All Chapters of 冷酷御曹司は逃げた妻を愛してやまない: Chapter 51 - Chapter 60

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3-1 白石家の誤算

 司は二年前の出来事を思い返しながら、白石家と口論をしている沙月を見つめていた。濃紺のマーメイドドレスに身を包み、白石家と対峙する沙月。その姿は媚薬を飲んで司の前に現れた、あの時と同じくらい美しかった。(白石家の命令で媚薬を使って、俺を誘惑してきたのだと思っていたのに……)だが、実際は違った。沙月は白石家で虐げられて暮らしてきたのだ。(俺は、何も知らなかった。いや、知ろうとしなかった。初めから白石家が俺に仕掛けた罠だと思い込んでいた……)沙月がどれほど孤独だったか。どれほど冷たい家で耐え忍んで生きていたのかを、司は初めて目の当たりにして動揺していた。――その時。「キャアアアア! 遥!」甲高い悲鳴が会場に響き渡り、司はハッと我に返った。視線を向けると、遥が床に倒れて美和がその身体を抱き起こしている。「遥! しっかりしてちょうだい! 遥!」美和は遥を抱きかかえ、必死で名前を叫んでいるが……司には、どこか芝居がかっているようにしか見えなかった。周囲にいた人々も騒めき始めた。「何の騒ぎだ?」「倒れたのかしら?」「あれは……白石建設の社長じゃないか?」しかし、誰一人声をかけに行く者はいなかった。なぜなら倒れている遥の隣で、白石家の父親が怒鳴り声を上げていたからだ。「沙月! お前のせいで、遥が気を失っただろう! 何てことをしてくれたんだ!」沙月は一歩も動かず、冷静に言い返す。「何故、私のせいになるのですか? どう見ても、遥はわざと倒れたようにしか見えませんが」「な、何を言ってるの!? 遥が演技で倒れたっていうの!? 妹が倒れたのに心配じゃないの!?」美和が叫ぶ。だが沙月は微動だにしない。「はい。演技で倒れたのだから、心配する必要はありません。遥、起きているのでしょう?」沙月が呼びかけるも遥は反応が無い。「な、何が演技だと言うのだ!」「そうよ! ほら、反応がないじゃない! 本当に酷い娘ね! あんたなんか引き取らなければ良かったわ! この恩知らず!」父親に続き、美和が声を荒げる。だが沙月はどこまでも冷静だった。「……親らしいことをしてくれなかった人たちに、そんなことを言われる筋合いはありません。とにかく、私はもう白石家とは無関係ですし、離婚もします。こんな茶番に、これ以上つきあっていられません。それでは失礼します」「ど
last updateLast Updated : 2025-11-06
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3-2  苦しい言い訳

「つ、司さん!? いつからそこに!?」白石氏は司を見て驚愕の表情を浮かべる。「先ほどからずっと見ておりましたが?」「そ、そんな……ずっとだなんて……」青ざめる白石氏に反し、美和は司に激しく詰め寄ってきた。「それよりも司さん! 一体先程の件はどういうことですか!?」「先ほど……?」司は僅かに眉根を寄せると、白石氏は声を荒げた。「あなたは、娘の沙月と結婚しているはず。なのに、何故壇上で朝霧さんがあなたのことを『婚約者』などと宣言したのですか! 説明してください!」美和も続けざまに詰め寄る。「そうですよ! 沙月は司さん、あなたの妻ですよ? 離婚もしていないのに、他の女性が堂々と、しかもこんな公の場でプロポーズをしてくるなんて、常識的に考えておかしいじゃないですか!」司は興奮している白石夫妻を前に、冷静に答えた。「……まだ離婚は成立していません。第一、私は沙月から離婚届すら受け取っていませんので」「「え……?」」白石氏と美和は互いに顔を見合わせ……次に、ほっとしたような笑みを浮かべる。「何だ、そうだったのですか。まだ離婚届は出していないのですな?」「安心しましたわ。沙月が勝手に言ってただけの話なのね? 全く相変わらず、騒がせな娘だわ」二人は、まるで厄介事が片付いたかのように喜んでいる。だが、遥だけは違った。「で、でも……お姉ちゃんは司さんと離婚するつもりだって言ってましたけど……」遥の声は震えていた。司は肩をすくめ、口角を僅かに上げる。「さあ? 俺に聞かれてもね。そもそも沙月は本当に俺と離婚する気があるのか、あやしいものだ。 もしあるのなら、とっくに離婚届を送ってくるはずじゃないか」「!」その言葉に、遥の肩がピクリと動く。一方、夫妻は増々顔を綻ばせる。「な、なんだ。まだ離婚届けも書いていないのか」「全く人騒がせな娘だわ」……だが、司の瞳は冷たく光っていた。「では、今度はこちらが尋ねる番です」司は冷酷な笑みを浮かべて一歩、三人に近づく。「先ほど沙月が話していたことについて尋ねます。白石家での扱いや、過去の出来事……あれらは全て本当の話なのですか?」司の質問に、空気が凍りついた。白石夫妻は互いに顔を見合わせ、必死に言葉を紡ぎだす。「そ、それは……沙月は少し感受性が強くて……」白石氏は愛想笑いをし、美和が言い
last updateLast Updated : 2025-11-07
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3-3 役員会議の鋭き王者 1

――月曜午前九時。ここは天野グループ本社の最上階。重役だけが使用できる会議室に役員が勢揃いしている。楕円形のテーブルの中央に司が座っている。役員たちは全員、苦々しい表情で司を見つめていた。彼らは突然の招集を受けて、役員専用会議室に集められたのだ。そして司を含め、彼らを集めた人物は言うまでもない。天野グループの会長であり、司の父でもある隆司だった。誰もが、金曜夜のパーティーで起きた事件を重く受け止めていた。壇上での朝霧澪の婚約宣言。そして司がそれを否定しなかったこと。彼等は司の言葉を無言で待っていたのである。「……まずは説明してもらおうか?」沈黙を破ったのは、会長――天野隆司だった。隆司は冷たい眼差しを司に向ける。司は、ゆっくりと顔を上げた。その態度は堂々としている。「何についての説明をご希望ですか?」隆司は眉をひそめる。「澪の婚約発表に決まっているだろう? あれは一体何のつもりなのだ? 我々に何の相談もなく、勝手な真似をさせおって……。しかも、おまえは現在沙月と正式に婚姻関係にある。それなのにお前と婚約していると、嘘の公表を澪にされてしまったのだぞ! お前の軽率過ぎる態度が彼女を勘違いさせてしまったのではないか!? あのパーティーは天野グループがスポンサーだったと言うのに……あの態度は何だ!? 企業の顔として、あまりにも分別が無かったと言う自覚はないのか!?」司は一度だけ視線を落とし、そして父を見据えた。「……あの夜のパーティーは、朝暮澪の復帰を祝う公式のパーティーでした。しかもご承知の通り、天野グループがスポンサーとして全面支援していた場です。あの場で騒ぎを起こせば、企業イメージに傷がつくのは明らかです。だから、私はあえて否定しなかったのです」その言葉に、役員たちは一様に眉を寄せた。「それは事実なのか?」「ええ、当然です。嘘をつくなどありえません」(本当はあのとき驚きで言葉が出なかったがな……まさか澪があんなことを言いだすとは思いもしなかった)司は一瞬だけ視線を伏せたが、すぐに背筋を伸ばし、何事もなかったように続けた。「他に何かご質問はありますか?」まるで澪の宣言など初めから計算に入っていたかのような態度で、司は周囲を見渡す。「……では、今後どう対応するつもりだ?」隆司は更に尋ね、役員たちの視線が再び司に
last updateLast Updated : 2025-11-10
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3-4 役員会議の鋭き王者 2

 鷲尾は天野グループの後継者の座を狙う人物であり、司と同年代の息子がいる。司とは違い、学力も無く無能な愚息……それ故、鷲尾は司に強い嫉妬心を抱いていたのだ。すると司は僅かに微笑み、落ち着いた口調で語りだした。「白石家との協力については、確かに再評価の必要があると思います。現状維持が、グループにとって最善とは限りません。そして白石沙月との個人的な事柄については――」司は一瞬間を置き、挑発してくる鷲尾の顔を鋭い瞳で見つめると冷ややかに口を開いた。「そういえば最近、ある有名人について不穏な噂が出回っているようですね……。もっとも真偽のほどは私には分かりかねますが」「なっ……!」鷲尾の顔が青ざめる。その場にいた者たちは全員、鷲尾に冷たい視線を浴びせ……彼は口を閉ざすしかなかった。隆司は一度、鷲尾に目をやった。沈黙したまま俯くその姿を確認すると、ゆっくりと司に視線を戻す。「……そうか、白石家との件についてはお前に一任しよう。なら改めて聞く。実際問題、朝霧澪との関係についてはどうなっているのだ?」会議室の空気が再び張り詰める。今度は父としてではなく、会長としての問いだった。司はわずかに眉を動かしたが……すぐにいつもの表情に戻る。「彼女との関係は、現時点では私的な交際の域を出ていませんが……朝霧澪の存在は世間に大きな影響力を与えています。今後の彼女の活躍次第では、有益な連携も視野に入れるべきではないかと考えています」隆司は黙って聞いていた。司は続ける。「企業に影響を与える可能性がある以上、必要な判断は私が責任を持って行います。個人的な問題は、自分自身で対処します。それが社長としての責務であり、後継者としての覚悟です」その言葉に、誰もが沈黙した。司の口調は冷静だったが、そこには有無を言わせない圧力があった。隆司は目を細め、わずかに口角を上げる。「……なるほど。我が息子ながら冷静な男だ」司は軽く一礼した。「最善を尽くします。それが天野グループの後継者としての私の務めですから」会議室が水を打ったように静まり返る。誰もが、司の言葉に反論できずにいた。その沈黙を隆司が破る。「忘れるな、司。口では何とでも言える。言葉ではなく、数字で結果を示すのだ。いいな?」「もちろんです。必ず結果を出して見せますよ」司は不敵な笑みを浮かべると立ち
last updateLast Updated : 2025-11-11
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3-5 報道されなかった女王の怒り

 天野司が役員会議に呼び出される数時間前の出来事――――午前6時ピピピピピピ……!スマホにセットしたアラームが広々とした部屋に鳴り響く。「……う~ん……もう朝なのね……」東京湾を望む高層マンションの最上階で、朝霧澪は目を覚ました。ベッドから降りると、澪は部屋のカーテンを勢いよく開ける。窓の外には澪のお気に入りの光景が広がっている。天井まで届くガラス窓の向こうに見えるのは朝焼けに染まる水面と、遠くに並ぶ高層ビル群。「フフ……まさに新しい週の幕開けにふさわしい朝だわ」澪の口元に笑みが浮かぶ。この景色、この部屋。そしてこの静けさ――全部、澪が血の滲むような努力と策略で手に入れたものだ。かつては、他人の顔色を窺いながら息を潜めて生きてきた少女。笑顔ひとつ、涙ひとつ――すべてが、大人たちに利用されてきた日々。そんな過去が脳裏をよぎるたび、無理やり記憶に蓋をして何も感じないふりをする。それが生き延びるために身につけた術だった。「……負けないわ、絶対に」自分自身に言い聞かせると澪は身支度を整える為、バスルームへ向かった。完璧な自分を演じる為に――****シャネルのスーツを着用した澪。キッチンでコーヒーメーカーのボタンを押し、ブルーマウンテンを淹れた。カウンターには、家政婦が用意した朝食が置かれている。カットフルーツ、アサイーボウル、グラノーラ入りのヨーグルト。澪はそれに手を伸ばさず、代わりに新聞を広げてテレビのリモコンを取ると電源を入れた。カウンターの椅子に座るとすぐに報道番組が始まる。週末の芸能ニュース、政界の動きにスポーツの結果……。だが……先週金曜夜に澪自ら発表した天野司との婚約の話題は、どこにもなかった。「……は?」澪の眉がぴくりと動き、リモコンを握る手に力がこもる。「どうして……どうして、どこにも出てないの?」次に澪は傍らに置いたスマホに手を伸ばし、真剣な眼差しで検索するも……一切の記事が見つからない。「そんな……」あの夜、自分は確かに言った。『天野司の婚約者として、彼と共に長い人生を共に歩んでいきます!』司は否定することも無く、隣に立っていた。それなのに――「な、何よ……まさか、この私を無視するつもり……?」乱暴な手つきでテレビのリモコンを切り、ジャケットを羽織ると鏡の前に立った。完璧
last updateLast Updated : 2025-11-12
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3-6 違和感の朝

――月曜の朝。真琴のマンションのキッチンに、コーヒーの香りが漂っていた。「……やっぱり、出てないわ」沙月はスマホの画面を見つめながら、眉をひそめた。「何が出てないの?」真琴がマグカップを二つ持って戻ってくると、沙月の前に置いた。「はい、アーモンドミルク入り。いつもの」「ありがとう」沙月は受け取りながら、画面をスクロールする手を止めた。「金曜の夜、朝霧さんが婚約発表したって話したでしょう?」「うん、あれにはさすがに驚いたわよ」向かい側の席に座る真琴。「それがテレビにもネットにも、何も出てないのよ。……変じゃない?  あれだけ派手に発表したのに、報道ゼロなんて。しかも報道局のパーティーだったのに」「確かに。もしかして天野グループが報道を止めたとか?」「でも、あの場で司は否定しなかったのよ。隣にも普通に立ってたし……」「じゃあ、何か事情があるからじゃないの? だってまだ離婚してないじゃない」コーヒーを飲んでいた沙月の手が止まる。「……それじゃ、私のせい?」すると真琴は首を振った。「違うよ。沙月が悪いわけじゃない。むしろ報道されないってことは天野グループにとって、その方が都合が良かったからだよ。絶対そうに決まってる」沙月はマグカップを見つめながら、ため息をついた。「……それだったらいいのだけど」そのとき、壁の時計が目に入る。「あっ、もうこんな時間……行かなくちゃ」バッグを手に取り、立ち上がる沙月。「行ってらっしゃい、今日も頑張るのよ?」「うん、行ってきます」真琴に見送られながら、沙月はマンションの扉を開けた。言いようのない不安を胸に抱きながら――****――午前8時20分、テレビ局・報道フロア。「おはようございます……」出社した沙月は小さな声で挨拶しながら、フロアに足を踏み入れた。だが誰も振り返らないし、返事もない。パソコンのキーボードを叩く音と、電話のベルだけが響いている。(……また、か……)挨拶しても無視される。話しかけても必要最低限の返答しか返ってこない。(私は良く思われていない……きっと朝霧さんの影響ね)今まで様々な嫌がらせを受けてきた沙月には、誰の指示なのか薄々気付いていた。婚約発表の場に立っていた澪が、沙月の存在を快く思っていないことも――沙月は席に着くと、バッグからスマホを取り出
last updateLast Updated : 2025-11-13
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3-7 苛立つ女王

――バンッ!澪は苛立ち紛れに乱暴な動作で局長室のドアを閉めると、ヒールの音を響かせながら廊下を歩き出した。その姿に通りすがりのスタッフたちは、慌てて澪の為に通路を開けていく。カツカツカツ……白く磨かれた床に、澪のヒールの音が響く。その音は澪の苛立ちを表していた。(どうして天野グループは報道を止めたのよ……!)金曜の夜。報道局主催のパーティーで澪は天野司の隣に立ち、婚約者だと自ら宣言した。局の幹部、記者、芸能関係者までが顔を揃えた場だった。誰もが見ていたし、誰もが聞いていた。しかし……司は何も言わなかった。否定も肯定もせず、ただ無言だった。(それでも、あの場の主役は間違いなく私だった)なのに週末を過ぎても、テレビにもネットにも何一つ報道されていない。まるで、あの夜の出来事がなかったことにされているかのように。(どういうつもりなのよ。司……)そのとき、廊下の端でスタッフ二人がひそひそと話しているのが耳に入った。「知ってるか? 天野グループの社長が局に来ているらしい」「そうなのか? 珍しいな」「誰かに会いに来たらしいぞ」「!」その会話に澪の眉が上がった。(司が……来てる?)一瞬、胸が高鳴る。(やっぱり私に会いに来てくれた……でも当然よね)澪はすっかり勘違いをしていた。あれだけの場で婚約を宣言したのだから、週明けには何らかの説明があるはず。報道されない理由を、司が自ら説明しに来たのだと。(でも、どうして局に来たなら私に連絡してこないの? ……まあいいわ。会うならメイク後がいい)澪は再び歩き出し、メイクルームへと向かった――****澪はメイクルームの扉を開けた。白を基調とした室内は化粧品の香りが漂っている。壁際には大きな鏡が並び、その前に設置された椅子のひとつに澪は無言で腰を下ろした。「朝霧様、おはようございます」いつものメイクスタッフの女性が挨拶するも、澪は返事をせずにバッグからスマホを取り出して画面を確認する。(……やっぱり、何も出てない)ニュースアプリをいくつか開いてみるが、どこにも『朝霧澪、婚約』の文字はない。あるのは芸能人の離婚や新商品の発表ばかり。イライラしながら電源を切ると澪は命じた。「今日は手際よくやって。時間がないの」「分かりました」メイクスタッフは返事をすると、無言で作業
last updateLast Updated : 2025-11-14
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3-8 招かれざる者

「司!」扉を開けた澪の声が、密閉された空間に鋭く響いた。報道局の中でも限られた場合に使われる、防音仕様の特別な第一会議室。外には声が漏れず、誰にも邪魔されない。木目のテーブルとすりガラスの壁は、曲の中でも別世界の場所だった。その静けさの中。窓際のソファに並んで座る二人の姿が、澪の視界に飛び込んでくる。沙月は驚いたように目を見開き、司はゆっくりと顔を上げた。「……何しにここへ現れた?」顔色一つ変えず、尋ねる司の声は冷静だった。その言葉で、自分は招かれざる存在であることを思い知らされる。しかしプライドの高い澪は、認めたくはなかった。「何よ! その言い方は! ここへ来たのは私に報告があるからじゃないの? 婚約発表の報道がされない理由を説明しに来たんでしょう!?」「……」 ヒステリックに喚く澪を、沙月は無言で見つめていた。その態度が増々澪の苛立ちを募らせる。「何よ……その目つきは……! 何か言いたいことでもあるっていうの!?」「い、いえ。何も」澪に責められ、視線を逸らす沙月。その態度が、澪の不信を買う。「まさか……あんたの仕業なの?」「え?」何のことか分からず、沙月は目を瞬く。「とぼけないでよ! あんたが報道を止めたんでしょう!? それ以外に考えられないわ!」澪は沙月を指さした。「そ、そんな! 私は何もしていません!」すると――「いい加減にしろ! 澪!」それまで無言を通していた司が声を荒げる。「な、なによ! 急に大きな声出さないでよ!」「それはこっちのセリフだ。見て分かるだろう? 今は取り込み中だ、部屋から出て行ってもらおうか?」「何ですって……私が邪魔だと言いたいの!?」「……」司は黙って澪を見つめる。それは肯定を意味していた。「いやよ! 私にも話を聞く権利がある! 誰が出て行くものですか!」「澪、いい加減にしろ。今は沙月と二人で話す時間だ」「は? あの女と二人だけで何を話すっていうの!? ふざけないで! 私がどれだけ報道されるのを待ってたと思ってるのよ!?」そのとき――すりガラスの向こうから足音が近づき、扉が開かれた。「朝霧さん! 収録が始まります! スタ
last updateLast Updated : 2025-11-15
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3-9 離婚届

 防音仕様の第一会議室は、再び静寂に包まれている。けれど沙月の耳には、澪が去った扉の音がまだ残っている気がしてならなかった。「……」沙月は俯いたまま、指先に滲む汗を感じていた。(本当に……司は一体何をしにここへ来たの……?)すると司が口を開いた。「……どうやら行ったようだな」その声は落ち着いている。沙月は頷くこともできず……代わりに尋ねた。「あれで良かったの?」「何が?」「朝霧さんのことに決まっているでしょう? あんな突き放すような言い方をして……彼女だって当事者の一人なのに」すると司が鼻で笑う。「フン。随分殊勝な言葉だな。澪にあんな態度を取られているくせに」どこか馬鹿にするような口調の司に、沙月はムッとした。「だって、あんなに大勢の前で自分は婚約者だと名乗ったのよ? なのに貴方は返事をしなかった。一体、どういうつもりなの? ……大体、彼女は貴方との子供を妊娠しているのでしょう?」司の眉が、わずかに上がった。「……お前には何の関係もないことだ」「関係ない!? 私はまだあなたの妻なのよ!」「だが離婚するのだろう? そう言って出て行ったくせに。それともあれは嘘だったのか?」「……」沙月は言葉に詰まり、俯く。すると司が足元に置いたアタッシュケースから一枚の書類を取り出し、テーブルに置いた。その書類を見て、沙月の目が見開かれる。「離婚届だ。サインしろ」「離婚届け……」沙月の目が、紙に吸い寄せられる。司はポケットからペンを取り出すと、沙月に差し出す。まるで、早く受け取れと言わんばかりに。沙月は無言でペンを受け取るも、その指先は微かに震えている。その様子に気付いた司の口角が上がる。「……もしかして迷ってるのか?」どこか、からかうような口調だ。「そんなはずないでしょう! サインするわ」沙月はペンを握り直し、署名欄をじっと見つめ……丁寧な字で自分の名前を記入していく。そしてその様子をじっと見つめる司。彼の目がわずかに揺れていることに、沙月は気づいていない。「……書いたわ」ふーっと息を吐き、沙月は離婚届の上にペンを置いた。「よし、 ならこの書類は俺が預かっておく」司はペンを胸ポケットに戻すと、離婚届を引き寄せた。「え? だったら私が……」「まだ俺がサインしていない。それに役所に行く時間だって惜しいだろ
last updateLast Updated : 2025-11-16
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3-10 爆弾宣言

カツカツカツカツ……ヒールの音が廊下に響き渡り、その場に居合わせたスタッフたちは慌てた様子でその場をよける。そんな彼らを気にすることも無く、唇をかみしめた澪はスタジオ入りの廊下を歩いていた。司に追い払われたあの瞬間が、何度も脳裏に蘇る。(……どうして私を拒絶するの? どうしてあの女の前で、私を否定したのよ……!)スタジオに到着するとアシスタントディレクターが駆け寄り、声をかけた。「朝霧さん、後5分です」すぐに笑顔を作り頷く澪。「はい、すぐ行きます」鏡の前で髪を整えながら、澪は自分に言い聞かせる。(いいわ……私をないがしろにするなら、こちらだって考えがあるのだから)スタジオ入りすると、MCの三谷が台本を確認していた。彼は関西系のお笑い芸人で現在42歳。既に何本も番組を持っており、人気を誇っている。澪は三谷の隣に座り、笑顔で声をかけた。「おはようございます、三谷さん」「おはようございます。今日もよろしくお願いします」三谷も笑顔で挨拶する。「あの、三谷さん。今日の冒頭部分、少しだけ私に話させてもらってもいい?」「え? 個人的な話?」「うん、ちょっとだけ。視聴者にも関係あるかもしれないし」「いいですよ。じゃあ、冒頭の挨拶のあとにね」そこへ本番が始まるカメラの赤いランプが点灯し、音楽が流れる。「こんにちは。月曜日の情報ライブをお届けします。まず本日は朝霧さんから一言、皆さんにお話があるそうです。どうぞ」三谷の言葉に、澪は笑顔でカメラを見つめて口を開いた。「皆さん、こんにちは。まず私のプライベートなことを発表させてください。以前にゴシップカメラに撮られた写真や世間でのさまざまな憶測についてですが……すべて本当のことです。私、朝霧澪は天野司さんと交際しており、すでに関係が確定しています」澪の突然の発表にスタジオ内は凍り付く。一方、何も事情を知らなかった三谷は驚きを隠せない。「……えっ……あ、そ、そうなん? またまた~朝から冗談ですよねぇ? ハハハハ」笑う三谷に、はっきりと澪は否定する。「いいえ、冗談ではありません。驚かせてしまってごめんなさい。でも、周りの方たちからも『おめでとう』と言ってもらえて……本当に幸せです。皆さんにも温かく見守っていただけると嬉しいです」「え……ええっ!?」慌てて三谷はスタジオ内を見渡すと、全
last updateLast Updated : 2025-11-17
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