「まずはご飯を食べろ。胃の痛みが治まらなければ、南郊に行くだけの体力も持たない」――南郊。その言葉を聞いて、奈穂はようやく口を開いた。温かな卵雑炊が喉を通り、冷え切っていた胃をゆっくりと包み込んでいく。正修が何かを隠していることは分かっていた。だからこそ、自分もまた何も言わなかった。あの光も届かない地下室で過ごした数時間。胃の痛みがぶり返すたびに、あるいは薬の作用で幻覚が襲ってくるたびに、奈穂は右手に握り込んだアルミ片を強く握り締めた。鋭い痛みだけが、自分を現実に繋ぎ止めてくれたからだ。そうして意識を保ち続けたからこそ、奈穂は烈生が暗証番号を入力するリズムを記憶し、一郎の手の震え方まで見逃さず、さらには烈生が運んでくる料理の一皿一皿が、自分の苦手な食材を寸分違わず避けていることにまで気づくことができた。奈穂が魚介類に含まれる特定のアミノ酸にアレルギー反応を示すことも、幼い頃の心の傷が原因で刻みネギを決して口にしないことも。水戸家でそのことを知っていたのは、両親だけだった。それなのに、烈生は知っていた。いや――あの日記を読んだ正景が知っていたのだ。奈穂は雑炊を飲み終えると、ゆっくりと顔を上げて正修を見つめた。その瞳に宿る鋭く苛烈な光を見た彼は、わずかに眉をひそめた。「正修。秦烈生は、自分の『コレクション』として私を閉じ込めていたんじゃない」彼女は静かに口を開く。その声は小さい。だが、死地をくぐり抜けた者だけが持つ確信に満ちていた。その時、病室のドアが静かにノックされた。君江が中に入ってくる。体に美しく沿う黒いトレンチコートをまとい、その眉間にはいつものように隙のない鋭さが宿っていた。奈穂にとって唯一無二の親友である君江は、この一件のために須藤家の情報網を総動員していた。「分かったわ」君江は正修をちらりと見やる。彼が止める様子がないことを確認すると、そのままファイルをベッドの上に放り出した。「橘由香が京市郊外で姿を消す前、最後に補給を受けた場所は『衆誠化学工業』だった。面白いことに、その工場は三年前に法人登記を抹消しているのに、実際の支配権は海外信託を経由していて、最終的な資金の流れはランシア国に辿り着く。しかも、その資金源は――九条家の長男が当時海外で動かしてい
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