リビングの時計が、ゆっくりと秒針を進めている。休日の夜、外へ出る気力は最初からなかった。昼間は洗濯をしようと思っていたはずが、結局ソファで動画を見ながら過ごし、気づけば外は真っ暗だ。カーテンを閉めたままの窓には、自分のぼんやりした顔が映っている。湊は脚を投げ出し、ソファの肘掛けに背を預けた。片手にはスマホ。画面の明かりが、部屋の中で唯一の動く光だった。指先は何の目的もなくニュースアプリやSNSを行き来する。誰かの昼食の写真、旅行の景色、仕事の愚痴。見慣れた流れ作業のような情報が、ただ目の前を流れていく。ため息がひとつ漏れる。別に退屈が嫌なわけではない。ただ、このまま何も変わらない夜が続くのかと思うと、胸の奥に小さなざらつきが広がった。無意識のうちに検索アプリを立ち上げ、キーワード入力欄に指を置く。そのとき、唐突に頭の中で言葉が浮かんだ。「女のいない場所」はっきりそう思ったわけではない。むしろ、感情というよりも直感に近いものだった。職場での女性社員の視線、距離を詰められる会話、その一方で感じる男性社員の冷たい壁。あの空気から解放されたい。そう考えたら、指先が勝手に動いていた。「京都 ゲイバー」画面にその文字が並んだ瞬間、湊はほんのわずかに笑った。自分がこんなことを調べるなんて想像もしていなかった。検索ボタンを押すと、写真付きの記事が並ぶ。赤や青のネオンに照らされた小さな入り口、カウンターでグラスを傾ける男性たちの笑顔、肩を寄せて談笑する姿。湊は画面をスクロールした。どの写真にも、女性客の姿はない。そこにいるのは、同じ性別の人間同士が、肩の力を抜き、自然に笑い合っている光景だった。見ず知らずの男同士なのに、距離が近くても不自然さがない。むしろ、その距離感が心地よさそうに見える。記事をひとつ開く。京都のとあるエリアがゲイタウンとして知られているらしい。小さなバーやスナックが密集し、週末は常連客で賑わうとある。写真には、カウンター越しに笑顔で話しかけるバーテンダーの姿。目元に皺が寄り、相手を包み込むような柔らかさがあった。スクロールする指が止まらない。別に自分がその空間で何をしたいのか、まだ分からない。ただ、見
Last Updated : 2025-08-25 Read more