理事会の結果が学院中に伝わった午後。石造りの教室には、いつもの喧騒が戻りつつあった。窓際に座るトマスは、机に押しつけた拳を白くなるほど握りしめている。肩は落ち、背中は丸い。呼吸は浅く、力を込めるたびに指先が震えていた。視線は窓の外に向いているはずなのに、そこに何も映していない。彼だけが世界から切り離されたような沈黙が、席の周囲に漂っている。少し離れた場所から、マリナがその姿を見つめていた。口元に一瞬だけ笑みが浮かぶ。けれどそれは誰にも気づかれることなく消え、すぐに憂いを帯びた表情に変わった。足取りを静めて近づき、隣へ腰を下ろす。視線を落とし、呼吸を整えるように一拍置いてから声を落とした。「……カリダの推薦、通ったんでしょ? 保留が解除されたって聞いたわ」トマスは顔をわずかに上げる。掠れた声が漏れた。「ああ。……あいつはもう、大丈夫だ」「そう、よかった」それきり言葉は続かない。沈黙が長く降り、遠くのざわめきすら遠ざかっていくように思える。やがてトマスが視線を落としたまま、低く呟いた。「……お前は、大丈夫なのか?」問いかけにマリナは驚いたように瞬きをした。唇が一瞬震え、答えを探すように視線が揺れる。それでも小さく首を振り、柔らかく微笑んだ。「私のことなんていいの。心配するのは、あなたの方よ」「……俺は、何も守れなかった。レナータも、お前も……」その吐息は苦く、自嘲めいていた。マリナは力強く首を振り、彼を正面から見つめ返す。「……それでも、私はあなたを信じてる。ずっと」彼女の指先がそっと彼の手に触れる。冷たく硬いその感触に、ほんの一瞬ためらいが過ぎる。だが逃げずに握り込むと、トマスの指が震え、やがてぎゅっと握り返した。「…ありがとう…ごめんな…」崩れ落ちるような声。マリナは静かに首を振り、彼の肩に顔を寄せた。「謝らなくていい。私は、ずっと……あなたの味方だから」涙を浮かべているように見える横顔。その唇の端がわずかに吊り上がっていたことに、トマスは気づかなかった。廊下の影に立つレナータは、二人の姿を見つめて胸を押さえた。紅い瞳が揺れ、息が詰まり、指先が冷たくなる。必死に笑顔を作ろうとするが、唇は震えて形にならない。頬を伝う涙を慌てて拭きながら、喉の奥から掠れた声が漏れた。「私、何をやってるの……」低い呟きは、自分を責める刃と
Last Updated : 2025-09-03 Read more