カーテンの隙間から差し込む街灯の光が、床に散らばった空きペットボトルを鈍く反射していた。湊は靴下のままその上を踏み、くしゃりという感触と、わずかな水滴が足裏ににじむ冷たさに眉をひそめた。それでも拾おうとは思わない。拾ったところで、この惨状が劇的に変わるわけではないことを知っているからだ。リビングのローテーブルには、数日前に食べ終えたコンビニ弁当の空き容器が三つ、重なったまま置かれている。横には未開封のペットボトルが転がり、その隣でパスタのソースが乾いてこびりついたプラスチックのフォークが転がっている。鼻をくすぐるのは、油が酸化した匂いと、こもった生活臭。最初は仕事が立て込んで掃除のタイミングを逃しただけだった。それが一度や二度続けば、すぐに「明日やればいい」という言い訳が常態化する。窓は一度も開けていない。エアコンの温風が部屋を乾かし、空気を淀ませている。部屋の片隅には、脱ぎっぱなしのワイシャツがぐしゃりと積まれ、その下には靴下が片方だけ行方不明のまま埋もれている。ハンガーラックには、しわだらけのスーツジャケットがだらりと掛けられていた。湊はその光景を見て、ため息をひとつ落とす。「…ひどいな」自分の声が思ったよりも乾いて響き、耳に残る。部屋の中は、ただの物理的な汚れだけではない。そこには数週間分の疲労や無気力、そして見ないふりをしてきた感情が堆積していた。帰宅してすぐ、鞄をソファに投げ、コートを脱いで床に放る。ほんの数ヶ月前、京都に来たばかりの頃は、この部屋はまだ新品同様だった。白い壁、きれいに並んだ家具、清潔なキッチン。週末には近くのスーパーで野菜や肉を買い、自炊もしていた。だが、職場での人間関係がぎこちなくなり、昼休みを一人で過ごすことが増え、帰宅後に誰とも話さない日々が続くうち、手は自然とコンビニのレジ袋を提げるようになっていた。最初は「今日は特別に」というつもりだった。それが気づけば、ほぼ毎日になっている。食べ終えた容器を流しに運ぶことすら面倒で、テーブルの端に積み重ねるだけ。結果、視界の端に映るたび、無意識に心の中で小さな棘が刺さる。それでも、刺さりっぱなしにしておく方が、抜くより楽だった。ソファに沈み込み、壁掛け時計の秒針を
Last Updated : 2025-08-30 Read more