Semua Bab 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した: Bab 261 - Bab 270

373 Bab

第261話

『エイジア・ハイテック』側との交渉の末、今後は誠意を持って連携するという確約を取り付けることができた。午後、詩織が自社に戻ると、密が弾んだ声で報告に来た。「詩織さん、新居の件、バッチリ決めておきました!」あまりの早業に、詩織も思わず目を丸くする。密は得意げに胸を張った。「詩織さんのことですから、近いうちに絶対引っ越すだろうなと思って、ずっと網を張ってたんです」終業後、早速内見に向かった。案内されたのは、詩織好みの広々としたフラットタイプの高級マンションだ。密の情報によれば、元々はオーナーが息子の新居用にリノベーションした物件らしい。ところが、肝心の息子がカミングアウトしてしまい、結婚話は破談。激怒したオーナーは即座に売りに出したが、あいにくの不動産不況で買い手がつかず、やむなく破格の家賃で賃貸に出したのだとか。以前住んでいた手狭な部屋の倍の家賃で、この眺望と真新しい内装の大邸宅が手に入る。詩織は一目で気に入り、その場で契約を決めた。引越しは、絶好の「断捨離」の機会でもあった。思い出の品々を次々とゴミ袋へ放り込んでいくと、不思議なほど心が軽くなっていくのを感じた。土曜の早朝、密が手配した引越し業者が到着し、荷物の搬出が始まった。トラックへの積み込みが完了すると、詩織は密に先に新居へ向かうよう指示を出す。「ちょっと片付けたいものがあるから、私は後で行くわ」「どこへ行かれるんですか?」「……ちょっとそこまで」密を送り出した後、詩織は一人、マンションの裏手にある人造湖へと向かった。距離にして数分もかからない場所だが、足取りは鉛のように重く、長い長い旅路のように感じられた。空はどんよりと曇り、肌寒い風が吹いている。詩織は湖のほとりに立ち、しばらく水面を見つめていた。やがて、ずっと手の中に握りしめていた「あるもの」を振りかぶり、湖の彼方へ向かって力一杯投げ捨てた。ぽちゃん、と小さな水音がして、波紋が広がる。それは、彼女と賀来柊也を結ぶ、最後の「証」だった。そして、彼が永遠に知ることのない秘密でもあった。……三月も半ばを過ぎ、うららかな春の日差しが街を包み込んでいる。詩織と智也は、行政が主催する第一四半期の経済協議会に招かれ、会場へと足を運んだ。ホールに足を踏み入れるなり、知っ
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第262話

そんな空気を察してか、太一が横から口を挟んだ。「サカザキと『ココロ』が最近組んだばかりだろ?譲の兄貴、仕事の話があるんじゃねーの。結構話し込んでるし」その言葉に、志帆は興味なさげに視線を外した。考えすぎだったようだ。譲も太一と同じで、詩織のことを快く思っていないはずだ。第一、詩織のような家柄の悪い女は、自分たちのような上流サークルにはふさわしくない。いくら詩織の見た目が良くても、譲が彼女に本気の興味を持つはずがないのだ。あくまでビジネス上のパートナーとして、社交辞令で接しているに過ぎない。裏では見向きもしないだろう。露骨に不機嫌になった美穂をなんとかなだめていると、ちょうど譲が戻ってきた。本音を言えば、譲はもう少し詩織と話していたかったのだが、彼女があまりに多忙で次々と人が挨拶に来るため、独占していては邪魔になると空気を読んで引き上げてきたのだ。志帆の顔を見ると、譲は軽く挨拶をして尋ねた。「柊也の具合はどうなんだ?」「一度は回復しかけてたんだけど、またぶり返しちゃって。今は病院で点滴中よ。とても出席できる状態じゃないから、私が代わりに来たの」譲が眉根を寄せる。「どういうことだ?ただ雨に濡れただけで、そんなに長引くもんか?」志帆が答えようとした矢先、また別の声が彼女に向けられた。「先輩」悠人だった。志帆は意外そうな表情を浮かべた。「どうしてここに?」「会議に参加しに来たんだよ」悠人はこともなげに答える。「神宮寺グループって、江ノ本市にも拠点があったかしら?」「まあ、少しだけどね。今年はもう少し投資を増やそうかと考えてる」その言葉に、志帆がぱっと目を輝かせた。「それなら、後でじっくりお話ししましょうよ。一緒にできる案件があるかもしれないわ」「いいよ」悠人は間髪を入れずに頷いた。会議が始まる直前、志帆は化粧直しのために洗面所へ向かった。ついてきた美穂が、興味津々といった様子で尋ねる。「お姉ちゃん、あの神宮寺さんってお姉ちゃんのこと好きなんじゃない?」志帆は鏡に向かって丁寧にリップを塗り直し、唇の色味を確かめてから口を開いた。「ビジネススクールに通ってた頃、彼に言い寄られたことはあったわね」「で、付き合ったの?」「まさか」志帆は首を横に振る。「あの頃は京介と付き合
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第263話

「謝罪させたときは、借りてきた猫みたいに大人しかったじゃない?」詩織が放つ冷徹な威圧感には、人を瞬時に竦ませる迫力があった。元々、志帆の威光を笠に着ていただけの美穂は、詩織に切り返されて唇を噛み、押し黙ってしまった。この間撮られた謝罪動画をまだ詩織が握っているからだ。もし詩織を本気で怒らせてあの動画をばら撒かれたら、もう表を歩けない。すがるような目で志帆を見上げる。志帆は美穂の腕を引いた。「行きましょう。騒ぎを起こさないで」今日はあくまで柊也の代理として来ているのだ。ここで揉め事を起こせば、彼の顔に泥を塗ることになる。ここは事を荒立てず、やり過ごすのが賢明だ。志帆は美穂を促してその場を去り、詩織との衝突を避けた。遠巻きにこちらの様子を窺っていた悠人は、詳しい事情こそ分からなかったものの、志帆が何かトラブルに巻き込まれたのだと察し、すぐに駆け寄ってきた。「先輩、大丈夫?手貸そうか」志帆は首を横に振る。「いいの。ちょっと厄介な人に絡まれただけだから、相手にしないのが一番よ」悠人は詩織の方へ視線を投げた。その瞳には、鋭い敵意が宿っていた。「行こうか。もう始まるよ」詩織へ警告めいた鋭い視線を送った直後、悠人は打って変わって穏やかな声で志帆を促した。「ええ」座席は事務局によってあらかじめ指定されており、地元の大手有力企業が最前列を占めるのは当然の配置だった。エイジアの代理として出席している志帆の席も、当然のごとく最前列に用意されている。そのすぐ後ろ、二列目に詩織と智也の席があった。偶然にも、詩織の隣は神宮寺悠人の席となっていた。着席した際、詩織は隣に置かれた悠人のネームプレートを目にし、ふと考える。潤が言っていた「ジングウジ」というのは、この人物のことだろうか。ほどなくして、悠人が会場に現れた。自分の席を見つけた彼は、隣に座っているのが詩織だと気づくや否や、露骨に眉をしかめる。ほんの二秒ほど考える素振りを見せた後、彼は自分のプレートを手に取り、反対側の席の人物と強引に場所を入れ替わってしまった。あからさまに詩織を避けたのだ。詩織は別のことに気を取られており、その一部始終には気づかなかった。会議が始まって初めて、隣の人間が入れ替わっていることに気がついた。視線を向ける
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第264話

向こうで私的な話題で盛り上がっていることなど、詩織は知る由もない。彼女の周りでは、ひたすらにビジネスの話題が交わされていた。賢の話によれば、行政と江ノ本商工連合会が合同でスタートアップコンテストを開催するという。優勝すれば、行政からの手厚い支援が受けられるとのことだった。詩織はたちまち興味を抱き、賢に詳細を尋ね、熱心に情報を引き出していった。その様子を遠巻きに見ていた譲は、たとえ仕事の話であっても詩織と言葉を交わしたかったのだが、彼女が賢との会話に没頭しているため、入り込む隙がない。譲は諦めてため息をつき、太一を探そうと踵を返した。その時、頬を赤らめた美穂が目の前に現れ、緑茶のペットボトルを差し出してきた。「坂崎さん、これどうぞ」「悪いね、緑茶は好きじゃないんだ」譲はやんわりと断る。美穂は慌てて食い下がった。「じゃあ何がいいですか?私、取ってきます!」「喉は乾いてないよ」「じゃあ、少しお話しさせてください」譲はあからさまに眉を寄せた。「ごめん、忙しい」美穂の返事を待たず、譲はその場を立ち去った。志帆の従妹でなければ、相手にすらしていないところだ。太一は一人、窓際で外を眺めていた。いつもの軽薄さは消え、その顔には珍しく沈鬱な色が滲んでいる。譲が声をかけた。「どうした?」「親父も大変だったんだなって、つくづく思ってさ」太一が吐き捨てるように言う。「こんな退屈な会議、俺なら三年も持たねーよ。それを親父は三十年も続けてきたんだからな。それに、会社やるのってマジでむずい。毎日あのわけわかんねー数字の羅列見てるだけで頭おかしくなりそうだ」こればかりは、譲にもどうしてやることもできない。「まあ、焦らずやっていくしかないさ」「俺さ、ちょっと思ったんだけど……江崎ってすげーよな」太一の視線の先には、詩織がいた。物怖じすることなく社交をこなし、笑顔で談笑し、ビジネスの世界を悠々と泳ぐ彼女の姿。「今ごろ気づいたのか?」譲もまた、詩織を見つめていた。その瞳には隠しきれない好意と敬意が滲んでいる。「あの子は他の女とは違うよ」一拍おいて、譲は繰り返した。「まるで違う」二人が詩織に見惚れている間、すぐ近くに美穂が立っていることには気づかなかった。彼女の手の中で、コーヒーのペットボトルが不快な音
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第265話

「あのさ、よかったらこの後、食事でもどうかな」賢が自然な流れで誘う。「すみません、今日は生憎と先約がありまして」「……そっか。じゃあ、また今度」賢が残念そうに肩を落としたとき、ちょうど打ち合わせを終えた智也が戻ってきた。彼は慣れた手つきで詩織のバッグを持ち、飲みかけのペットボトルを預かる。そのあまりに自然で、細やかな気遣いに満ちた振る舞いに、賢は思わず智也を凝視した。視線を感じた智也が振り返る。二人の男の視線が交錯する。言葉はなくとも、互いが抱く感情の機微を、男たちは瞬時に悟っていた。詩織が帰ろうとする素振りを見せると、譲が早足で駆け寄ってきた。「これから食事でもどう?ついでに提携の話も詰めたいんだけど」普段であれば、仕事の鬼である詩織は二つ返事で承諾していただろう。それは譲がこれまでの経験から導き出した、彼女を誘い出すための必勝パターンだった。「仕事」という餌さえ撒けば、詩織は決して拒まない。だが今回に限って、詩織の答えは明確な「NO」だった。「ごめんなさい、今夜は約束があるの。また今度にして」譲は落胆の色を隠せなかったが、引き下がるしかなかった。「……そうか、分かった。じゃあまた」去りゆく譲の背中を見送りながら、側にいた賢の眉間にはさらに深い皺が刻まれていた。詩織と智也が会場を出ようとしたその時、入口で一台の車から降りてくる人物と鉢合わせた。志帆を迎えに来た柊也だった。智也は一瞬足を止め、反射的に隣の詩織を盗み見る。けれど詩織は、視線を向けることすらしなかった。歩調ひとつ乱さず、表情ひとつ変えず。ただ真っ直ぐ前だけを見据えて通り過ぎていく。まるで赤の他人のように。交わることのない平行線のように。住む世界の違う人間であるかのように。智也は慌てて詩織の後を追い、並んで会場を後にした。少し遅れて、譲や志帆たちの一行も外へ出てきた。エントランスで待つ柊也の姿を見つけるなり、志帆は弾むような足取りで駆け寄る。その口からは、彼を案じる言葉が溢れ出た。「来なくていいって言ったのに。病み上がりなんだから、風に当たっちゃダメじゃない」「平気だ」答える柊也の声は掠れ、言葉の端々には重い咳が混じっている。それを見た譲が呆れたように言った。「どうなってるんだよ、随分とやつれたな」
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第266話

「だからこそよ。私たち抜きで二人きりのデートを楽しんできたら?」それが自分たちに気を使ってのことだと察した志帆は、素直に提案に乗ることにした。「分かったわ。じゃあ二人でゆっくり楽しんで。私たちは少し外を回ってくる」柊也に異存はなかった。彼はいつでも、志帆の意向を最優先にしている。二人きりになる直前、佳乃はこっそりと志帆にあるものを手渡した。中身を確認した志帆の顔が、とたんに赤く染まる。「お母さん!」「備えあれば憂いなし、よ」佳乃が意味ありげにウィンクする。志帆は仕方なくそれをバッグに忍ばせ、両親に別れを告げて柊也と連れ立って出て行った。子供たちがいなくなると、佳乃の顔から笑顔が消え失せた。先ほど長昭が作ってくれたタレを邪険に押しやり、尋問するような口調で詰め寄る。「言いなさいよ。どうして急に鍋なんて食べたくなったわけ」長昭は平然と具材を箸でつかみ、ゆっくりと咀嚼してから答えた。「食べたかったから食べただけだ。理由なんてない」佳乃は夫を凝視し、その真意を探ろうとする。しかし長昭はあくまで平静を装い、食事に専念している。ついに佳乃は、苛立ちを隠さずに警告した。「あなたが何を考えているか知らないとでも思ってるの。今の地位があるのは誰のおかげか、忘れないことね」……詩織は初恵を連れ、馴染みの薬膳スープの店へとやってきた。しかし食事の間中、母の様子がおかしいことに気づく。どこか上の空で、心ここにあらずといった風情なのだ。具合でも悪いのかと尋ねてみる。「なんでもないわよ、元気そのものじゃない。検査結果だって見たでしょう?」初恵は慌てて否定した。「じゃあ、どうしてそんなにボっとしてるの?あのお店を出てからずっと変よ」「考えすぎよ」詩織も、それがただの考えすぎであってくれればいいと願った。食事が終わり、詩織が会計をしようと店員を呼ぶと、既に「シノミヤ様」という男性が支払いを済ませていると告げられた。すぐに賢のことだと察し、詩織は礼のメッセージを送る。賢からは、ちょうど友人と利用していて詩織を見かけたので一緒に済ませておいた、と返信があった。母親と食事中だと気づき、あえて声をかけずに去ったようだ。相変わらず、どこまでもスマートで紳士的な振る舞いだ。初恵も興味津々といった様子で問い詰
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第267話

待ち合わせ場所に現れた二人を見て、詩織は沙羅がまた男を替えたことを察した。今回の相手は、これまでとは毛色が違う。いわゆる「ワイルド系」の年下男子だ。まだ夏でもないのに、男はタンクトップ一枚というラフな恰好で、その野性味あふれる肉体をこれでもかと見せつけている。はち切れんばかりの大胸筋ときたら……女であるこちらが気後れしてしまいそうなほどだ。沙羅はビジネスパートナーである詩織の目の前でも、欲望を隠そうとはしない。個室に入るやいなや、彼女は男の太ももの上にどかっと腰を下ろし、間髪入れずに濃厚なディープキスを始めた。沙羅の奔放な恋愛遍歴には慣れっこの詩織だが、さすがに目の前で繰り広げられる情事には居心地が悪い。「……悪いけど、一本電話入れてくる」詩織はそう言い訳をして、逃げるように部屋を出た。中の熱気が冷めるまで時間を潰そうと、彼女は廊下の隅で松岡潤に連絡を入れ、そのまま電話会議を始めた。一方、別の個室では、美穂がふてくされた顔でソファに沈み込んでいた。お目当ての坂崎譲に相手にされず、虫の居所が悪いのだ。彼女は自分の遊び友達を呼び寄せて豪遊していたが、その支払いはすべて「エイジア」の経費につけている。これが初めてではない。柊也は志帆の顔を立て、美穂の散財を見て見ぬふりをしてきた。それをいいことに美穂はどんどん図に乗り、友達と遊ぶ時は決まって最高級の店を選ぶようになっていた。酒も料理も最高ランクのものばかり。おかげで彼女の周りには、金目当ての取り巻きが群がるようになった。彼らはこぞって美穂をおだて上げる。美穂はその女王様のような気分が心地よくて、機嫌が良くても悪くても、彼らに奢り続けているのだ。もちろん今日は、機嫌が悪い日だった。理由は単純、譲が自分に振り向かないからだ。取り巻きたちは必死になって彼女のご機嫌取りをする。男なんて星の数ほどいる、次に行けばいいと。「あんたたちに何が分かるのよ!譲さんのスペックは最高なんだから、他の男での代わりなんて務まらないわ」「じゃあ、落とせばいいじゃん」美穂は憎々しげに吐き捨てた。「でも、あの泥棒猫に夢中なのよ!私のことなんて見てもくれないんだから」「へえ……じゃあ俺らが代わりに、その女に焼きを入れてやろうか」この連中は普段から半グレのような真似をしていて、裏
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第268話

詩織が三十分ほど通話を終えて個室に戻ると、沙羅はまだ年下の彼と熱烈に唇を重ねていた。二人の服は乱れ、熱気が部屋に充満している。だが、そこは経験豊富な沙羅のこと、感情に溺れているように見えて、実は相手よりずっと冷静だった。彼女は絶妙なタイミングで男を押しのけると、はだけた服を直しながら言った。「江崎さんと大事な話があるの。悪いけど外で遊んできてくれる?好きなもの頼んでいいから。私のツケで」「ううん、あの子の分は私の支払いにして」詩織がすぐに口を挟んだ。今日のホストは自分だ。最低限の気遣いは見せなければならない。「ほら、行って」沙羅は笑顔で男を送り出し、彼が出ていくのを見届けてから、気だるげにグラスを傾けた。「若いっていいわねえ。一日中、体力が有り余ってるんだから」詩織は、息をするようにきわどい会話を振ってくる沙羅のペースにはもう慣れている。こういう時は大抵、曖昧に笑って聞き流すのが常だ。ただ、たまには言葉を返すこともある。「今回の子、前回よりさらに若くない?」「んー、あの子はハタチになったばかりよ」沙羅は細い煙草に火をつけ、ゆったりと紫煙をくゆらせた。詩織は頭の中でこっそりと計算してみる。今回は、二十二歳差か。沙羅は詩織の思考を見透かしたように、にやりと笑った。「お互い、一番盛りのつく年齢で出会ったってわけ。お似合いでしょう」さすがにその切り返しには言葉が詰まる。ちょうどボーイが酒を運んできたのを幸いに、詩織は乾杯を促して話題を変えた。沙羅は詩織の仕事ぶりを全面的に信頼しており、自分でも状況は把握しているため、プロジェクトの進捗について野暮な追及はしてこない。最後の一口を吸い終え、灰皿に吸い殻を押し付けながら、沙羅はふいに尋ねた。「そういえば、賀来社長が婚約するって本当?」詩織は少し考えてから答えた。「桐島さんの耳にまで入ってるなら、本当なんでしょうね」沙羅は探るような視線を詩織に向ける。「で、どう思ってるの」「どうも何も……対岸の火事を見るようなものよ」沙羅は声を上げて笑った。「その様子なら大丈夫そうね。安心したわ。男なんて掃いて捨てるほどいるんだから、過去に縛られる必要なんてないのよ。もしあの男が復縁を迫ってきたとしても、振り返っちゃダメよ」「心配しすぎよ。向こうが復縁なんて言
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第269話

志帆が誘えば、柊也は二つ返事で承諾した。食事が済み次第向かうから、先に太一たちと飲んでいてくれとのことだ。ラウンジに到着する直前、美穂からメッセージが届いた。【ショータイムの準備完了!】その短い一文だけで、志帆の胸は高鳴った。メッセージを送信し終えた美穂は、念を押すように仲間に確認した。「本当に大丈夫なんでしょうね」「絶対確実だっての。なんせ海外製の劇薬だぜ。どんな堅物の処女だって、これを飲めば尻軽女に早変わりさ」その言葉に嘘はないだろう。美穂の友人は普段からこの手の怪しげな薬物を調達するのが得意で、それを使って何人もの女を食い物にしてきた常習犯だ。失敗したという話は聞いたことがない。おまけに今回、詩織には致死量ギリギリの倍量を使っている。彼女が今すぐ死なない限り、薬の効果からは逃れられないはずだ。「それと、絶対に動画を撮るのを忘れないでよ」美穂は強く念を押した。かつて詩織は、美穂の謝罪動画をネタに脅してきた。ならば目には目を、歯には歯をだ。自分も彼女の醜態を録画し、弱みとして握ってやる。気に入らないことがあったり、ムシャクシャしたりした時に、その動画をネットにばら撒けばいい。そうすれば江崎詩織の社会的地位は失墜し、一生顔を上げて歩けないようにしてやれるのだ。詩織が自分の足元にひざまずき、泣き叫んで許しを乞う姿を想像するだけで、胸のつかえが下りるようだ。これまで彼女に煮え湯を飲まされてきた恨みを、ようやく晴らすことができる。「手筈は整ってるよ。万事抜かりなし」美穂の仲間である男の本音としては、詩織に対してよからぬ下心が働いてはいた。あれほどの美人は滅多にいない。あんな極上の女を抱けたらどんなにいいか、と喉が鳴るほどだ。しかし、美穂が詩織を蛇蝎のごとく嫌っているのは周知の事実だ。下手なことを口走ってスポンサー様のご機嫌を損ねるわけにはいかない。今後も美穂の金で旨い汁を吸い続けるためには、ここは我慢のしどころだ。せいぜい、あとで動画のコピーをこっそり保存して、個人的に楽しむくらいにしておこう。……薄暗い部屋の中で、詩織は全身を火で炙られるような苦しみにのたうち回っていた。思考も理性も完全にショートし、薬物がもたらす衝動だけが身体を支配している。彼女は喉の渇きに喘ぎなが
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第270話

言い終わるや否や、唇を塞がれた。思考がまた霧散していく……自分という存在が大海原に投げ出され、荒波に揉まれてただ漂う小舟になったようだった。どれほどの時間が過ぎただろうか。詩織はベッドの上で手探りを続けながら、うわごとのように呟いた。「携帯……どこいったの」「携帯なんて探してどうするんだ」「送金、しなきゃ」タダで寝るわけにはいかないじゃない。すると、男が低く笑ったような気がした。彼の吐息はいっそう熱を帯び、重くなっていく。「いいさ。俺はお前の専属だからな。指名料なんて永久にいらないよ」言い終わると同時に、男は覆いかぶさるように唇を重ねてきた。彼の舌が詩織の舌と絡み合い、ゆっくりと、しかし確実に深みへと誘っていく。理性を失っていたのは、詩織だけではなかったようだ。男もまた激情に身を任せ、その愛撫は荒削りで乱暴ですらある。詩織はたまらず、彼の背中に爪を立てた。「んっ……もうちょっと、優しくして」あまりにご無沙汰だった身体には、薬の助けがあったとしても刺激が強すぎる。……志帆が店に到着すると、美穂がわざわざ玄関まで出迎えてくれた。志帆が一人で現れたのを見て、美穂は不満げに尋ねる。「あれ、柊也さんは?一緒じゃないの」この「ショー」は、何よりも柊也に見せるために用意したものだ。主役の観客がいなければ、すべてが徒労に終わってしまう。志帆は余裕の笑みで答えた。「彼ならもうすぐ着くわよ。ちょっと遅れてるだけだから心配しないで」「ならいいけど」美穂は志帆を連れ、予約しておいた個室へと向かった。最初に到着したのは太一だった。志帆直々の誘いとあって、駆けつけないわけにはいかない。部屋に入ってくるなり、彼はキョロキョロと辺りを見回した。「あれ、譲とか柊也は?」「柊也くんは向かってるわよ。譲は知らないけど」太一は首を傾げた。「あいつ、俺より近くにいたはずなんだけどな……先に着いてると思ったのに」「ちょっと電話してみるわ」太一はすぐに譲の携帯を鳴らした。しかし、コール音が虚しく鳴り続けるだけで、一向に応答がない。「変だなあ。何やってんだろ」太一はぶつぶつと独り言を漏らす。美穂もまた、譲に会えるのを楽しみにしていただけに気が気ではない。彼に連絡してよと志帆を急かした。志帆はそん
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