典子!裕司は突然立ち上がり、相手の要求に従って廃倉庫へと向かう。麻袋の中の人物が激しく暴れている。それ以外に人影はない。彼は勢いよく駆け寄り、頭の中は典子のことでいっぱいで、手が震えるほどだ。ここへ来る道中、裕司は初めて恐怖を感じた。典子が傷つくことを恐れ、拉致犯に殺されることを恐れた。もし典子に何かあったら、自分を絶対に許せないと思った。彼女に、必ず守ると約束していた。過去の幸せな時間が不意に脳裏をよぎる。裕司は、怪我を負って初めて目にした見知らぬ世界の中で、彼女と出会ったときの救われるような感覚を思い出した。ただその一目で、彼は彼女こそが運命の人だと確信していた。その後、彼女はよく病院に通って彼を見舞った。何も思い出せない彼は、彼女を自分の唯一の肉親だと思っていた。あの頃の典子は貧しかった。それでも彼を治すため、一日に何件もアルバイトを掛け持ちし、彼の治療費を払い、栄養剤を買った。その一方で、彼に内緒で空腹に耐え、残り物の食事で凌いでいたのだ。裕司の当時の一番の願いは、彼女に幸せな生活を送らせることだった。彼は今でも、夜中に痛みや悪夢で眠れないとき、彼女が優しく背中を撫でてあやしてくれたことを覚えている。あの頃は、彼女に寄りかかることでしか、かろうじて眠りにつくことができなかった時期があった。裕司の手は冷や汗で濡れている。典子を愛していた細やかな記憶が、突然鮮明によみがえってきた。自分が彼女に抱いていた感情を、単なる罪悪感や逆境への依存だと思い込んでいた。だが実際は、ずっと前から典子を愛していたのだ。記憶を失っていた裕司であれ、記憶を取り戻して誰もが恐れる存在となった裕司であれ、愛しているのは一貫して典子だけだ。裕司は震える手でようやく麻袋をほどき、中にいたのが麻里子だとわかった瞬間、頭が真っ白になった。「典子は?」思わず口をついて出た。口を塞がれていた麻里子は信じられないように目を見開き、裕司に縄を解いてくれと目で訴えた。だが裕司はハッと我に返り、すぐに倉庫内を探し回ったが、典子の姿はどこにもない。彼はふらつきながら数歩歩いて、典子に電話をかける。電話は一向に繋がらず、時間が経つごとに裕司の心は締めつけられていく。だが、なぜ麻里子が?そのとき、親友から電話がかかってきた。「裕司
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