All Chapters of 昨日の花は燃えるように: Chapter 11 - Chapter 20

時生は神港市では地元の有力者だったが、他の街では権勢がなく、仕方なく列車に乗るしかなかった。雲里子の行方がわからなくなって以来、時生は一日も安眠できなかった。たとえ彼女の行き先がわかっても、道中ずっと目を閉じることはできなかった。過去の記憶が、まるで走馬灯のように頭の中で再生される。実は彼は、若い頃ずっと独身主義だった。雲里子と出会うまでは。彼女の短い髪は、あまりにもさっぱりとして特別だった。過去に彼の傍にいたありふれた女たちとは、まったく違っていた。雲里子をアプローチすることは、御曹司だった彼の人生で最大の困難だった。幾多の苦労を経て、ようやく雲里子を手に入れた。雲里子は故郷を離れ、彼と結婚した。そのとき、彼は自分に誓った――一生彼女を大切にすると。しかし、その後……依蘭のようなかつて軽蔑していたありふれた女性が、彼にとって致命的な魅力のある女性となった。一時の気の迷いで、彼は過ちを犯したのだ。時生は、雲里子が彼の浮気を知ったらどれほど傷つくだろうか、想像すらできなかった。半月前、彼女は離婚訴状を提出した。あれ以来、彼が目の前で演技しているのを見て、雲里子の心はどれほど痛んだことか！――なぜ雲里子は俺に平手打ちしなかったのか？雲里子は、こんな状況でもまだ俺を気遣ってる……今回会えたら、彼女にどれだけ叱られ、殴られようと構わない。ただ、許してくれるなら。まだチャンスがある！雲里子を家に連れ戻し、出産を支え、二人で再び幸せになれるのだ！時生は目を見開き、西市まで駆けつけたが、基地の大門の前で立ち止められた。彼はすべてのプライドを捨て、地面に跪いてでも懇願したい気持ちだった。「俺は夢藤雲里子の夫です！彼女は訓練に参加することに、俺の同意を得てません。会わせてください！」必死に絞り出すように言うと、ようやく護衛が伝言を届けてくれることになった。しばらくして、制服を着た女性が現れた。「こんにちは。私は夢藤くんの上司です。用件があればお話ください」時生は首を伸ばし、基地の中を見渡す。「雲里子に会わせてください！」女性長官は冷笑した。「失礼ですが、夢藤くんは現在、特級機密人材です。あなたには会う権限はありません」長官の鋭い眼差しに、いつも高慢な時生は、急に自信を失った。

「富士崎さん……」その呼称の冷たさと無情さに、時生の胸はぎゅっと締め付けられた。目の周りは赤く腫れ、彼は一粒の涙をこぼした。「雲里子……会いたくてたまらない」雲里子は眉をひそめ、時生の手を振り払った。「そんな呼び方、もうやめて！富士崎さん、ちゃんとフルネームで呼んでください」雲里子の表情は固く、隙がなく、以前よりも少し痩せたようにも見えた。時生は雲里子をじっと見つめ、胸が痛んだ。今は子どものことを持ち出すべきではない。もし雲里子は彼が妊娠を利用していると思ったら、取り返しのつかないことをしてしまうかもしれない。それだけは絶対にだめだ。時生はバッグから、京光市で買ってきたタコ焼きを取り出した。雲里子の大好物で、数日経っても抱きかかえて守ってきたため、見た目は新品同様だった。彼はタコ焼きを雲里子の手に差し出した。「雲里子、君が初めて俺と付き合うと承諾した時のこと、覚えてるか？」時生は思い出しながら、満足そうに微笑んだ。「そのとき、俺が捕まってしまったんだ。助けに来てくれたのは君で、今と同じように」あの時の雲里子は時生に心を動かされ、思わず駆け寄って抱きしめた。それが雲里子の人生で初めて心が震えた瞬間だった。忘れられるはずがない。しかし時は流れ、人も物も変わった。雲里子は手を上げ、タコ焼きを地面に投げつけた。表面はすぐに泥で覆われた。「だめ！」時生はすぐ跪き、拾い上げたが、タコ焼きはすでに汚れており、いくら拭いても元には戻らなかった。目を赤くして時生は雲里子の前に跪き、顔を上げて彼女を見つめ、哀願の目を向けた。「雲里子……俺が悪かった。お前に申し訳ない。どうかこんなに冷たくしないでくれ……一度だけ、チャンスをくれないか？」「冷たい？」雲里子は口の中でその言葉を噛みしめ、冷笑しながら時生をまっすぐ見据えた。「私に隠れて、他の女とベッドで絡んだ。それは冷たくないのか？瀬川に贈った花を、もう一度私に送った。それは冷たくないのか？朝音のためにお寺で修行するときも、こっそり瀬川と会ってた。それは冷たくないのか？何度も私を騙したとき、自分がどれだけ冷たいか考えたことあるのか？富士崎時生……先に冷たく裏切ったのはあなたでしょ！」雲里子は一言一句、容赦なく追い詰める。時

時生の目は美月から一瞬も逸れず、彼女のどんな反応も見逃さなかった。美月は慌てて、あの日の出来事を口にし始めた。時生は、雲里子があんな高い階段から落ちた話を聞き、眉を深く寄せた。美月は、時生の心中の怒りがどれほど深いかをよく理解していた。もし自分が親でなければ、その場で手を出していたかもしれない。しかし、依蘭のお腹にはまだ孫が宿っていた。時生が一時の激情で依蘭に手を出さないよう、美月は言い訳を重ねた。「実際のところ、あの時依蘭は夢藤を力づくで押したわけじゃないのよ。夢藤が自分で転んだだけなの。私たちは彼女が妊娠してるなんて知らなかったし、母親として自分のことを注意しなかった夢藤の責任でもあるわ。他人を責められない。それに、その日あなたのことを話した時、彼女は文句を言ってたわ。まるで前々から離れたいと思っていたかのように、『もう富士崎奥さんでいたくない』なんて言ってたの……あとね、その日夢藤を迎えに来たのは男だったわ。夢藤は先生と呼んでいたけど、二人の関係は異常に親しく見えたのよ……」美月は雲里子を貶めることばかり考え、自分と依蘭の責任を軽くしようとしていた。だが時生の表情はますます険しくなっていった。「もういい！」時生は美月を叱りつけ、突然家を飛び出した。美月はすぐに使用人に止めさせようとしたが、家にいる何十人もの者の中に時生を止められる者はいなかった。時生が勢いよく出て行くのを見て、美月は慌てて依蘭に電話をかけた。「依蘭、時生が戻ってきたの。でも今は怒りに任せてるから、馬鹿なことをしないか心配なの。先に隠れて身を守って、お腹の子を大事にして。時生が落ち着いたら、私がなんとかして連れてくるから」依蘭のお腹の子は富士崎家唯一の跡取りになる。絶対に何事もあってはならない。電話を切ると、美月は手元の数珠を揉み続けた。富士崎家はずっと子どもが少ない。美月が富士崎家に嫁いだ当時もあまり歓迎されなかったが、時生という賢い息子を産んだことで富士崎家に認められた。時生は幼い頃から祖父にかわいがられ、祖父のそばで育ったため、自然と祖父と親密だった。美月は実母でありながら、実の息子との間にわずかな隔たりがあった。しかし、母親として息子のことを考えないはずがない。時生はもう三十歳を過ぎ、子もいない。このまま

美月は依蘭の妊娠が嘘だったことを知ると、全ての力を失った。顔には後悔の色が浮かび、椅子に崩れ落ち、胸を打ち、地面を叩いた。「どうしてこの小娘に騙されてしまったのかしら……！」依蘭のせいで、雲里子のお腹の子――つまり彼女の本当の孫が失われたのだ。あの日、雲里子が彼女の目の前で流産したのに、すぐに病院へ連れて行かなかったことを思うと、美月は悔しくてたまらなかった。――もしあの時、依蘭の言うことを聞かなければ……もし雲里子をすぐ病院に送っていれば、孫は助かったのでは……？その思いが頭をよぎると、美月はすぐに立ち上がり、時生の袖をつかんだ。「時生、母さんも一緒に京光市へ行って雲里子を探しに行きましょう。もしかしたらお腹の子はまだ残ってるかもん、助かる可能性だってある。時生、雲里子に謝って、子どもを守るために連れ戻そう……」美月はあっさりと言った。まるで彼らが謝りさえすれば、かつて雲里子に降りかかった傷がすべて帳消しになるかのように時生は訳もなく怒り、美月に向かって叫んだ。「もう終わったんだ！すべて終わった！子どもはもういない！富士崎奥さんももういない！」「もういない……」美月はその言葉を呟き、あの日、血にまみれた雲里子の姿を思い出した。胸が締め付けられるように痛み、手元の数珠を手に取ろうとしたが、すでに切れてしまっていたことに気づく。その数珠は、雲里子が富士崎家に入った頃、美月と雲里子が一緒に寺に行って手に入れたものだった。その数珠を手に入れるために、雲里子は108段の階段を何百回も上下し、住職を説得して珠を授けてもらったのだ。住職は数珠を手渡す際、こう言った。「富士崎奥さんは珍しい純真で善良な人、富士崎家は本当に幸運です」しかし当時、美月は住職の言葉を軽んじていた。今この瞬間になって、ようやく後悔の念が胸に湧き上がった。胸が詰まり、数珠を握ることもできず、彼女は拳で時生の胸を打ち続けた。時生は生まれながらに富士崎家の後継者であり、美月は母親として一度も彼を殴ったことはなかった。しかし今、この悔恨を少しでも和らげるためには、時生を思い切り打つしかなかった。「なぜだ？なぜ浮気をしたんだ？雲里子に出会う前、あなたは家族に逆らって、ミス神港コンテストに出るような女はくだらないと言っていたじゃな

時生は雲里子にもう一度会い、直接謝罪したくてたまらなかった。「雲里子……君を傷つけた者はもう全員罰を受けた。もう一度、俺に笑ってくれないか？もし俺を罰したいなら、手で俺を殺しても構わない……！」彼は膝をつき、必死にそう懇願した。そのとき、軍服姿の雲里子が静かに彼の前に歩み寄り、微笑みを浮かべた。しかしその笑みの後、彼女は手に拳銃を掲げた。バン――銃声が響き、時生の心は深く貫かれた。血を流しながらも時生は雲里子に駆け寄り、最後の抱擁を交わそうとした……しかし夢から覚めると、時生の腕の中には冷たい空気しかなかった。雲里子がいなく、胸の奥の痛みだけが激しく締め付ける。その後数か月、時生は何度も雲里子を探しに行った。だが、京光市から西市まで、雲里子の消息は依然として掴めなかった。時生はもう雲里子に許しを求めることはせず、ただ生涯のうちにもう一度だけでも会えることを願うだけだった。雲里子に会えないため、彼は頻繁に京光市の雲里子の実家に顔を出すようになった。市販の最新家具をすべて車で夢藤家に運び入れると、隣人たちは好奇心から次々と出てきた。京光市の噂は神港市ほど早く伝わらず、素朴な隣人たちは雲里子がすでに離婚していることを知らなかった。時生が最近やたら顔を出し、しかも多くのものを夢藤家に贈るので、隣人たちは「なんて立派な婿だろう」と褒めた。ところが、雲里子の父は杖を振りかざした。若いころは砲手だった彼は、一撃必中で時生の頭を直撃した。額から血が一筋流れた。「出ていけ！お前のような婿は要らん！」雲里子の父は容赦なく、時生に家具をすべて持ち帰らせた。「お義父さん、俺は以前、間違いを犯しました。これはただ、わずかでも償いたいです。許しを求めるつもりはありません」時生は頭の傷も気にせず、夢藤家の門前で再び跪き、土下座した。家具は持ち帰らなかったが、彼が去った後、雲里子の父はその贈り物をすべて燃やした。火は一晩中、赤々と燃え続けた。遠くからその炎を見つめ、時生は心の中で思った――雲里子の性格は、この義父と同じだと。一度言ったら絶対に譲らない。その後、時生が夢藤家に行くと、隣人たちは自主的に彼を追い払い、団地の門前で止めるようになった。おそらく、雲里子の両親から時生の所業を聞いた