【電話していいか?お前の声が聞きたい】その一文を見た瞬間、詩織の脳裏に先ほどの車内での彼の眼差しが蘇った。人を吸い込むような深い暗闇と、ほんの少しの隠しきれない未練。本当は、電話に出たかった。けれど、ようやく深い眠りについた小春を起こしてしまうかもしれない。そう思うと、やはり通話ボタンを押すことはできなかった。詩織はできるだけ優しい響きになるよう、言葉を選んで返信した。【ごめんなさい、今はダメ。小春を起こしちゃうから】数秒の沈黙の後、短い返信が届いた。【わかった】たったそれだけの言葉なのに、画面の向こうで彼がまた拗ねて落ち込んでいるのが、詩織には手に取るようにわかった。彼女は小さく唇を噛み、画面の上で指を宙に浮かせたまま数秒迷い――やがて、ゆっくりと文字を打ち込んだ。【じゃあ、私から電話するね。私からは喋らないけど、それでもいい?】送信ボタンを押した瞬間、また耳の裏が熱くなるのを感じた。彼をあやしているつもりなのか、それとも自分の中にある「離れたくない」という甘い感情を許容してしまったのか、自分でもよくわからない。柊也からの答えは、メッセージではなく直接の着信だった。一秒たりとも待ちきれないといった様子だ。詩織は通話ボタンを押し、耳に当てた。約束通り、言葉は発しない。ただ、静かで規則正しい寝息のような呼吸音だけが、電波に乗って彼の耳へと届けられる。しかし、たったそれだけのことで、柊也の心は十分に満たされていた。......年末も押し迫った十二月二十八日。ミキが年末年始の休暇で江ノ本市へ帰省することになり、詩織は空港へ迎えに向かった。そこで偶然、桐島沙羅と出くわした。沙羅はどこか満ち足りた表情で、満面の笑みを浮かべて二人に声をかけてきた。目ざといミキは、彼女の左手中指に光る指輪をすぐに見つけた。ダイヤ自体はそこまで大きくないが、デザインが洗練されていて目を引く。「沙羅さん、もしかして……そういうこと?」ミキがニヤニヤしながら指を差すと、沙羅は少し照れくさそうに指輪の光る手で髪をかき上げた。「彼がプロポーズしてくれたの。昨日の夜のことだったから、まだ二人には報告できてなくて」沙羅の顔には、隠しきれない幸せが溢れていた。「わあ、最高じゃない!おめでとう、沙羅さん!」
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