「この屋敷の名義人は染谷央介という男だ」烈生は何かがおかしくてたまらないというように、口元をわずかに吊り上げた。「秦家が抱えている、表に出せない資産の一つさ。たとえ九条正修が京市にある拠点をすべて封鎖したとしても、まさか俺がこんな場所に、お前のためだけの宮殿を築いているなんて思いもしないだろう」――染谷央介。奈穂はその名前を心の奥に刻み込んだ。「げほっ……ごほ、ごほっ!」激しい咳が会話を遮る。胃をえぐるような痛みに耐えきれず、奈穂は体を丸めた。これは演技ではない。冷たい海水にさらされたことで、もともとの胃の病が限界まで悪化していた。烈生の表情が初めて変わる。あからさまな動揺。長年かけて作り上げてきた「完璧な紳士」の仮面から、初めて焦りが覗いた。「医者だ!三原(みはら)先生を呼べ!」彼は扉の方に向かって声を張り上げた。奈穂はベッドの縁にもたれ、爪が食い込むほど強く掌を握り締める。――良かった。人の出入りがあるなら、この場所は完全な密室ではない。烈生がタオルを取りに離れた、その一瞬。奈穂は素早く部屋全体へ視線を走らせた。窓はない。換気口からはかなり強い風が流れ込んでいる。おそらくここは地下深く。金色の鎖はベッドの下で床に埋め込まれた固定金具につながっていた。ほどなくして烈生が戻り、温めたタオルを彼女の額にそっと当てた。「心配しなくていい。三原先生はすぐ来る。奈穂。ちゃんと薬を飲んでくれるなら、お前の望みは何でも叶えてあげる」「……陽の光が見たい」奈穂は目を閉じたまま、弱々しく呟く。だがその言葉は、相手を誘導するために計算されたものだった。「夕日でもいい。一目だけでも見たいの」烈生の体がぴくりと固まる。しかし次の瞬間には、穏やかな笑みを浮かべ、彼女の肩を優しく叩いた。「体調が戻ったら、その時に考えよう」……その頃、港の埠頭。正修は、すでに瓦礫と化した桟橋の前に立っていた。海風が黒いコートを激しく揺らす。普段なら決して揺らぐことのない自制心も、冷静さも、この瞬間には完全に崩れ去っていた。「社長……潜水班はもう三度捜索しましたが、潮の流れが速すぎます。水戸さんが転落した地点は……」二郎の声は震えていた。上司の顔を見ることすらできない。正修
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