All Chapters of 暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める: Chapter 731 - Chapter 740

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第731話

信行は真琴を抱きしめ、その額にそっと口づけを落とした。背中を優しく撫でながら寝かしつけていた、まさにその時だった。枕元に置いたスマートフォンが震えだした。耳障りな着信に、信行は迷うことなく画面をタップして通話を切る。だが直後、再び激しいバイブレーションが唸りを上げた。もう一度切っても、間を置かずにまたディスプレイが激しく振動し始める。立て続けに邪魔をされ、眠りかけていた真琴がうっすらと目を開けた。「何回も鳴ってるよ。急用かもしれないし、出てあげたら?」真琴の眠気を覚ましてしまったことに気づき、信行はようやくスマートフォンを手に取った。画面に目を落とした瞬間、すっと顔色が曇る。真弓からの着信だった。久しぶりに目にする番号を見つめ、信行は真琴へ視線を向けた。「……成美の母親からだ」探るような信行の視線を受け止め、真琴は淡々と口にする。「出ていいよ」真弓からの電話に出るよう促した真琴の言葉に、嘘偽りはなかった。本当に、心の底からどうでもよかった。まだ信行に希望を抱いていた2年前なら、胸を痛めて落ち込んでいたかもしれない。けれど今の真琴は、何に対してもすっかり冷めきっている。過剰に気に留めることすらなくなっていた。数日前、信行の歩み寄りを受け入れ、「試してみよう」と告げたばかりではある。だが、真弓からの着信ごときで、その心に波風が立つことはもうなかった。真琴の許しを得て、信行は回していた腕を解いた。ベッドを下りて窓の前まで歩くと、通話ボタンを押す。繋がった瞬間、受話器の向こうから真弓の泣きじゃくる声が響いた。「信行さん、やっと出てくれた……」信行が口を開く隙も与えず、真弓は涙声で一気にまくし立てる。「成美が急に合併症を起こして、今、救急処置室に運ばれたの!夫は出張中で東都にいないし、どうしていいか分からなくて……こんな夜中に電話するしかなくて。私と由美だけじゃ、もうどうしたらいいのか見当もつかないのよ。少しだけでもいいから、病院に来てくれないかしら。どう対応すべきか、同意書にサインすべきかも含めて、一緒に見てほしいの」取り乱して泣きついてくる真弓に対し、信行は眉間を寄せながらも、極めて冷静に返した。「伯母さん。俺は今、手が離せません。代わりに武井を向かわせます。まずは
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第732話

祐斗へ病院に向かうよう手配を終えると、信行は真琴のそばへと戻った。スマートフォンを枕元に置き、手を伸ばして真琴の頬をそっと撫で、身をかがめて口づけを落とす。その温もりを受け止め、真琴はシーツに両手をついて身体を起こした。彼女が起き上がると、信行も取り繕うことなく口を開いた。「成美が急に合併症を起こして、救急処置室に運ばれたらしい」続けて、落ち着いた声で言い足す。「武井を向かわせた。まずは様子を見させる」信行が言い終えるや否や、真琴は彼の手首を取り、その瞳をまっすぐ見据えた。至って冷静な声で問いかける。「成美さんのお母さんは、あなたに来てほしいんでしょう?今夜を越せないかもしれないから、最後に一目会わせたいって言われたんじゃない?」何も言わずとも、真琴は真弓の望みを正確に見抜いていた。言い当てられた信行は、ただじっと真琴を見つめ返す。元より聡明な女性だとは思っていたが、今の真琴は以前にも増して研ぎ澄まされていた。無言のまま視線を注いでくる信行の手首を、真琴は優しく包み込んだまま言葉を重ねる。「成美さんは、2度もあなたの命を救ってくれた人よ。お母さんの言うことが本当なら、筋を通す意味でも、顔を見に行くべきだと思う」口を開きかけた信行を制し、真琴は淡々と説いた。「後になって、あなた自身が罪悪感を抱かないためよ。心の中に、誰かのための居場所を残さないために。私たちがこの先も一緒に生きていくなら、他の女性に後ろめたさなんて抱いてほしくない。何年も経ってからふと思い出した時に、申し訳なかったとか、最後に看取ってあげられなかったとか、そんな後悔をしてほしくないの」2年を経て戻ってきた真琴の心は、想像以上に強く、誰よりも先のことを見据えていた。その真摯な眼差しを受け止め、信行は言葉を失う。この2年の歳月が真琴にもたらした変化は、信行の予測を遥かに超えていた。今の真琴が何事にも淡々とし、多くのことを達観しているのは知っていた。だが、ここまで遠い未来まで見通しているとは思いもしなかった。自分自身のこれからの感情も、信行の未来の気持ちさえも。黙り込んだ信行に、真琴は穏やかに告げた。「行ってきて。戻ってきてくれるって、分かっているから」2年前の出来事が信行にとって深い悔恨となり、心に影を落として
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第733話

信行が寄せてきた温もりを受け止め、真琴はそっと右手を伸ばして彼の頬に触れた。信行はその手首を握り、目を閉じると、引き寄せた手の甲に優しく口づけを落とす。真琴の言う通りだ。今夜病院へ向かうのは、後になって悔いを残さないためであり、2人の間にいつまでも別の誰かを挟み続けないためでもある。今の真琴は、信行よりもずっと深く先を見通していた。しばし真琴と額を合わせ、信行は手の甲に唇を触れさせたまま口を開いた。「行ってくる。すぐ戻るから」そう告げながら目を開き、真琴をまっすぐに見つめた。真琴は小さく頷く。「うん、行ってらっしゃい」信行が身を起こして着替え始めると、真琴もベッドを下りた。彼の前に歩み寄り、黙ったまま服を整えてやる。内海家のやり口など、すでに大方の察しはついていた。男など手のひらの砂のようなものだ。強く握りしめすぎれば、かえって指の隙間からこぼれ落ちてしまう。その心遣いに触れ、着替えを終えた信行は真琴を力強く抱きしめた。それから静かに腕を解き、車で病院へと向かった。リビングで信行を見送ったあとも、真琴の心は凪のように静かだった。内海家の揺さぶりに乱されることなど微塵もない。信行が戻ってこようとこまいと、明日の朝には変わらず陽が昇り、日常が続くだけだ。この世界に、誰かがいなければ生きていけない人間などいない。寝室に戻り、ベッドに横たわると、真琴は程なくして深い眠りに落ちた。*一方、信行が病院へ到着した頃には、すでに祐斗が待機していた。救急処置室前の廊下で信行の姿を認めるや、祐斗は足早に歩み寄って報告した。「社長。すでに処置室で救命措置が行われています。詳しい容態については、医師が出てくるのを待つしかありません」祐斗が報告を終えるが早いか、真弓が涙で顔を濡らしながら駆け寄ってきた。すがるように信行の手を掴み、声を絞り出す。「信行さん……っ!」信行が言葉を返す間もなく、真弓は取り乱した様子でまくし立てた。「どうしてこんなことになったのか……急に合併症を起こしてしまって、もう処置室に入って1時間近く経つのよ。この先どうなってしまうの……」真弓が泣きじゃくる傍らへ、由美が落ち着いた足取りで近づいてきた。成美が戻ってきて以来、由美が信行と顔を合わせる機会はめっきり
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第734話

祐斗が言い終えるが早いか、真弓が狼狽した様子で口を挟んだ。「そんなの困るわ!万が一、あの子が最後に……」不吉な言葉を口にしかけたことに気づき、真弓は慌ててそれを飲み込んだ。信行は両手をポケットに入れたまま真弓を見下ろし、それから祐斗へ視線を向けて言った。「急ぎの用があるわけじゃない。もう少し待つ」真琴と話し合ったうえでここへ来ている。この後どんな状況になろうと、成美が処置室から出てきさえすれば、すぐに帰るつもりだった。今度こそ、真琴を置き去りにはしない。1人きりで家に残し、顧みないような真似は二度と繰り返さないと心に決めていた。信行がそこまで言うならと、祐斗もそれ以上は異を唱えなかった。信行の後に続き、救急処置室の前へと歩みを進める。両手をポケットに突っ込んだまま、信行は処置室の扉の上に光る案内表示を見つめていた。だが、その頭の中を占めていたのは真琴のことばかりだった。信行は押し黙り、祐斗も口を開かない。由美も無言を貫き、真弓もそれ以上は何も言えなくなった。息が詰まるほど重苦しい沈黙が立ち込める中、真弓がぽつりとつぶやく。「成美は、中でどうなっているのかしら……」うり二つの双子とはいえ、成美のほうが素直で気が利き、人の気持ちを察するのも上手かった。だからこそ真弓は、どうしても成美に肩入れしてしまう。時折信行へ視線を向けるものの、その険しい横顔に気圧され、真弓は話しかけようとしては口をつぐんだ。一同が処置室の前で待つ間、長盛はまだ東都への帰路を急いでいた。午前4時を回った頃、ようやく救急処置室の扉が開いた。主治医が先頭を切って姿を現す。その姿を認めるや、真弓と由美は足早に駆け寄った。「先生、成美はどうなんですか?どうか助けてください!」必死に詰め寄る真弓に対し、医師はマスクを外しながら口を開いた。「峠は越えました。意識が戻ればもう大丈夫でしょう」さらに言葉を続ける。「この後、まずは集中治療室へ移動させます」医師の言葉を聞いた瞬間、真弓は胸の前で両手を合わせた。「よかった……本当に、無事でよかった……!」涙ぐみながら振り返ると、信行の手をすがるように掴む。「信行さん、きっとあなたのおかげよ。あなたが来てくれたって分かったから、あの子も踏みとどまってくれ
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第735話

内海家がいくら手を尽くそうと、信行と成美の間に何かが生まれることはない。彼らの願望など、何一つ叶えてやるつもりはなかった。信行が真琴と一緒に見舞いに来ると告げた瞬間、真弓はその場に立ち尽くした。真琴を盾にしてくるとは、夢にも思っていなかった。じっと信行を見つめたまま固まっていた真弓だったが、やがて気まずそうに表情を曇らせ、引きつった笑みを浮かべる。「用事があるなら、先に帰ってちょうだい。成美が目を覚ましたら、あの子から直接連絡させるから」真琴の名を出された彼女は、成美を引き合いに出してやり返した。そんな強がりに何の意味もないと分かっていても、今の真弓にはそれしかすがるものがなかった。信行が立ち去ろうとするのを察し、祐斗がすかさず言葉を挟む。「社長、車を回します。ちょうど仕事の件でご報告したいこともありますので」言い終えると、祐斗は真弓へ手短に会釈し、信行の後を追って足早にその場を後にした。病棟の廊下はもとより静まり返っていたが、2人が姿を消すと、真弓と由美の間にはいっそう重苦しい沈黙が下りた。腕を組み、いまだ意識の戻らない成美を見つめていた由美が、表情も変えずに吐き捨てる。「これ、割に合っていると思う?」かつての自分、そして今の成美。どちらも滑稽でしかなかった。刺々しい由美の態度に、真弓は眉をひそめる。「どういう意味よ」由美は視線を戻し、冷たく、どこかあきれた眼差しで真弓を見据えた。「信行のために、内海家は何年間も手を尽くして、私や成美まで巻き込んできた。そこまでして、本当に価値があったの?まだ分からないの?信行は1度だって成美を好きになったことなんてない。あの時告白を断らなかったのも、命を救われた恩義と、病気の体への同情があったからにすぎないわ。あの人が好きなのは、昔からずっと真琴よ」そこまで口にして、由美は再び集中治療室の中へと視線を移し、淡々とつぶやいた。「成美は、これで報われるわけ?」何年も執着し続けた末に、信行の心が内海家に向くことなど金輪際ないと悟った由美には、もう無駄な消耗を続ける気力など残っていなかった。成美が戻ってきた以上、自分にお呼びがかかることもない。由美の疑問に、真弓はきっぱりと言い返した。「成美を信じているわ。あの子のすることに間違い
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第736話

ハンドルを握りながら、祐斗はちらりと後部座席へ視線を向けた。信行が片手でこめかみを押さえているのを見て、静かに口を開く。「社長、ご指示いただいていた2つの案件ですが、調査を継続しています。成美様が社長を助けた件については、最近になってようやく手がかりを掴みました。現場で操作を誤った作業員に対し、警察が詳しい事情聴取を行っています。ただ、10年前のあの交通事故に関しては、あまりにも年月が経ちすぎておりまして。当時の物証も残っておらず、今のところ進展は見られません」シートに深く背を預け、信行は目を閉じたまま低くつぶやいた。「前回の件が人為的な事故で、もしあいつが関わっているのだとすれば……10年前の事故も、仕組まれたものだと見ていいだろう」真琴が生きて戻ってきたことには、純粋な喜びしかなかった。だが、成美が生きていたことに対しては、疑念ばかりが胸に渦巻いている。10年前の事故にさえ、今や疑いの目を向けていた。信行の言葉を受け、祐斗は手短に応じた。「承知いたしました。引き続き調査を進めます」ほどなくして、車は真琴のマンションの前へ静かに滑り込んだ。信行がドアを開けて降りると、祐斗はそのまま車を走らせて去っていく。エレベーターで上がり、部屋に入った信行は、普段以上に気配を潜めて歩いた。真琴がすでに眠っているかもしれず、物音で起こしたくなかった。靴を脱ぎ、静かに寝室へと足を進める。ベッドに横たわる真琴の頬にそっと口づけを落とすと、着替えを手にしてバスルームへ向かった。何より、病院から戻ったばかりの体だ。そのまま触れるわけにはいかなかった。それから、しばらくして。シャワーを浴び終え、寝室に戻って横になると、信行は体を真琴の方へ向け、じっとその寝顔を見つめた。白い肌も、長いまつ毛も、どれだけ眺めても見飽きない。身を寄せて唇を重ねても、愛おしさは尽きなかった。そっと口づけを繰り返していると、真琴がふっとまぶたを開けた。まどろみの中、目の前に信行の姿を認め、真琴の口元にふわりと笑みがこぼれる。「おかえりなさい」柔らかく投げかけられたその声に、信行は長い腕を伸ばし、真琴を胸の中へと引き寄せた。頬に唇を寄せ、低く返す。「ああ、ただいま」真琴は自然に両手を信行の首筋へと回し、落ち着いた声
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第737話

右手で信行の頬を優しく撫で、真琴は小さくうなずいた。「いいわよ、一緒に行ってあげる」言葉を尽くさずとも、彼が自分を連れていきたがる理由は察しがついていた。内海家の余計な下心を挫くためだ。どうせ内海家は、成美の願いを何か叶えてやってほしいと持ちかけたのだろう。そこまで見抜いていても、真琴はあえて問い詰めようとはしなかった。2年前ですら彼の領域に無用な口出しはしなかった。今さら詮索する気など毛頭ない。自分は自分の分をわきまえていればいい。頬に触れる彼女の温もりに、信行はその手を包み込み、再び胸の中へと引き寄せた。覆いかぶさってくる熱気に、真琴は眉を微かにひそめる。「まだするの?少しは加減を覚えてよ」信行は真琴の手首を握ったまま、その頬に口づけを落とした。「俺ももういい歳だぞ。何年ぶりのご無沙汰だと思ってるんだ」甘えるようにわずかに顔を背け、真琴はこぼす。「眠いし、疲れてるの」信行は耳たぶに唇を寄せ、宥めるように低くささやいた。「少しだけ付き合ってくれ。明日の朝はゆっくり寝かせてやるから」その甘やかな声に、真琴は向き直ると、両手を伸ばして信行の首に巻きつけた。実のところ、真琴自身もこの行為が嫌いではなかった。程よい息抜きにもなる。ひとしきり肌を重ねた後、真琴はすっかり力尽きていた。目を開けることすらできず、子猫のように信行の胸元へと潜り込む。信行は真琴を抱きしめ、閉じられた瞳を見つめながら、今あるひとときを愛おしそうに噛みしめた。運命が再び巡り合わせてくれたこの時間を、心から慈しむ。真琴がもう一度やり直す機会をくれ、こうして戻ってきてくれたことが、ただただありがたかった。*翌朝、目を覚ました彼女に、信行はまたひとしきりじゃれついてからようやく解放し、東央まで車で送り届けた。午後4時過ぎ。司のところから戻ったばかりの信行に、祐斗がオフィスのドアをノックして報告を入れた。「社長、成美様が目を覚まされたそうです」書類に目を落としたまま、信行は顔も上げずに返す。「分かった。仕事に戻っていい」その素っ気ない返答に、祐斗は静かにドアを閉めて持ち場へと戻っていった。成美の意識が戻ったと知っても、信行が急いで病院へ駆けつける気配はない。内海家に対するかつての忍耐
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第738話

今の真琴が信行と交わす言葉から、かつてのような距離感やぎこちなさは消えていた。彼を純粋に信じていた、結婚前の2人に戻ったかのようだ。唇が痛いとこぼす真琴に、信行は名残惜しそうにもう1度甘くかみついてから口元を離した。そして車のエンジンをかける。車が東央システムズのビルを後にする際、信行は真琴へ視線を向けた。「成美が目を覚ました。先に顔を見に行って、それから家に帰って夕飯にしよう」リップを塗り直しながら、真琴は小さくうなずく。「分かった」病院の駐車場に車を止め、信行がトランクを開けて持参した手土産を取り出す。真琴も自然に手を添えて受け取った。それから、2人が病室に入ると、信行の姿を認めた真弓は沈んでいた表情を一瞬で満面の笑みに変えた。華やいだ声で迎え入れる。「信行さん、来てくれたのね」だが直後、並んで入ってきた真琴の姿を目にした瞬間、真弓の表情はすっと凍りついた。作り笑いすら浮かべられない。昨夜の言葉は単なる口実か、連れてくるとしても日を改めるだろうと高をくくっていた。成美が目を覚ましたばかりのこのタイミングで、本当に真琴を連れてくるとは思ってもみなかった。信行のこの行動は、明らかに意図的な当てつけだった。真弓から、2人へ愛想よく振る舞う気など急速に失せていく。病床の成美は、信行と真琴がそろって現れても動じることなく、いたって落ち着いていた。感情の揺らぎを見せることもなく、蒼白な顔のまま両手でベッドを支え、精一杯上体を起こして2人へ微笑みかける。「2人とも、来てくれたのね」続けて、穏やかに促した。「どうぞ、座って」成美が起き上がろうとするのを見て、真弓は不機嫌を引っ込め、慌てて体を支えに駆け寄る。2人が見舞いの品を脇に置き、真琴が声をかけた。「お加減はいかがですか?」かろうじて上体を起こした成美は、力のない声で返した。「私は大丈夫。心配をかけてごめんなさい」成美が言い終えるが早いか、真弓が背筋を伸ばし、痛ましげに声を荒らげる。「大丈夫なわけないでしょう!命を落としかけたのよ、何が大丈夫なのよ」そこまで言って、真弓はあえて信行に視線を向けた。「知っているでしょう。成美は昔からお人好しで、何事も自分より相手を優先してしまうの。大切な人のためなら、何度も命すら投げ
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第739話

そのからくりに由美が気づいたのは、信行から幾度となく冷たく拒絶された後のことだった。かつて信行が向けた細やかな気配り――とりわけ真琴の前で見せつけた優しさは、すべて真琴への当てつけにほかならなかった。2人の駆け引きの中で、自分は都合のいい当て馬として利用されただけにすぎない。「来てたのね」信行に手短な挨拶を済ませると、由美は真琴へ視線を移し、ふっと口元を歪めた。「真琴ちゃんも一緒だったとはね。案外、心が広いのね」その言葉に、真弓の目が一瞬で輝く。胸のすく皮肉に思えたからだ。あからさまな挑発だった。由美が信行を完全に諦め、これまでの取り繕った猫かぶりも、信行の前での体裁もかなぐり捨てたのだと真琴には見て取れた。そんな当てこすりにも、真琴は涼しい顔で微笑みを返す。「本当に好きな男の前では、誰だって心が広くなっちゃうものよ。由美さんも同じ女なら、分かるでしょう」不和の種をまこうとする由美に、真琴は乗る隙すら与えない。信行の顔も完璧に立ててみせる。ほれた男だからこそ許している。内海家がこれ以上何を勘ぐろうと、付け入る余地などないという明確な宣言だった。2年前の記憶を蒸し返されて動揺するかと思いきや、真琴はいたって平然としており、あまつさえ「由美さん」と呼んでのけた。由美はじっと真琴を見つめ、認めざるを得なかった。今の真琴の立ち居振る舞いは、数年前よりもはるかに洗練され、隙がない。しばし真琴を見据えた後、由美は皮肉げに口角を上げた。「ええ、あなたの言う通りね」ここまで言い切られ、信行が後ろ盾となっている状況で、これ以上恥をさらすつもりはなかった。その後、2人は病室に少しだけ留まり、信行が成美と真弓に帰ると告げた。真琴の顔を見るだけでいら立ちを隠せない真弓は、見送りすら嫌がり、由美に2人をエレベーターまで送るよう言いつけた。白くさえわたる照明の下、3人は並んで廊下を進んだ。真琴を真ん中に挟み、両脇を信行と由美が歩く。軽く腕を組み、由美は2人へ横目を向けた。「大したものね。私たち姉妹があれだけ何年も張り合ってきたのに、結局勝てなかったわ」2人が言葉を返す間もなく、由美は信行へと向き直る。「信行もひどい人よね。ただの当て馬扱いだったくせに。これっぽっちも気持ちなんてなかったくせに
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第740話

由美が言い終えた瞬間、タイミングよくエレベーターの扉が開いた。信行は真琴の手をそっと握り、並んで中へと乗り込む。2人を見送った由美は、乾いた笑いを漏らした。目にするものすべてが皮肉に思えてならない。扉が閉まり、表示階が1階に到達したのを見届けてから、彼女はきびすを返して成美の病室へと戻った。病室に入ってきた途端、成美の先ほどまでの穏やかな表情は一変し、冷淡な光を宿す。ベッドを見下ろし、由美は皮肉めいた笑みを浮かべた。「こんなことして、何が楽しいの?真琴には勝てないわよ。信行の心の中じゃ、私たちなんて足元にも及ばない」その当てつけるような態度に、成美は視線を上げてにらみ据えた。「もう帰っていいわよ」由美は背を向けて自分のバッグを手に取り、素っ気なく返す。「こっちだって長居する気はないわ。1人でせいぜい楽しんでいればいい」バッグを肩にかけると、そのまま病室を出て行った。もっとも、あれだけ手を尽くした成美でさえ信行を落とせなかったのを見て、由美の胸中には少なからず胸がすく思いもあった。成美のもくろみは外れ、両親の期待も打ち砕かれた。この勝負、どちらも勝者にはなれなかった。病室のドアが閉まり、由美の気配が完全に消えた途端、成美は傍らにあった枕を掴んでドアへ投げつけた。その荒れように、真弓が慌てて駆け寄る。「成美、興奮しちゃ駄目よ!体に毒だから。まだすべてが終わったわけじゃないでしょう?どっちが勝つかなんてまだ分からないわ。あの真琴だって、1度は死んだようなものだったじゃない」成美は両手で掛け布団を握りしめ、青白い顔をこわばらせたまま押し黙った。*同じ頃、信行のマイバッハの車内。車を走らせて間もなく、助手席の真琴は丸くなるようにして眠りに落ちていた。片手でステアリングを支えつつ、信行は空いた手を伸ばして彼女の頭をそっと楽な位置へと直すと、車内のエアコンの設定温度を少し上げた。病室で真琴が自分を立ててくれたことを思い出し、信行は自然と笑みをこぼす。彼女の手を取り、その手の甲に深く口づけを落とした。こうしてかばわれる感覚は悪くない。何より、自分の女に味方される心地よさは格別だった。右手でハンドルを握り、左手で真琴の手を包み込みながら、信行は前方の道路に視線を戻す。彼女への想
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