そうだ。紗月は自分の妻なのだ。突然どこかへ消えてしまうはずがない。紗月が福祉施設の支援で忙しく、返信が遅いのも当たり前のことだ。礼奈の言葉は輝也を落ち着かせ、その緊張した体から少しずつ力が抜けて行く。大きく息を吐き、礼奈を見つめる輝也の目には、どこか申し訳なさそうな色が宿っている。「礼奈、お前が大人しくしていてくれれば――正式な結婚以外、何だって与えてやれる。 でも絶対に覚えておけ。絶対に、紗月の前には現れるな」深夜、礼奈は何度も嘔吐を繰り返した。ようやく容体が落ち着いた頃には、空はすでに薄明るくなり始めている。輝也もほぼ一睡もできず、顔には明らかな疲れが滲んでいる。それでも、彼は迷わずすぐに自宅へ戻ることを選んだ。心臓は不安定に波打ち、紗月に会うまでは落ち着かない。帰宅前、輝也はあらかじめ買っておいたジュエリーを助手に届けさせていた。そのネックレスはオークションで落札したもので、前回、間違ったネックレスを贈ってしまったことへの埋め合わせに、世界で唯一無二のネックレスを送ると話した。その約束を、彼は忘れていない。指先でジュエリーボックスの表面をなぞりながら、紗月がこのネックレスを見て喜ぶ顔を思い浮かべると、自然と唇の端が上がった。我慢できず、彼女に電話をかける。「おかけになった電話は……」切って、再度かける。「おかけになった電話は……」もう一度切って、またかける。紗月はまだ寝ているのかもしれない。そう思って、輝也がスマホを置いた。高鳴る鼓動を抑えながら、大きく息をつき、輝也はアクセルを踏み込んだ。本来なら一時間かかる道のりを、四十分で走り切った。車を降りると、足早に家へと向かい、速くドアを開けて入ると思っている。焦るあまり、玄関でつまずいてよろけるほどだ。その様子に自分でも苦笑したが、足は止まらない。寝室のドアを開けるその瞬間には、期待と喜びを込めた笑みを浮かべ、声を潜めて呼びかけた。「紗月……」「……」その笑みは、次の瞬間には固まっている。空気は凍りつくように静まり返っている。視線を巡らせても、思い描いていたような、眠たげな紗月の姿はどこにもない。部屋には長らく人が使っていないような、うっすらとした埃の匂いが漂っている。「紗月?」「……」輝也の眉がひ
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