「何人かの職員が辞めたのは事実だ。だが、それだけじゃない。中に一人、正義感の強いのがいてね。会社の体質をどうにかしようと、外に話を持ち出した奴がいたんだ」 宅間は口元をわずかに歪めた。 その表情にあるのは、嘲りと軽蔑──まるで正義感などというものが、いかに滑稽なのかを語っているかのようだ。「社員を救おうとしたのか、更なる被害者が出ないようにしたかったのか知らないが、本当に迷惑な奴だったよ。事実でもない話を並べ立てられて、名誉を傷つけられた」 リサは宅間の言葉を黙って聞きながら、内心で思考を巡らせた。──事実ではない、か…… その言い回しに、リサはため息を漏らしそうになるのを堪えた。宅間は、どこまでも自分の非を認めようとしない。たとえ何が起きようと、誰が傷つこうと、自分が“正しい側”であるという立場だけは、決して手放さないつもりなのだ。「こっちは散々争ったよ。侮辱罪と名誉毀損でね。いくつかは勝ち取ったが、それも私個人に対する発言だけだ。社内のことに関しては勝ち取ることが出来なかった。その結果、私はここにくる羽目になったというわけだ」 宅間は肩をすくめ、皮肉めいた笑みを浮かべた。「まあ、金を支払わせることができたんだから、私の勝ちと言っていい。あれはただの印象操作だな。悪意のある奴が勝手に騒いだだけだ」──この男は一体、何を言っているのだろう。 宅間は”侮辱罪と名誉毀損でいくつか勝ち取った”と言っている。しかし、それは宅間という人間に対して、誰かが何かしらの発言をしたというだけの話だ。 ここまで悪質な人物であれば、何かしら発言したくなるのも当然だろう。そのうちの一部が法的に行き過ぎと判断されたにすぎない。 社内での問題行動に関して、勝ち取ることができなかったのであれば、それはどう冷静に見ても敗訴だ。他の関係のないことで金を奪い取ることができたからといって、それが、どうして勝ちになるのか。 その論理の捻れ方に、リサは言いようのない寒気を覚えた。 やはり宅間は反省をしていない。 きっと今もなお、被害を受けた者や声を上げた者たちのことを、悪意を込めて周囲に吹聴して回っているに違いない。 自身の行動を正当化するためなら、他人を犠牲にすることも厭わない──そんな非情さが、この男にはある。 正義や真実など、宅間の関心にはない。この男にとって重要な
Last Updated : 2025-11-17 Read more