「留学のチャンスを南に譲ることに同意する」冷戦七日目、白野百合子(しらの ゆりこ)は妥協して婚約者矢島卓(やじま すぐる)の会社を訪れた。彼女がチャンスを譲ることに同意したと聞くや否や、男はすぐに顔を上げ、久しぶりに百合子に笑顔を見せた。「やっと分かってくれたか。じゃあ、今すぐ大使館からお前の書類を取り消しに行こう」卓は百合子を連れて会社を出ると、自ら車のドアを開けてやった。「お前が本気で南と争うなんて、最初から思ってなかったよ。あの子は長年苦労して貧しい生活をしてきた。お前は何年も裕福なお嬢様生活を送ってきたんだ。たった一つのチャンスくらい、譲って当然だろ」卓の口からは楚山南(そやま みなみ)のことばかりで、百合子がどれほどあの海外の大学に憧れていたかには微塵も関心を示さなかった。彼の考えでは、百合子にはまだ多くの選択肢があり、この22年間は南に借りがある人生だったから、この恩は必ず返さねばならないと思っていた。百合子が助手席に座ると、元々自分の場所だったスペースには、すでに南の好みのクッションとぬいぐるみが置かれ、車内の写真も彼と南の二人だけのものに変わっていた。それを見て百合子は胸が張り裂けそうな痛みに襲われた。南が自分の正体を証明してからまだ三ヶ月しか経っていないのに、百合子と五年間も付き合っていた婚約者の卓はすでに心変わりしていた。すべては三ヶ月前のあの拉致事件から始まった。犯人が白野家の別荘に押し入り、当時家にいた百合子とバイトだった南の二人を連れ去ったのだった。バイトの南は百合子を守るため、自分こそが本物の令嬢だと主張し、最終的に百合子はバイトだと思われて解放され、南はその代わりに三ヶ月もの間、虐待に耐え続けたのだった。彼女はようやく白野家に引き取られて病院へ送られ、DNA鑑定で南が白野家と血縁関係にあることが判明した。実は二十二年前、裕福な白野家と貧しい楚山家で子どもの取り違えが起こり、南こそが本物の令嬢であり、百合子は取り違えられた偽の令嬢だった。それ以来、全てが百合子から南へと借りた人生となった。白野家の人々は皆南のもとに集まり、ただ一人、卓だけが百合子にこう約束した。「俺が愛しているのはお前だ。お前が誰であろうと、俺はずっとそばにいる」百合子は卓こそが唯一頼れる存在だと思っていた。
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