All Chapters of 暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める: Chapter 741 - Chapter 750

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第741話

目が覚めるなり「お腹が空いた」と言い出した真琴の可愛らしさに、信行は思わず吹き出した。身を乗り出して彼女のシートベルトを外してやり、その頬を優しくつまむ。「じゃあ、部屋に戻って何か作ってやるよ」2人はそろって車を降りた。車の前を回ってくる真琴を待ち、信行はごく自然にその手を取った。ずっと昔から、こうして彼女の手を引いて歩きたかった。だが当時は機会も少なく、何より真琴がまだ幼かったため、踏み切れずにいた。片手をポケットに入れ、もう片方の手で彼女の指先をしっかりと握る。急ぎ足ではなかったが、その足取りはどこか誇らしげで軽やかだった。気分はこれ以上ないほど晴れやかだった。エレベーターに乗り込み、信行が視線を落とすと、ちょうど真琴も見上げていた。ふと視線が重なり、真琴は口元をほころばせて柔らかに目を細めた。息をのむほど愛らしい表情だった。その姿に見とれながら、信行は握りしめた手に優しく指を絡めた。「ずっと前から、こうやってお前と手をつなぎたかった」信行の言葉に、真琴の胸にも懐かしい記憶がよみがえる。まだ学生だった頃、彼は放課後によく待っていてくれた。運転手の送迎を嫌い、好んで自転車を押していた信行。紗友里でさえ荷台にはめったに乗せてもらえなかったのに、彼は決まって真琴を待っていた。「真琴ちゃん、スピード出すからしっかりつかまってろよ」「真琴ちゃん、裏通りにうまい焼肉屋を見つけたんだ。連れてってやる」「真琴ちゃん……」次々とよみがえる思い出は、どれも心から楽しかった日々のことばかりだった。やはり、気のせいではなかった。彼が自分を好いてくれていると、あの頃から確かに感じていた。だからこそ、祖父たちが克典への嫁入りを決めた時も、真琴は悩み抜いた末に本心を打ち明け、信行を選ぶ決断を下した。今になって振り返ってみても、信行が自分を大切に想っていたのは間違いなかった。ただ当時の2人はあまりにも若く、些細なすれ違いに対処するすべを知らなかったにすぎない。わだかまりを手放し、1度すべてを受け入れてしまえば、人は驚くほど寛容になれる。許すことも、慈しむこともできるようになる。整った彼の横顔を見つめながら、真琴は実感していた。自分は今でも、この人が好きなのだと。それでも、先のことはあえて
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第742話

懐かしい日々の記憶をたどるうちに、真琴の胸の奥はより一層柔らかく解けていった。ひとしきり甘く抱き合った後、信行はようやく彼女に視線を向けた。「少しの間、くつろいでいてくれ。何か食べるものを作ってくる」続けて、穏やかに尋ねる。「何が食べたい?」つま先立ちを解いてかかとを床に下ろし、真琴は少し思案してから口を開いた。「どうしよう。うどんも、から揚げも、ハンバーグも全部食べたい」欲張りな自分に困ったような顔を見せる真琴が、信行にはたまらなく愛らしかった。まるで学生の頃に戻ったかのようだ。信行は身をかがめて真琴の額に口づけを落とした。「じゃあ、全部少しずつ作ってやるよ」そう言い残してキッチンへ向かう彼を見送り、真琴はシャワーを浴びに寝室へ戻った。しばらくして部屋から出てくると、信行はすでに料理を作り終えていた。テーブルにはうどん、から揚げ、ハンバーグに加え、だし巻き卵にサラダ、さらにはステーキまで並んでいる。両手で髪をまとめながら食卓を見下ろし、真琴は思わず生つばを飲み込んだ。辻本家は大富豪ではないにせよ、何不自由なく育ち、これまでぜいたくな料理も数多く口にしてきた。だが、たったひと口ずつの我儘のために、これほどの料理が食卓を埋め尽くす光景など、生まれて初めて目にするものだった。髪を結び終え、椅子を引いて腰を下ろす。「すごくいい匂い」フルーツの皿を手にキッチンから戻った信行が、真琴に箸と器を手渡した。「最近ずいぶん食欲があるな。仕事でストレスでもたまってるのか?」差し出された箸を受け取り、真琴はまず野菜サラダをひと口口へ運んだ。「ううん。仕事の予定も無理のないように組んでるし、あまり根を詰めないようにしてるわ。それに最近は気分も調子もいいし……寒くなってきたから食欲が出たのかも」真琴の隣に腰を下ろし、おいしそうにほおばる姿を眺めながら、信行の胸には格別の喜びが満ちていた。2人で食事を終え、食器を片付けて寝室に戻ると、真琴はすでにベッドで眠りに落ちていた。両手を頭の脇へと投げ出し、すっかり脱力した寝相だ。以前のように体をこわばらせて横を向いたり、身を守るように丸まったりしていた警戒心は、もうどこにも見当たらない。熟睡する真琴を見つめ、信行はベッドへ歩み寄った。身を寄せて顔を
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第743話

30分後、紗友里が自宅の門前に車を走らせてくると、門を塞ぐように1台のベントレーが止まっていた。思わず表情を曇らせる。行く手を遮られ、やむなく速度を落として停車させた。まさか光雅がここまで押しかけてくるとは思ってもみなかった。ご苦労なことね、と心の中で冷ややかに吐き捨てる。愛車にもたれかかる光雅を冷めた目で見つめ、シートベルトを外す。車を降り、足早に近づいた。無意識に胸の前で腕を組む。明らかな警戒の仕草だった。今の彼女は、光雅に対して強い警戒心を抱いている。嫌悪しているわけではない。ただ適切な距離を保ちたいだけだ。2人の間に未来などないと分かっている以上、これ以上無駄に関係を引きずりたくはなかった。前回口にした言葉も、その場の強がりにすぎない。あんな関係をずるずると続ける気など毛頭なかった。組んだ腕を解かないまま正面に立ち、紗友里は見上げて素っ気なく言った。「こんな夜更けに、何の用かしら。西脇社長」何度かやり取りを重ねるうちに、紗友里はすっかり腹をくくっていた。彼を過剰に意識することもなくなっている。執着を捨てれば、心は揺らがない。相手に何も望まない限り、へりくだる必要などどこにもなかった。取り合おうとしない彼女に対し、光雅は両手をポケットに突っ込んだまま1歩間合いを詰め、皮肉めいた笑みを浮かべた。「その気があるなら電話をしろと、そう言ったのは片桐さんの方だったはずだが」初冬の夜。月光と街灯の明かりが冷え冷えと落ちていた。風はないのに、刺すような寒気が立ち込めている。光雅の顔立ちは相変わらず彫りが深く整い、その瞳には強い光が宿っていた。ただ、鼻先だけが寒さでわずかに赤くなっている。当然のように言い放つ彼を、紗友里はじっと見据えた。よくもまあそんなせりふを抜け抜けと言えたものだと、胸の内で冷たくあきれ返る。光雅に負い目など何一つない。冷淡な表情を崩さず、紗友里は深く息を吐き出し、静かに返した。「あいにくだけど、今日はそんな気分じゃないし、そんな用もないわ」自分が求めれば、応じるのが当たり前とでも思っているのだろうか。一体、こちらのことを何だと思っているのか。言い捨てると、紗友里は顎で光雅の車をしゃくった。「邪魔だから、車をどけて」そのまま
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第744話

光雅が言葉を挟む隙も与えず、紗友里はさらにまくし立てた。「言っておくけど、私は寝た後の面倒まで見る気はないわ。自分の始末くらい自分でつけなさいよ。それに、あなたの条件なら女なんて選び放題でしょう?相手をしてくれる人なんて、周りにいくらでもいるじゃない。だから二度と付きまとわないで。あなたに興味なんてないの」光雅は紗友里にとって初めての男だった。ひかれていたのは確かだ。それでも理性で感情をねじ伏せ、深入りしないよう踏みとどまるだけの強さを彼女は持っていた。連絡するな、興味などないと突き放され、光雅の表情が険しさを増す。自分に好意を抱いていると見抜いてはいた。だが、その想いを抱えたまま、ここまで冷徹に割り切れる女だとは思いもしなかった。感情をぶつけてくる紗友里を見つめたまま、彼はとっさに言葉を失っていた。押し黙る光雅に、彼女は冷ややかに告げる。「車をどけて。邪魔よ」再び促されても、光雅は両手をポケットに突っ込んだまま横を向き、視線をそらした。冷たい沈黙の中、2人の間に重苦しい膠着状態が続く。胸の前で腕を組み直すと、紗友里はじっと光雅をにらみ据えた。一向に車を動かそうとしない態度に、いら立ちをあらわにして問い詰める。「一体、何がしたいわけ?」それでも光雅は答えず、ポケットからたばことライターを取り出すと、無言で火をつけた。ゆっくりと吐き出された煙が、冷たい空気の中に散っていく。彼の胸中にも、抑えきれない苦々しさが渦巻いていた。わざわざ迎えに来てやれば、2人で甘い夜を過ごせると思っていたのだ。まさかここまでかたくなに拒絶されるとは、完全に計算外だった。鼻をつく紫煙の匂いに、紗友里の怒りは頂点に達した。顔を上げ、光雅を真正面から見つめる。「2回も寝たんだから、もう十分でしょう?これ以上、何を望んでいるの?こうやって実家の門前に車を横づけして、呼べばホイホイついてくる女だとでも思ってるわけ?片桐家を、私を何だと思っているのよ」光雅が反論する隙すら与えず、紗友里は感情を叩きつけるように言葉を続けた。「認めるわよ。好きだったわ。初めて体を重ねた時だって、理性を失って自分から応じたわよ。でもね、好きだからってプライドを踏みにじられていい理由にはならない。これ以上関係を続ける気もない
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第745話

光雅の問い返しに、紗友里はあきれ返るしかなかった。どこまでも勝ち負けにこだわる男だと、内心で冷ややかに吐き捨てる。じっと彼の顔を見据えたものの、答える気も起きず、ぷいと横を向いて視線をそらした。さっさと家に帰って眠りたかったのに、またこんな無駄な口論に体力を削られている。目を合わせようともせず押し黙る彼女に、光雅は右手を伸ばした。強引にその顎を掴み、自分の方へと向けさせる。「さっきまであれだけ偉そうに言ってたくせに、急に黙るのか?」畳みかける追及に、紗友里は彼をにらみつけ、きっぱりと言い放った。「そうよ。あなたと寝たあの2回は、完全に自分の安売りだったわ」2回目のことや、今夜の出来事がなければ、紗友里だってこんな考えには至らなかった。光雅にないがしろにされているとまでは思わなかったはずだ。だが今は、心底そう痛感している。胸の奥にやり場のない悔しさが募っていた。鋭い眼差しで見つめ返され、光雅の胸中にも怒りが一気に跳ね上がる。安売りだと?さっき彼女が言った通り、自分の相手をしたがる女などいくらでもいる。そんな自分が、彼女を粗末に扱ったとでも言うのか。誰がそんな真似をするものか。光雅もまたプライドの高い男だ。紗友里の言葉を黙って受け流せるはずもなかった。冷え切った眼差しでしばし紗友里を見下ろし、光雅はようやく口を開いた。「乗れ。話がある」紗友里は即座に拒絶する。「結構よ」だが言い終える間もなく、光雅は彼女のうなじを押さえ込み、助手席へと強引に押し込んだ。話すと言った以上、今夜は嫌でも付き合ってもらう。車内に放り込まれた紗友里は、すぐに身をよじってドアを開けようとした。だが、すかさず光雅に集中ロックをかけられる。ボンネットの前を回り込んで運転席に乗り込んできた彼を、紗友里はいら立ちの宿る瞳で見つめた。両手を胸の前で固く組み、窓の外へと顔を背ける。光雅と交わす話など、何一つない。かたくなに前を向こうとしない紗友里に、光雅は言った。「少しは態度を改めろ」その物言いに、彼女は光雅へ向き直って問い詰める。「一体、何が目的なの?」何度もこうして行く手を阻まれるのは不快でしかなかった。それ以上に、都合のいい女として扱われるのが我慢ならない。問い詰められた光雅は
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第746話

自分が何をしたいのか。そんなこと、光雅自身が一番よく分かっていた。ただ、紗友里に散々まくし立てられた手前、これ以上口に出すのがはばかられただけだ。紗友里はすでに意思表示を済ませている。これ以上、いかなる関係も続ける気はない、と。だが、光雅も認めざるを得なかった。1度肌を重ねてからというもの、少しばかり癖になっている。他のどの女と寝るよりも、紗友里のほうが心地よかった。光雅が黙り込んでいると、紗友里が向き直ってドアを押した。「開けて」光雅は取り合わず、ロックを解除しようとしない。業を煮やした紗友里が、さらに一段と声を張り上げた。「開けてってば」怒りが再燃しかけたその時、光雅がようやく顔を向けた。「彼女っていう肩書きが欲しいのか?堂々と俺と付き合いたいってことか?」紗友里はじっと光雅を見つめ返した。少し考え込み、ふとおかしさが込み上げてくる。本当に責任を取る気があり、恋人として付き合う気があるなら、こんな態度を取るはずがない。あんな聞き方をするわけもない。黙って立場を用意し、話をきっちりつけているはずだ。だから紗友里は答えず、逆に問い返した。「堂々と認める覚悟があるの?責任を取るつもりがあるっていうの?」紗友里の追及に、光雅は口をつぐんだ。考えたこともなかった。ましてや結婚など、頭の片隅にもない。ただ、体の欲求を満たしたかっただけだ。黙り込む光雅を見て、紗友里は冷笑を漏らした。そして不意に身を乗り出すと、ロック解除ボタンを押し込む。そのままドアを勢いよく開け放ち、振り返りもせずに降りていった。車を敷地内へ入れ直す気にもなれず、外に停めたままエントランスへ向かう。認証機に暗証番号を打ち込み、門を開けて中へ消えていった。きっぱりと立ち去る紗友里の背中を、光雅は見送った。今日ここへ来て、まさかこんな幕引きになるとは思いもしなかった。片桐家の屋敷をしばらく見つめたあと、光雅は窓を開け、手元の煙草を苛立ち紛れに灰皿へ押し潰した。気分は一気に最悪の底まで落ちていた。*庭を歩きながら、紗友里は胸の前で腕を組み、先ほどのやり取りを思い返していた。考えれば考えるほど腹が立つ。あの男にはまだ情けをかけすぎた。もっと罵倒して、あいつの気分を徹底的に台無しにし
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第747話

その頃、片桐家の屋敷を離れて車を走らせる光雅の気分は、いつまでも晴れなかった。胸の奥に鬱屈とした塊がつかえ、ひどく息苦しい。これまでずっと傲慢に生きてきた男だ。それだけに、今夜紗友里に拒まれたのが面白くなかった。シャツの襟を乱暴に引っ張ると、首元のボタンが弾け飛んだ。頭の中は、先ほど紗友里が放った言葉で埋め尽くされていた。生まれてこの方、あんな物言いをされたことなど1度もない。今の光雅はただ苛立ちにとらわれ、まったく思い至っていなかった。紗友里は片桐家の令嬢であり、自分と同じく選ばれた側の人間だ。誰かに媚びてすがりつくような女では決してない、ということに。あの強気な態度のすべてには、それに足るだけの後ろ盾と誇りがあった。*30分後。自宅に戻ってシャワーを浴び終え、ガラス窓の前で紫煙をくゆらせながらも、光雅の脳裏をよぎるのは紗友里と言い争った光景だった。ただ、苛立ちはすでにすっかり引いていた。とりわけ思い出すのは、紗友里の鋭い眼差しだ。望みを言えと促したのに、彼女は何も求めようとしなかった。光雅はうつむき、手元の灰を軽く払う。それから煙をもう2口ほど吸い込み、短くなった吸い殻を灰皿に押し潰した。デスクに戻ってパソコンを立ち上げたものの、画面を前にただ視線をさまよわせるばかりで、仕事に向かう気など微塵も起きなかった。その夜の衝突を境に、光雅が紗友里を訪ねることはなくなった。電話やメッセージも完全に途絶えた。紗友里もまた、そんな男など最初からいなかったかのように振る舞っていた。だが、心は少なからず揺さぶられており、ふとした拍子に彼を思い出すことがあった。*一方、真琴と信行のほうは、何事もなく日々の仕事をこなし、平穏な日常を紡いでいた。かつて散々ぶつかり合ってきたせいか、今となってはかえって喧嘩の種すら見当たらない。どんな些細なことでも言葉を交わして相談し、互いの意見に耳を傾け合っていた。それから2週間が過ぎた週末、拓真の呼びかけで集まりが開かれることになり、落ち着いていた日常に再び賑やかさが戻ってきた。個室へ真琴と信行が足を踏み入れたときには、拓真や司、それに良一たちもすでに揃っていた。紗友里の姿もある。連れ立って現れた2人を見るなり、拓真が茶化すように騒ぎ立て
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第748話

信行ともう1度やり直すと決めた以上、真琴としても隠し立てするつもりはなかった。何より、ここにいるのは幼い頃から一緒に育ってきた仲間ばかりだ。真琴があっさり認めた瞬間、テーブルを囲む面々が一斉に沸き立った。ひとしきりはやし立てたあと、皆の視線が信行へ集中した。「こんな大事なこと、さっさと教えないなんて水臭いぞ。今日の飯代は全部お前のおごりだな」冷やかす仲間に、信行は笑って応じた。「いいよ、全然構わない。何回分でもおごってやる」すると拓真が、今度は紗友里へ向き直った。「お前はとっくに知ってたんだろ?なんで前もって教えてくれなかったんだよ」背もたれに体を預けて足を組んでいた紗友里は、気だるげに言った。「もうみんな知ったんだからいいじゃない。ちょうどいい機会だし、お兄ちゃんにおごらせればいいのよ」紗友里がそう言うと、司が自分のグラスに飲み物を注ぎ、率先して2人へ声をかけた。「2人とも、復縁おめでとう。これだけのことを乗り越えてきたんだ。俺たちも大人になったし、お前たちも前よりずっとお互いを大切にできるはずだ。2人のこれからと、俺たちの長い友情に乾杯しよう」司が音頭を取ると、信行と真琴は息を合わせて立ち上がり、ジュースの入ったグラスを掲げた。「ありがとう、司さん」「ありがとな、司」それぞれが杯を合わせると、拓真たちも次々に祝福の声を上げ、そのまま茶化しにかかった。「来年あたりには結婚式に呼んでくれよな!」「そうそう。もう何年も待たされたんだから、ずっと2人の式を楽しみにしてたんだぞ」「分かったよ、任せとけ」友人たちの冷やかしに、信行は満面の笑みで即答した。誰よりもその日を待ち望んでいるのは信行自身だ。真琴も信行の言葉を否定することもなく、微笑んで周囲に話を合わせた。これからのことは成り行きに任せようと、2人の間ですでに話し合っていた。盛り上がる2人を眺めながら、紗友里も心から祝福していた。だがその片隅で、拭えない寂しさがふと胸をよぎった。思い浮かぶのは光雅の顔だ。あの夜に交わした口論の記憶がよみがえる。自分には一体いつになったら、真琴のように甘く幸せな恋が訪れるのだろうか。*夜9時過ぎに集まりがお開きになると、信行の運転する車で2人は真琴のマンションへ向かった。
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第749話

信行の真剣な眼差しを受け止め、真琴が向き直ろうとしたその瞬間、バッグの中でスマートフォンが鳴り響いた。はっと我に返った真琴は、信行の手をそっと離し、手元を探りながら言った。「電話、先に出るね」取り出したスマートフォンの画面には、美雲の番号が表示されていた。表示画面を見つめ、真琴は信行にちらりと視線を送る。「お義母様から」通話ボタンをスワイプし、耳元に当てた。「お義母様?」受話口から、美雲の弾んだ声が勢いよく飛び込んでくる。「真琴ちゃん!篠井の叔母さんたちから聞いたんだけど、信行とよりを戻したって本当なの?」出る前から察しはついていたが、案の定だった。さっき皆の前であっさり認めたのだから、耳に入るのも無理はない。美雲の浮き立った声に、真琴は穏やかに笑って答えた。「ええ、お義母様。もう1度やり直してみようって、2人でうまくやっていけるか試してみることにしたの」信行の申し出を受け入れた以上、隠すつもりは微塵もない。昔も今も、真琴はいつだって堂々としていた。電話の向こうで、美雲がさらに声を弾ませる。「よかった、本当によかったわ!もう1度向き合ってくれるならそれが一番よ。変にプレッシャーをかける気はないから、まずは2人でゆっくり進めてちょうだい。何か家の手助けが必要になったら、いつでも遠慮なく言うのよ」美雲の言う「手助け」が、実質的には結婚の準備を指しているのは明白だった。真琴はその熱気に苦笑しつつ応じた。「はい。何か手伝ってほしいことができたら、信行と一緒に相談しますね」「ええ、そうして」そこまで言って、美雲は思い出したように言葉を継いだ。「そういえば、もう半月以上も顔を出してないじゃない。週末、信行と一緒にご飯を食べに帰ってこない?克典もしばらく戻ってないから、あの子にも声をかけておくわ」茉琴の正体が真琴だと判明して以来、美雲はずっと家族全員が揃うのを心待ちにしていた。2人が再び歩み寄ったと知った今の喜びようはひとしおで、すぐにでも実家へ呼び戻したくてたまらない様子だ。その熱意にほだされ、真琴は小さくうなずいた。「分かりました、お義母様。じゃあ週末、信行と一緒に伺いますね」早くに実母を亡くした真琴は、幼い頃から片桐家に入り浸って育ち、美雲からも実の娘のようにかわ
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第750話

「母さん、さっき他に何か言ってなかったか?」信行の問いに、真琴が答えた。「週末、克典さんも休みを取って戻ってくるって言ってたわ」克典の名を聞き、信行は「ふうん」と淡くつぶやくだけにとどめた。考えてみれば、克典も今年でもう31になる。そろそろ身を固めるなり、落ち着くべき頃合いだ。まもなく車は真琴のマンションに滑り込んだ。真琴が助手席から降り、ボンネットの前を回って近づいてくると、信行は自然と手を伸ばしてその手を握った。手狭な部屋だが、信行は驚くほどすんなりと馴染んでいた。かつて火災に見舞われた芦原ヒルズの邸宅は、当時の姿のまま忠実に再建されている。それでも、あそこで暮らそうと信行が真琴に持ちかけたことは1度もない。たとえ将来2人が結婚したとしても、あそこへ移り住むことはまずないはずだ。あまりにもつらい思い出が残りすぎている。あの邸宅を建て直したのは、かつてただ真琴をしのぶためだけの行為だった。部屋へ戻り、シャワーを浴び終えた2人は、ベッドに横たわって他愛のない話をしていた。信行がひと通り話し終え、真琴を引き寄せて触れ合おうとしたその時、真琴は両手を頭の横へ投げ出し、あっという間に寝息を立てていた。ぐっすり眠りこけた姿に、信行はあっけにとられて苦笑を漏らした。ここ最近の真琴は、やたらとよく眠る。しばらくその寝顔を見つめていたが、起こすような野暮な真似はしなかった。部屋の明かりを落とし、そっと真琴を抱き寄せると、信行も静かにまぶたを閉じた。*土曜日。2人が起きて身支度を整え、本邸へ戻った頃には、すでに克典の姿があった。昨夜のうちに帰っていたらしい。真琴が東都市へ戻ってきて以来、信行自身も休暇を取っては実家に顔を出す回数が目に見えて増えていた。白のワイシャツにダークカラーのスラックス姿で、裏庭のほうから歩いてくる克典を認め、真琴は穏やかに声をかけた。「克典さん」東都市へ戻ってきてからの真琴は、かつてのように克典を恐れることもなくなっていた。克典と顔を合わせる際も、終始落ち着き払っている。真琴の帰宅に気づいた克典は、薄く笑みを浮かべて応じた。「帰ったか」真琴は小さくうなずいた。簡潔な挨拶を交わすだけで、克典が信行との関係に触れることはなく、真琴からもあえ
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