玲奈が子どもを連れて、病気の母親を実家に送り届けに行ったのだと思い込み、文男は気にも留めなかった。着替えると、そのまま会社へ向かった。会社に着くと、フロントに拓海が立っていた。「拓海、ここで何してるの?」まさか社長自ら受付係でもやってるわけ?「今日の会議、何か重要な話でもあるの?」「先に上がってて」拓海はそう言いながら、知佳が一台の車から降りてくるのを見つけた。彼はすぐに迎えに出た。文男が振り返ると、ほんとに受付係してるじゃない……知佳も拓海を見て意外そうだった。「森川社長が自らここで待ってるなんて、いったい何があったの?」拓海は少し気まずそうにした。「知佳……」知佳がかすかに笑った。「途中でまた誰かに焼き殺されるのが怖いの?」拓海の顔が、みるみる血の気を失った。知佳はもう彼を見ず、まっすぐ会社の中へ入っていった。フロントは人が替わっていて、知佳も当然知らない顔だった。「いらっしゃいませ……」フロントが続きを言いかけたところで、拓海が後ろから追いついてきた。「俺に会いに来たんだ」それ以上、フロントは何も聞かず、丁寧にエレベーターを手配してくれた。知佳にはよく分からなかった。この五年、拓海は風みたいに走り回っていて、迎えに降りてくるどころか、メッセージの返事ひとつ返す余裕もないときがあった。その頃の彼女は自分を振り返った。自分が送る内容があまりにどうでもよくて取るに足らない話ばかりで、仕事の邪魔になっていたのではないか、と。けれど結衣が戻ってきてからは違った。メッセージどころじゃない。結衣が必要とするなら、彼はその場で何もかも放り出して、いつでも駆けつけられた。つまり、本当に忙しかったわけではなかった。ただ、どうでもよかっただけだった。返信なんて、どれだけ時間がかかるっていうの?一秒?二秒?たとえば、彼女と良子だ。良子からメッセージが来たら、どれだけ忙しくても彼女は真っ先に返すか、すぐ電話をかけた。良子が何を言ってきたとしても、だ。エレベーターの中で、知佳は一言も発しなかった。一方の拓海は何度か話しかけようとしたが、そのたびに知佳がスマホを取り出して見てしまって、言葉を続けられなかった。ようやく、知佳がスマホをバッグにしまった隙を見つけると、彼は慌てて口を開いた。「忙し
Read more