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第12話

Author: 画蒼瀾
「ねえ、よかったら手伝おうか?」

柔らかくどこか耳に残る声が不意に聞こえた。

澪奈が顔を上げるとバスケットボールのユニフォーム姿の男子が階段の上に立ち、こちらを見下ろしていた。

太陽の光に照らされた横顔が眩しく、その瞳はさらに人の心を惹きつける。

思わず一瞬動きが止まった。

彼が指さしたのは、澪奈の荷物だった。ようやく我に返った澪奈は、慌てて口を開いた。

「いえ、大丈夫です。自分でできますから……その代わり、受付と女子寮の場所を教えていただけませんか?」

「もちろん。こっちだよ」

そう言うと、彼は階段を下りてきて自然な仕草で澪奈の荷物を受け取った。

見た目ほど量は多くなくても、実際に提げて歩くとずしりと重い。

澪奈もそれ以上は何も言わず、その好意を素直に受け入れた。

手続きを済ませたあとも、男子は彼女の荷物をそのまま女子寮の前まで運んでくれた。

「今日は本当に助かりました。ありがとうございます」

額に汗を浮かべた彼を見て、澪奈は少し申し訳なさそうに頭を下げた。

「気にしなくていいよ。僕の役目は新入生の案内だから。僕は朝霧真緒。君は?」

「真緒……さん?」

その名前を耳にした瞬間、澪奈は列車の中で出会った女性の言葉を思い出した。

しかし同じ名前の人など珍しくもない。軽々しく尋ねるのはためらわれ、胸に芽生えた好奇心を押しとどめた。

「どうしたの?」

真緒が首を傾げる。

「いえ……ちょっと聞き覚えがあっただけです。私は橘川澪奈といいます」

「澪奈……いい名前だね」

簡単に自己紹介を済ませると、朝霧真緒(あさぎり まお)は次の新入生の案内へと足早に向かっていった。

澪奈は自分の荷物を引きずりながら、息を切らして五階まで上がる。

寮の扉を開けるとすでに新入生がいた。隣の部屋のベッドの上で、一人の女子が荷物を整理している。

澪奈に気づいた彼女は、ひょいとベッドから飛び降りて、笑顔で声をかけた。

「こんにちは。私は白川夏海」

少し緊張していた澪奈だったが、その明るい女子にすぐ心がほぐれた。

「こんにちは。橘川澪奈よ」

自己紹介を終えると二人は自然に言葉を交わし始めた。

白川夏海(しらかわ なつみ)は澪奈の荷物が少ないのを見て、先に食堂で食事を済ませ、あとで戻って荷物を整理することを勧めた。

荷物を置いて出かけようとした
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