俺は、ごく普通の高校生だった。これまでに、彼女ができたことも、ましてや仲の良い女子さえいなかった。だが、ある日を境に俺の人生はがらりと変わった。 普段は昼休みには教室で友人とくだらない話で盛り上がり、じゃれ合っているのだが、その日は、なぜだかそんな気分になれなかった。一人になりたくて、人影のない、今はもう使われていない屋上へ続く階段へと足を向けた。 埃っぽい空気が澱む薄暗い階段の吹き抜け。コンクリートの壁に背中を預け、膝を抱え込むようにして座り込んだ。ドクドクと心臓が鳴り響く。理由もなく、心臓が痛いほどに脈打っていた。 その時、頭上から澄んだ声が降ってきた。「そこにいるのは誰?」 声に驚いて顔を上げた瞬間、透明な何かに腕を掴まれたような感覚に襲われる。反射的に振り返ろうとすると、次の瞬間には足が宙に浮き、身体がフワリと軽くなった。風を切る音が耳元で鳴り響き、視界が上下逆さまになる。遠い空が目に飛び込んできた。それは、人生で初めて感じた浮遊感だった。 記憶が途切れる直前、俺は確信した。 ああ、俺は死んだんだ。 そう、ぼんやりと認識した途端、世界は一瞬にして色彩を失い、俺の意識は深い闇の中へと沈んでいった。 次に意識が戻ったのは、硬いコンクリートの上だった。 ふと気がつき、慌てて体を触って怪我をしていないかを確認する。背中と頭にわずかな痛みを感じた。頭にはヒリヒリとしたぶつけたような痛み、背中には床に打ち付けたようなジンジンする痛みが残っていた。それでも、それ以上の深刻な怪我はないようだった。「いってぇ……生きてたか。あぶねぇ。よくあの高さから落ちて無事で済んだな……」 階段の踊り場で上半身を起こして座り込み、背後にある落ちてきたであろう階段を見上げる。ごつんと頭を打った鈍い痛みがじんわりと広がっていくが、それ以外に大きな傷はないようだ。奇跡的な無事に感謝すると同時に、そのことに驚きを隠せない。 ぼんやりと天井を仰いでいると、なぜ自分がここにいるのかという疑問が、靄がかかったように頭の中に湧きあがってきた。「ふぅ……で、俺……なんで、こんなところにいるんだ? 別にイヤなことがあったわけでもないし。こんな寂しいところで何をする気だったんだ?」 彼は首を傾げつつも立ち上がり、ふらつく足元に少しだけ戸惑いながらも、教室へと戻ろうと歩き出した。
Terakhir Diperbarui : 2025-09-04 Baca selengkapnya