助手席にいる美咲が、膝元のスケッチブックに視線を落としている。 そこにはエミリアが感じ取った石場の姿──繊細で傷つきやすく、誰よりも孤独な魂の持ち主が記されている。「エミリアは彼の中にあるのは怪物じゃなくて、ただの迷子だと言っていた……。私は、それを信じたい。彼が今しようとしていることも、誰かを傷つけたいわけじゃなくて、ただ怯えている自分と両親を、静かな場所で休ませたいだけなんじゃないかって」 美咲の言葉は、希望というよりは悲痛な祈りに近い。その考えも確かに一理ある。その可能性を否定することはできない。 だが、もし石場が、純粋すぎるがゆえに壊れてしまった子供なのだとしたら……、その純粋さが凶器に変わる瞬間を、一体、誰が止められるというのか。 リサは、胸の奥がきゅっと縮むのを感じた。 やはり行かなければならない──その思いが、じわりと背骨の内側からせり上がってくる。 灰色のカーテンのような雨の向こうに、目的の場所が見えてきた。 雨の帳の向こうで、洋館の輪郭がゆっくりと形を帯びていく。道の両脇の木々が密度を増し、洋館へ導くように迫ってきた。 鬱蒼とした木立に囲まれた、古びた洋館── かつては裕福な家庭の象徴だったその家は、今は雨に打たれ、巨大な墓標のように静まり返っている。 門扉は開かれたままだった。 まるで、招き入れているかのように……「着いたわ」 リサはブレーキを踏んだ。 車は水飛沫を上げて砂利道に滑り込み、洋館の正面で停止した。 エンジンを切ると、途端に車内を支配していた機械音が消え、代わりに激しい雨音だけが四方から迫ってきた。 二人は無言で顔を見合わせた。 これから踏み込む場所には、二つの結末のどちらかが待っている。 彼がエミリアの信じた迷子として泣いているのか。 それとも、全てを終わらせた怪物として笑っているのか。「行きましょう」 リサがドアを開けた。 冷たい風雨が一気に吹き込み、二人の頬を叩く。 その冷たさに身震いしながらも、二人は洋館の扉へと向かって駆け出した。
最終更新日 : 2025-12-22 続きを読む