All Chapters of 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した: Chapter 1111 - Chapter 1120

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第1111話

【電話していいか?お前の声が聞きたい】その一文を見た瞬間、詩織の脳裏に先ほどの車内での彼の眼差しが蘇った。人を吸い込むような深い暗闇と、ほんの少しの隠しきれない未練。本当は、電話に出たかった。けれど、ようやく深い眠りについた小春を起こしてしまうかもしれない。そう思うと、やはり通話ボタンを押すことはできなかった。詩織はできるだけ優しい響きになるよう、言葉を選んで返信した。【ごめんなさい、今はダメ。小春を起こしちゃうから】数秒の沈黙の後、短い返信が届いた。【わかった】たったそれだけの言葉なのに、画面の向こうで彼がまた拗ねて落ち込んでいるのが、詩織には手に取るようにわかった。彼女は小さく唇を噛み、画面の上で指を宙に浮かせたまま数秒迷い――やがて、ゆっくりと文字を打ち込んだ。【じゃあ、私から電話するね。私からは喋らないけど、それでもいい?】送信ボタンを押した瞬間、また耳の裏が熱くなるのを感じた。彼をあやしているつもりなのか、それとも自分の中にある「離れたくない」という甘い感情を許容してしまったのか、自分でもよくわからない。柊也からの答えは、メッセージではなく直接の着信だった。一秒たりとも待ちきれないといった様子だ。詩織は通話ボタンを押し、耳に当てた。約束通り、言葉は発しない。ただ、静かで規則正しい寝息のような呼吸音だけが、電波に乗って彼の耳へと届けられる。しかし、たったそれだけのことで、柊也の心は十分に満たされていた。......年末も押し迫った十二月二十八日。ミキが年末年始の休暇で江ノ本市へ帰省することになり、詩織は空港へ迎えに向かった。そこで偶然、桐島沙羅と出くわした。沙羅はどこか満ち足りた表情で、満面の笑みを浮かべて二人に声をかけてきた。目ざといミキは、彼女の左手中指に光る指輪をすぐに見つけた。ダイヤ自体はそこまで大きくないが、デザインが洗練されていて目を引く。「沙羅さん、もしかして……そういうこと?」ミキがニヤニヤしながら指を差すと、沙羅は少し照れくさそうに指輪の光る手で髪をかき上げた。「彼がプロポーズしてくれたの。昨日の夜のことだったから、まだ二人には報告できてなくて」沙羅の顔には、隠しきれない幸せが溢れていた。「わあ、最高じゃない!おめでとう、沙羅さん!」
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第1112話

――怖いのだ。過去の傷や、関係を定義することへの戸惑いが足枷となって、どうしても最後の一歩が踏み出せないでいる。ミキはそんな詩織の複雑な心境を痛いほど理解していた。だからこそ、すぐに間に入って空気を変える。「あー! 私たちに『正式にお付き合いする』みたいな古臭いルールなんてないから!ねっ!」かつては沙羅自身も特定の相手を作らず自由に恋愛を楽しんでいた時期があったため、詩織の躊躇いも察しがついたのだろう。彼女は詩織が気まずくならないよう、サラリと話題を切り替えた。「そうね。――そうだ、今夜は私がディナーをご馳走するわ。私が結婚という名の墓場……じゃなくて、殿堂入りする前祝いってことで!」「賛成!」「喜んで」詩織とミキは即座に頷いた。「賀来社長も誘っていいかしら?」と沙羅が詩織の顔色を窺うように尋ねる。「もちろん。沙羅さんが主役なんだから」祝宴の主催者が沙羅である以上、誰を呼ぶかは彼女の自由だ。詩織がマンションに帰宅した直後、京介から着信があった。「今夜、空いてるかな。食事でもどう?」その言葉で、詩織は今日が京介の誕生日だったことを思い出した。しかし、すでに沙羅たちとの約束が入っている。詩織は素直に事情を話し、誘いを丁重に断った。電話の向こうで、京介が目に見えて落胆しているのが伝わってくる。それでも彼は「いや、気にするなよ。ただの誕生日だし」と無理に明るい声を出した。少しの沈黙の後、詩織は静かに言った。「……誕生日、おめでとう」そのたった一言で、京介の胸を占めていた重苦しい失望感は、嘘のようにふっと軽くなった。詩織との通話が終わってすぐ、今度は太一から電話がかかってきた。「京介兄貴、今日の誕生日はどうすんの?どこでパァーッとやる?」「やらない。夜は会社に戻って残業するつもりだ」一番祝ってほしい相手がいないのだ。誰と過ごしても同じことだった。「はぁ!?そりゃねーよ!誕生日くらいちゃんと祝わねえとダメだって!」太一が強引に食い下がってくるため、京介は小さくため息をついて折れるしかなかった。「わかった……店はお前に任せる。決まったら教えてくれ、時間になったら直接行くから」「オッケー!任せとけって!」太一との電話を切った直後、間髪入れずに今度は霜花から着信が入った。スマートフォンの画
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第1113話

「ありがとうございます、恭子さん」京介は事務的にそう返すと、容赦なく電話を切った。最初から最後まで、見事なまでに冷め切った対応だった。すぐそばで一部始終を聞いていた霜花は、血の気が引く思いだった。まさか、母親の顔に泥を塗ってまで冷たくあしらわれるとは想像もしていなかった。彼の中には、自分たちへの情など欠片も残っていないのだ。スマートフォンの画面を下ろし、恭子が静かな、しかしどこか重い視線を娘に向けた。霜花はたまらず、スッと顔を伏せる。今にも泣き出しそうに俯く娘の姿を見ると、恭子もそれ以上責める気にはなれなかった。仕方がないのだ。この子は、京介でなければダメなのだから。一度何かに執着した人間の心は、外からいくら説得したところで変えられるものではない。自分でとことんまで傷つき、情の糸が完全にすり切れてしまうまで、見守るしかないのだろう。恭子は何も言わず、ただそっと娘の肩を抱き寄せた。霜花は母親の腕の中で、必死に思考を巡らせていた。――さっきの言い訳が本当で、もし会社で残業しているのなら、直接会社に会いに行けばいい。そう決意し、出かける準備をしようとした矢先。スマートフォンが震え、汐莉から電話がかかってきた。「ねえ、京介さん、『ラウンジ・ノクターン』で誕生日パーティーやるらしいわよ。あなたも行くでしょ?」譲から聞きつけたらしい汐莉のその言葉に、霜花の心臓がドクンと嫌な音を立てた。……誕生日を祝う気があるのに、自分には一切声がかからなかったのだ。霜花はスマートフォンを握りしめる手に力を込め、必死に声の震えを隠した。「……ええ、行くわ」「だよね!聞くまでもなかったわ。京介さんがあなたを呼ばないわけないもの。じゃあ、後でノクターンでね」「……ええ。後で」霜花はそう答えるのが精一杯だった。......詩織が夜は沙羅たちと食事に行くと伝えると、柊也はすぐさま反応した。実は柊也、ついさっき太一から「京介兄貴の誕生日会をやる」と誘われ、一度は参加すると返事をしていたのだ。だが詩織が女友達と集まると聞くや否や、即座に前言をひるがえした。「俺も連れて行け」詩織は困り顔でため息をついた。「女子会だよ?あなたが来たら浮くでしょ」「空気同然の背景になるから問題ない」柊也は一歩も譲らない。「だめ
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第1114話

沙羅は、霜花たちが詩織と犬猿の仲だとは知らない。譲の知り合いだろうと思い、気さくに声をかけた。霜花は傲慢に顎を引き、軽く頷くだけでさっさと席についた。汐莉のほうはまだ愛想があったが、沙羅にだけ挨拶を済ませると、その隣にいる詩織とミキには目もくれなかった。もちろん、詩織とミキも彼女たちを完全に空気扱いし、自分たちのおしゃべりを楽しんでいる。VIPルームは広く、席には十分な余裕があった。だが、当然ながら誰もが気の合う人間の近くに座りたがる。結果として、座席の配置は異様な様相を呈した。詩織、ミキ、沙羅、そして柊也の四人がひとつのグループとして固まる。譲と汐莉が並んで座る。そして霜花は、当然のように京介の隣を狙って腰を下ろした。霜花が愛想笑いを浮かべて口を開きかけた瞬間、京介はグラスを手にスッと立ち上がった。そのまま詩織のもとへ向かい、軽く言葉を交わす。ごく普通の挨拶だった。だが京介は、そのまま詩織たちのグループの端に座り込んでしまったのだ。一人ポツンと取り残された霜花は、屈辱で顔を青ざめさせた。見かねた汐莉が、気を遣って霜花の隣へ移動する。すると今度は、まるで当てつけのように京介が立ち上がり、譲の隣へと席を移したのだ。あまりにも露骨に霜花を避ける態度。事情を知らない沙羅でさえ、そのピリついた空気を察知した。だが、他人のプライベートに首を突っ込むような野暮はしない。沙羅は意図的に話題を変え、今回の華栄キャピタルの見事な逆転劇について熱っぽく語り始めた。その口ぶりからは、詩織への心からの感嘆と称賛が溢れている。太一もそれに同調した。「ほんとそれ。ビジネスのセンスで俺がリスペクトしてるのって、柊也と江崎の二人だけだわ」京介も目を細め、懐かしそうに語る。「詩織は昔から優秀だったからな。高村先生がこいつを弟子にするために、わざわざ何度も頼み込んだくらいだ。自分から拝み倒して弟子にしてもらった俺たちとは大違いだよ」京介が惜しみなく詩織を褒めちぎるのを聞き、霜花の瞳に冷ややかな憎悪が宿った。さらに譲までが真剣な顔で頷いた。「いや、大げさな話じゃないさ。うちのサカザキ・モータースが今の新エネ車市場で生き残れているのも、あの時の詩織さんの助言があったからだ。『これからはAIと自動車が必ず結びつく。自動車
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第1115話

京介がまたしても未練がましく詩織を盗み見たその時、柊也の鋭く冷たい視線とガッツリかち合った。それからというもの、京介が少しでも視線を向ける気配を見せると、柊也は気づかれないようにほんの半歩だけ前に出るようになった。カフスを直すふりをしたり。ナプキンを取るために身を乗り出したり。そのすべてが、詩織に向けられる京介の視線を完璧に遮る計算された動きだった。あまりに自然で流れるような所作だが、隣にいる詩織の目は誤魔化せない。……ほんと、子供なんだから。詩織は思わず吹き出しそうになるのをこらえた。何年経っても、京介に対する柊也の嫉妬深さは全く変わっていない。わざとゆっくりケーキを飲み込み、顔を上げると、ちょうど見下ろしてきた柊也と目が合った。柊也は平然とした顔で、甲斐甲斐しく尋ねてくる。「もう一つ食べるか?」詩織は首を横に振った。そして、テーブルの下で彼の膝をこつんと小突いた。「やりすぎ」という警告のようでもあり、「仕方ないわね」という甘やかしのようでもある合図。柊也は瞳の奥に深い色を宿し、誰にも気づかれないほど微かに口角を上げた。一方、鉄壁のガードに阻まれた京介は、ついに視線を送るのを諦めて酒をあおった。胸の奥に、虚しさが広がる。詩織にはっきりと拒絶されても、どうしても一縷の望みを捨てきれない。詩織が柊也との関係を公に認めていない以上、彼女が迷っているうちはまだ自分にもチャンスがあるはずだ。どれだけ絶望的な確率でも、足掻くだけの価値はある。もしかしたら、という奇跡を信じて。かつて詩織を失ったのは、自分自身の決断が遅かったからだ。だからこそ、今の自分に迷いはない。そんな京介の執念を、同性である柊也が見抜けないはずはなかった。柊也がここまで京介を警戒するのには、それなりの理由がある。しかし、柊也は詩織に約束していた。「決断を急かさない。裏の存在で構わないし、一生振り回されたっていい」と。だから今は、冷たい視線で牽制することしかできないのだ。詩織はあまりに魅力的すぎる。彼女を評価し、彼女に惹かれる人間は星の数ほどいる。彼女に別の男を紹介しようと目論む連中も絶えない。柊也は今、自分の立ち位置がどうしようもなく危ういものに思えてならなかった。ケーキを食べ終えた頃
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第1116話

太一はその曲を知らなかった。端末で検索しながら首を傾げる。「めちゃくちゃマイナーじゃん。どんな曲か分かんないから、とりあえず歌ってみてよ」詩織も、柊也が一体どんな風に歌うのか興味津々だった。太一は曲を入れ終わると、すかさずマイクを柊也に手渡し、急かした。「ほらほら早く!俺、もう待ちきれないんだけど」他のメンバーの視線も、一斉に柊也に釘付けになった。彼は慌てる様子もなくマイクを受け取った。相変わらず冷淡で人を寄せ付けない空気をまとったまま、マイク越しにぽつりと言った。「サビの部分しか知らない」太一の好奇心はすでに限界突破していた。「サビだけでも全然オーケー!」とにかく今日、柊也が歌うという歴史的瞬間に立ち会えるのだから。少しでも早く聞きたくて、太一は操作パネルを叩き、曲を直接サビまで早送りした。青白いモニターの光を浴びながら、柊也はメロディーの始まりに合わせて静かに口を開いた。『――恋人という肩書きもなく、文句ひとつ言わず、ただ君を恨みきれなくて……』その瞬間、グラスのジュースを飲んでいた詩織の動きがピタりと止まった。次の秒――「ブッ!」思わず吹き出し、せき込んでしまった。個室が一瞬、しんの静寂に包まれる。しかし柊也はまるで気付いていないかのように、虚空の一点を見つめたまま歌い続けた。『――この心の扉を叩き、優しい声で、あやふやに僕を呼ぶから……』語尾のビブラートが微かに揺れ、まるで切ない嘆きのように響く。皆が息を呑んだのは、決して柊也の歌が下手だったからではない。むしろその逆だ。彼の声は低く、甘い色気を帯びて胸の奥まで響いてきた。それは暖炉の奥でゆっくりと燃える冬夜の炭火のよう。決して華やかな熱気ではないのに、じわじわと人の骨の髄まで浸透してくるような心地よさがある。一言ひとことの音程を正確に捉えながらも、その歌い方にはどこか肩の力が抜けたアンニュイな色気が漂っていた。まるで歌っているのではなく、すぐ耳元で、古い切ない恋物語を囁かれているかのようだ。スポットライトの光が彼の端正な顔立ちを照らし、眉骨の影が深い眼窩に落ちる。普段は鋭く冷酷な黒い瞳が、今夜に限ってはどうしようもなく情熱的で甘く見えた。その視線が、騒がしい音楽と人声をすり抜け、まっすぐに誰か一人へと注がれている――
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第1117話

少し遅れて、汐莉も適当な口実を作って席を立った。あの部屋の賑やかな空気にどうしても馴染めなかったし、何より、詩織が男たちからあれほど大切にされている姿を見るのが耐えられなかった。それを見せつけられると、自分の恋心がひどく安っぽいものに思えてくるのだ。なぜなら、譲が汐莉に対してあそこまで執着を見せたことなど、一度もないのだから。どれだけ心を砕かれているかなど、見比べれば一目瞭然だった。譲との政略結婚のチャンスを、汐莉がどれほどの策略を巡らせて手に入れたかなど、誰も知らない。汐莉が初めて譲を見たのは、あるエネルギー関連のサミットでのことだった。当時、譲はサカザキ・モータースの責任者として壇上でスピーチをしていた。サカザキ・モータースの企業規模を知っていた汐莉は、若くしてその地位にいる譲に目をつけた。帰国後、彼女はずっと「榎崎家」という泥沼から自分を救い出してくれる、条件の良い結婚相手を探し求めていたのだ。そして、譲はその条件に完璧に合致していた。だからこそ、彼女は自ら積極的に動き、あらゆる「偶然の出会い」を演出して、見事に譲の気を引くことに成功した。当時は自分の運が良いのだと思っていた。数回顔を合わせただけで、譲のほうから声をかけてきたのだから。しかし後に彼女は知ることになる。あの時、譲が彼女に目を留めたのは、単に彼女の顔立ちが「江崎詩織に少し似ていたから」というだけの理由だったことを。思惑通り、彼女は譲と婚約に漕ぎ着けた。彼が時折見せる優しさや気遣いに、汐莉はいつしか本気で惹かれていった。だが、二人の関係をさらに一歩進めようと焦る汐莉に対し、譲は常に一定の距離を保ち続けていた。なんとか早く彼を自分のものにしたい。そう焦った汐莉は、あるパーティーの夜、わざと露出の多いセクシーなドレスを着て彼の部屋のドアを叩いた。譲が冷酷な顔を見せたのは、それが初めてだった。いつもの紳士的で優しい口調は微塵もなく、彼は冷え切った声で警告した。「二度とそんな服は着るな」そう言い放つ彼の瞳は、凍りつくほど冷たかった。汐莉はそれを、男特有の独占欲の表れだと勘違いした。他の男に肌を晒すな、という意味なのだと。だから甘えるように「じゃあ、これからはあなたの前でだけ着るわね」と微笑んだ。しかし、譲の瞳はさらに
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第1118話

密かにそう願っていた太一だったが、その期待は無惨にも打ち砕かれた。ガチャリと扉が開き、霜花と汐莉が戻ってきたのだ。太一の顔から、スッと笑顔が消え失せた。霜花もその変化には気づいていた。太一が自分を歓迎していないことなど百も承知だ。だが、そんなことはどうでもよかった。彼女は、詩織がどん底に突き落とされる無惨な姿を見届けるためにここにいるのだ。だからこそ、何事もなかったかのように平然と元の席に腰を下ろした。ある意味、太一は霜花のその鋼のメンタルに感心すら覚えた。よくあんなに面の皮が厚くて、平気な顔していられるよな。京介兄貴にあれほど露骨に恥をかかされたというのに、平気な顔で居座り続けている。俺もあいつの図太さを半分でも持っていれば、人生もっと上手くいってたかもしれないな。太一は呆れ半分、感心半分でそうぼやいた。一方、沙羅は今日こうして京介の誕生日会に偶然同席できた縁について語っていた。「急だったからプレゼントの用意もできてなくてごめんなさいね。後で必ず贈らせてもらうわ。とりあえず、まずはこの一杯を。お誕生日おめでとう!」京介は彼女とグラスを合わせた。「ご丁寧にありがとうございます、桐島さん。お気持ちだけで十分ですから、プレゼントのお気遣いは無用ですよ」沙羅はそのまま自然な流れで尋ねた。「今日はご友人は呼ばれなかったの?」京介が答えるより早く、口の軽い太一が横から身を乗り出した。「朝、俺が誕生会やるかって聞いた時は『先に一人誘ってみる』って言ってたんすよ。でも結局『断られたから今年はやらない』って言い出して。俺が無理やり引っ張ってこなかったら、今夜ここに誰もいなかったはずですよ」「あら、そうなの。じゃあ今日は本当にタイミングが良かったわね」と沙羅も相槌を打つ。「ほんと奇跡的な偶然っすよね」太一は京介の肩に腕を回し、いかにもお調子者らしいニヤニヤ笑いを浮かべて耳元で囁いた。「で、結局お前が一番呼びたかった相手って誰なんだよ?」京介はすぐには答えなかった。顔を横に向け、笑い声に包まれた部屋の向こう側、静かに座っているその人の姿に視線を落とす。ほんの一瞥しただけで、すぐに目を逸らした。「……俺にとって、すごく大事な人だよ」その声には、どこか読めない複雑な感情が滲んでいた。その瞬間、霜花の頭の中で
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第1119話

だが、当時の彼女と柊也はすでに完全に別々の道を歩んでいた。だからこそ、相手が柊也である可能性など最初から除外していた。あの時の既視感は、ただ自分が柊也への未練を断ち切れず、幻影を重ねてしまっただけの錯覚だと思い込んでいたのだ。「どうしたの、お姉さん?出世しすぎて、僕のこと忘れちゃった感じ?」男はわざとらしく「お姉さん」という言葉を強調し、ねっとりと語尾を伸ばした。その場にいる誰もが、その言葉の裏に隠された卑猥な意味を察知するには十分だった。その時、ずっと部屋の隅で誰からも相手にされていなかった霜花が、ふふっと軽い笑い声を漏らした。彼女はわざとらしく眉を上げ、男に尋ねた。「見慣れないお顔だけど、どちらの社長さんかしら?うちの江崎社長とそんなに親しいなんて」男は慌てる様子もなく答えた。「お嬢さん、誤解してますよ。僕は社長なんかじゃありません。昔ここで働いてて、江崎社長の『お相手』をしたことがあるってだけです」『お相手』――その言葉が孕む意味は、あまりにも生々しかった。さすがの太一も驚愕して、詩織の顔を二度見した。だが、彼がそれ以上に気になったのは、柊也の反応だった。本来なら、ここで一番激怒するはずの男が、なぜか不気味なほど静まり返っているのだ。太一が知る柊也とは別人のような落ち着きぶりである。普段の柊也の尋常ではない嫉妬深さを考えれば、こんな爆弾発言が出た瞬間、テーブルをひっくり返すか、少なくとも詩織の体面を守るために即座に男をつまみ出しているはずだ。それなのに、今の柊也は驚くほど平然としており、あろうことか優雅に葡萄の皮を剥いて詩織の皿に置くという神業までやってのけている。そのあまりの余裕っぷりに、太一は完全に頭が混乱してしまった。汐莉もまた、柊也の不可解な態度を注意深く観察していた。なんで怒らないの?どうして失望した顔をしないの?まったく理解できない。だからこそ、彼女は涼しい顔で、さらに燃料を投下した。「それってつまり、江崎社長が昔ここに来て、あなたを『ご指名』したってことかしら?」その言葉が落ちた瞬間、譲の表情が一気に険しくなった。これはもう単なる嫌味や当てこすりのレベルではない。公の場で「過去にホストを買った」という事実を突きつけ、詩織を社会的な生き恥に晒そうとする明確な悪意だ。一方
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第1120話

「五年前の夜、419号室に男がいたのは事実だ」「だが、お前じゃない」柊也はわずかに身を乗り出し、底なしの深淵を思わせる冷酷な瞳で男を威圧した。「なぜならあの夜、あの部屋で彼女を抱いたのは――」彼は一瞬だけ言葉を区切り、重く、しゃがれた声で、その場にいる全員を叩き伏せるように言い放った。「――俺だからだ」その言葉が落ちた瞬間、個室の中は死に絶えたような静寂に包まれた。霜花はハッと息を呑み、指を強く握りしめた。瞳孔が限界まで収縮する。汐莉の顔に張り付いていた冷笑が、完全に凍りついた。男は血の気を失い、柊也から放たれる殺気に怯えて顔を上げることすらできなくなった。美穂から金を受け取った時は、「江崎の過去を徹底的に叩け」としか聞いていなかったのだ。まさかその時の『本命の男』が現場にいるだなんて、誰が想像できただろうか!柊也はもう、他の誰にも視線を向けることはなかった。背筋を伸ばし、詩織の手の甲を親指でそっと撫でる。その仕草には、有無を言わさぬ絶対的な庇護の意志が込められていた。そして、冷たい声で太一に命じた。「こいつはお前に任せる。裏で糸を引いている人間を全員炙り出せ。一人も逃がすな」「了解っす!」太一は弾んだ声で答えた。こういう汚れ仕事は彼の得意分野だ。同時に、太一は内心で深く安堵の息を吐いていた。なるほどな。柊也が最初から最後まで余裕ぶっこいてた理由が分かったぜ。まさかこいつ自身がその『男』だったとはな。まったく、俺の焦りを返してほしいぜ。ミキは、ずっと握りしめていた酒瓶からようやく手を離した。柊也が自ら名乗り出てくれてよかった。もしあともう一秒遅ければ、この酒瓶は間違いなくあの偽男の頭で砕け散っていたことだろう。柊也は再び詩織の隣に腰を下ろしたが、繋いだ手を決して離そうとはしなかった。彼女を包み込むその大きな掌は、驚くほど熱かった。今の詩織の頭の中は、完全に混乱していた。思考が追いつかない。だが同時に、すべてがひどく腑に落ちるような感覚もあった。なぜなら――あの夜の彼が『柊也』だったのだとすれば、あの時の抱きしめられ方や感触が似ていた理由も、すべて筋が通る。その「筋が通る理由」がベッドでの感触だなんて、当然ながら彼女自身しか知らない秘密だった。自分が丹念に練
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