「うん、ケンカも、揉めたりもしてなかったの」綾は美穂の問いに、ふわりと笑ってみせた。その表情には、隠しきれない幸せがにじんでいる。「確かに秀一は弘樹さんの前で、私のことをいろいろデタラメ吹き込んでたけど、弘樹さんは全然怒らなかったの。むしろ私の体のほうを心配してくれて。ねぇお母さん、弘樹さんって、私が思ってたよりずっと私のこと好きかもしれないわね!」実際、秀一に過去を暴露された瞬間、綾は血の気が引いて震え上がった。移動用ベッドから転げ落ちる勢いで弘樹にすがりつき、足にしがみついて泣きながら謝ったのだ──若気の至りだった、だから見捨てないで、と。そう必死に訴えた彼女を、弘樹は驚くほど静かに受け止めてくれた。優しく抱き起こし、ハンカチで涙を拭いながら「気にしてない、俺は見捨てたりしない」と言ってくれたのだ。その一言が嬉しくて、綾は丸一日浮かれっぱなしだった。以前の弘樹の冷たさも、きっと仕事で余裕がなかっただけ──そう思えるほどに。だが、綾の話を聞く美穂の眉間には、逆に深いしわが寄っていた。いくら懐の深い男でも、愛している相手の過去を知ったときには、多少なりとも動揺するはずだ。嫉妬や独占欲、疑い──そういう色がまったく見えないのは、果たして弘樹の愛が深いからか、それとも……美穂の顔がさらに険しくなる。けれど今日ここに来た本題は、弘樹のことではない。ひと呼吸おいて、美穂は切り出した。「綾。今回の事故、いったいどういうことだったの?どうして車に撥ねられるようなことになったの?」「そんなのもちろん、玲のせいよ!」綾は玲の名前を出した途端、それまでの笑顔が消え、憎しみで身震いした。秀一が玲の味方をしたせいで痛い目も見たはずなのに、綾は喉元過ぎれば熱さを忘れるタイプで、美穂を前にした途端、怒りの矛先を迷いもなく玲へ向けた。もし玲が弘樹を誘惑しなければ、あの日、自分がカッとなって玲を車で追い掛けたりしなかった。もし玲を道連れにできていれば、自分だけが子宮を損傷し、母になる資格を失いかけるなんてことにはならなかった。そう思えば思うほど、綾の胸には怨みが積もっている。「玲はまだ弘樹さんを諦めてないのよ!友達が撮って送ってくれた写真を何度も確認したもん。玲、前と別人みたいに色気出して……あれが誘惑じゃなかったら、なんなのよ
Read more