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第14話

Auteur: ありもも
「何だと?」

時生は石のように固まり、両手は震えた。「雲里子……どういうことだ?子どもがいなくなったって、どういう意味だ?」

彼しか雲里子の妊娠を知らなかったのに。雲里子自身もまだ気づいていないはずなのに、どうして子どもがいなくなるというのか!

時生は雲里子をじっと見つめた。しかし返ってきたのは、絶望に沈んだ瞳だけだった。

「時生……子どもがどうしていなくなったかは、神港市に戻ってあなたの母親とえ瀬川に聞いてみれば?」

その言葉を残すと、雲里子は振り返らずに去っていった。時生が我に返ると、雲里子はすでにかなり遠くまで歩いていた。

「雲里子!どういうことだ?俺たちの子どもは本当にいなくなったのか?」

時生は追いかけようとしたが、大柄の男が立ちはだかった。

以前、尋問を担当したあの若い男だった。

「どけ!雲里子に聞きたいことがある!」

時生は男を押しのけようとしたが、若い男の力は強く、時生が動く前に拳で時生の顔に打ち込んだ。

時生の顔はたちまち腫れ上がり、手で触れると血がべっとりとついた。

「何を聞きたいんだ?さっさと出て行け!また雲里子を泣かせたのか!」

男はそう言うと、さらに拳を繰り出した。

数人の護衛が来て止めるまで、攻撃は止まらなかった。

時生は怪我も顧みず、雲里子を追いかけた。

しかし、基地の中、どこも同じテントばかりで、雲里子の姿はどこにも見えなかった。

彼はいつもの手を使い、基地に居座ろうと考えた。

だがその夜、誰かがやってきて、雲里子はすでに基地を離れたと告げた。

「夢藤くんには他の訓練計画があり、ここから異動になった」

時生は発狂寸前で叫んだ。「雲里子はどこに行った?俺にはまだ聞きたいことがあるんだ!」

しかし来た者は余計な説明をせず、拳銃を机に置くだけだった。

表情は冷たく、厳しく言い放った。「富士崎さん、あなたに関与する権限はない。

どうしても夢藤くんが心配なら、任務を終えたときに会う機会があるかも」

時生の胸は悲痛でいっぱいだった。

彼は雲里子に危険を冒してほしくない。

ただかつてのように、富士崎奥さんとして平穏にいてほしいだけだった……

権力も金も、ここでは何の役にも立たない。

初めて味わう無力感。

時生は自分がまるで乞食のように感じた。

手にあるものは多くても、雲里子の一瞥すら乞うこ
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