杉山美緒(すぎやま みお)は思いもしなかった。自分の誕生日に、息子からアレルギーで死に至るほどのマロンケーキを差し出されるなんて。意識が朦朧とする中、夫の杉山辰彦(すぎやま たつひこ)の激しい怒鳴り声が聞こえてくる。「悠希、母さんが栗アレルギーだと知らなかったのか?」杉山悠希(すぎやま はるき)の幼い声が、やけにはっきりと響いている。「知ってるよ。でも、真理奈おばちゃんにママになってほしかったんだ。パパだって、本当はそう思ってるんでしょ?」「たとえ俺が……」強烈な息苦しさが美緒を襲い、辰彦の最後の答えはもう聞こえない。意識を完全に失う寸前、頭にはたった一つの思いだけが浮かんでいる。もし目が覚めたら、もう辰彦の妻でいるのも、悠希の母親でいるのもやめようと。……五時間に及ぶ救命措置の末、ようやく命の危機を脱した。再び意識を取り戻した時、息をするだけで痛み、顔全体がパンパンに腫れ上がっている。必死に目を開け、無意識に二人の姿を探すが、病室はがらんとしている。携帯電話はそばの棚の上。腕を伸ばして取ろうと試みる。しかし、距離が遠すぎて届かない。なんとか体を起こそうとしたその時、点滴を交換しに来た看護師がちょうど入ってきて、慌ててその動きを制した。「救急処置室を出たばかりですから、無理してはいけません。私が取ってあげます」看護師は親切に携帯を渡してくれ、点滴を替えながら注意を促す。「自分がひどい栗アレルギーだって知らなかったのですか?これからは栗の入った食べ物は絶対に口にしてはいけませんよ。今回は運ばれてくるのが早かったからよかったけど、もう少し遅かったら命はなかったんですよ」どう答えたらいいか分からない。まさか、自分の息子が栗アレルギーだと知りながら、わざとマロンケーキを選んで渡してきたなんて言えるはずもない。計器だらけの自分の体に目を落とし、かろうじて口を開く。「あの人たちは?」今、辰彦と悠希を夫や息子、あるいは家族という言葉で呼びたくない。看護師は一瞬考えたが、すぐに察したようだ。「ご主人と息子さんのことですね。あなたを病院に運んで、支払いを済ませたら急いで帰りました。『用事がある』って。電話してみたらどうでしょうか?」そう言ってから、小声で付け加える。「奥さんや母
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