れ落ち、うろたえながら白状した。「なっ……待って!高瀬家に手を出さないで!夫も、弘樹さんも、絶対に傷つけないで!言う、全部言うから……!銀行の貸金庫にあった、玲の父親のものは……全部、売ったの。売ったお金で……A社の新作バッグを買ったのよ……弘樹さんと綾さんは最近、うまくいっていなくて……それで綾さんは何度も家に乗り込んできた。だから、弘樹さんのためにも、少しでも宥めようと思って……でも、貯金は全部、この間のご祝儀に当てちゃったから……貸金庫にあるものを売るしか……」お金の入る道など、雪乃にはもとより多くない。玲から奪った巨額の保険金はもうとうに消えていた。とはいえ、弘樹に出してもらうのも恥ずかしく――それで、玲から搾り取るしかなかった。玲が二十一歳になれば受け取れる嫁入り道具。その存在を誰よりも詳しいのは雪乃自身だ。お金に困ってない頃は、玲の嫁入り道具なんて狙うつもりはなかった。だが貯金が底をついた今、奪えるものは全部奪うしかない。最初は、こっそり持ち出しても、玲は黙って耐えるだろうと思った。保険金の時と同じように。――まさか、ここまで暴れ、事を大きくするとは思わなかった。まして、秀一が本気で高瀬家を潰すと言い出すなんて、想像すらしていなかった。だから雪乃は、徹底的に抵抗する覚悟をしていたのに――崩れた。その告白を聞きながら、玲は無表情のまま立っていた。感情という感情が、体のどこかへ抜け落ちてしまったように。「……お父さんが残してくれた嫁入り道具を売って、綾にバッグを?」玲が屋敷に入ったときから、ソファに置いてあるブランドバックの箱を見た。まさか、それが父の遺品で買ったものだとは考えもしなかった。玲は秀一の手を振り解き、一歩、また一歩へと箱に近づく。そしてそれを掴み、血に濡れた指で勢いよく裂いた。数百万するクロコダイルバッグは、
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第179話

ぼんやりとした意識のなか、雪乃は床に押さえつけられたまま、玲の最後の一言が落ちた瞬間、目だけがひくりと震えた。まるで、本当に何かを恐れているかのように。しかし、玲にはもう気づく余裕がなかった。失血と怒りで視界は真っ暗になり、ブランドバッグを切り裂いたあと、力なく後ろへ崩れ落ちる。けれど、倒れるより先に、すぐそばにいた秀一が素早く抱きとめ、そのまま玲を抱き上げて高瀬家を後にした。……秀一が連れて行ったのはロイヤルホテル。腕の立つ専属医師が待機しており、一般病院よりもはるかに早く手当てが始まった。玲は気を失ったように見えたが、実際は力が抜けていただけ。診察の結果、運よく神経は無事だったものの、皮膚の奥に細かいガラス片が残っており、手術で傷口を開いて取り除く必要があった。治療は一時間以上にも及び、包帯が巻かれた頃には、玲の顔は真っ白だった。それでも、ずっとそばで付き添い、同じく血の気のない顔をしている秀一を見ると、彼女は無理にでも声を出した。「……秀一さん、ありがとうございました」父の遺品を取り戻すことはできなかった。それでも、もし秀一がいなければ、「すべて売り払われていた」という事実すら聞けなかっただろう。そう思うと余計に胸が締めつけられた。秀一は玲の青ざめた唇を見て、ちょうどいい温度に冷ましたお湯を差し出す。「どうしても礼を言いたいなら、次はガラスの破片なんか使うな。誰かにいじめられたら、俺に電話しろ。ナイフは俺が持って行く」――ナイフなら、自分の手を切らずに済む。あまりにも秀一らしい発想に、玲はかすかに口元を上げた。「秀一さん、そんなの……加勢してるどころか、立派な共犯です。私が人を刺したら、あなたも道連れですよ?」「大丈夫だ、君と結婚してから、俺たちは運命共同体だと思っているんだ」秀一は目を上げ、まっすぐ玲を見つめる。「前にも言っただろう。俺たちは夫婦だ。君が何をしようと、どんな道を選ぼうと、俺は必ず君の隣にいる。たとえそれが地獄への道だとしても、喜んでお供するよ」そう言って身を寄せてきた秀一に、玲は息を呑んだ。何をされるのか一瞬わからず、身動きも取れない。けれど秀一が触れたのは――玲の唇の端だった。上がった口角を、そっと指で押し下げ、低く囁く。「無理に笑うな。笑えないなら、
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第180話

秀一は玲をベッドに横たえ、毛布をそっとかけ、端まで丁寧に整えてから、ようやく部屋を出て階下へ向かった。リビングには、すでに雨音と友也が来ていた。ふたりは本来、秀一と一緒に高瀬家へ乗り込むつもりだったが、道中またいつものように過去の因縁で言い合いになり、揉めているうちに到着が遅れたのだ。秀一が姿を見せると、雨音がすぐに駆け寄る。「藤原さん、玲ちゃんはもう寝ました?」「いや。落ち込んで眠れないだろうが、俺を安心させるために寝たふりをしていると思う」秀一はすべてお見通しと言わんばかりに、淡々とした声で答え、そのまま友也へ鋭い視線を向けた。「高瀬家と藤原家の契約が切れた直後、向こうは慌てて別の協力先を探しているはずだ。すぐにうちの人間を連れて行って、片っ端から案件を奪え。理由を聞かれたらこう言え――身内の教育さえできない人間に、そもそも仕事をする資格がないと」友也は目を瞬かせた。まさか、秀一が玲のために高瀬家との協力だけでなく、今度はその逃げ道さえ塞ごうとするなんて。驚いてはいるが、友也にも異議なかった。高瀬家はただ雪乃に巻き込まれただけだとしても、利益を享受した以上、被害者面は許されない。何より、秀一の言う通り――雪乃さえ教育できないなら、仕事をする資格などない。雨音に至っては、むしろ拍手したい勢いだった。「あの人、いつも高瀬家ばかり庇ってたんだから、こういう時こそ思い知らせるべきですよ!一番大切にしてるものが傷つけられたら、人がどれだけ苦しいか……思い知ればいいんです!藤原さん、今回ほんとにスカッとしました!玲ちゃんは確かに失くしたものは大きいけど、あなたがこうして動いてくれたら、少しは救われるはずです」玲のそばには後で自分がつき、気持ちを支えていくつもりなのだと、雨音はきっぱり言い切る。だが――秀一の瞳は、さらに深い闇を宿していた。「いや。三日以内に、玲の父親が残した嫁入り道具をすべて取り戻す」ただ彼女を慰めるのではなく、悲しみの種を取ってあげるということだ。その瞬間、雨音は完全に言葉を失う。ぽかんと口を開いたまま、数秒。ようやく声を絞り出す。「え、ちょっと待ってください……冗談じゃないんですよね?あれ、全部売られたんですよ?しかも雪乃さんは少しでも早く現金にしようと、小さな店をいくつも回
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