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第7話

Author: ミントソーダ
再び目を覚ました時、鼻をつくのは消毒液の匂いだ。

辰彦は、こちらが目覚めたのに気づき、冷たい視線を一瞥し、低い声で言う。

「真理奈が目を覚ましたら、謝りに行け」

胸が詰まり、骨身に染みるような寒気が走る。

目を覚ましたばかりの自分に、辰彦は一言の気遣いもなく、ただ真理奈に謝罪しろと言う。

「私を道連れに水に落としたのは彼女よ。どうして謝らないといけないの?」

辰彦は眉をひそめ、その顔にはあからさまな不信感が浮かんでいる。

「まだ嘘をつくのか。悠希へのプレゼントがお揃いのTシャツだったことに嫉妬して、真理奈を突き落とそうとしたんだろう。結果的に自分も落ちてしまっただけだ」

自分の半生をかけて愛したこの男を真剣に見つめる。彼の顔には、自分が水に落ちたことへの心配は微塵もなく、あるのは自分への怒りと非難だけ。

六年間、日夜を共にしてきたというのに、彼からの信頼は少しも得られない。

ふと笑い出し、その口調は極めて平静だ。

「信じないなら、監視カメラを調べればいいわ」

「辰彦の妻」であり「悠希の母親」であるという立場は、もうとっくに手放している。お揃いのTシャツごときで嫉妬などするはずがない。

辰彦の眉間の皺はさらに深くなり、こちらの言葉が本当かどうか見極めるように、深く見つめてくる。

彼は、最近の美緒がどこか違うと感じている。

「お前……」

彼が口を開く途端、電話の着信音がその言葉を遮った。

受話器の向こうから、悠希の隠しきれない喜びの声が聞こえる。

「パパ、真理奈おばちゃんが目を覚ましたよ!」

彼の顔の険しさは急速に消え去り、目には喜びの色が宿った。

「すぐ戻る」

電話を切り、ベッドに横たわる美緒を一瞥し、声は再び冷たくなる。

「自分で反省しろ。自分の妻が理性を失った嫉妬深い女だなんて思いたくないし、悠希もそんな母親は望んでいないだろう」

そう言って背を向け、一瞬の躊躇もなく大股で去っていく。

遠ざかる背中を見つめ、その目は死んだ水のように静かだ。

ちょうどいい。こちらももうすぐ、「杉山夫人」でも、「悠希の母親」でもなくなる。

ピロンとメッセージの通知音が、美緒を現実に引き戻した。

【お客様のフライトは、あと3時間で出発いたします】

退院手続きを済ませた。

病院を出る時、ある病室の前を通りかかり、見慣れた人影に無意識に足を止める。

辰彦がスプーンで一匙ずつ、真理奈にお粥を食べさせている。彼女を見るその眼差しは、溢れんばかりの優しさに満ちている。

「真理奈おばちゃんに近づかないで!あなたのせいで真理奈おばちゃんは病気で入院したんだ!この悪いママ!」

悠希がどこからか飛び出してきて、両手を広げて病室の前に立ちはだかり、敵意に満ちた目でこちらを見ている。

彼が母親である自分に対して、これほどあからさまに嫌悪感を示したのは初めて。

どうやら、真理奈が彼の心に占める位置は、相当なもののようだ。

指先が震えたが、結局、美緒は動かず、ただしゃがみ込んで、自分が十月十日かけて産んだこの子を見つめる。

「あの誕生日プレゼントは、必ず開けてね。それが……私が最後にあなたのために用意する、あなたを喜ばせるプレゼントだから」

悠希は今、真理奈のことで頭がいっぱいで、母が何を言ったかなど気にも留めない。

顔をそむけ、冷たく鼻を鳴らす。

「くだらないプレゼントなんて、欲しくないね。

真理奈おばちゃんから離れてくれるのが、僕にとって一番のプレゼントだよ!」

美緒は軽く笑い、もう答えない。

その願いはもうすぐ叶うよ。

一時間後、荷物を持って空港に着いた。

【福山(ふくやま)さん、今日のプールサイドの監視カメラの映像を、旦那様に送っておいてください】

執事の福山に最後のメッセージを送り、その後、携帯のSIMカードを取り出し、へし折ってゴミ箱に捨てた。

飛行機が雲の上へと飛び立つ瞬間、金色の陽光が全身を柔らかな光で包み込む。

美緒は心からの笑みを浮かべる。

辰彦、悠希、「杉山夫人」と「母親」の座はもういらない。

そして、美緒としての人生を歩み始める。

これから、二度と会うことはない。

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