Lahat ng Kabanata ng 暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める: Kabanata 711 - Kabanata 720

764 Kabanata

第711話

今の光雅は、真琴の顔を見るたび、どういうわけか紗友里のことばかりを思い出してしまう。あの夜、彼女との間に起きた出来事が頭をよぎるからだ。だからといって、紗友里との未来を考えているわけでも、責任を取るつもりも毛頭なかった。仕事の指示を受けながら、真琴は光雅の胸中にも何か抱え込んでいるものがあるのではないかと、かすかに察していた。近頃は、身の回りの誰も彼もが何かしらの事情を抱えているように思えてならない。仕事の話を終え、いくつか用件を伝えると、光雅は部屋をあとにした。エレベーターホールまで見送って戻ると、紗友里から無事に帰宅したとメッセージが届く。LINEでしばらくやり取りを交わし、真琴は着替えを手にしてバスルームへ向かった。本人はまだ自覚していないが、渚に薬を盛られ、信行とここまで拗れてしまったにもかかわらず、近頃の真琴の心はひどく穏やかだった。確かな拠り所を感じている。ここ2年のどの時期よりも、静かな安らぎがあった。*翌日、病院。真琴が付き添いに来ないと知るや、信行はもはや入院している気も起きず、頭の包帯を外して早々に退院手続きを済ませてしまった。祐斗に届けさせたスーツとコートに身を包んだものの、信行はそのまま病院を出ようとはせず、廊下の突き当たりにある病室へ足を向けた。成美の病室だ。ドアはわずかに隙間を開けていた。成美はベッドで休むでもなく、入り口に背を向けて窓の前に佇んでいる。いつもの車椅子に腰掛けていた。スラックスのポケットに両手を突っ込んだまま、信行はその物寂しげな背中をしばらく見つめ、それから軽くドアをノックした。窓辺の成美はハッと我に返り、慌てて車椅子の向きを変える。「どうぞ」声をかけながら、脇のティッシュ箱から数枚引き抜き、急いで涙を拭った。泣いていたようだ。病室に姿を見せたのが信行だと気づくと、成美はあからさまに驚いた表情を見せた。だが次の瞬間には、パッと明るい笑みを顔いっぱいに広げて声をかけてくる。「来てくれたの」笑いかけてくる成美の目は、痛々しいほど真っ赤に潤んでいた。赤く腫れた目元と、無理に作った明るい笑顔に、信行の胸がわずかに揺れた。けれど、すぐに平静を取り戻す。病室へ足を踏み入れ、信行は声をかけた。「少しは落ち着いたか
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第712話

車椅子に座る成美の目は、まだ赤みが引いていなかった。信行を見上げ、微笑みを浮かべて言う。「問題ないならよかった」成美のまっすぐな眼差しを受け、信行の脳裏に昨夜の真弓の言葉がよみがえる。しばらく成美を見つめた後、信行は静かに口を開いた。「仕事の面なら、内海家に力を貸すことはできる。だが、それ以外の要望には応えられない」信行がそう告げた瞬間、成美の表情が一変した。瞬きもせず信行を見据え、単刀直入に問い詰める。「母さんが会いに行ったの?何か変なこと言った?」信行が答える間も与えず、成美は焦るように言葉を重ねた。「母さんの言ったことなんて気にしないで。本気にする必要はないから。世間知らずな母の言うことだから」成美とは長い付き合いだが、ここまで焦りを露わにする姿は初めて目にした。信行は視線を落とし、淡々と落ち着いた声で返す。「気にしてはいないさ。そう焦る必要もない。伯母さんはただ、心配していただけだ」この話を持ち出したのは、信行の意図的なものだ。昨夜の真弓の言葉を成美が本当に知らなかったのか、それとも知らぬふりをしているだけなのか、信行にはどちらでもよかった。こうして本人に直接釘を刺した以上、成美自身が事態を把握したことになる。あとは成美から自分の母親に言い聞かせればいい。要するに、真弓から2度と妙な接触を受けたくないし、何よりこの手の話を真琴の耳に入れたくなかった。どこまでも冷静な信行に、成美はバツの悪そうな表情を浮かべた。「安心して。母さんには私からちゃんと言っておくから。2度とあんな真似はさせないわ」成美のひたむきな眼差しから、信行はふっと目を逸らした。無欲に振る舞われれば振る舞われるほど、こちらとしてはかえって引け目を感じてしまう。やがて腕時計に目をやり、信行は話を切り上げた。「会社で用があるから、もう行くよ」「ええ、仕事に戻って」成美は車椅子を進め、信行を病室の外まで見送った。信行の背中を見つめ、その姿が完全に見えなくなっても、成美はすぐには動かなかった。瞳に静かな憂いを滲ませている。10年。信行はとうに10年前の彼ではない。今となっては、何をしても彼の心は動かせそうになかった。自信を持ちすぎていた。すべてを甘く見すぎていた。病室の入り
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第713話

ドアの前に立つ信行を前に、真琴はかすかに目を見張った。だがすぐに平静を取り戻し、何食わぬ顔で声をかける。「退院したの?」昨日付き添わなかっただけで、信行が今日退院するとは思ってもみなかった。退院して真っ先に自分のところへ顔を見せに来るなど、予想すらしていない。あの朝に避妊薬を飲んだことで、信行が怒り、気に病んでいるものとばかり思っていた。驚きを隠せない真琴へ、信行は静かに歩み寄る。そのまま手を伸ばし、真琴の頬を軽くつまんだ。「来てくれないんだから、入院していたって退屈なだけだ」「……」呆気に取られて顔を上げ、真琴はため息まじりに言う。「まさか、私に見せるために入院してたわけ?気を引くためだったの?」真琴が言い終わるかどうかのうちに、信行はその手首を引いて胸の中へ抱き寄せた。肩に顎を乗せ、囁くように呟く。「そうだよ。少しは心配してほしかったし、もう1度好きになってほしかった」そこまで言って、信行は包み隠さず本音を漏らした。「事故に遭ったあの日、本当はすごく傷ついたんだ」あまりに真っ直ぐな言葉に、真琴は一瞬言葉を失う。信行は真琴を抱きしめる際、いつも決まって肩に顎を乗せ、頬を寄せてくる癖があった。じっと信行を見つめていた真琴は、静かに両腕を持ち上げ、そっとその背中に腕を回した。今後の身の振り方について考えはあるものの、今この瞬間の真摯な態度を前にして、まして傷ついたと本音を吐露されては、冷たく突き放す気にはなれない。背中に手を添え、真琴は小さく息を吐き出した。「本当に、敵わないわ」柔らかなその声に、信行は抱きしめたまま思わず笑みをこぼす。まるで何年も前、学生時代に真琴が彼の部屋で宿題を広げていた頃に戻ったかのようだった。「西脇さん、おかえりなさい」不意に隣の部屋のドアが開き、住人が顔を出した。真琴は小さく飛び上がり、慌てて信行の腕から抜け出す。愛想笑いを取り繕って返事をした。「あ、はい」2人の様子を一瞥し、中年女性の住人は察したように顔をほころばせる。「恋人といい雰囲気だったかしら。邪魔しちゃってごめんなさいね。ちょっと下へ買い出しに行くだけだから、続けて、続けてちょうだい」そう言い残し、女性はエレベーターに乗って階下へと降りていった。耳たぶを赤く染めて振
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第714話

後頭部を信行の胸元にそっと擦り寄せ、真琴はその体温で彼の抱擁に応えた。今この瞬間、心の奥底を探っても信行を拒絶する理由など見当たらず、これまでの確執すらまるで前世の出来事のように思えてくる。ガラス窓に寄り添う2人の影を見つめながら、真琴は習慣というものの恐ろしさを痛感していた。抱きしめられたまま、真琴は顔を上げて信行を見つめた。「お腹が空いた」その一言に、信行は腕を緩めると、頬にちゅっと口づけを落とした。「よし、何か作るよ」上着を脱いで腕まくりをすると、信行は冷蔵庫を開けた。手際よく食材を取り出し、真琴のために夕食を作り始める。テーブルの脇で信行の手慣れた手つきを眺めながら、真琴は思わず吹き出してしまった。行動力に関して言えば、信行は実に申し分ない。台所に立つ信行の背中を見つめているうちに、真琴の胸の奥はじんわりと温かくなっていった。信行が台所で腕を振るう間、真琴はテーブルでノートパソコンを開いて仕事をこなす。ふと視線を向けると、エプロン姿の信行が忙しそうに、けれど楽しげに立ち働いていた。確かな拠り所と、家庭的な温もりを覚える。この狭い部屋にも、ささやかな暮らしの匂いが満ちていた。やがて信行が料理を運び出し、ご飯にしようと声をかけてきた。真琴はパソコンを片付け、配膳を手伝う。信行から茶碗を受け取り、箸をつけ始めたところで尋ねられた。「光雅は浜野へ戻ったのか?東都の仕切りを丸投げされたのか」ご飯を口に運びながら、真琴は返す。「半月ほどで戻る予定よ。そのあと管理職を2人呼ぶ手筈になってるから、私の本分はあくまで技術側」真琴が答えると、信行は皿に骨付き肉を取り分けながら言った。「あまり無理をするな。女なんだから」他人が真琴をどれだけ酷使しようと気にしないだろうが、信行にはそれが堪えられない。気遣わしげな言葉に、真琴は顔を上げて信行を見た。「わかってるって。安心して、ちゃんと加減はするから」真琴の返答を聞いて、信行は言葉を重ねた。「明日は週末だ。一緒に本家へ帰って飯を食おう」一緒に本家へ?茶碗と箸を持ったまま、真琴は驚いて信行を見つめた。真琴が口を開くより早く、信行が先回りするように続ける。「外食ばかりで適当に済ませるのもよくない。これからは用がなくて
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第715話

眉をひそめてはいるものの、真琴の声は柔らかい。本気で腹を立てている様子はなかった。信行は真琴の手から本を抜き取りながら、口を開く。「毎日仕事ばかりかと思えば、今度は読書か。いつになったら俺のほうをちゃんと見てくれるんだ?」そう言いながら、手にした本を脇に置いた。膝の上に跨がった真琴は、信行の額に残る傷痕に目を留めた。無意識に指先を伸ばし、その傷痕にそっと触れる。信行はその手を包み込んで撫で、笑みを浮かべた。「心配してくれてるのか?」信行の手からすっと指を離し、代わりに耳たぶをつまみながら、真琴はさっきの軽口に返す。「花でもあるまいし、じっと見つめてどうするのよ」東都へ戻る前、信行とこんなふうに過ごす日が来るとは思いもしなかった。昔は膝の上に乗ることすら叶わなかったのに、今ではこうして跨がったまま言葉を交わしている。息がかかるほどの至近距離で、真琴から漂うかすかな香りを吸い込みながら、信行が呟く。「まだ俺のことが嫌いか?」調子に乗ってくる信行に、真琴は耳たぶを少し強めにつねって釘を刺した。「いい加減にして。泊まるのを許してあげたんだから、それ以上欲張らないで」そう告げた瞬間、信行は真琴を抱きすくめたままベッドに倒れ込み、腕の中に閉じ込めた。10本の指を固く絡め合わせ、上からのしかかりながら甘く囁く。「それは俺の腕がいいからだろ。隅々まで満足させてるからだ。自分の実力で勝ち取ったんだよ」「……」呆れて言葉も出ない。何か言い返そうとした矢先、信行は身をかがめて唇を塞いできた。信行の唇は柔らかく、キスが巧みだった。唇を奪われた瞬間、真琴の体からふっと力が抜ける。無意識のうちに彼の首へ両腕を回していた。素直に応じる仕草に、信行は腰に回した手に力を込め、真琴の体をいっそう強く引き寄せる。肌越しに伝わる熱に、真琴の頬がカッと染まった。わずかに唇を開いて軽く甘噛みし、熱を帯びた口づけを返していく。以前なら、信行に迫られても自制が利いた。我慢することもできた。だが、渚に薬を盛られて以来、真琴の体は一変してしまった。まるで自制が利かない。不思議なことに、信行を前にしたときだけ理性を手放してしまう。体が疼くように熱を帯びるとき、思い浮かぶ相手も信行だけだった。初
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第716話

信行の言葉に、真琴ははっと我に返った。部屋の避妊具は切れたままだ。そして信行は、今日もつけないままだった。耳元にかかる吐息が熱い。真琴は身をよじり、信行に向き直った。澄んだ瞳でじっと見つめ、問いかける。「……そんなにお父さんになりたいの?」信行はそっと手を伸ばし、真琴の頬を指先で撫でた。かすかに笑みを浮かべる。「父親になりたいわけじゃない。相手が、真琴だからだよ」もともと信行は子供が得意ではなかった。もちろん、昔の真琴だけは例外だった。いつでも物静かでお行儀がよく、透き通るように白くて愛らしかったからだ。大人になってからは輪をかけて苦手になり、ただ騒がしいだけの存在としか思えなくなっていた。それでも、真琴が好きだから。ずっと一緒にいたいからこそ、2人だけの家庭が欲しくなり、2人の子供を望んでしまう。相手が自分だから――そう告げられ、真琴は見つめ返したまま言葉を失った。長い沈黙の中、2人の視線が静かに絡み合う。やがて、真琴が先に口を開いた。「もう遅いし、先に寝よっか」子供のことなど、考えたこともなかった。少なくとも、今はまだ。真琴の言葉と、そのわずかな心の揺らぎを察した信行は、腕の力を少し強めて抱きしめた。額にそっと唇を落とす。「うん」信行は真琴の胸元に優しく顔を寄せた。真琴も目を閉じ、彼の腕の中にすっぽりと収まる。今夜は、引き出しからピルを取り出すことも、信行の前で飲むこともしなかった。さっきまでは眠かったはずなのに、彼の言葉を聞いてから、すっかり眠気が遠のいてしまった。あの言葉が頭から離れない。信行の心の奥深くで、自分がこれほど重く思われていたなんて想像もしていなかった。いつだったか、彼が言っていた。誤解があったのだと。愛が深すぎたからこそ、過剰に責め立ててしまったのだと。当時は若すぎて向き合い方も分からず、ただ若気の至りと慢心にとらわれていただけだった、と。腕に抱かれながら、真琴は深く息を吐き出す。結局、また心をかき乱されてしまった。真琴の戸惑いを感じ取りながらも、信行は深く踏み込もうとはしなかった。これ以上その話題に触れることもなく、ただそっと口づけを落とし、眠りを誘うように背中を優しくトントンと撫で続けた。*
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第717話

戻ってきてからの信行の姿を、真琴はずっと見てきた。最初の頃は、ただ罪悪感を減らし、自分が楽になりたいだけだと思っていた。けれど、こうして長い時間を共に過ごし、その振る舞いを見つめてきた今は違う。単に罪悪感を拭いたいだけではない。信行は本気で自分と一緒にいたいと願い、本気で愛そうとしている。その熱意が、真琴には痛いほど伝わっていた。真琴の寝ぼけた軽口に、信行は振り返って笑みを浮かべる。「覚悟、決まった?」頭上から降ってきた声に、真琴の頭は一気に冴え渡った。背中から顔を離し、腰に回していた腕を解く。真琴は見上げて言った。「トースト焼いてて。先に顔洗ってくる」小さくあくびを1つこぼし、真琴は寝室へと引き返した。遠ざかる真琴の背中を見送りながら、信行は苦笑する。「あいつめ、朝っぱらからからかいやがって」さっき抱きついてきたときは、本当にほだされたのかと思った。ついに腹を決めてくれたのか、と。だが結局、まだ何も決まっていなかった。*一方、寝室に戻った真琴は、すっかり眠気が吹き飛んでいた。キッチンで立ち働く信行の姿が脳裏をよぎり、ふと足が止まる。ベッドサイドのチェストを見つめ、迷いながらも歩み寄った。ベッドの端に腰を下ろし、引き出しを開けて常備してあるピルを取り出す。すぐにシートから押し出すわけでも、口に含むわけでもない。ただ伏し目がちに、手の中の錠剤を見つめていた。また信行の顔が浮かび、「子供が欲しいんじゃない、相手が真琴だからだ」という先ほどの言葉が蘇る。考え込みながら薬を見つめていると、不意にリビングの方から声が飛んできた。「もうすぐトースト焼けるぞ。早く支度しないと冷めちゃうよ」穏やかな信行の声に慌て、真琴はピルを引き出しへと放り込んだ。リビングへ顔を向け、声を張る。「すぐ行く!」立ち上がり、足早に洗面所へと向かった。身支度を終えてダイニングへ行くと、信行はすでにベーコンエッグを皿に盛り、香ばしく焼けたトーストを真琴の席へ運んでいるところだった。その佇まいは、どこからどう見ても若い夫婦そのものだ。椅子を引いて腰掛けると、香ばしい匂いが鼻先をくすぐる。「いい匂い」信行は真琴の隣に腰を下ろし、何気ない調子で切り出した。「さっき母さんから電話があった
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第718話

これ以上この話題を続ける気にもなれず、真琴は話を切り上げた。「じゃあ、先に着替えてくるね。あとで本家にご飯食べに行かないといけないし」「ああ、行ってらっしゃい」寝室へ戻っていく真琴の背中を見送りながら、信行にはよく分かっていた。真琴がどれほど自分を気遣ってくれているか。とりわけ、男としてのプライドを立ててくれようとしていることを。ふっと笑みがこぼれる。この程度の家事など、安いものだった。少しして身支度を整えた真琴が出てくると、信行はその手を取り、2人で階下へと降りていった。何気ない顔で隣を歩きながら、真琴はまったく気づいていなかった。先ほど、ピルを飲み忘れてしまったことに。朝からすっかり信行のペースに巻き込まれている。けれど、彼と一緒にいると不思議と心が落ち着き、確かな居場所を感じてしまうのもまた事実だった。*本家の邸宅に着くと、離れから由紀夫と幸子がやって来ており、今日は健介も顔を出していた。克典が戻っていないだけで、ほぼ全員が揃っている。家中がひどく賑やかだ。台所に立っていた美雲が、笑顔を浮かべてリビングに出てくるなり真琴に声をかけた。「真琴、今年のお正月は東都で過ごすのよね?それならちょうどいいわ。克典も呼んで、久しぶりに家族みんなで年を越しましょう」正月の話題を出され、真琴はもう1カ月余りで新年を迎えるのだと気づかされる。真琴は美雲に向き直り、言葉を濁した。「お義母様、そのことはまだ考えていなくて……あとで相談してみます」ここ2年ほど、真琴はずっと浜野の西脇家で年を越していた。「ええ、あとでゆっくり考えてみてね」美雲が微笑むと、すかさず幸子が口を挟んだ。「何を迷うことがあるんだ。浜野と東都なんて大した距離じゃない。信行にプライベートジェットでも用意させれば、日帰りで往復できるじゃないか」祖母の言葉に、紗友里がすかさず親指を立てて見せる。「おばあ様、さすが抜かりないね!一番気が利いてる!」「そりゃあね。伊達に歳は取ってないわよ」美雲も楽しげに応じる。幸子の隣に腰を下ろし、目の前の賑わいを眺めながら、真琴はふと何年も前の情景を思い出していた。まだ東都を離れる前、信行と結婚するよりも前の懐かしい感覚が蘇ってくる。本家で昼食を終えた後、真琴
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第719話

雲ひとつない青空から、眩しい日差しが降り注いでいた。庭の藤棚の下、2人は並んで腰を下ろしていた。テーブルには、紗友里がデリバリーで頼んだフルーツや焼き菓子が広げられている。心地よい陽気の中でお菓子をつまみながら、紗友里はどこか浮かない顔の真琴を見て、からかうように言った。「お兄ちゃんに心かき乱されちゃって、どうしたらいいかわかんなくなっちゃったんでしょ」幼い頃から一緒に育ってきた仲だ。真琴の些細な悩みなど、紗友里にはすっかりお見通しだった。向けられた視線を受け止め、真琴は小さく息を吐き出す。「……うん。ここ数日、本当に調子を狂わされっぱなしで。昔のことなんて、まるで前世の出来事みたいに思えてきちゃってさ。過去は水に流して、もう一度信じてみるべきなのかなって。あの頃の彼は、ただ若くて慢心していただけだったんだって、信じてもいいのかな」そこまで口にして、真琴は改めて紗友里へと視線を向けた。「だから、どうしたらいいか分からなくなっちゃって」紗友里には何でも話せる。隠し立てすることなど何ひとつない。その率直な打ち明け話に、紗友里は思わず吹き出してしまった。「若いのに、何年寄りくさいこと言ってんのよ。まだ25でしょ?35や45じゃあるまいし。難しく考えすぎて自分を縛っちゃダメ。余計な重荷なんて背負い込むことないんだから。もし今お兄ちゃんを受け入れて、もう1回チャンスをあげる気になったとしても、ただ試しに付き合ってみるってだけの話じゃない。今すぐ結婚しろなんて誰も言ってないんだし。今の時代、結婚も離婚も珍しくないでしょ。やり直してみて、やっぱり合わないと思ったら、その時はまた別れればいいだけの話よ。人生なんてたったの数十年なんだから、自分で勝手に枠を作って閉じこもらないの。どうせ最後はみんな同じところに行き着くんだから、そんなの大した問題じゃないって」滔々と持論を展開する紗友里を、真琴はまばたきも忘れてじっと見つめていた。会わない2年の間に、ここまで物事を達観して割り切れるようになっていたとは思いもしなかった。その言い分は25歳の娘のそれではなく、まるで幾多の修羅場をくぐり抜けてきた大人のようだ。信じられない思いで見つめたまま、真琴はようやく口を開く。「2年見ないうちに、ずいぶん大人にな
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第720話

今の紗友里は、本当に強くなった。庭のあちこちに2人の笑い声が響き、やがて西の空があかね色に染まり始める。頼んでいたお菓子をすっかり平らげた頃、仕事を片付けた信行が迎えにやって来た。信行の運転で本家へ向かい、みんなで夕食を囲む。食後に真琴が幸子の話し相手を務めた後、信行が再び車を出し、真琴をマンションまで送ることになった。美雲は本心では真琴を泊まらせたかったが、無理に引き止めて気まずい思いをさせてはならないと、言葉を胸の内に飲み込んでいた。帰り道、信行がハンドルを握りながら助手席をちらりと見やると、真琴はシートの片隅に体を丸めて寝息を立てていた。昼寝をしていなかったせいで、食後に一気に眠気が押し寄せてきたらしい。信行はエアコンの温度を少し上げ、自分の上着をそっと掛けてやる。そして、真琴の右手を優しく包み込んだ。言葉を交わさず、ただこうして車を走らせているだけで、信行の胸は温かな充足感で満たされていく。世界のすべてを手に入れたかのような心地だった。*30分ほど走り、車は真琴のマンションの前で静かに止まった。真琴が目を覚ます様子はなく、信行も無理に起こそうとはしなかった。そっと手を包み、いとおしそうに寝顔を見つめ続ける。その手を左手に持ち替え、空いた右手で頬にかかる後れ毛を払ってやった。頬に触れる柔らかな感触に意識を引き戻され、真琴はゆっくりとまぶたを開ける。眠気の残る瞳に信行の姿が映ると、自然と口元がほころんだ。結婚する前に見せていたような、無防備で屈託のない笑顔。胸の奥にじんわりと染み入る温かさがあった。信行に向かってふわりと微笑み、真琴は甘えたようにつぶやく。「……信行」そのまま両腕を伸ばし、信行の胸元へ飛び込もうとした。だが、シートベルトを外していなかったせいで、体がカチリと引き戻されてしまう。その間の抜けた仕草に、信行はたまらず吹き出した。すぐにベルトの金具を外してやり、真琴の体をしっかりと抱き寄せる。その腕の中にすっぽりと収まった瞬間、真琴の心に言い知れぬ安心感が広がっていった。これまでに味わったことがないほど、深く穏やかな安らぎだった。信行の肩に顎を乗せたまま、真琴は小さくささやく。「さっき、夢に出てきたよ」うとうとしていた短い間、確かに彼
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