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All Chapters of Dress Circle: Chapter 21 - Chapter 30

50 Chapters

#5

朝間は姿勢こそ崩さないものの、軽く両肩を上げた。一架の顎に触れるか触れないかの距離に手を伸ばし、静かに告げる。「一架は、寂しいんだね」「……っ」予想外の台詞が胸に突き刺さる。思わぬところから球を投げられ、否定より驚きが勝った。声も出ない。飲み物を飲んで喉はだいぶ潤ったはずだけど、ひどく枯れてしまったようだった。感情が心の中だけ泣き叫んでいる。不安、恐怖、怒りに悲しみ。そして隠しようのない孤独感。彼の言う通りなんだろうか?「……寂しい」味方が欲しい。自分を分かってくれる、自分を守ってくれる存在が欲しい。それは本心の気がした。今まで気にしたこともない“独り”が、今はどうしようもなく耐え難かった。胸の深いところで渦巻く黒い感情が、自分を支配している。常識や道徳は二の次で、ただ息しやすい場所まで浮上したい。その一心だけだ。つまり、傍にいてくれるなら誰でも良かった。朝間は前屈みになり、テーブルの下で一架に手を重ねる。つま先まで電流が走った。これは恐怖か高揚か。いまいち推し量れずにいると、彼は微笑を浮かべて指を絡ませてきた。「俺なら一架をひとりにしない。ずっと傍で、君だけを愛するって誓うよ」甘い言葉だ。乗っちゃいけないって分かってた。これは毒だ。それを知られないように丁寧にコーティングしている。見え透いた罠なのに、今は引っ掛かりたかった。めちゃくちゃにしてほしい。くだらないことを考える自分を壊して、離さないで。─────闇に吸い込まれるように、その夜は再び彼と顔を合わせた。あえて古く出入りが少なそうなホテルを選び、その一室に踏み入る。何でもない一歩だけど、また大変な一線を越えたようだった。俺は自分から望んでここへ来た。きっともう戻れない。柚のときみたいに、嫌々来るのとはワケが違う。地獄の入口を開けたと思って良かった。退路なんてなくて、先に進むしかない。奈落の底に落ちるしかないんだ。「おいで、一架」朝間はネクタイを外し、ダブルのベッドに腰を下ろした。迷ったものの、促されるまま彼の膝に座る。服は一枚一枚、丁寧に脱がされた。床に落ちる服から視線を外せない。もう何度も自分の裸を人に見られているけど、未だに慣れない。指先が震えてしまう。「ふふ。やっぱり一架は可愛いね」彼の指が唇をなぞり、胸に這う。すぐに閉じてしまう脚の間に潜
last updateLast Updated : 2025-10-12
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#6

「ああああ……いったああぁ……っ」翌朝、一架は腰に手を当てながら学校へ向かった。必死に痛みを耐えているが、気を抜くとふらつき、体幹が傾く。それに気付いた通行人とだけ、登校中に目が合った。今となってはどう思われてもいいぐらいに開き直っているけど。────昨夜、また朝間さんと寝てしまった。しかも最後まで。後悔は凄まじいが、思考を放棄する時間が欲しかったのは事実だ。“彼”のことを忘れさせてくれる存在なら何でも良かった。……なんて、とうとう落ちるところまで落ちたクソ人間の言い訳な気がする。目的も生き甲斐もなくしてしまった。こんな風に自分を変えたのは、一体誰なのか。「一架」それは彼しかいない。教室へ向かう途中の階段。その先で、見下ろすように立っている担任教師。「継美さん……」だから、何でいつも会いたくないタイミングで現れるんだ。心の中のみ毒を吐く。一架は俯いて手すりを掴んだ。のんびりと亀のようなペースでここまで来たが、一段一段上るたびに腰が痛むのだ。彼に近付きたくないという理由だけじゃなく、歩くペースは下がった。「いつにも増して顔色悪いぞ。大丈夫か?」「いつも、と何にも変わりません」本当は無視したいぐらいだけど、良心に負けて答える。すると彼はわざわざ階段を下り、目の前までやってきた。「また熱でもあるんじゃないのか」もう構わないでほしい。でも昨日あれだけ拒否ったのに普通に話しかけてくる神経は凄いと思った。大人の余裕か、教師の責務か。……真面目に考えていたけど、彼の腕が腰に回って悲鳴を上げてしまった。「ひゃ……っ!」本当に、そっと触れただけだ。それなのに電流が走ったかのような衝撃が全身を駆け巡る。「ちょっと、いきなり触んなよ……!」冷や汗をかきながら、涙目で訴えた。継美さんは唖然としたが、すぐ鋭い目つきに変わり、腕を掴んできた。「うわっ……」今度は歩き出した為、慌てて足を前に出す。無言で引き摺られることも恐ろしくて、軽くパニックになった。「ちょっと、何!?」こういう時に限って周りに人がいない。どれだけ騒いでも意味はなく、強引に男子トイレの中に連れ込まれた。奥へ移動し、個室の中に二人きり。継美は手早く鍵をかけると、一架を壁側に押しやった。朝にも関わらず、トイレの中は暗澹としている。まるで夜中のような不気味さに不安を覚え
last updateLast Updated : 2025-10-13
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#7

終わった。とうとう、痛くて重い恋人みたいな発言をしてしまった。まだ告白すらしてないってのに。やらかした気持ちが波のように押し寄せるけど、今さら戻れない。きっと極限まで引かれて、彼とは二度と普通に話せないと思う。俺のよく分からない片想いも、必死に守った高校生活も全て終わりだ。これからは柚に遊ばれて、朝間さんに抱かれるだけの日々が始まる。絶望して目の前が真っ暗になっていると、まぁまぁ痛いデコピンをされた。「い、痛い……」「馬鹿だなぁ、お前は。最初っからそう素直に言えばいいのに」継美さんは笑っている。てっきりドン引きされると思ったのに、真正面から俺の頬に手を添えてきた。「お前はこうやって触られることが嫌いだし、人と深く関わることも嫌いみたいだし。適度に距離をとるのは仕方ないだろ? そもそも俺は、お前に嫌われてると思ってたんだから」「……」確かに、最初の頃は本気で憎んでた。何回後ろから蹴り飛ばしてやろうと思ったか覚えてないぐらいだけど。「けど、それでも大きくなったお前が可愛くて、昔みたいに構おうとしちまった。謎に威勢よくて、生意気なところも好きだよ。俺としてはさっきみたいに本音を喚き散らしてくれた方が嬉しい」いつかの伊達メガネを、胸ポケットに差し込まれる。彼は確かに、昔と変わらない優しい声で囁いた。「ただの生徒なわけないだろう? もちろん、後輩でもない。お前は特別だよ」「特別……」「まー、元はと言えば変な性癖目覚めさせたのは俺だし? 責任とんなきゃなのかなって思ってさ」彼は存外真剣な顔で天井を見上げた。責任と言われると重い。彼の足枷になりたいわけじゃないから、小さなため息をついた。「つっ……付き合いたいとかじゃない」「本当に? 俺のことが好きなんだろ?」彼は冗談交じりに笑った。わざと自信満々に言ってるところが憎らしい。こうやっておどけて、感情を引き出そうとしてるのは分かる。要は煽ってるんだけど、それは昔彼から教わった手法だ。「一架。本当は、どうしたい」彼は自身の膝に手を当て、前に屈んだ。いつものように強引ではなく、むしろどんな答えも優しく受け止めようとしている。どうしたい……か。「俺……今は、継美さんが好き」「そうか」「でも嫌い」「どっちだよ」涙でぬれた目元がようやく乾いた。ホッとしてると、継美さんは何故か今さら
last updateLast Updated : 2025-10-14
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暗がりの

「あっ……あっ、あぁ……!」薄暗い照明。軋むベッド。喘ぐ女の人。いつからだろう。見ても聞いても、何の抵抗も感じなくなったのは。前の父親がホテルの経営を始めて、時折中に入れさせてもらうようになってから……だろうか。けど実際にはいつごろから慣れたのか思い出せない。ホテルには毎日たくさんの男女が二人組で入ってくる。同性の二人組はというと、知る限り見たことがない。異性でも同性でも、恋人のいない自分には関係ない話だ。大人は気が合ったら裸になる。どれだけ優しい言葉を並べても、どれだけ常識を振りかざしても、行き着くところは結局ここ。それは別に悪いことじゃない、と父は言った。抱き合うのは悪いことじゃない。でもその先のことは、抱き合った二人にも分からない。難しいな。よくわかんないけど────そういう世界もあるんだって、“俺”はとりあえず受け入れる方を選んだ。高城柚《たかじょうゆず》。テストの回答用紙に一番にそう書いて、思わず眉を顰める。この女みたいな名前が昔から嫌いだ。もっとも名前だけならともかく、この名前は自分の顔や声まで懇切丁寧に説明してしまっている。今年高校一年生になった柚はお世辞にも男らしいとは言えない、抽象的な容姿の少年だ。老若男女問わず、初めて会う人間からは可愛いね、と言われてきた。男子校に入ってからは尚さら、下手したら姫扱いされている。可愛い……。男にとってソレは褒め言葉じゃない。それでも話すキッカケとして、みんなそう言いながら自分に近付いてきた。単純。その意図がわかるから、俺も期待を裏切らないように努めた。眼鏡をかけて、髪も派手にはせず、極力目立たないように心掛けた。自分は無害だと案内する為に。実際はそんなことない。自慢して言えることじゃないけど、断言できる。俺は間違いなく有害な人間だ。「あっ。一架先輩、おはよーございます!」暇で暇で死にそうな高校生活は、最近ちょっと楽しい。ちょっとだけ、他とは変わった人を見つけたから。「げっ、柚……」朝の通学路で俺を見た瞬間、その人はウンザリした顔で振り返ってくれた。彼が俺のマイブーム、一架先輩だ。「お前っていつも笑顔でいいな。悩み事なんか一つもなさそう」「あはは。先輩、それは違うよ。俺は常に心に闇を抱えてるから」「そーだな。お前の内側は真っ黒だよ」先輩は見た目イケメンで成績
last updateLast Updated : 2025-10-15
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#1

一架先輩は変わった。視姦をやめたこともそうだし、もう俺がどれだけ誘ってもエッチは絶対に嫌がる。かといって他の男とシてるようにも見えないし、一体どうしたんだろう。……なんて、理由は明白。好きな人ができたに決まっている。ちょっと前に先輩が担任の先生と揉めてるところを見かけたから、彼と何かあったんだと踏んでいたけど、見張ってる限りじゃ全然分からない。先輩を“普通”にしちゃったのはどこの男か。そう考えていたとき、ふと隣を歩く柊先輩が目に入った。もしかして、この二人付き合ってる?────そんな疑念が頭をよぎった。「ははっ。……それはやっぱ、お互いに、もう隠すところがないだけだろうな。馬鹿なこともいっぱい見せてきたし、見栄張る必要もないってゆーか」ふうん。……やっぱり、気のせいか。「幼馴染って、兄弟みたいな感覚なんですかね」「うん、それに近いかも」柚は笑顔を作りながら、柊の端正な横顔を一瞥する。彼は“普通”だ。一架と釣り合うには物足りないとひとりで考察した。「ねぇ、一架はああ言ってたけど、もし時間あったら何か食いに行かない? 俺腹減っちゃってさ」「えっ? ……あ、はい。大丈夫ですよ」「マジ? ありがと! 家帰って一人で食うのも微妙だったからさ」柊の誘いを受け、柚は駅近くの席が空いてるカフェに入った。柚はポテトだけにしたが、柊はサンドイッチとグラタンを頼んだ。冗談抜きで腹が空いてたようだ。「あの、柊先輩の親は帰ってくるの遅いんですか?」「うん、共働きだから。ごめんね、付き合ってもらっちゃって」「いや、俺も」ジュースを飲みながら、窓の外を眺める。黒一色に街の明かりが煌々と浮かんでいた。「家帰ってもつまらないんで、ありがたいです」小さく零すと、柊先輩は優しく笑った。「じゃあまた一緒に帰ろうよ。俺で良かったらいつでも遊び相手になるからさ」「……ありがとうございます」悪い印象なんか欠片もない。良い人だ。自分とは全然違う、普通の人。これが普通……。じゃあ、普通の遊びをするには最適な相手だ。一架先輩以外と深い仲をつくる気はなかったけど、暇つぶしで付き合うぶんには良いかもしれない。柊先輩はいつも笑ってる人だった。どうやら俺は、笑ってる人が嫌いじゃないみたいだ。一日一日が緩やかに流れていく。気付けば、柚は毎日柊と帰るようにな
last updateLast Updated : 2025-10-16
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#3

土曜日、学校は休み。しかし柚はいつも通りの時間に家を出た。今日はとても暑い。雲ひとつない青空を見て心が晴れるなんてことはなかった。照りつける太陽を恨めしく思いながら電車に乗り、いつもの駅へ。「柚、おーはよ」「おはようございます、柊先輩!」改札口で待ち合わせをしていた彼は、また笑って手を振った。今日は初めて、柊と一日遊ぶ。制服じゃなく私服で会うのは新鮮で、少しぎこちないけど……まぁ今日ぐらい、楽しく過ごせたらいいと願った。「よーし柚、まずカラオケ行こう」「りょーかいです」完全に柊先輩に連れ回される形で、彼が行きたい所をとにかく回った。でも嫌じゃない。むしろ楽しい。これがきっと、普通の高校生の過ごし方なんだ。これが、青春。夕方になる頃には、さすがにちょっとヘトヘトだったけど。「喉渇いたな」柊先輩がそう呟いたときに、日が傾いていることに気付いた。外のベンチに腰掛け、先輩からジュースを受け取る。「柚、疲れてない?」「いえ、大丈夫です!」疲れてるけど、そこは笑顔で嘘をついた。それを彼は、笑わずに指摘する。「……いや疲れてるだろ。目が笑ってないぞ」即バレた。何とか口角は上げたまま保ったけど、思わず鏡を探したくなる。よく見てんだな、とは思うけど……そのわりにはオイッて思うほど鈍いとこもあるし、この人マジで分かんねえな。 「柊先輩って良い人ですよね」「そう? 柚も良い子じゃん」隣合わせで、彼の眼を見る。その時に胸のあたりがチクッとした。ああ。やっぱり、“これ”は彼のせいだ。「……違う」適当に受け流せば良かったのに、この時は無性に反発したかった。「柊先輩、俺かなり悪い奴だよ」「何。そうなの?」「そうだよ」どこまでも能天気な先輩の言葉にオウム返しする。膝を痛いぐらい押さえながら、鼻で笑った。「だって俺、先輩に素を見せたことなんて一度もありませんから」我ながら最低最悪な告白だと思ったけど、それはどうしようもない事実だ。彼に頭から冷水をかけたみたいだ。そしてもちろん、それは俺自身にも跳ね返っている。ジュースを飲み干して、ひとり立ち上がった。「……すみません。ごちそうさまでした。俺、そろそろ帰りますね」早く帰ろう。……家に?それとも、あの暗くて冷たい……、 「待って」突然腕を掴まれて、後ろへよろめく。振り
last updateLast Updated : 2025-10-17
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#2

いつもの帰り道だ。なのに広がる景色に靄がかかり、歪んで見えた。でも冷静に考えると、これが以前の……いつもの、俺の世界だった気もする。そういえばいつから変わった?────そんなことすら気付かなかったなんて。戸惑いを覚えたとき、隣を歩く彼の肩が軽くぶつかる。「柚、今度の土曜日どっか遊びに行かない?」「あ……はい、行きましょう!」反射的に笑顔で答えると、柊怪訝な表情になった。「どした。何か暗いな」「え? い、いつも通りですけど?」声だって高かったはずだ。思わぬところにツッコまれ、わずかに横へ反れる。「そうかー? 何か悩みでもあんじゃないか? 話してみろよ」「やだな、ありませんよ。俺は毎日楽しくてしょうがないですから!」びっくりした。いつもヘラヘラ笑ってるだけのくせに、変なとこで鋭い。何とか上手く誤魔化そうと、得意の笑顔を作った。「柊先輩と仲良くなれてから、もう毎日楽しくてしょうがないです」勝手に口をついた台詞だった。深い意味はなくて、話をそらす為のもの。それなのに。「本当? 俺も柚が笑ってるだけで何か嬉しいよ。……お前に会えて良かった」彼は、俺と目が合うと腕を伸ばして笑った。「そ、そんな大げさな」「ほんとだよ? もう最近は放課後だけが楽しみ」「あはは……ありがとうございます!」彼のテンションに合わせて元気に返す。男相手に何恥ずかしいこと言ってんだ、って思いつつ。俺も楽しみにしてる、なんて言えるわけもなく。鼓動が速くなるのが怖かった。何だこれ。頭がグチャグチャになって、胸が熱くって、でもやっぱりイライラしておかしくなりそうだった。もう、一架先輩の事だけで頭がいっぱいなのにやめてほしい。とりあえずその日は、柊先輩の話に頷くだけで精一杯だった。柊先輩と別れて、家へ帰ると楽しいことなんて何もない。家では高校生とか関係ないし、取り繕う必要もないから気を遣わなくていいけど。家には誰もいないのが当たり前だから、手を洗ったら真っ先に自分の部屋へ向かう。カバンを放り投げて、ベッドに仰向けで倒れ込んだ。母親はどっかの男と遊んで朝まで帰ってこない。それどころか、たまに家に連れて帰ってくることもある。それが嫌で嫌で仕方なくて、あるとき前の父親の経営してるホテルに行った。事情を話したら空いてる部屋で好きに過ごしていいと言われて、
last updateLast Updated : 2025-10-18
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日の当たる場所

土曜日、柊先輩と気まずい別れ方をしてしまった。気が重いなんてレベルじゃなかったけど、ぐっすり眠ったら心は自然と落ち着き、また彼に会って謝ろう、という気持ちになった。だけど翌週。今度は別の不安に苛まれた。「え。柊先輩、学校休んでるんですか?」「あぁ。珍しく熱出したって、もう三日も」熱……。週をまたいで、もう水曜日。避けてもないのに道理で会わないわけだ。放課後に三年の廊下へ行って一架先輩に訊いてみると、彼は学校をずっと休んでいたらしい。「柊先輩……大丈夫かな、この前は元気だったのに」元気っていうか、週末は普通に遊んだんだ。ベンチで押し倒して、挙句の果てに厨二病みたいな台詞を吐き捨て、不穏な終わり方をしてしまったけど。「……もしかして、お前あいつに何か言った?」「えっ」黙って考え込んでると、一架先輩は怪訝な表情でこちらを見ていた。仕方ないのでため息混じりに答える。「いや。別に何も言ってないし、何もしてない。全部未遂で終わったもん」「何の未遂だよ! まさかソッチの方向じゃないよな!?」先輩は怒ってるけど、どっちの方向なのか分からないから怖くなかった。それより柊先輩のことが気になる。メールとかじゃなくて直接謝りたいんだけど、体調が悪いんじゃ仕方ないか……。ため息混じりに視線を外すと、一架先輩は自身のスマホを取り出した。「なぁ。そんなに心配なら、一緒に見舞いでも行く?」「見舞……えっ!?」諦めていた矢先、思わぬ提案をされて叫んでしまった。「これから行くって、俺から連絡しとくからさ。あいつもお前が来たなら喜ぶんじゃねえの」「い、いや……っ」違う。多分逆効果だ。むしろ今は会いたくないと思われてるかもしれない。体調が悪いなら尚さらだろう。下手したら、この関係にもっと亀裂が入る可能性もある。「俺はいい。気を遣わせるだけだし」「え。もうお前と家に行くって送っちゃった」「早っ!! 馬鹿じゃないの!?」「誰が馬鹿だ!」先輩は早くもメッセージを送ってしまったらしい。余計なお世話でしかないし、本当に困った人だ。「もう、俺は行かないよ!」「でも……早、柊からもう返事きだぞ。了解だと。お前も来るって思ってんのにそれは酷いんじゃないか?」「酷いのは先輩だろ! 勝手にそんなん送って! 俺がいるのは絶対迷惑だよ……っ!」謎の不安と焦燥
last updateLast Updated : 2025-10-19
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#1

のぼせそうなほど顔が熱い。何だかまずいことになりそうだから、話を無理やり変えた。視線を戻すと先輩はあからさまに頬を染めて照れていた。ムカつくけど可愛い。「ホテルにいた、あの性欲爆発してるサラリーマン? それとも……」「誰でもいいだろ。お前は俺のことより自分のことを考えろ。……それに」先輩はなにか言いかけて、また口を閉ざす。そして苛々した顔で俺の腹をどついてきた。けっこう痛かった。「お前がそんな弱音吐いてウジウジしてると気持ち悪いっていうか、ムカつくんだよ! いつもみたいに堂々と、クソ生意気にかまえてろ。……分かったらさっさと柊の家に行くぞ」力強い視線を受け、目を離せなかった。良くも悪くも、こんなにも真正面から見てくれた人は初めてかもしれない。「……っ」先輩の有無を言わさぬ態度に、その場は従うしかなかった。くそ、先輩のくせに……。痛む前頭部をおさえながら、結局柊先輩の家に行くことになった。彼の家は学校の最寄り駅から六つ目、住宅街の中にある、まだ新しそうな一軒家だった。「幼なじみってことは、一架先輩もこの近くなの?」「まぁな。じゃ、呼んでみるか」一架先輩は躊躇いなくインターホンを押した。怖々待っていると、少し掠れた声が返ってきた。開けるからちょっと待ってて、という、柊先輩の声。一架先輩がそれに返事したけど、声が聞こええなくなるとまた猛烈に不安になる。「う、やっぱり俺帰ろうかな」「お前な……冗談も休み休み言えよ」「だって……」どんな顔して柊先輩に会えばいいのか、未だに分からない。不安と恐怖で胃痛がする。確かに、俺はいつからこんな弱くなったんだか。……思い出せない。以前なら誰に嫌われたって構わないと思っていた。だから痛くも痒くもなかったのに。後ろへ一歩下がって、足元のコンクリートに視線を落とす。「柚。お前、柊のこと好きだろ」「はっ!?」一架先輩の質問に、今日一番の大声を出してしまった。だって、突然過ぎだ。話がぶっ飛んでる。「は、は。そんなわけ……よりによって、す、好きとか。俺はただ、当たり障りない関係でいたいだけで」「柊に嫌われたくないんだろ。それってつまり、あいつのことが好きだからだろ」先輩の視線が突き刺さる。何だこれ。心を掻き乱される。その眼から、言葉から逃げる気はなかったけど、とにかく反論しなきゃと思っ
last updateLast Updated : 2025-10-20
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#2

「あっ……あれは、ちょっとふざけてたんです。ほら、一架先輩は柊先輩と幼なじみだから、抱きついたりも平気でやるじゃないですか。だから嫉妬させようゲームみたいな」自分で言いながら苦笑した。言い訳にしてもめちゃくちゃ過ぎて、頭の悪さが露呈している。けど、しょうがないんだ。この人の前だと本当に頭が回らない。ボロを出さないように気をつけると逆効果で、有り得ないミスをする。どうして……。無意識に後ろに後ずさり、とにかく落ち着こうと瞼を強く閉じる。「はは。俺、一架とは十年以上一緒にいるけど、抱きつかれたのなんか初めてだよ」「そっ……そう、ですか」苦し紛れの言い訳を華麗に否定され、反応に困ってしまう。「先輩……?」柊先輩の手がずっと重なっている。それはなかなか離れなくて、むしろ力が込められていた。「あと、一番気になってること訊いていい? 柚、さっき俺のことは好きじゃないとか言ってたよね?」────きた。「いや! 違うんです、あれは……!!」どっちにしろあの場じゃそう言うしかなかった。否定しなきゃいけないと思った。だってそうしないと、本当にこの関係が終わってしまう。柊先輩がストレートなら気持ち悪いと思われて、二度と口をきいてもらえないかもしれない。そうだ。自分がゲイだと知られることも怖かった。「柊先輩のこと、好きだろって訊かれて……あ、焦ったんです」先輩の為を思っても否定するべきだ。これからも当たり障りのない関係でいたいのなら、絶対隠し通さなきゃいけない。先輩と後輩として、“普通”ぶらないといけない。けどそんなことすら辛くて苦しい。一架先輩には勝てないにしても、演技は得意な方だと自負していたのに……今はただの後輩を演じることが苦しかった。自分の気持ちに気づいてしまった。柊先輩のことでからかわれて、あんなにも感情的に怒鳴り返してしまったのは。「……図星、かもしれない。……から」柊先輩と一緒にいたい。こんなことで距離を置きたくない。それだけ。……。って、言いたかった。おかしい。今確実に何かやらかした気がする。もしかしたらもしかすると、……告白してしまった。「……す、すいませんでした! 帰ります!」もう、全部なかったことにしてほしい。土曜日と同じ展開だけど、急いで立ち上がって帰ろうとする。ところが、力任せにマットの上に押し倒さ
last updateLast Updated : 2025-10-21
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