All Chapters of 深き想いを抱き、薄き冷たさへ: Chapter 21 - Chapter 24

24 Chapters

第21話

こうして、西洲と清佳は密約を交わした。西洲は清佳に精神病院の管理を一任し、毎年莫大な資金を病院に注ぎ込むことを約束した。清佳が必要とする実験器具や薬品も、彼が無条件で用意することになった。そして清佳は、もう一本の特効薬を西洲に手渡し、定期的に病院を訪れて涼音の体を診察し、回復の様子を見守ることとなった。涼音が死んでいないとわかった以上、西洲も彼女を棺に閉じ込めておくなんてできなかった。棺なんて、入らずに済むならそれが一番だ。西洲は涼音を自宅に連れ帰り、彼女の部屋を昔のように美しく飾り直した。そして、そっと涼音を抱き上げ、ピンク色のプリンセスベッドに優しく寝かせた。「ここは涼音の昔の部屋だよ。配置も、涼音が好きだったあの頃のまま全部再現したんだ」西洲は微笑みながら、涼音の青白い頬に手をそっと触れた。その声は今までにないほど柔らかい。「涼音、おかえり」どれほどの時が経っただろう。やっと、彼女をもう一度家に連れて帰ることができた。今度こそ、もう二度と離れ離れにはならない。この一年、西洲は涼音の世話を徹底的にやり抜いた。まるで、時が巻き戻ったかのようだった。涼音がまだ幼かった頃、西洲は毎晩彼女を抱きしめて童話を読んでやり、眠るまで見守っていたものだ。今や小さな涼音も大人になったが、きっとおじさんの優しさはまだ必要なのだろう。西洲は昔の童話本を取り出し、低く温かい声でゆっくりと読み聞かせた。涼音が聞こえているかどうかは分からない。けれど、それでもいい。彼は、彼女に語ってあげたかったのだ。「おやすみ、涼音」読み終えると、西洲はそっと額にキスを落とし、布団を直してから静かに部屋を後にする。時折、西洲は涼音に恋の言葉も囁いた。彼女が目覚めているときには、恥ずかしくてとても言えなかった言葉も、今の彼にはやっと言える。「涼音、本当はお前より先に俺の方が心を奪われていた。でも、そんな自分を認めたくなかった。あんなに純粋で綺麗な涼音に惹かれる自分が、どうしようもなく汚れているようで……お前が俺に告白してくれた時、俺は本当にうろたえた。お前を欲しくてたまらなかったのに、年の差を思うと、どうしても自分が卑怯者に思えて、お前と一緒にいることが不公平に感じてしまった。おじとして、理性を保たなきゃいけない、絶対に一線を越えちゃいけないって、そう
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第22話

「ここは、どこ?」目を覚ましたばかりの涼音は、まるで迷子のような表情で辺りを見回し、そっと眉をひそめて呟いた。「私、死んだんじゃなかったの?」その言葉が消えるより早く、西洲が彼女をぎゅっとその腕に抱き寄せていた。「涼音、やっと目を覚ましたんだ」いつもは冷たく孤高な西洲の目尻に、珍しく涙がにじんでいる。もう自分の感情を抑えきれず、涼音を抱きしめたまま、頬を涙で濡らした。「ありがとう……戻ってきてくれて……」涼音はまだ状況が理解できていない様子で、ぼんやりとしたままだ。本当は、もう目覚めたくなかった。でも、どこかでおじさんの声が聞こえた気がした。おじさんが、子守唄のように物語を聞かせてくれた気もする。その温もりに惹かれて、無意識のうちにその光へと近づいていった。気付けば、その光はやっぱりおじさんだった。目を開けると、目元を赤くしたおじさんがいた。「何があったの?」涼音は混乱したまま尋ねる。「私、たしか……死んだはずじゃ……」「もう、その言葉は口にしちゃダメだ」西洲は彼女のふわふわした頬をそっとつまみ、安堵の色を浮かべる。氷のようだった肌は、もう生きた人間の温度を取り戻している。「これからは、元気に長生きしなくちゃいけないんだ」それから西洲は、ここ一年の出来事をすべて静かに話して聞かせた。「私を助けてくれたのは清佳なの?」涼音は目を見開いた。「彼女って本当に科学者だったの?てっきり、ちょっと頭がおかしいだけだと思ってた……」その言葉に、西洲はふっと笑う。「彼女は涼音に助けてもらったって言ってたよ。でも、どうやって助けたのかは教えてくれなかった。覚えてる?」涼音はまたもや困惑した顔を見せる。「私、彼女を助けたっけ?そんな覚えはないなぁ。ただ、昔、あの病院で彼女が妙な質問ばかりしてきて、私は正直に答えてただけ。そのくらいしか交流はなかった気がする……」涼音は知らなかった。それこそが、清佳への最大の助けだったのだ。清佳は稀有な天才だが、人間らしい感情や倫理観を持ち合わせていなかった。けれど、涼音という温かく優しい存在に触れることで、彼女は初めて人間らしさの光を見つけたのだ。それこそが、清佳にとって最大の救いだった。彼女は初めて、人間という生き物を面白いと思った。「思い出せなくてもいいよ」西洲はそっと囁いた。「今はまだ体
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第23話

涼音は、本当は西洲を責めてはいなかった。彼女は知っていた。おじさんは決して自分を傷つけたいわけじゃなかったのだと。けれども、傷つけられた事実は消せない。過去に起きてしまったことは、どんなに願っても変えられない。あの精神病院に閉じ込められていた三年間、自分が味わった痛みと絶望は、どこまでも現実で、決して消え去ることはなかった。何度も何度も、自分の命を諦めようとした。だが、そんな人権もない場所で、死ぬ自由すら許されなかった。自殺のそぶりを見せれば、すぐさま介護士たちが駆け込み、「発作が起きた」と決めつけられ、彼女をベッドに縛り付けていた。そして、拘束衣を着せて、自由も尊厳も奪い去り、挙句の果てには電気ショックまで……あの痛みも、あの傷も、すべて本当に起きたこと。涼音には、簡単に忘れ去ることなんてできなかった。「おじさん、自分を責めることはないわ。最初は、私はおじさんを恨んだし、憎んだわ。こんなひどい目に遭っていること、てっきりあなたも知ってるんだと思ってた。でも、真実は違った。何も知らなかったのよね」涼音は静かに言葉を紡ぐ。「だから、私はおじさんを責めない。だって、あなたが知ってたなら、絶対に誰にも私を傷つけさせたりしなかったと、今なら分かるもの」その言葉に、西洲の胸がギュッと締め付けられる。あれほど酷いことをしてしまったのに、涼音は少しも自分を責めていない。こんなに純粋で、こんなに美しい女の子が、この世に本当にいるのだろうか。自分は、これほどの罪を犯したのに、どうして彼女を手に入れる資格があるのだろう?「おじさん、実はあの病院で過ごした数年、私もいろいろ考えたの」そう言って、涼音は語り続ける。「おじさんの言う通りだと思うの。もっと外に出て、いろんな世界を見て、もっと多くの人に会って、自分の心を豊かにしなきゃって。自分の心がもっと強くなって、しっかりした時に、初めて振り返ってみたい。私がまだ、あの頃のようにおじさんを愛しているかどうか。今は色んなことを経験して、すごく疲れているし、心もぐちゃぐちゃなの。だから、私は一人旅に出てみたい。私だけの旅をして、ゆっくり考えて、もっと強くなりたいの」涼音の言葉に、西洲の胸は切なさでいっぱいになる。あんなに一途に自分を愛してくれた涼音を、必死で遠ざけようとした自分。よう
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第24話

家で三ヶ月間静養したあと、涼音の体はほとんど回復した。彼女は荷物をまとめ、キャリーバッグを引きながら、自分だけのひとり旅へと出発した。出発の朝、西洲はまるで心配性の父親みたいに、しつこく口を出してきた。「外に出たら、ちゃんと自分を守るんだぞ。外国は物騒だ、国内みたいに安全じゃない。夜の八時以降は絶対に出歩くな。毎日必ず安否の連絡をしてくれ。もし何かあったら、すぐに俺に連絡すること……やっぱりボディーガードでもつけようか?お前一人であんな遠くまで行くなんて、どう考えても……」「西洲、涼音は気分転換の旅行に行くんだよ?悪魔の谷にでも挑みに行くんじゃないんだから」と、健康診断に来ていた清佳は思わずツッコむ。「もう、その小言やめてよ。グダグダ言う男なんて、全然魅力ないから!気をつけないと、涼音が帰ってこなくなるよ?」「縁起でもないこと言うな!」西洲は清佳を睨みつけると、こっそり涼音のバッグに防犯スプレーを忍ばせた。涼音は、西洲にそんな物は空港の検査で没収されるとは言えなかった。名残惜しい気持ちを胸に、涼音は旅立ち、西洲は家に残って、彼の小さなバラが帰ってくるのを待つことにした。表向きは余裕そうに見せていたけれど、心の中は不安でいっぱいだった。涼音は、また帰ってきてくれるだろうか?もし帰ってこなかったら?もし新しい彼氏でも連れて帰ってきたら?三年も経てば、彼女も自分を忘れてしまうんじゃないか?そんな考えが西洲を夜な夜な苦しめ、まるで幽霊のように、彼は毎日SNSで涼音の旅先の写真をチェックし続けた。写真に男が写っていたら、気になって眠れなくなる始末……それでも、自分から「写真の男は誰だ」なんて聞くことは絶対にしなかった。自分には、そんな資格もないとわかっていたから。心の中でこっそり相手がゲイでありますようにと祈るのが精一杯だった。涼音はとても律儀で、毎晩寝る前には西洲にメッセージを送り、旅先での面白い出来事を語ってくれた。恋愛の話などは一切なく、あくまで旅の話だけ。それを嬉しく思う自分がいる一方で、「もしかして俺には話したくないだけ?」「本当は新しい彼氏ができたけど、言い出せないのでは?」と不安になる自分もいた。西洲は、誰かを本気で愛することがこんなに苦しいものだとは知らなかった。それでも、文句を言う資格もなく
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