Lahat ng Kabanata ng 暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める: Kabanata 721 - Kabanata 730

764 Kabanata

第721話

今日の午後、紗友里にかけられた言葉が、真琴の心を強く揺さぶっていた。紗友里はあのあと、こうも言っていた。暇を持て余しているくらいなら、信行と一緒にいて、注いでくれる愛情を思いきり受けていればいい。お姫様みたいに甘やかされていればいい、と。そんな気楽で満ち足りた恋愛なら、どうして楽しもうとしないのか。そうまくしたてられ、真琴は一言も言い返せなかった。夜は深まり、あたりはしんと静まり返っている。車内の空気は驚くほど穏やかだ。ふとまぶたを開けて信行の顔を見た瞬間、もう一度向き合ってみるのも悪くないと、自然と思えてしまった。だからこそ、真琴はあの言葉を口にした。真琴が突然見せた吹っ切れように、信行はその場で固まった。両頬を真琴の手に包み込まれたまま、信行は驚きを隠せない目で見つめ返し、信じられない様子で問いかける。「……今、なんて言った?」つい数日前まで、真琴はピルを欠かさず飲んでいたはずだ。今朝だって、飲んだのかどうか定かではない。それなのに今、唐突にやり直してみようと言ってきた。信行はあまりの幸運に戸惑い、自分の耳を疑った。呆然とする信行を見て、真琴は頬に添えた手に少し力を込め、優しくもむようにしながら真剣な声で繰り返した。「だから、試してみようって言ったの」信行が口を開くより早く、真琴は念を押すように続ける。「ただし、まずはお試しだからね」由美との長年にわたる駆け引きも、成美が今回仕掛けてきた苦肉の策も、真琴はすべて見抜いていた。内海家が血眼になって信行という大きな後ろ盾にすがりつこうとしていること。成美がこれまで立ち回ってきたのも、信行の財力と地位を手放したくないからだということ。そんなのは痛いほど分かっている。相手が隙をうかがっているからこそ、信行を突き放して内海家の思い通りにさせてやる気など毛頭なかった。そして何より、ここ最近の信行の献身や気遣い、昼間の紗友里の後押しが、真琴の頑なだった心を確かに動かしていた。真琴の真面目な念押しに、信行は思わず吹き出した。「どうして急に腹を括ってくれたんだ?」眩しいほどの笑顔を向けられ、真琴は信行の肩に手を置くと、センターコンソールをまたいで信行の膝の上へと身を移した。首に腕を回し、顔をのぞき込む。「私が決心したの、
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第722話

信行はそう言って車のドアを開けると、真琴の手を引いてマンションの階段を上がっていった。並んで歩きながら、真琴はふと信行の横顔を見つめる。今回、東都へ戻ってきて、まさか彼の熱意にほだされ、こうして再び受け入れることになるとは夢にも思わなかった。部屋に入り、ドアを閉めた瞬間、信行は両腕を広げて真琴をぎゅっと抱き寄せた。もともと真琴には甘えがちだったが、「試してみよう」と言ってからはさらに拍車がかかり、片時も離れたがらない。その腕の中で、真琴は信行の肩に顎を乗せた。自然と口元が緩む。「年を取るにつれて、ますます甘えん坊になってない?」信行は頬をすり寄せてきた。「昔すれ違った分、利息をつけて取り戻してるんだ」その言葉に、真琴はくすりと笑って背中を優しくなでた。*一度やり直すと決めてからの2人は、ごく普通の恋人同士そのものだった。信行は変わらず真琴の部屋で寝起きし、日中はそれぞれ仕事に打ち込む。定時を過ぎれば一緒にスーパーで買い出しをして、夕食を作り、たまには映画館へ足を運ぶ。結婚する前、真琴が密かに憧れていた日々の風景が、1つずつ現実になっていた。まるで、あの頃の通じ合っていた空気が戻ってきたかのようだ。一方、内海家について言えば、成美自身は信行を救った恩など気にするなと口にしていたものの、相手も一筋縄ではいかない連中だ。この間にも、彼の元へ何度か接触を図ってきていた。だが、信行はそのすべてを事務的な対応で突っぱねている。「信じてほしい」と言われていた真琴は、何も詮索せず、口出しもせず、彼にすべてを委ねる道を選んだ。先の結末を考えない恋愛というのも、案外気が楽なものだった。*半月後、光雅が浜野から東都へ戻ってきた。オフィスに姿を現すなり、すぐに真琴を自室へと呼び出した。執務室に入った真琴は、直近で決裁した書類や契約書のリストを手際よく差し出した。「これが最近の主な業務だよ。電話でも伝えたけど、改めて報告しておくね。開発2チームとアークライトの共同開発も、かなり大きな進展があったの。順調にいけば、来年中には製品を市場に出せるはず」デスクの向こうで資料を受け取り、光雅は顔を上げて真琴を見やった。「どうやら、東都の拠点は完全に君へ任せてよさそうだね」真琴は苦笑して首
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第723話

どれほど2人の間にいさかいやすれ違いがあり、信行が真琴を傷つけたとしても、その存在は真琴の青春そのものだった。これまでの人生の大半を占めていたと言ってもいい。信行が手を離さない限り、真琴が彼を完全に忘れられるはずもなかった。ましてや2人は、運命のいたずらのように再び肌を重ねてしまった。そうなれば、過去を振り切ることなどなおさら難しい。真琴を東都へ連れてきたこと自体、自分の過信だったと光雅は痛感していた。物思いに沈む光雅の様子に、真琴が口を開きかける。だが、それを遮るように光雅が言葉を重ねた。「そこまでの決断をさせたんだ。あいつも相当な熱意を見せたんだろう。試してみるのも悪くない。君はまだ若いし、やり直す時間はいくらでもある」真琴が答えるより早く、光雅は淡々と続ける。「もちろん、つまずかずにうまくいくならそれに越したことはないけれどね」信行との関係を語りながらも、光雅の脳裏にはふと紗友里の姿がよぎっていた。必死に平静を装い、何でもないかのように強がっていたあの佇まい。誰よりも気にしているくせに、何ひとつ執着していないふりをしていた。光雅の理解と後押しを受け、真琴は頭を下げた。「……ありがとう」「自分で選んだ道だ。後悔さえしなければいい」光雅は何気ない調子で返し、すっと話題を切り替える。「午後は興衆との打ち合わせだったね。一緒に行こう」「うん」簡単な業務確認を済ませると、真琴は執務室を出て自席へと戻っていった。*午後2時。興衆実業へ足を運ぶと、遠目から真琴の姿を認めた紗友里がぱっと満面の笑みを浮かべた。目を細めて嬉しそうに駆け寄ろうとする。だが、真琴の背後に光雅の姿を捉えた瞬間、紗友里の表情から一気に笑みが消え失せた。浜野へ戻ったと聞いていたのに、どうしてこんなに早く東都へ戻ってきたのか。「紗友里」真琴が歩み寄って声をかける。紗友里はまず「真琴」と笑顔で声を弾ませたが、すぐに営業用の作り笑いを貼り直し、光雅へと視線を移した。軽く頭を下げる。「西脇社長」胸の内にさざ波が立っているのは確かだった。それでも紗友里は感情を押し殺し、何事もなかったかのように振る舞ってみせる。光雅は伏し目がちにその姿を見下ろし、落ち着いた声で短く応じた。「ああ」一行は
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第724話

本当なら、真琴を誘って一緒に夕飯でも食べようかと思っていた。けれど、今の重苦しい気分のままでは勘づかれるのがおちだ。結局、その考えは頭から振り払った。8時を回った頃、パソコンの画面を前にして完全にやることが尽きた。紗友里は電源を落とし、デスクを片付けてオフィスを出る。社内にはもう人影もなく、エレベーターを降りたロビーはがらんとして静まり返っていた。胸の前で腕を組み、誰もいないフロアを歩く。コツコツと響くヒールの音だけが、高い天井にむなしく反響した。エントランスの自動ドアをくぐった瞬間、冷たい夜風が吹き抜ける。紗友里は身震いし、羽織っていたコートの前を慌ててかき合わせた。階段を数段降りかけた、そのとき。前方に止まっていた車から、短くクラクションが鳴った。顔を上げると、光雅の車だ。ゆっくりと運転席の窓が下がり、見慣れた光雅の顔が視界に飛び込んできた。紗友里の足がぴたりと止まる。そのまま呆然と立ち尽くした。まさか、こんなところに現れるなんて思いもしない。信じられない思いで見つめた後、紗友里は振り返って背後のロビーを確認した。誰か他の人間が出てくる気配はない。誰かを迎えに来たわけじゃない。光雅は、間違いなく自分に会いに来た。紗友里が視線を戻すと、光雅の低く淡々とした声が届いた。「乗れ」促されても、紗友里はすぐには動かない。冷めた視線を向けたまま口を開く。「西脇さん、何かご用」一向に乗る気配を見せない紗友里に、光雅はわずかに眉を寄せ、再び短く告げた。「乗ってから話す」紗友里は無表情のまま、じっと光雅を見返した。車を出す気配もなく、頑として待つつもりだと悟る。観念したように助手席側へと回り込み、ドアを開けて体を滑り込ませた。断って立ち去ることだってできたはずだ。けれど、あの整った顔を前にすると、どうしても突っぱねきれずに乗り込んでしまう。車が静かに走り出した。光雅はハンドルを握りながら、横目でちらりと助手席をうかがう。「夜の飯、俺を避けるためか」その問いかけに、紗友里は乾いた笑みを浮かべた。「考えすぎよ。興衆実業の人間なら誰だって知ってるわ。私、気まぐれだから。行きたくない席なら、どんな偉い人がいようが重要な案件だろうが顔を出さないの」今夜の席を蹴
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第725話

いら立ちをむき出しにした紗友里を、光雅はその場に立ち尽くしたまま見つめ返した。いぶかしむような視線を受け、紗友里はその手を振り払って背を向ける。だが歩き出そうとした瞬間、腕をつかまれて強引に引き戻された。背中が車体に軽くぶつかる。何を言い出すのかと身構えた紗友里の唇を、光雅は身をかがめて塞いだ。言葉を挟む隙さえ与えない。触れ合った熱さと柔らかな感触に、紗友里はとっさに両手を上げて突っぱねようとする。けれど、男の腕力にかなうはずもなかった。胸元を押していた手はあっけなく捕らえられ、頭上へと押さえつけられる。光雅の口づけは激しく、どこか懲罰のようだった。車体に押し付けられたまま少しもがいたものの、次第に抗う気力はそがれ、膝から力まで抜けていく。息が詰まるほど深く貪られ、必死に光雅のシャツをつかんだところで、ようやく口づけを解かれた。左手を車のボディにつき、右手で紗友里のうなじを支えたまま見下ろす。その瞳からは、先ほどまでの険しさが消えていた。2人の視線が静かに絡み合う。紗友里の瞳からも反抗の色は薄れていたが、その目元は悔しさにじんで潤んでいた。何を言えばいいのかも分からず、小さく唇を引き結ぶ。見下ろす光雅の視界には、赤らんだ目元、やり場のない悔しさに歪む表情、そして熱く腫れ上がった唇が映っていた。光雅はうなじを優しくもみほぐすようにしてから、その手を頬へと滑らせる。息を乱しながら、紗友里は光雅を見上げ、低く問いかけた。「……一体、何がしたいの」光雅に責任を取る気などないことくらい、分かっていた。責任なんていらないと伝えてあるし、前回のことも自分でピルを飲んで片づけた。それなのに、こうしてわざわざ待ち伏せし、自宅まで連れてくる。その意図がまるで分からない。あの一夜のことなど、ただの火遊びとして割り切っていたはずだった。眉を寄せて問い詰める紗友里に、光雅は何も答えない。そのまま両腕を差し入れ、紗友里の体を軽々と抱き上げた。紗友里は息をのみ、反射的に腕を伸ばして光雅の首にしがみつく。光雅が好きだ。どうしても拒みきれない。光雅は紗友里を抱きかかえたまま、マンションのエントランスへと入っていった。部屋に入るなり、まっすぐ寝室へと連れていき、ベッドの上にそっと横たえる。
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第726話

前回ここで夜を明かしたのは、光雅が酒を口にしていたからだ。まだ2人の現実的な問題に踏み込んでもいなかった。だが、今回はわけが違う。これ以上ここにとどまれば、自分を安売りするだけだ。そもそも部屋へ上がった時点で、プライドなど捨てたようなものだった。頭では分かっている。けれど、感情を前にして割り切れないのが人間というものだ。帰るという紗友里の言葉に、光雅は黙って視線を注いでいた。しばらく見下ろした後、背を向けてサイドキャビネットへと歩み寄る。たばことライターを手に取り、火をつけた。普段、彼がたばこを吸うことはめったにない。静かに紫煙を吐き出し、何かを思案するように沈黙した後、ようやく紗友里を振り返った。「……ああ。送っていく」家についてきたのだから、前回のように大人しく朝まで過ごし、これからは自分を求めて頼ってくるはずだと思っていた。何しろ、拒みもせずに上がってきた。だが、紗友里は違った。体を重ねた途端、すぐに帰ると言い出す。この一夜のことなど、何ひとつ気にかけていないかのようだ。彼女が望んでいたのも、自分と同じような刹那の割り切った関係にすぎなかったのか。そう思い至った瞬間、光雅の胸に思いがけない挫折感が広がった。こんなはずではなかったのに、と。ベッドサイドの時計に目をやると、すでに深夜の0時を回っていた。自分の車で来ていないことを思い出し、紗友里はうなずいた。「うん、じゃあお願い」手早く服を身につけ、身だしなみを整える。その頃には、光雅もすでに着替えを済ませていた。*2人で部屋を出て階下へ降りる間、光雅は片手をポケットに突っ込んで歩いていた。横目でうかがうと、紗友里は胸の前でしっかりと腕を組み、あからさまな警戒を解こうとしない。手を握る隙など、微塵も見せていなかった。わざと距離を置いているわけでも、気を引くための計算でもない。光雅との未来など最初から期待しておらず、これ以上深入りさせるつもりもなかった。突き詰めれば、相手が遊びなら、自分も遊びで付き合えばいい。楽しめない理由などどこにもない。真琴には、まだやり直す余地があると言った。それは自分自身にも言えることだ。今どれほど彼にひかれ、熱を上げていようと、人の感情など時間とともに
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第727話

しばし考え込むように沈黙した後、光雅は探る口調で切り出した。「何か欲しいものでもあるか?それとも、俺にしてほしいこととか」紗友里は胸の前で腕を組んだまま、思わず吹き出してしまった。ひとしきり笑ってから、光雅へと視線を向ける。「西脇さん、ご親切にどうも」何事もなかったかのように、落ち着いた声で続けた。「お互い大人なんだから、こんなこと大げさに受け止める必要ないよ。欲しいものなんてないし、西脇さんに何かしてほしいこともないから」光雅が口を挟む隙も与えず、紗友里は言葉を重ねる。「どうしても何か要求しろって言うなら、1つだけ。もう会社で待ち伏せしたり、呼び止めたりしないで」一拍置いて、念を押すように付け加えた。「お兄ちゃんに勘づかれたくないし、変な噂が立つのもごめんだから」真剣に向き合う気がないのなら、騒ぎ立てずに内密にしておくのが一番だ。2人きりの裏側で適当にやり過ごせばいい。今日の振る舞いを見て、光雅の意図は察しがついていた。ただ東都で気楽に抱ける相手が欲しかっただけなのだろう。なら、別に構わない。単に体を重ねる、それだけのことだ。そっけない受け答えに、光雅の胸の奥がぎゅっと詰まった。ハンドルを握る両手に力が入り、手の甲に青筋が浮き上がる。――やはり見立て通りか。紗友里は自分に執着などしておらず、好意も抱いていない。そんな疑念を募らせ、自分にほれさせたいと望む一方で、光雅自身が自覚していない事実があった。自分も紗友里に本気などではなく、ただ欲望のままに抱きたかっただけにすぎない。男とはどこまでも自分勝手で傲慢だ。自分からは時間も感情も差し出そうとしないくせに、女には狂おしいほど求めさせ、プライドを満たしたがる。口元にかすかな笑みを浮かべ、光雅は沈黙の後、試すようにつぶやいた。「……ただの遊びか?」紗友里は腕を組んだまま光雅を見つめ、眉を軽く上げて至って真面目な顔で見つめ返した。「まさか、西脇さんは違うとでも?」そして、くすりとからかうように笑う。「本気になっちゃった、なんて言わないよね?そんなの想像もつかないし」真顔からの軽やかな煽りに、光雅は完全に言葉を失った。計算が大きく狂っていた。紗友里がここまでタフで、初めての相手だからと責任を迫るどころか
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第728話

紗友里の言葉が途切れた後、光雅はそれ以上何も言わなかった。脇からたばことライターを手に取り、火をつける。今夜2本目だ。煙の匂いは苦手だったが、紗友里は文句1つ言わず、助手席の窓を静かに少しだけ開けた。そのさりげない仕草に気づき、光雅は言われる前にたばこを灰皿へ押し当てて火を消す。それきり2人の間に言葉はなく、重い沈黙だけが車内を満たしていた。車が片桐家の本邸前で止まると、紗友里はドアを開けて外へ出た。光雅も静かに運転席から降りてくる。追うように近づいてきた光雅を認め、紗友里は門の手前で立ち止まり、振り返った。ためらいも取り繕う様子もなく、淡々と言い放つ。「西脇さん。これから先、そういう用があるなら直接連絡してくれればいいから。わざわざ会社の前で待ち伏せたりしないで。時間があって、気が向いたら返事するよ」都合のいい相手として扱いたいなら、こちらも同じ枠に放り込んでやるだけだ。決してそれ以上の存在へ格上げなどせず、徹底して距離を保つ。光雅にひかれているのは確かだった。だが、今の紗友里はどこまでも理性的だ。対峙する2人の間において、明らかに紗友里が優位に立っていた。「……」突きつけられた条件に、光雅は完全に言葉を失った。まさかここまで率直に言い切られるとは思ってもみなかった。伏し目がちにじっと紗友里を見つめ、光雅はようやく短くうなずく。「……ああ、分かった。いいよ」言葉を重ねるその口調に、平静を取り繕いきれない内心が透けて見える。瞳ににじむいら立ちを、紗友里も敏感に察していた。けれど意に介さず、何事もなかったかのように告げる。「じゃあ、先に入るね。お気をつけて」背を向けた紗友里は、門扉のエントランスで暗証番号を打ち込み、敷地の中へと進んでいった。遠ざかる後ろ姿を見届け、光雅はポケットに両手を突っ込んだまま、片桐家の屋敷をしばらく見つめていた。やがて身を翻し、車に乗り込む。大したことではないと割り切っていたつもりだったが、紗友里の方がよほどドライに切り捨てていた。冷ややかな眼差しで門構えを一瞥し、光雅はアクセルを踏み込んで走り去った。だが、自宅に戻った瞬間、普段から生活感のない広い部屋が、今夜はやけに寒々しく感じられた。奥の寝室に目をやると、紗友里の幻影が
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第729話

発信ボタンを押しかけた瞬間、光雅はスマートフォンをベッドへ投げ捨てた。片桐家の本邸まで送り届けた直後にすぐ電話をかけるなど、安売りもいいところだ。これ以上、自分を惨めにする気にはなれない。何より腹立たしいのは、あの紗友里1人に、ここまで感情を乱されているという事実だった。両手をポケットに突っ込んで窓辺へ歩み寄る。眼下に広がる東都の夜景は、浜野と同じようにまばゆい光で溢れていた。けれど、この街のきらめきは、かえって深い孤独を突きつけてくる。胸の奥に、ぽっかりと穴が空いてしまったかのようだ。サイドキャビネットへ視線を流す。たばこに火をつけようかとも思ったが、そんな気分にもなれなかった。そもそも、紫煙をくゆらせたところで、この鬱屈した胸の内が晴れるわけでもない。ガラス越しに夜の街を見下ろし、光雅はシャワーを浴びて休む気力さえ湧かないまま立ち尽くしていた。*同じ頃、片桐家の本邸。紗友里が玄関をくぐったときには家中の明かりが落ち、家族はすでに寝静まっていた。帰宅の物音を聞きつけて美雲が寝室から顔を出し、あれこれ小言を並べ立てたものの、適当に相づちを打っていなすと、やがて諦めて部屋へ戻っていった。自室のドアを閉めた途端、紗友里は頬をわずかに膨らませ、長く重い息を吐き出す。車内では平然と光雅とやり合っていたものの、心の中まで平穏だったわけではない。その胸中は、複雑な感情でぐしゃぐしゃだった。ドアにもたれかかったまま、しばし物思いに沈む。やがて意を決したようにクローゼットへ向かい、着替えを抱えてバスルームへ足を運んだ。洗面台の鏡の前に立ち、服を脱ぎ捨てる。目に飛び込んできたのは、肌に残された生々しい痕の数々だった。鎖骨から胸元へと指先を滑らせると、万感の思いが込み上げてくる。頭の中を満たすのは、ほんの少し前まで光雅と交わしていた熱い感触ばかり。再び肌を重ねることになるなんて思ってもみなかったし、今夜あんなたんかを切るとも想像していなかった。――ただの遊び?鏡に映る我が身を眺め、紗友里は自嘲気味に口元を歪めた。何より予想外だったのは、自分の初めてがこんな形で消費され、人生最初の恋がこれほどあっけなく、雑に扱われることだった。因果応報、これが片桐家の受けるべき報いなのかもしれない
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第730話

真琴が「試してみよう」と口にしてから、2人の関係は驚くほど穏やかになった。仕事以外の時間は、ほとんど2人きりで過ごしている。シャワーを浴び終えてバスルームを出ると、信行がベッドの上で気だるげに寝そべっていた。湯上がりの真琴に気づき、すぐ隣のシーツを手のひらでぽんぽんと叩く。「ちゃんと場所、空けてあるよ」両腕を上げて無造作に髪をまとめながら、真琴は思わず吹き出してしまった。結婚する前の信行は、ただ強引で傲慢な男に見えていた。自分や紗友里にあれこれ指図するのが当たり前の人間。結婚してからは、傷つけられた記憶ばかりが胸を占めていた。けれど今こうして向き合ってみると、案外甘えたがりで、時折かわいらしくさえ思えてくる。こうして甘えてくる男を拒み通すのがいかに難しいか、今の真琴には身に染みていた。結局のところ、信行を受け入れてもう一度向き合おうと折れたのも、ここ最近の仕草にほだされたからだ。ことあるごとに抱きしめられ、肩に顎を預けられ、髪や首筋の匂いをかがれてきた。そんな甘い熱にのまれて、最後には流されてしまったのかもしれない。眉をくいっと上げて笑いかけてくる信行に、真琴はおかしそうに言う。「……ほんと、どんどん面の皮が厚くなってない?」ベッドの脇まで歩み寄った瞬間、信行が手を伸ばし、真琴を腕の中へと引き倒した。「お前さえ手に入れば、体裁なんてどうでもいい」つんのめるようにして胸元へ倒れ込み、真琴は両手で信行の体を支えながら、念を押すように尋ねる。「また買ってないんじゃないでしょうね?」やり直そうと受け入れたとはいえ、子供のことまではまだ考えられない。産みたくないわけではない。自分はまだ若いし、やりたいことも山ほどある。抱えている仕事も重要なものばかりだった。その問いかけに、信行は背後に手を伸ばし、サイドテーブルの引き出しを軽く開けて見せた。のぞき込んだ真琴は、あまりの光景に言葉を失う。引き出しの中が、見渡す限り避妊具でぎっしりと埋まっていた。信行へ視線を戻し、真琴はその胸元をぱちんと軽く叩く。「いくらなんでも極端すぎない?」呆れるやらおかしいやらで、苦笑いが漏れた。「これでもお前を気遣って用意したんだぞ」そう言われ、真琴はすかさず信行の脇腹をぎゅっとつねった
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