All Chapters of そろそろ別れてくれ〜恋焦がれるエリート社長の三年間〜: Chapter 241 - Chapter 250

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第241話

玲は、まさかこの状況で元凶であるはずの友也が、堂々と姿を見せるとは思ってもいなかった。その瞬間、場の空気がぴたりと凍りつく。そんな中、こころだけが救いの手でも見つけたように、すぐさま弱々しい足取りで彼へ駆け寄った。頬には、計ったようにきらりと涙が二筋。友也は、ほんの数秒だけこころを見やったあと、その目はまっすぐ雨音へ向かい、彼女が涙をこらえて目を真っ赤にしているのを見つけた途端、彼の眉間がわずかに寄った。「連絡を受けてすぐに飛んできた。さっき、何か揉めたりしていないよな?」「ええ、揉めるなんてとんでもない」雨音は何も言わない。代わりに、玲が雨音の肩に寄り添ったまま、にっこりと微笑みながら答えた。「ただね、山口さんが泣きながら、私と雨音ちゃんをまとめて叱りつけただけよ。山口さんいわく、私はアート展とは無関係な人間だから、藤原家の奥様らしく家で秀一さんの帰りを待つべきだと。それに雨音ちゃんについては、彼女がこのアート展のディレクターでも、あなたというスポンサーがついているから無視していいと。雨音ちゃんには、山口さんの去就を決める権限なんてない、ですって」玲は小首を傾げた。「ねえ友也さん。あなたがお金を出したからって、山口さんをここまで持ち上げられるの?このアート展、あなたと山口さんに丸ごと渡すよう、雨音ちゃんを説得してあげたらどうなの?」その丁寧な笑顔のまま放たれる毒を、友也が気づかないはずがない。眉間の皺はさらに深く刻まれ、今度こそ、涙を流すこころへ向けた眼差しには怒気が浮かんでいた。「……お前、本当にそんなことを言ったのか?さすがに失礼だぞ」こころの顔がさっと青ざめる。だが、悲しいふりをしながらも、彼女はまだ言い訳を探しているようだった。その瞬間、玲がすっと声を挟む。「山口さん。自分は何も言ってないって言い張るつもりなら、よく考えたほうがいいわよ。前に病院で嘘をついたとき、私、あなたが雨音ちゃんを陥れた一部始終を録画してた。さて今回はどうでしょう。私は前と同じようにこっそり録ってると思う?」玲はゆっくり語尾を伸ばし、スマホを取り出して彼女の目の前でひらりと揺らした。もちろん、玲は怒りに夢中で録画なんてしていない。だが、以前の失敗がこころの背筋を一発で凍らせたらしい。こころは言い訳をするのは諦
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第242話

「自分のために」友也が一億を払った。「自分のために」雨音のアート展に出資してくれた。こころはそんな言葉を何度も繰り返した。玲は思わず雨音の方を振り向いた。やはりというべきか、こころのあからさまな言葉に晒され、雨音はぎゅっと目を閉じていた。そうでもしないと、今にも涙がこぼれ落ちてしまうからだ。友也の顔色もなぜか青ざめている。何か言おうと口を開きかけたその瞬間。ずっとこころの隣に控えていた女性が、前に歩み出た。「水沢社長、山口さんの言っていることは間違ってません!確かにさっき、あちらのお二人と口論にはなりました。でも、山口さんの言葉は全部――社長のためなんです!」この女性は、友也がこころの体調を心配して特別に付けたアシスタントだ。ここ数日ほぼ一緒に行動していた。彼女は、友也がこころに向ける優しさは深い愛だと、勝手に信じて疑わないのだろう。だから友也の妻である雨音には遠慮なく、最初からこころ側について振る舞っていた。「社長、確かにアート展のディレクターは大事な存在です。ですが、展示会は彼女ひとりで回っているわけじゃありません。スタッフ全員が同じように大事なんです。山口さんは社長のご厚意で、一週間前からプロジェクトに参加しています。そしてこの一週間、体が弱いのに毎日真面目に働いて、まるで自分の作品のように心を込めて、このアート展に向き合ってきました。彼女は誰の利益も損なっていませんし、何ひとつ間違ったこともしていません!なのに、雨音さんはディレクターという立場を盾にして、自分の都合だけで山口さんを追い出そうとしたんです!」彼女は周囲を見回し、勢いよく声を張った。「皆さん、今回の件で悪いのは、本当に山口さんなんでしょうか?むしろ……雨音さんの方じゃありませんか?」その場にいたこころ側のスタッフたちは、当然ながら雨音チームの核心メンバーではない。友也という巨大な後ろ盾に取り入ろうと、こころにすり寄っていた連中ばかりだ。だから、女性が口火を切った途端――「彼女の言うとおりです!この最近、私はずっとこころさんと一緒に作業してましたけど、本当に頑張ってました!」「そうそう!雨音さんはディレクターって言っても、毎日指示を出すだけで現場には降りてきませんしね。こころさんの方がよっぽど、このアート展に真面目に向き合ってますよ!
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第243話

「高瀬さん、どうして一生懸命努力してる人を嘲笑うんですか?」こころは顔を覆っていた手をゆっくりと下ろし、咄嗟に友也の服の裾をつかんだまま、怒りに燃える視線で玲を責め立てた。玲はその視線を正面から受け止め、指を軽く振ってみせる。「山口さん、私が笑ってるのは努力してる人じゃない。私が笑ってるのは――あなたよ」努力する人を笑う理由なんてない。でも、他人のプロジェクトにこそこそ入り込んで、成果だけ奪おうとする人間がいたら?そんなの、笑われて当然だ。そこへ、ずっとこころについていた女性が慌てて飛んで来て、玲に手を伸ばす。「高瀬さん、どうしてこうも山口さんに突っかかるんですか?雨音さんだって何も言ってませんよ」玲の表情は凍りついた。見知らぬ人に気安く触られるのが何より苦手だ。手を引き抜くと、そのまま相手をぐっと押し返す。「私が突っかかる理由?簡単よ。私は、善悪がわかる人間だから。友也さんと雨音ちゃんが夫婦だってわかっていながら、彼らの関係を壊そうとする愛人側につくなんて――あなたたち全員、一回くらい山口さんみたい人間に人生をめちゃくちゃにされればいいわ!」玲の言葉に顔を真っ赤にした女性は、玲に押された勢いのまま、よりによってこころに倒れ込んだ。細くて華奢なこころが、その衝撃に耐えられるはずがない。二人同時にばたんと床に倒れ込み、こころは胸を押し潰されたように息を詰め、全力で女性を蹴り飛ばした。そして、胸を押さえ、震える指で玲を指しながら叫ぶ。「高瀬さん、あ、あなた……私を殺す気なんですか?私はずっと我慢してたのに、なんでここまで追い詰めるんですか?いい?あなたなんて怖くありませんよ!秀一さんがいなかったら……あなたなんて、簡単に潰せるから!」玲はその言葉に、ふっと笑った。怒っている様子はまるでない。「ええ、秀一さんがいなかったら、確かに私は困るでしょうね。でも問題は――秀一さんがいるってことよ。あなたが私を怖がってるのか、それとも秀一さんを怖がってるのかは知らない。でも結局、私があなたより上に立つ状況は変わらないの。それに……もし私は本気であなたを消したいと思ったなら――秀一さんが喜んで手伝ってくれると思わない?」それだけではない。以前の秀一の溺愛ぶりを思い返せば、玲が手を汚さないように、代わりに自分で相手を始末しよう
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第244話

つまり――雨音はもうこころの存在に気づいている今でも、知らないふりをし、胸の奥の不快感を飲み込むということだ。そして、今の話を聞く限り、友也は、こころをどうしても手放したくないと暗に言っている。雨音はその意図をしっかり受け取った。ぎゅっと閉じていた瞼をゆっくり開き、深く友也を見つめる。その瞳に揺れていた涙の光は、いつの間にか静かに沈んでいた。一方、玲は友也の言葉の滑稽さに呆れ、さらにこころが友也の背後でほくそ笑むのを見て、怒りがぶり返す。思わず前に出ようとした瞬間、その手首を雨音が掴んだ。弱々しく椅子に座っていた雨音が、ゆっくりと立ち上がる。そして初めて、真正面から友也を見る。「……わかった。山口さんが残りたいなら、残ればいい」「……」場の空気が凍りついた。こころに蹴られて痛みにうずくまっていた女性でさえ、息を飲んで静まり返る。玲は信じられないという顔で振り返った。「雨音ちゃん、本気で言ってるの?」「うん」雨音はかすかに笑い、玲の手を握り返す。「玲ちゃん。友也がそこまで山口さんのことを考えてるなら……今回は私が譲るよ。現場スタッフも多いし、私が彼女を避ければいいだけのことだから」玲は黙り込んだ。何かに気づいたように、表情がどんどん険しくなる。友也もその場で固まった。望みが叶ったはずなのに、胸の奥に不安がじわじわ広がっていく。……こうして、雨音の妥協によって騒動は幕を閉じた。玲は誰の反応も伺わず、雨音の手を取ってそのまま廊下へ連れ出した。誰にも追われていないことを確認すると、初めて深く息を吸い込む。「雨音ちゃん、さっき私がもう少しやり合ってたら……秀一さんに伝わって、私と秀一さんの関係にヒビが入ると思った?でも心配いらないよ。私と秀一さんは、ちゃんと理解し合ってるんだから」玲は雨音の親友だ。雨音がどれだけ冷静に見えても、その表面の下で彼女の心がひび割れていることくらい、簡単にわかる。玲の言葉に呼応するように、雨音の動きが一瞬止まり――次の瞬間、ぽろりと涙が落ちた。そこからは堰を切ったように、抑え込んできた涙が溢れ出す。「玲ちゃん……もう、つらいよ……」失望が刃なら、いまの雨音は全身を細かく切り裂かれているような状態だ。玲は今にも崩れ落ちそうな親友を抱き支え、歯を食いしばった。「雨音
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第245話

雨音は――自分の胸の奥に、友也への想いがまだ微かに残っていると、ずっと思っていた。燃え尽きた灰の底に、かすかな熱がまだくすぶっている、と。けれど、さきほどの出来事。友也がこころを必死に庇い続ける姿を見た瞬間――最後の熱が風にさらわれ、跡形もなく消えた。だからこそ、友也がこころを残してほしいと願い出た時、雨音の中に、もはや以前のような反抗心はひとかけらも残っていなかった。「……だって、友也はこのアート展のスポンサーだから」雨音は乾いた笑みをこぼし、残った涙を一つひとつ拭い取った。「山口さんの言い分なんて滅茶苦茶だけど……あれだけは正しいよ。スポンサーは、プロジェクトに関わる権利があるって。だから私の意思なんて、最初から大事じゃなかった。だったらいっそ、自分のほうから納得してしまえばいい。アート展が無事に終わったら……私は、離婚の手続きを始められるから」本当は、離婚という日が来るのを、少しでも先延ばしにしたかった。逃げるように先送りにしていた。でも、もう決めた。自分のために期限を切ったのだ。それは――アート展が無事終了した日だと。その瞬間、玲は思わず息をのんだ。友也への怒りはもちろんある。だが、雨音がここまで冷え切った声を聞くのはあまりにも辛かった。玲は静かに口を開く。「雨音ちゃん……そこまで焦らなくてもいいんじゃない?友也さんは確かに山口さんを庇ったけど、さっきの彼女への態度、恋愛感情がなかったと思う。ただ、山口さんにちょっとでも経験を積ませたい……そんな感じだった。しかも友也さん、山口さんをディレクター補佐にしたいとか言ってない。ただのスタッフとして残したいだけ。そこだけ見れば、事態は私たちが想像してるほど、最悪じゃないのかもよ?雨音ちゃん、一度落ち着いて……離婚のこと、ちゃんと考え直してみない?」玲は慎重に、そっと探るように言った。雨音は、首を横に振った。その動きに一切の迷いがない。「玲ちゃん、あなたが心配してくれる気持ちはわかるよ。後悔しないかって考えてくれてるんだよね。でも……今回は、本当に決めたの」ゆっくりとまぶたを上げて、涙に濡れた瞳で玲を見る。「玲ちゃん、覚えてる?私、前に言ったよね。あなたが弘樹くんに選択の機会を与えたみたいに、私も友也に最後の機会を与えるって。さっき、山口さんが泣いていた
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第246話

玲は雨音の言葉を黙って聞いていたが、やがて小さく息を吐き、静かにうなずいた。雨音の言っていることは正しい。彼女には雨音の痛みがよくわかる――女は、愛する相手になら何度でも譲歩し、我慢できてしまうものだ。だが、その男が別の女のために自分を傷つけるようになった瞬間、踏みとどまらないと、本当に取り返しがつかなくなる。玲は深く息を吸い込み、真剣な表情で言った。「雨音ちゃん、もう止めないよ。離婚したいなら、私は全力で味方になる。それにね、私みたいに早めに切り替えたら……案外、雨音ちゃんの本当の幸せもすぐにやってくるかもしれないよ?」「玲ちゃん……ありがとう」雨音は涙の跡を指で拭い、無理に笑みを作って肩をすくめた。「でもね、もう本当の幸せなんて期待してないよ。藤原さんみたいに完璧で、一途な人なんて、この世界にひとりしかいない。あんな男性を求めるのは間違いだもの。でも、たとえ独りでも幸せにはなれる。離婚したあとは、家族や友達に心配をかけないようにするし、友也や山口さんに笑われるような生き方も絶対にしない。ちゃんと毎日を大切に生きるよ」――離婚するのは、人生を諦めるためじゃない。より良い人生を取り戻すためだ。玲はその言葉を聞き、胸の奥に残っていた不安がすっと消えていくのを感じた。そしてふっと微笑んだ。「雨音ちゃん。友也さんに離婚を切り出して、何か困ったことがあったら、必ず言ってね。今日みたいに、私がすぐ駆けつけるから」「大丈夫。もう離婚すると決めたんだから、乗り越えられないことなんてないよ」雨音は口元にほのかな笑みを浮かべて続けた。「玲ちゃんは藤原さんと幸せにしていて。私のことは心配しなくて大丈夫。友也はもともと私を好きじゃないし、むしろ嫌ってる。離婚したいって言ったら、きっと喜ぶに決まってるよ」「……そうかな」玲は返事を濁した。なぜだかわからないが、胸の奥で嫌な予感がざわついていた。雨音の思っているほど、離婚が簡単には進まない気がしてならなかった。だがそのとき、雨音はすでに涙の跡を綺麗に拭い、立ち上がっていた。「玲ちゃん、私は先に戻るね。山口さんを残したのは私の判断だけど、うちのスタッフは受け入れられないと思う。まずは皆の気持ちを整えないと。一通り片づいたら、またあなたを探しに来るね」「うん、行ってきて」玲はうなずき、雨
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第247話

藤原家で雪乃たちの謝罪を受けた日から、もうすぐ半月。それ以来、玲は一度も雪乃の姿を見ていなかった。まさか、その雪乃がアート展の会場にまで現れるとは。玲が無意識に一歩引いたのを見て、雪乃の笑顔が一瞬ひきつった。それでもすぐ、いつもの「優しい母親」の仮面を被り直し、穏やかに微笑んでみせる。「玲、そんなよそよそしくしないで。お母さんね、ずっとあんたを探してたのよ。でもどこへ行っても会えないし、入れない場所も多くて……それで、雨音さんが親友で、彼女のアート展がここで開かれるって聞いて、もしかしたらと思って来てみたの。そしたら本当に会えたのよ!」玲はゆっくりと息を吸い込んだ。「どこに行っても私に会えなかった。会えないままでいた。普通なら、その意味くらい気づくはずでしょ?」言うまでもない――玲は、雪乃に会いたくないのだ。雪乃の表情が固まる。だが玲は、容赦なく続けた。「あなたが理由がないと、わざわざ私に会いに来ないでしょう。それで?今日ここまでして現れたってことは、きっとまた何か企んでるんでしょう?でも言わなくていい。あなたが何を言おうが、もう聞く気はないから」すると雪乃は、取り繕う余裕もなくなったように声を荒げる。「だめよ、玲!私はあんたの母親なんだから、そんな冷たいこと言わないでよ!」優しいふりは完全に崩れ、手に持っていたボトルも乱暴に地面に放り出した。次に出たのは、いつもの自己中心的な本性だった。「玲、私全部聞いたのよ!あんたの嫁入り道具、前に売ってしまった分……秀一さんが全部探してくれたんですって?なんで私に言わなかったの?ずっと反省してた私、馬鹿みたいじゃない!」玲は呆れたように笑ってしまう。「だって、それはあなたが愧じるべきことでしょう?それに、嫁入り道具を取り戻してくれたのは秀一さんであって……あなたと関係がないわ」当然のことだ。でも雪乃は、理屈を捻じ曲げてでも自分の都合に合わせようとする。「玲、そんな言い方ないでしょう?確かに探したのは秀一さんだけど、私はちゃんと謝ったし、茂さんだって補填として新しい嫁入り道具を渡してくれたじゃない!なんで何も知らせてくれないの?私だって気にしてたのに!」雪乃はため息をつき、わざとらしく柔らかい声を作った。「でも、もういいわ。あんたはそういう性格だって、最近わかっ
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第248話

「今の私は秀一さんの妻、藤原家の奥様。欲しいものは、秀一さんがすぐ用意してくれる。あなたが持ってきた腕時計が欲しい理由なんて、どこにあるの?」玲は眉をわずかに上げ、さらりと言い放つ。その言葉は見栄でも虚勢でもない。たしかに腕時計は高価だが――秀一が彼女のために揃えた、あの部屋いっぱいのハイブランド品と比べれば、まるで子どもの遊び道具だ。雪乃がどれだけ必死で背伸びしたところで、秀一が指を動かすだけの贅沢にも届かない。だから今回も、玲はもう雪乃の反応を見る気さえなく、踵を返した。玲が立ち去るのを見て、雪乃は反射的に追いかけようと一歩踏み出す――しかし、さっき自分で放り出したボトルにつまずき、そのまま派手に転んだ。手にしていたブランド腕時計は床に叩きつけられ、瞬く間に粉々に砕け散る。「きゃあああっ!わ、私の時計!玲、あんたほんとにどうしようもない子ね!そのうち絶対痛い目にあわせてやるんだから!」目的が果たされていなければ、腕時計も壊れ、雪乃はその場に座り込んで叫び散らす。今日という日は、まさに踏んだり蹴ったりだった。そんなとき――突然スマホが震え、雪乃は反射的に画面を見る。次の瞬間、顔がさらに歪んだ。「もしもし?電話かけてくるなって言ったでしょう?秀一さんにバレたらどうするつもりなのよ!」「どうするも何も、こっちはすでに限界なんだよ!藤原秀一は、お前の娘のためにずっと俺を調べてるんだ!おかげで毎日気が気じゃない!」電話から響く男の声は、苛立ちを通り越して怨嗟に満ちていた。「いいか雪乃。当時、あんな非道なことをしたのは、全部お前が金を積んだからだ。今さらお前が娘に嫌われて、俺まで巻き添え?こっちこそ迷惑なんだよ!」「なによそれっ……!」雪乃は怒りで喉が震える。「私はあんたを巻き込む気なんてないわ!あんたから警告の電話を受けてから、ずっとどうにか丸く収めようと考えてたのよ!だからわずかな貯金まで使ってブランド腕時計を買って、玲に機嫌を取ろうとしたの!秀一さんに手を引かせるためにね!なのにあの子ったら……秀一さんと結婚してから、すっかり鼻が高くて!私の贈り物なんて見向きもしないどころか、さっき粉々にしちゃって!私なんて、まだ床に座ったままよ!本当に最悪!」玲の言った通り――雪乃が玲に近づくとき、必ず目的がある。今回も例
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第249話

その瞬間、さっきまで澄んでいた空がゆっくりと陰りはじめ、風が強まり、まるで何かを急いで吹き払おうとしているようだった。玲に引っ張られて雨音がオフィスを出ると、ほどなくして、こころと友也も長い廊下に現れた。こころは、大柄な友也の前に立ち、さっきまでの弱々しくて可哀想な少女の面影をすっかり消していた。血色の悪かった頬もほんのり上気し、どこか得意げだ。「友也くん……今日は来てくれて本当にありがとう。あなたがいなかったら、私、このアート展に残るどころか、あのまま酷い目に遭ってたかもしれないの……」今のこころは、欲しいものをすべて手に入れた。しかも雨音を追い詰め、譲歩させたほどに。勝利の余韻を思い出したのか、こころは嬉しそうに目を細めて微笑み、友也の服の裾をつまんでいた指をそっと離すと、今度は彼の指先に触れようと手を伸ばした。だが――友也はその手を、鋭くはねのけた。奥歯を噛みしめ、低く吐き捨てる。「こころ……この件、被害者だったのは本当にお前か?どう見ても、お前が弱いふりをして雨音を追い詰めてただけだろ?」友也は何もわかってない愚か者ではない。さっきはずっとこころの前にいたとはいえ、何が起こっていたのか、全部見えていた。今日、本当に辛い思いをしたのは雨音のほうだ。さっき雨音が一目も彼を見ずに去っていったとき、友也は拳を握りしめていた。「こころ、お前が海外でいろいろ苦労したのは知ってる。昔みたいに素直じゃなくなったのもわかる。だけどどうして、何度も何度もトラブルを起こすんだ?この間病院のときに言ったよな?もう無茶するなって。あれ、本当に聞いてたのか?」「き、聞いてたよ!本当に……!」こころは青ざめ、慌てて早口に弁解する。「今日は、雨音さんが私を見つけたから、それで……!」「見つけた?本当にそうか?一週間前から、この会場で働いてたんだろ?その間、雨音には一度も気づかれなかった。なのに、今日だけ急に見つかった?おかしいと思わないか?」「それは……」こころは口をぱくぱくさせたまま、何も答えられない。――なぜ、今まで見つからなかったのに、今日だけ見つかったのか。理由はひとつ。これまでの数日間は、本当に全力で気配を消し、徹底的に避けていたから。見つかれば追い出されるとわかっていたから。でも今日は違う。友也が来てくれるとわかってい
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第250話

こころは必死に謝り、愛想を振りまいて友也の機嫌を取ろうとした。しかし、その言葉を聞くほどに、友也の苛立ちは増していく。「ちょっと待て。そもそもだ、俺がこのアート展に一億も出したのはお前のためだって、誰が言ってたんだ?」「え……だって、違うの?」こころは涙目で訴える。「私のためじゃなかったら、雨音さんのためにスポンサーになったってこと?」その言葉を聞き、友也は一瞬、静かになった。数秒後、奥歯を噛みしめ、顔を背けて言う。「俺が雨音のために金を出すわけないだろ。バカを言わないで!」――「雨音のため」と言わせるくらいなら、いっそ「こころのため」と認めたほうが楽だ。どうせここには誰もいないのだから、何を言ったって咎められない。その言葉に、こころの瞳に小さな得意げな光が宿る。まるで最初から友也の反応を読んでいたかのように、涙を拭いながら恥じらい混じりに言った。「友也くん、じゃあやっぱり……私と私の将来のために、スポンサーになってくれたってことよね?」「……ああ」友也は淡々と答え、そろそろ無人の廊下を離れ、雨音のオフィスへ戻ろうとした。だが、その時、背後に見慣れた姿が目に飛び込んできた。玲が友也の後ろに立っていた。さっきの会話をすべて聞いていたのだろう。凍りついたような美しい顔に、冷気が漂っている。こころは慌てて前に出て言い訳する。「高瀬さん、さっき友也くんが言ってたことは、そういう意味じゃなくて……誤解しないで……!」「もういい、黙ってくれ!」友也はこころを制し、言葉を遮った。この状況でこころの言い訳は、何の解決にもならず、むしろ火に油を注ぐだけだった。だが、すでに口から出た言葉は、友也はメンツや男のプライドのためにも取り消せない。唯一の救いは、雨音が玲と一緒にいなかったことだ。深く息を飲み、友也は言った。「玲さん……さっきのことは、聞こえたとしても、誰にも言わなくていい。今回、雨音がこころを展示会に残してくれて、本当に感謝してる……」「感謝する必要はないわ」玲は友也の言葉をさえぎり、目を閉じる。彼が視界に入るだけで苛立ちが増すかのように。「雨音ちゃんが山口さんを残すと決めたのには条件がある。この展示会が無事に終わったら、雨音ちゃんと別れて」本来、友也が秀一の親友であることに免じ、玲は少し彼を悟らせ
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