Semua Bab 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した: Bab 251 - Bab 260

373 Bab

第251話

詩織は、そんな彼らを誰一人拒むことなく、涼やかな笑顔で受け入れていた。一方、祝福に包まれる詩織たちとは対照的に、佳乃の顔色は怒りで蒼白になっていた。間の悪いことに、夫の長昭から電話が入る。「結果はどうだ?柊也くんも誘って、今夜は家族でお祝いのディナーといこうじゃないか」何も知らない夫の能天気な声に、佳乃の表情は完全に冷え切った。彼女は何も答えず、無言で通話を切った。志帆の顔色も最悪だった。母が先に席を立った後、その屈辱感はさらに増していく。このプロジェクトのために、どれだけの時間を費やし、どれだけの接待をこなしてきたか。それなのに、この無様な結果は何だ。「そこで何してんの、突っ立って。これ以上恥をさらすつもり?」戻ってきた佳乃に冷たく叱責され、志帆は慌てて母の後を追った。だが、会場の出口で二人の足が止まる。一抱えもあるような、鮮やかなひまわりの花束を抱えた京介が立っていたからだ。志帆と七年も付き合っていた京介を、佳乃が見間違えるはずがない。なぜ彼がここに?しかもひまわりを持って?佳乃はいぶかしげに娘を振り返った。志帆は、気まずそうに顔を背けた。それだけで、佳乃は全てを察した。彼女の表情は、もはや怒りを通り越して般若のようだった。その時、詩織たちの一団が会場から出てきた。京介は迷うことなく詩織のもとへ歩み寄り、その大きな花束を差し出した。「海外出張中じゃなかったの?」詩織は目を丸くした。京介はこのプロジェクトの出資者の一人でもある。定期報告の中で彼が海外にいることは知っていたはずだ。まさか、突然目の前に現れるとは夢にも思わなかった。「こんな大事な瞬間に、立ち会わないわけにはいかないだろ」京介は優しさに溢れた眼差しで、ひまわりを詩織に手渡した。「おめでとう。また一つ、階段を登ったな」「ありがとう!」詩織は満面の笑みで花束を受け取ると、弾んだ声で言った。「今夜、食事に行きましょうよ。私の奢りで!」しかし、京介は残念そうに首を振る。「その食事、帰ってからの楽しみにとっておくよ。帰国してから、また改めて二人で祝わせてくれ」「これから、また仕事?」「ああ。商談の途中なんだ。すぐにトンボ帰りしなきゃならない」彼は交渉の休憩時間を利用し、詩織に「おめでとう」を言うためだけに、わざわざ帰国
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第252話

スキャンダル、特に不倫などの男女問題は、世間から最も激しいバッシングを受ける格好の餌食だ。美穂は、詩織が浴びている称賛の光を憎悪した。だからこそ、メディアの前で彼女を糾弾し、社会的に抹殺しようと目論んだのだ。たとえプロジェクトを奪われても、ただでは済ませない。その評判に消えない傷跡を残してやる。それこそが、美穂の狙いだった。人は誰しもゴシップに飢えているものだ。ましてや、それを商売にする記者なら尚更だろう。「不倫」という言葉が出た瞬間、彼らの目の色が変わった。詩織はたちまちマイクの包囲網に捕まり、「略奪愛というのは本当ですか」「相手は誰なんですか」と矢継ぎ早に質問を浴びせられた。遠慮のないマイクが、詩織の顔にぶつかりそうなほど迫る。智也が慌てて割って入り、マイクを押し返そうと声を荒らげかけた。しかし、詩織は静かに彼の手首を掴んで制した。振り返った智也に、彼女は「大丈夫、任せて」とばかりに小さく首を横に振る。そして一歩前へ出ると、全てのカメラと視線を真っ向から受け止めた。会場がシンと静まり返り、固唾をのんで彼女の弁明を待つ。美穂の低俗な挑発に対し、詩織は眉一つ動かさず、鼻で笑ってみせた。「……男を奪う?」彼女は悠然と記者たちを見回し、涼しい顔で言い放つ。「男を奪って何になるの?どうせ奪うなら、男の『仕事』を奪う方がよっぽど面白いわ」その一言に込められた皮肉を理解し、その場にいた全員が息を飲んだ。つい先ほど、彼女は巨大財閥『エイジア』の総帥・賀来柊也から、港湾再開発というビッグプロジェクトをもぎ取ったばかりなのだ。まさに「男の飯の種」を奪ってみせた直後の発言だった。その様子を、志帆と柊也は少し離れた場所から見ていた。またしても詩織に敗北した挙句、公然とマウントを取られた志帆は、屈辱で顔面蒼白になり、爪が食い込むほど拳を握りしめた。いたたまれない。一刻も早くこの場から逃げ出したい。彼女はすがるような目で隣の柊也を見上げた。前回のように、彼が自分を庇い、この惨めな場所から連れ出してくれるはずだと信じて。「柊也くん……私、もう帰りたい」しかし、柊也は答えなかった。すぐ隣に立っているのに、彼の心はここにはなかった。その視線は、ただ真っ直ぐに、群衆の中心に立つ詩織へと釘付けになっていた。長
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第253話

「どうせすぐに捨てられますよ」とまで言いふらしていたのだ。密から改めて聞かされても、詩織の心はさざ波ひとつ立たなかった。今となっては、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。彼女は余裕の笑みでさらりと返した。「なるほど。で、彼女は望み通り『高級リゾート』にふさわしい身分になれたわけね」「……詩織さん」密は絶句した。以前の詩織なら眉をひそめていただろうに、今の彼女には強烈なユーモアセンス――というより皮肉の切れ味――が備わっている。「これがブーメランってやつね、見事に脳天に刺さってる」密は胸がすく思いだった。「見てくださいよ。私や松岡さんは『エイジア』を辞めても、こうしてちゃんとキャリアを積んでる。なのに彼女だけ畑違いの仲居さんだなんて……やっぱり、因果応報ってあるんですね!」夕食前、詩織は潤、智也と短い打ち合わせを行い、今後の工程について話し合った。潤が施工業者のリストアップが済んだことを報告すると、詩織はある人物のLINEを彼に共有した。画面を見た潤が目を丸くする。それは『徳建』の板木社長のアカウントだったからだ。「江崎社長、いつの間に板木社長とパイプを? あそこは業界最大手ですよ」「以前、財界のパーティーでお会いしたの」詩織はさらりと答えた。確かに、彼女は以前、柊也の父である海雲に連れられて何度か財界の会合に出席している。だが、海雲の名声があるとはいえ、すでに彼は第一線を退いた隠居の身だ。そして『華栄』は『エイジア』とは資本関係のない独立企業。老獪な板木社長のような人物が、海雲の顔だけで新参企業と組むリスクを冒すとは考えにくい。だからこそ、潤は驚きを隠せなかった。詩織はコーヒーカップを片手に、いたずらっぽく笑った。「私、柊也に言ったの。『私が勝ってあなたたちが悔しがるなら、今回は絶対に勝つ』って。あれはね、彼らの競争心を煽るための宣戦布告だったのよ」彼女は続ける。「あの負けず嫌いな志帆のことだもの、私には絶対に負けたくないはず。当然、死に物狂いになるわ。そして柊也も、そんな彼女を支えるために、派手に『お膳立て』をするでしょう?」「……まさか」「そう。『エイジア』の総帥がそこまでムキになって欲しがるプロジェクトなら、それは間違いなく『金のなる木』だって、周囲は思うわよね。あの板木社長だ
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第254話

これほどの贈り物をもらって、無視するわけにはいかない。詩織は簡潔に【ありがとう】とだけ送信した。その頃、別の場所で会食中だった譲は、通知を見るなり即座に返信した。自分のグラスの写真を添付し、【遠隔でおめでとう】とメッセージを送る。しかし、詩織からの返信は二度と来なかった。譲はしばらく画面を見つめていたが、諦めたようにスマホをポケットにしまった。隣にいた太一が、肘でつつく。「なぁ、お前ここに秘蔵のアルマン・ド・ブリニャック預けてただろ?あれ開けようぜ、パッとやりたい気分なんだよ」「あれなら、もう人にあげた」太一は驚いて声を裏返した。「はあ?あのヴィンテージをあげただと?誰にだよ、随分と気前がいいな」「いちいちお前に報告しなきゃならないのか」譲はソファに深く背を預け、それ以上語ろうとしなかった。太一がどれだけ問い詰めても、のらりくらりとかわすその態度は鉄壁だった。「へえ、そうやって隠してろよ。いつまで秘密にできるかな」太一は面白くなさそうに捨て台詞を吐くと、今度は隣の柊也に目を向けた。彼は宴席が始まってからずっと、仏頂面でスマホをいじり続けている。何を考えているのか全く読めない。「志帆ちゃんとLINEか?」太一が茶化すように聞いたが、柊也は肯定も否定もせず、ただ黙って画面を見つめていた。太一は柊也の沈黙を気にせず、ひとりごちた。「志帆ちゃん、相当参ってるだろうな。飲もうって誘っても来ないし……元々、この会は彼女を励ますために開いたのにな」そこまで言って、太一はふと感心したように唸った。「それにしても、あの江崎が本当にプロジェクトを勝ち取るとはな。完全に侮ってたよ。常田研次とあんなギャンブル契約まで結ぶなんて、肝が据わってるとかいうレベルじゃねえぞ」彼は何かを思い出したように、膝を打った。「なんだか、昔の柊也を見てるみたいだ。リスクを恐れずに突っ込むあの度胸……ビジネスマンは皆ギャンブラーって言うけど、あの子を見てるとそれを痛感するよ」話が詩織に向いたついでに、太一はずっと気になっていたことを口にした。「で、柊也。お前、本当に江崎のことは終わらせたのか?」ここ最近の冷淡な態度を見る限り、そう思えるのだが。柊也はグラスの酒を飲み干すと、氷のような無関心を装って言い放った。「……そもそも始
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第255話

「あなた、名家の御曹司と結婚したいんじゃなかったの?」志帆は冷徹に現実を突きつけた。「裁判沙汰になって、公の場で謝罪させられることの意味、分かってる?あなたの経歴に一生傷がつくのよ」美穂は言葉を詰まらせた。「悔しいのは私も同じよ。でも、今は耐えるしかないの。向こうは今、一番勢いに乗ってる。正面からぶつかっても勝ち目はないわ」「じゃあ、どうすればいいのよ……」「今は爪を隠すの。手出しできないのは『今』だけ。チャンスは必ず巡ってくるわ」志帆の瞳の奥で、暗い情念の炎がゆらりと揺らめいた。結局、美穂は渋々『華栄』へ出向き、謝罪を申し入れた。しかし、詩織本人が出てくることはなかった。代わりに密が現れ、詩織からの「伝言」を告げた。「オフィスのエントランスに立ち、大声で『江崎詩織様、申し訳ありませんでした』と二百五十回繰り返すこと」それが示談の条件だった。密が監視役として立ち会い、その無様な姿を動画に収めて詩織に送信した。送られてきた動画を見て、詩織は驚きもしなかった。プライドの高い志帆のことだ。自分の従妹が公的に訴えられるという「汚名」を避けるためなら、これくらいの屈辱は迷わず選ばせると読んでいたからだ。見栄のためなら身内の尊厳すら切り捨てる――いかにも彼女らしい選択だった。……週が明け、春の陽気が心地よい穏やかな日。詩織がプロジェクトの進捗報告のために市庁舎を訪れると、応対に出てきたのは意外な人物――賢だった。詳しく事情を聞けば、担当の経済局長に何らかの不祥事があったらしく、現在は停職処分を受けて調査中だという。そのため、彼がその業務のすべてを代行しているとのことだった。賢は柔らかな笑みを浮かべ、冗談めかして言う。「これって、一種の運命の導きってやつかな」詩織は思わず苦笑する。「あなたって人は、相変わらず冗談がお上手なのね」一通りの打ち合わせを終えると、ちょうど昼時になっていた。これまで彼には公私ともに世話になっている。詩織は感謝のしるしにと、賢を食事に誘った。もちろん、彼が詩織の誘いを断るはずもない。二人並んで庁舎のロビーを出ようとした時だ。賢が屋外の眩しい日差しに目を細め、不意に足を止めた。「ちょっと待ってて。忘れ物をしたみたいだ」そう言って引き返したかと思うと、彼はすぐに
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第256話

真昼の日差しは残酷なほどに眩しい。柊也はプライバシーガラスの窓を閉め切ってもなお、胸のざわつきを抑えきれずにいた。目を焼いたのは、太陽の光だけではない。彼だけがその痛みの正体を知っていた。午後、詩織は智也の元へ向かう予定だった。賢との食事を終えて別れを告げ、庁舎の正面玄関へ向かう。階段を下りようとした時、下から三人の男たちが上がってくるのが見えた。先頭を歩いているのは柏木長昭。彼もまた、何かの手続きでここを訪れたのだろう。階段上の詩織に気づき、長昭の足が止まる。彼はすぐに連れの二人に「少し用事ができた」と告げ、先に行くよう促した。人払いが済んだのを見計らって、詩織が階段を下りていく。すれ違いざま、長昭が声をかけた。「江崎さん」周囲に人影はなく、名指しされた以上無視もできない。面識のない相手だが、詩織は足を止めて振り返った。「私に何か」「ええ」長昭は人好きのする柔和な笑みを浮かべ、尋ねてきた。「江崎さんは、江ノ本市のご出身かな」詩織は長昭の顔を知らない。彼が志帆の父親だとは夢にも思っていないのだ。彼女にとって、目の前の男はただの馴れ馴れしい怪しいおじさんに過ぎない。まともに取り合う義理はなかった。「失礼ですが、お答えする必要はありませんので」詩織は冷たく言い放つと、足早にその場を立ち去った。長昭はただ一人、遠ざかる彼女の背中を見つめていた。その姿が完全に視界から消え去るまで、彼は身じろぎもせず立ち尽くしていた。ようやく我に返ると、懐から携帯電話を取り出し、低い声で相手に命じる。「ある人物について、至急調べてほしい」江崎詩織という知名度のある経営者の経歴を洗うのは、造作もないことだった。会議を終えた長昭の手元には、すでに興信所からの報告書が届いている。瞳が、ある一点で止まった。家族構成の『父』の欄。そこに記された『死別』の二文字を見て、長昭は深い沈黙に沈んだ。……詩織が智也のオフィスに到着した時、ドア越しに苛立った声が聞こえてきた。「こっちはずっと下手に出てるってのに、向こうは全く協力する気がないんですよ!そのくせ最後は全部ウチのせいにするなんて、あんまりです」智也は温厚な性格で知られている。部下がこれほど憤っていても、彼は穏やかに宥めていた。「まあまあ、今は我慢しよう。どうしてもダ
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第257話

到着ロビーのVIP専用ゲート前は、一般出口に比べて閑散としていた。詩織はそこで親友のミキを待っていた。飛行機が着陸してすぐ、ミキから「今降りてるところ!」とメッセージが入っていたのだ。やがてゲートが開き、まばらに乗客たちが姿を現し始める。詩織はうつむいて、手元のスマホでミキへの返信を打っていた。その少し向こうから、足早に歩いてくる三人組がいた。先頭を歩く神宮寺悠人もまた、スマホの画面に視線を落としている。相手は志帆だ。【今着いた。今夜空いてるか?飯でもどうだ】送信ボタンを押した、その瞬間だった。どん、と鈍い衝撃が走る。前方不注意の悠人が、詩織に激突したのだ。勢いは強く、弾き飛ばされた詩織の手からスマホが滑り落ちる。硬い床に叩きつけられたそれは、無残な音を立てて絶命した。詩織は慌てて拾い上げるが、画面はひび割れ、完全にブラックアウトしている。「ちょっと……」抗議しようと顔を上げた詩織を遮るように、悠人は冷ややかな声で傍らの秘書に命じた。「弁償してやれ」それだけだ。謝罪の言葉ひとつなく、悠人はそのまま立ち去ろうとする。その傲慢さに、詩織は呆れを通り越して笑いがこみ上げてきた。「お金さえ払えば何でも済むと思ってるの?失礼にも程があるわ」悠人の足が止まる。ゆっくりと振り返り、詩織を上から下まで値踏みするように眺めた。まるで商品でも鑑定するかのような、不躾で不愉快な視線だ。やがて彼は、口の端を小さく歪めて嘲笑う。「済むさ。金があればな」帰りの車中、詩織は空港での出来事をミキに打ち明けた。「あんたは紳士的すぎるのよ!私だったらその場で回し蹴り一発お見舞いして、土下座させてやるところだわ」助手席のミキは手足をバタつかせ、すでに臨戦態勢だ。「この『カンフー・クイーン』様にかかれば、そんな無礼な男、床掃除の雑巾にしてやるのに!」不快だった気分も、親友の剣幕のおかげで吹き飛んでしまった。詩織は声を上げて笑う。「はいはい、カンフー・クイーン様。それで、今日のディナーはどこへ討ち入りなさるおつもり?」「もちろん、超高級ディナーよ!あんたの勝利のお祝いなんだから!」「了解。江ノ本中のレストラン、どこでも好きなところを選んで」ミキは両手を組んで瞳を輝かせ、大げさに身を乗り出した。「さっすが詩織社長、太っ腹!ねえ社長
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第258話

ミキは詩織の沈んだ気分を吹き飛ばそうと、「飲み直そう!」と提案した。仕事の付き合いで飲む酒は毒だが、プライベートでの一杯は良き薬になる。詩織も久しぶりに親友と羽を伸ばしたい気分だったので、二つ返事で頷いた。ミキが選んだのは、最近オープンしたばかりのバー『ラプソディ』だ。アバンギャルドで洗練された内装は、仕事帰りの若者たちで賑わい、独特の熱気を帯びている。席に着くや否や、早速男たちが声をかけてきた。詩織は冷ややかな態度で取り合わない。彼女の美貌は人を惹きつけるが、その鋭い眼差しは安易な接触を拒絶する結界のようだ。それでも、懲りない男たちは後を絶たない。ミキはからかうように笑った。「ほら、見てみなさいよ。賀来柊也なんていうゴミを捨てたら、世の中にはこんなに男が溢れてるのよ。たかが一人の男に絶望して、心を閉ざすなんてもったいないでしょ」そこまで言って、ミキは眉をひそめる。「ま、今寄ってきた連中は論外だけどね。どいつもこいつもパッとしないし。どうせなら、あの賀来よりいい男じゃないと」言いながら、ミキは自分で自分の首を絞めたことに気づいた。顔がよくて、金持ちで、賀来柊也以上の男?……悔しいけれど、探すのは砂漠でダイヤモンドを見つけるより難しそうだ。「ま、とりあえず飲もうか」気まずさを誤魔化すようにグラスを持ち上げかけた時、ウェイターがうやうやしく二つのカクテルをテーブルに置いた。「こちら、坂崎様より。江崎様とお連れ様へのプレゼントです。『ウィンストン』でございます」「坂崎?」ミキが怪訝な顔をする。「取引先のトップよ」詩織が答えると、ミキは目を丸くしてグラスを持ち上げた。「へえ、太っ腹じゃない。これ一杯でブランドバッグが買えちゃう値段よ」詩織はミキの軽口をスルーし、ウェイターに尋ねる。「坂崎さんはどこに?」示された方向を見ると、VIP席で坂崎譲が優雅にグラスを掲げていた。詩織も礼儀として、軽く会釈をしてグラスを持ち上げる。ミキがニヤニヤしながら身を乗り出した。「ちょっと、なかなかいい男じゃない。160万円のカクテルをポンと出せる財力もあるし、狙い目なんじゃないの」詩織は一口だけ口をつけると、冷めた声で言った。「彼は、賀来柊也の幼馴染よ」「……うわ、最悪」ミキの表情が一瞬で般若
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第259話

「酒にするか、水にするか」譲が尋ねる。「水を頼む」譲は自分のグラスにウイスキーを注ぎ、琥珀色の液体をゆっくりと揺らしながら、何でもないことのように口を開いた。「さっき外で、詩織さんを見かけたよ。友人と飲んでたから、一杯奢っておいた」太一の手が止まる。「……おい、さっきあいつが言ってた『極上の女』って、まさか」「たぶんな」太一は気まずそうに口をつぐんだ。柊也は表情一つ変えず、ただ黙って水を飲み干す。そして、無言のまま立ち上がると、「電話だ」と言い残して部屋を出て行った。一方、トイレから戻ってきたミキは、般若のような形相をしていた。「どうしたの?」詩織が尋ねると、ミキは忌々しげに吐き捨てた。「賀来の野郎に会ったわ」詩織は苦笑し、まるで他人事のように親友をなだめる。「会ったからってどうってことないじゃない。赤の他人のせいで、せっかくの楽しいお酒を台無しにするこたぁないわ」「……腹が立つのよ」ミキはギリリと奥歯を噛み締めた。忘れもしない。病院のベッドで、蝋人形のように生気を失っていた詩織の姿を。医師は言った。子供を失っただけでなく、母体である詩織の命さえ危なかったと。あの地獄のような苦しみはすべて、賀来柊也がもたらしたものだ。それなのに、なぜあの男だけがのうのうと幸せになれるのか。詩織をあんな目に遭わせておきながら、なぜ平気な顔で初恋の人とヨリを戻せるのか。許せない。絶対に。「もう終わったことよ」詩織の声は、あまりに凪いでいて、透き通った水のようだった。終わったこと。たった一言で片付けるには、あまりに重すぎる言葉だ。七年。それは決して短い歳月ではない。どれほど心を切り刻み、どれほど血を流せば、過去を「終わったこと」として処理できるのだろうか。「ちょっとお腹痛いかも。もう一回トイレ行ってくる」ミキはグラスをドンと置くと、再び席を立った。食あたりでも起こしたのかと心配になり、詩織はメッセージを送るが、一向に既読がつかない。胸騒ぎを覚えた詩織は、ミキを探しに行くことにした。トイレへ向かう途中、個室エリアの方から騒がしい物音が聞こえてきた。続いて聞こえてきたのは、ミキの金切り声だ。詩織の背筋が凍りつく。まさか。彼女は慌てて声のする方向へ駆け出した。ドアを開けた瞬間
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第260話

ミキは怒りに任せて、全てをぶちまけようとした。だが、その唇を詩織の手のひらが強く塞ぐ。詩織の表情は、不気味なほどに凪いでいた。まるで感情が抜け落ちたかのように冷静だ。「酔っ払いの戯言よ。訴えたければ好きにすればいい」言うなり、柊也の反応など待たずにミキの手を取り、強引に出口へと向かう。だが、数歩も行かないうちに、背後から腕を掴まれた。「説明しろ。俺が何の命を奪ったって言うんだ」柊也の声が、震えているように聞こえたのは気のせいだろうか。詩織は振り返り、彼を見据える。その瞳の奥には、鋭利な刃物のような感情が渦巻いている。「……本気で、知りたいの」詩織の腕を掴む柊也の手が、強くなったり、弱くなったりを繰り返す。まるで、真実を知ることを恐れ、葛藤しているかのように。詩織の口元に、冷笑が浮かんだ。「ほらね。やっぱり知りたくないんじゃない。あなたに知る資格なんてないわ」詩織がミキを連れて去った後、個室には重苦しい沈黙が広がる。太一は何度か口を開きかけたが、結局何も言えずに押し黙った。十分後、柊也は上着をひったくると、弾かれたように部屋を飛び出していった。一部始終を見ていた譲は、グラスに残った最後の一滴を飲み干すと、頬杖をついて太一に尋ねる。「なぁ。柊也が本当に愛してるのは、一体どっちなんだろうな」太一は迷わず答える。「そりゃ、志帆ちゃんに決まってんだろ」ずっと近くで彼を見てきた自分が言うのだから間違いない、とでも言うように。ミキは詩織ほど酒に強くない。マンションに戻るなり、強烈な睡魔に襲われてベッドに沈んだ。対照的に、詩織の目は冴え渡っていた。脳裏を様々な記憶が明滅する。けれどそれらは泡沫のように儚く、掴まえようとするとすぐに消えてしまう。ミキを起こすまいと、詩織はそっとベッドを抜け出し、ベランダへ出た。いつの間にか雨が降り出している。しとしとと降る雨が街路樹の葉を叩き、静かなリズムを刻んでいた。湿気を含んだ夜風が、ただでさえ重たい気分をさらに沈ませる。部屋に戻ろうとした時、ふと通りの方へ視線を落とすと、見覚えのあるシルバーのマイバッハが停まっていた。人目を避けるようにひっそりと停められている。風雨が強まらなければ、気づかなかったかもしれない。街灯の淡い光の中に、一本の木の下に佇
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