All Chapters of 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した: Chapter 1091 - Chapter 1100

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第1091話

五年前から、海雲は詩織を賀来グループの後継者に指名する遺言書を用意していたというのか?それはつまり、詩織が事業に失敗しようがどうなろうが、初めから賀来グループという巨大なセーフティネットが彼女を完全に守り抜く手はずになっていたということだ。三人の驚きを読み取ったように、太一は強く頷いた。「そもそも、あの遺言書が作られた本来の理由は、江崎が起業の壁にぶつかって行き詰まった時、賀来グループに迎え入れてトップに据えるためだったんだ。最悪の事態に備えた保険みたいなもんだな」太一は大きくため息をつき、首を振って続けた。「でも、誰も予想してなかったんだよ。江崎が自力で大成功を収めるどころか、賀来グループを凌ぐほどの巨大帝国を築き上げちまうなんてな。だから、あの遺言書は『困った時の救済措置』じゃなく、結果的に圧倒的な勝者の凱旋に花を添えるだけになったってわけさ」太一の言葉を聞き、個室の空気はそれぞれ異なる色合いを帯びた。なかでも、譲の隣に座っている汐莉の心中は激しく波立っていた。膝の上で強く拳を握り締め、狂おしいほどの嫉妬に身を焼かれている。詩織と海雲の間には血の繋がりなど一切ないというのに、海雲はあれほど莫大な富と権力を、ためらいもなく詩織へ譲り渡そうとしている。それに比べて、自分はどうだ?政志と同じ血が流れているにもかかわらず、生まれたその日から一族の恥として扱われてきた。家族全員から見下され、政志からは犬のようにこき使われた。必死に機嫌を取り、ひたすら息を潜めて、ようやく榎崎の家で生きながらえてきたのだ。十八歳になったばかりの頃には、政志の手によって六十歳を過ぎた取引相手のベッドへ無理やり送られそうにもなった。あの時は死に物狂いで逃げ出し、留学という名目で数年間海外へ身を隠した。帰国後、社内の反対勢力とこっそり手を結び、やっとの思いでグループの経営陣に食い込んで、現在の地位を築き上げたのだ。それなのに、江崎詩織は何もかもをいとも簡単に手に入れている。譲の愛情も、悦子からの信頼も、すべて。それでも汐莉は指先が白くなるほど拳を握り込み、グラスの中で揺れるレモンスライスをじっと見つめたまま、一言も発しなかった。一方、太一の必死の弁明を聞いても、霜花の侮蔑に満ちた態度は変わらなかった。女がろくな後ろ
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第1092話

これまでの人生で、皆の面前でここまで完膚なきまでにコケにされたことなど一度もなかった。顔からサーッと血の気が引き、手のひらに爪が食い込むほど拳を握りしめて、かろうじて震えを抑え込む。見かねた汐莉が、助け舟を出すように柔らかな声で慰めた。「気にしないで。……もし今の忠告が理解できるようなまともな人だったら、そもそも江崎の下で秘書なんてやってないわ」霜花は無理やり口角を引き上げたが、その笑みは泣き顔よりも無様だった。元夫の京介は、終始自分の席に座ったままスマートフォンを眺め、まるで今のやり取りなど自分に関係ないと言わんばかりに一切助け船を出さなかった。それに引き換え、柊也は詩織を貶められたことに対してあれほど牙を剥いて守り抜こうとしたのだ。その残酷な対比に、霜花の心はどす黒い惨めさで塗り潰されていく。これ以上この場にいることなどできず、立ち上がってドアへ向かった。「……お手洗いに行ってくるわ」感情を押し殺した声に、汐莉もすぐに後を追う。二人が部屋を出てドアが閉まった瞬間、太一はたまらず頭を抱えて呻いた。「マジで勘弁してくれよ!なんで霜花さんと汐莉ちゃんを連れてきたんだ!?修羅場にしたいのか!?」京介は顔も上げずに言い放つ。「言っておくが、今日のあいつの目当ては俺じゃない。俺のせいにすんなよ」譲も困り果てたように肩をすくめた。「お前が俺に電話してきた時、たまたま汐莉が横にいてさ。どうしても行きたいって聞かなかったんだ。どうしようもないだろ」ドアの外。二人の男の会話を耳にした瞬間、霜花はピタリと足を止め、顔から完全に血の気を失った。隣を見ると、汐莉も唇をきつく結び、冷たく強張った目をしている。二人は何も言わず、ただ黙って歩き出した。無機質な廊下の照明が、二人の蒼白な顔色をより一層不気味に照らし出していた。洗面台の前に立つなり、霜花は耐えきれずに怒りを爆発させた。「江崎詩織が何様だって言うのよ!私と肩を並べられる人間だとでも思ってるの!?どうせ汚い手を使って賀来柊也のベッドに潜り込んだくせに!」汐莉も横から同調する。「ええ、本当に。時間が経てば、自分の汚らしい過去が消えるとでも思っているんでしょうね」「あの女、一体どんな手を使って賀来柊也を洗脳したっていうのよ!あそこまで庇い立てするなんて異常だわ!」
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第1093話

太一は乾いた笑いを漏らした。うちのボスと、ボスの最愛の女にさんざん喧嘩を売っておいて、何が提携だよ……「俺には決定権がないんだ。華栄との提携は、うちのボスが直接決めたことだから」「だったら、そのボスを紹介してくれない?直接話をさせてほしいの」霜花はすかさず食い下がる。太一は思わず呆れて白目を剥きそうになるのをこらえ、やんわりと断りを入れた。「それはちょっと厳しいな。うちのボス、かなり気性が荒いっていうか……とにかく口が悪いからさ」「ビジネスの世界だもの、直接会って話せばどうにでもなるわ。それに、クラウドの方が華栄よりずっと誠意があるって保証する」霜花は意に介さない。「とにかく会う段取りだけつけてちょうだい。あとは私が自分で交渉してみせるから」太一は、目の前の人間に言葉が通じていないことを察し、珍しく真面目なトーンで言い放った。「誠意とか、そういう問題じゃないんだよ。とにかく、その考えは諦めたほうがいい」「どうして?」霜花には到底理解できなかった。華栄よりも大きな利益を約束し、最大限の誠意を見せると言っているのだ。栞が検討すらしない理由がないはずだ。「うちのボスの中には、最初からたった一つの大正解しか存在しないからさ」太一はきっぱりと断言した。「それが、華栄なんだよ」「華栄以外なんて、絶対にあり得ないんだ」霜花はついに笑顔を保てなくなった。口元をこわばらせ、瞳の奥からは隠しきれない悔しさが滲み出している。彼女は太一をねめつけた。まるで相手の弱みを握ったかのように、その声色は底冷えしていた。「あなたのボスって……江崎と知り合いなんでしょう?」太一は隠すつもりも、遠回しに言うつもりもなく、あっさりと頷いた。「ああ、そうだよ」霜花は合点がいったとばかりに鼻で笑い、その目には明らかな嘲りが浮かんでいた。「なるほどね、よーく分かったわ」彼女はそれ以上言わなかった。だが、その「分かった」という言葉の裏に、どれほどのやっかみと下劣な邪推が込められているかは、個室にいた全員が察していた。太一でさえ気分が悪くなるほどだ。また何か当てこすってんのかよ。彼は詩織を庇わずにいられず、たまらず口を開いた。「あんたが本当に分かってるのか、分かったフリをしてるだけかは知らないけど、一つだけ言っておくよ。今の状況
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第1094話

霜花の金切り声が響き渡った瞬間、個室の空気は一瞬にして氷点下まで凍りついた。そんな中、誰の注意も引かない薄暗い片隅で、汐莉だけが気づかれないほどわずかに口角を吊り上げた。ええ、素晴らしい見世物だわ。彼女は心の中でほくそ笑む。これこそが汐莉の目的だった。かつての詩織がどれほどふしだらで惨めな女だったかを、譲の耳に直接叩き込みたかったのだ。あんな女を好きになったこと自体が、譲の人生における最大の汚点なのだと自覚させるために。「でたらめ言ってんじゃねえよ!」太一が真っ先に吠えた。それまで場を静観しようとしていた京介までもが、低くドスを効かせた声で激しく叱りつけた。「霜花、言葉を慎め!」しかし、京介のその反応は、霜花の目には「元妻である自分よりも、あの女を優先して庇っている」としか映らなかった。長年心の奥底で燻り続けていた嫉妬の炎がついに臨界点を突破し、彼女からすべての理性を奪い去った。「だから、何か間違ったこと言ってるかって聞いてるのよ!私はただ事実を口にしただけ。江崎はそうやって汚くて下劣な手段で、この業界に這い上がってきたんじゃない。あの女のどこに、私たちを見下して偉ぶる資格があるっていうのよ!」京介が何かを言い返そうとした、その瞬間だった。バンッ!!外から荒々しくドアが押し開けられ、壁に激突する大きな音が部屋中に響き渡った。突風のように現れたのは、柊也だった。肩のラインは極限まで引き絞られた弓のように強張り、隙なくボタンの留められたスーツの襟元が、急いで歩いてきたせいでわずかに乱れている。それがかえって、彼の瞳の奥で渦巻く凄絶な冷気を際立たせていた。彼はすぐには口を開かなかった。ただ沈黙のまま、凍りついた室内を一瞥し、最後に霜花へと視線を据えた。その瞳は氷のように冷酷で、静寂の中に底知れぬ陰惨な殺気を孕んでいる。その視線に射抜かれた霜花は、まるで氷の刃を心臓に突き立てられたかのように全身を硬直させた。生きたままその場に釘付けにされたような錯覚を覚え、喉が絞り上げられ、無意識のうちに呼吸すら止めていた。怖いもの知らずの彼女が、柊也という男から初めて、喉元に刃を突きつけられるような本物の「死の気配」を感じ取り、ぞっと背筋を凍らせたのだ。太一も元々は霜花に反論するつもりだったが、柊也の姿を
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第1095話

彼ほどの実力者なら、望みさえすればどんな女だって手に入ったはずなのに。柊也はゆっくりと目を上げた。漆黒の瞳の奥には、温度の一切ない凄絶な光が宿っていた。「捨て駒のような愛人扱いだろうと、俺は望んで受け入れる。たかが数年、タダで都合よく利用されるだけのことが……なんだって言うんだ」その場にいた全員の呼吸を止めるほどの、息苦しい静寂が落ちた。霜花の顔からみるみる血の気が引き、何かを言おうと唇を震わせたが、結局ひとつの音すら絞り出すことはできなかった。柊也はもう霜花を一瞥することすらしなかった。踵を返し、ドアへ向かいながら冷酷に言い捨てる。「今後、二度とあいつのことで身の程知らずな妄言を吐いてみろ。この賀来柊也を完全に敵に回すと思え」背後でドアが静かに閉まった。それでも個室の空気は氷漬けにされたように重く、誰もその死寂を破ろうとはしない。やがて、京介が不快感を隠すことなく重い口を開いた。「霜花、いい加減に身の程を知れ。詩織はお前が嫉妬で歪めて見ているような女じゃない。彼女は常に正々堂々と、自身の真っ当な実力だけで今の地位まで上り詰めたんだ」「今回の華栄の危機にしてもそうだ。お前はおろか、俺や、ここにいる誰一人として、あそこまで見事な大逆転劇をやってのけることはできない」「お前はいつも詩織を敵視して張り合おうとしているが、現実を見ろ。お前はあいつの足元にも、毛の先ほども及ばない。これ以上、自ら無様な恥を晒すのはやめるんだな」そう冷然と言い放ち、京介は席を立った。霜花がどれほど屈辱に歪んだ顔をしていようとも、彼にはもはや一瞥する価値さえない。取り残された霜花は、まるで現実を直視できないかのように呆然としていた。ついにこの瞬間になって、彼女は到底抗えないほどの無力感と絶望に打ちのめされていた。見世物を十分に楽しんだ太一も、最後に引導を渡すように淡々と言い放つ。「俺も昔は、あんたと同じくらい無知だったせいで、後で散々痛い目を見て恥かいたっけな。だから、そろそろやめとけ。誰しもが江崎と同じレベルで比較できるわけじゃないんだよ」一呼吸置き、太一はわざと意地悪く付け加えた。「まあでも、俺が京介兄貴の立場だったとしても、間違いなく江崎を選ぶね」「あと念のため、確固たる現実も一つ教えてやるよ。『栞』がクラウドと組むことは、この先一
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第1096話

ここからその店までは大した距離ではなく、詩織はすぐ店に到着した。店内に足を踏み入れ、柊也に電話をかけようとした矢先、ちょうどVIPルームの廊下を歩いていく彼の背中が見えた。詩織はスマートフォンをポケットにしまい、急がず焦らず、彼の後を追って歩き出した。追いつくかというその時、柊也はある個室のドアの前で立ち止まり、突如として顔色を凄絶に変えた。彼女が声をかける隙すらなく、彼は凄まじい勢いでそのドアを蹴り開けた。その直後、個室の中で起きた出来事。霜花の投げつけた暴言。そして、柊也という男が自らを貶めてまで放った狂気じみた庇い立ての言葉。――それらをすべて、詩織自身がドアの外で聞いていた。一字一句、聞き逃さなかった。彼は言った。『クスリなど盛られていない。自分から彼女に体を差し出したのは、この俺だ』『犬みたいに媚びへつらっていたのも、俺だ』『7年間、都合のいい男としてタダで抱かれていたのも、すべて俺だ』『捨て駒のような愛人扱いだろうと、俺は望んで受け入れる。たかが数年、タダで都合よく利用されるだけのことが……なんだって言うんだ』薄暗く静かな廊下に立ち尽くしたまま。詩織の心はまるで、波止場に揺れる小舟のようだった。ゆらゆらと。とめどなく揺れて。胸の奥深くから響く甘やかな震えが、いつまでも収まらなかった。彼女は俯き、小さく微笑んだ。その笑みはとても静かなものだったが、紛れもない深い愛しさが、瞳の奥底から少しずつ、しかし確かな熱を帯びて浮かび上がっていた。個室から出てきたとき、彼が纏う冷酷なオーラはまだ完全には消え去っておらず、眉間には溶けきらない氷雪のような険しさが残っていた。だが、彼女の姿を視界に捉えた瞬間。視線が交差した途端、彼の足取りがほんのわずかに、気づかないほど小さく止まった。詩織は彼の方へ数歩近づき、静かでありながらはっきりとした声で言った。「あなたを迎えに来たの。一緒に帰ろう」ごくありふれた、短い一言。しかしその言葉は、柊也が長年心の中に築き上げてきた高く分厚い氷の壁の根元に、そっと一輪の温かい花を供えられたかのように響いた。彼は何も言わず、ただ不器用に手を差し出した。廊下の柔らかな灯りが彼の長い睫毛に落ち、淡い影を落とす。まるで、先ほどまで室内で刃の
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第1097話

序はそんな言い分を一切認めようとはしなかった。「辞表は却下だ! お前と技術チームは必ず一週間以内に、現状を打開できる納得のいくプランを提示しろ!」「これは命令だ!」これだけ莫大な資金を『ココロ』に突っ込んだのだ。その金がドブに消えることなど、絶対に許されるはずがない。しかし、智也の態度も極めて明確だった。「お断りします」それだけ言い残し、智也はそのまま席を立って会議室を後にした。あとに残された会議室は死に絶えたように静まり返り、序の顔色は恐ろしいほどに黒く沈んでいた。『ココロ』の社屋から外へ出た智也は、一度だけ足を止め、自らが立ち上げたそのビルを振り返った。ふと、かつて詩織と肩を並べて死に物狂いで働き抜いた日々が脳裏をよぎる。あの頃の『ココロ』は本当に小さなスタジオで、常に資金繰りに苦しんでいた。詩織の資金調達の負担を少しでも残さないよう、智也は必要最小限のエンジニアだけを残し、残りの開発業務をすべて一人で背負い込んだ。毎晩徹夜でコードを書き、社員の給料を払う当座の現金を稼ぐために、外部からの下請け案件までこなしていたのだ。体は限界まで疲れ果て、泥水をすするような苦しい日々だったはずなのに。不思議と、あの頃はエネルギーだけが無尽蔵に湧いてきた。隣で共に戦ってくれる、何より信頼できる相棒がいたからだ。智也はかつて詩織に誓った。私たちは一生、最高のパートナーでいよう、と。だが結局……こんな結末を迎えることになってしまった。今の『ココロ』には、当時の泥臭い初心など欠片も残っていない。そして智也自身も、あの頃のような情熱は完全に失ってしまった。だからこそ、すべてを手放すことが今できる唯一の選択だった。『ココロ』のビルから足を踏み出した瞬間、智也はずっと背負っていた重荷から解放されたような安堵を覚えていた。そのとき、スマートフォンの着信音が鳴った。担当弁護士からだ。先ほど拘置所へ出向き、真理子と離婚に向けた面会をしてきたという。報告によれば、真理子は頑として離婚を拒否しているらしい。智也は顔を上げ、眩しさに目を細めた。正午の強い日差しが真っ直ぐに降り注ぎ、ガラス張りのビル群やアスファルト、人ごみの通りに照り返して、少し眩暈がするほどきらめいている。冬が終わり、また新しい春が始ま
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第1098話

政志はすぐさま譲に連絡を入れ、会食の約束を取り付けた。譲が指定された料亭の個室に到着すると、そこには政志だけでなく、なぜか汐莉まで同席していた。ただ、汐莉の顔色はひどく強張っており、あからさまに不自然だった。譲が席に着くと、政志は手短に挨拶を済ませ、すぐに本題へと切り込んだ。「今日君を食事に誘ったのは他でもない。少し力になってもらいたい案件があってね」譲が黙って先を促す。「実は、我がサンライズ・エナジーは華栄との提携を強く希望しているんだ。だが、以前汐莉が、華栄の江崎社長と少々揉め事を起こしてしまってね。そのせいで、華栄側から一切の交渉を拒絶されている状態なんだ」政志はそこで言葉を区切り、真剣な眼差しで譲を見据えた。「そこで、君に間を取り持ってもらえないかと思ってね。君なら江崎社長とも親しい間柄だろう?少し口を利いてくれるだけで構わないんだが……」譲は茶を飲む手を止め、チラリと汐莉に視線を向けた。汐莉は気まずそうにうつむいたままだ。譲は湯呑みを音を立てずに置き、わずかに眉をひそめた。「……それは、いささか難しい相談ですね」政志がすかさず食い下がる。「妹の無礼だったことは重々承知している!だからこそ、もし江崎社長が会ってくださるなら、汐莉に直接土下座でもさせて、社長の気が済むまで謝罪させるつもりだ。提携にさえ応じてもらえるなら、どんな条件でも呑むし、どう扱っていただいても構わない」その言葉を聞いた瞬間、汐莉の心は冷たく沈みきった。瞳から光が消え、椅子の肘掛けを握る指先が白くなるほど力がこもる。誰も、私の自尊心や体面になんて少しも配慮してくれない……榎崎家にとって、自分の誇りなど安い取引の道具でしかないのだ。しかし、政志がどれほど言葉を尽くしても、譲の眉間の皺は解けず、難色を示したままだった。「申し訳ないですが……その件については、私から口を挟むことはできかねます」少しの間を置いてから、譲ははっきりと拒絶を口にした。助け舟を出したくないわけではない。だが、譲は詩織の性格をよく理解していた。彼女は本来、非常に度量のある人間だ。その彼女が交渉の余地すら残さず、これほど完全なシャットアウトを決めている以上、汐莉がよほど取り返しのつかない決定的な無礼を働いたに違いない。そこへ自分が下手な口利きをすれば、
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第1099話

別の奥様が、心底うらやましそうにため息をつく。「悦子さん、華栄キャピタルのイヤーエンド・パーティーに行かれるんでしょう?うちの主人も行きたがっていたんですけどね、お声がかからなくて」「やっぱり悦子さんはお目が高いわ。華栄がまだ立ち上がったばかりの頃から、江崎詩織さんの才能を見抜いて提携を後押ししたんですもの。おかげでサカザキ・モータースの業績もうなぎ登り。時価総額だってこの五年間で二倍に跳ね上がったんでしょう?本当に羨ましいわ」悦子は上機嫌で、終始その顔に笑みを浮かべていた。「あの頃、初めて詩織さんに会ったときから、この子は絶対に大物になるって直感したのよ。先見の明はあるし、受け答えも堂々としていて完璧。器量良しなうえに、何より頭が切れるでしょう? もう、どこからどう見ても私のお気に入りだったの」「だから、うちの馬鹿息子にもずっと『アタックしなさい』ってけしかけてたのよ。それなのに、あの子ったら本当に情けなくて」その話題になると、悦子はいつも本気で悔しがる。「もしあの時、譲さんが江崎さんを射止めていたら、サカザキ・モータースは今頃もっととんでもない規模になっていたでしょうね。お二人が結ばれていたら、まさに最強のタッグでしたのに」「本当にそうよねえ」悦子はまた一つ、深々とため息をついた。「譲がふがいないせいで、詩織さんのお眼鏡にかなわなかったのよ」すると、そばにいた友人がなだめるように口を挟んだ。「でも、今の汐莉さんだって素敵なお嬢さんじゃないですか」悦子は静かにうなずいた。しかし、別の奥様が少し言葉を濁しながらこう漏らした。「ただ、その……汐莉さんって、生い立ちが色々と複雑みたいですね」悦子はティーカップを口に運ぶ手をぴたりと止めた。「複雑って?」奥様が何かを言いかけた、まさにその瞬間だった。バタン、とドアが開いて汐莉が部屋に入ってきた。噂話はそこで途切れ、話し出そうとしていた女性も慌てて口をつぐんだ。悦子はすぐに愛想よく手招きし、来客のマダムたちに汐莉を紹介した。そして、明日のパーティーに着けていくジュエリー選びを彼女に手伝わせた。汐莉は真剣な顔でテーブルの上の宝石を品定めし、一つのネックレスを手に取った。「このシンプルなデザインがいかがですか?若々しく見えますよ」悦子の本音としては少し地味す
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第1100話

自分がこの上流のコミュニティに這い上がるために、どれほどの屈辱を舐めてきたことか。愛想笑いを振りまき、必死に機嫌を取り、数え切れないほどの惨めな思いを飲み込んで、ようやく今の居場所を確保したのだ。それなのに、詩織は何も苦労などせず、ただそこにいるだけで全員から持てはやされ、称賛を浴びている。なぜ誰も彼もがあの女をあんなに特別扱いするのか、汐莉には到底理解できなかった。そんな彼女の腹の中など知る由もない悦子が、無邪気な笑顔で話を振ってきた。「汐莉ちゃんも詩織さんに会ったことがあるでしょう?本当に素晴らしい方だと思わない?」汐莉の顔にへばりついた笑みがピキリと凍りついた。「……ええ、本当に。とても優秀な方ですわ」悦子は満足そうに深く頷く。「これからは、あなたももっと詩織さんと交流を持った方がいいわ。彼女の立ち振る舞いや人付き合いのやり方からたくさん学びなさい。きっとあなたの将来の役に立つはずだから」「……はい」「ああ、そういえば聞きそびれていたけれど」悦子がふと思い出したように尋ねた。「この前、詩織さんとの話し合いはどうだったの?無事に提携の話はまとまったのかしら?」汐莉は必死で平静を装ったが、声の震えを隠しきれなかった。「それが……少し問題が生じまして」その場には他の客もいたため、悦子はそれ以上深くは追及しなかった。やがてアフタヌーンティーがお開きになり、マダムたちが次々と帰路についた後、悦子は改めて汐莉に事情を尋ねた。譲の自分に対する冷ややかな態度を思い出し、汐莉は到底、詩織の逆鱗に触れて交渉を完全拒絶されたことなど言えなかった。ただ「詳細な条件のすり合わせができず、提携が保留になってしまった」とだけ嘘をついた。「サンライズとしては、どうしても華栄と組みたいんです。ですから、もしよろしければ……悦子様のお力添えで、私と兄を明日のパーティーに連れて行っていただけませんか。そこでもう一度、江崎社長にご挨拶させてほしいのです」何も知らない悦子は、ただの顔繋ぎならと軽く引き受けた。両社にとって悪い話ではないと安易に考えたのだ。汐莉は内心で深く安堵の息を吐き、自室に戻るなり兄の政志へすぐさま吉報のメッセージを送った。その日の夜。帰宅した譲に対し、悦子は「明日の華栄のパーティーに汐莉ちゃんをエスコートしてあげて」と命じ
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