「ママ」陸哉は小道を駆け上がって山へやって来た。玲奈はそっと目尻の涙の跡をぬぐい、しゃがんで息子を抱きしめた。「陸ちゃん、どうして来たの?」「ママを手伝いに来たんだ。ママ、僕は働けるよ」陸哉はやわらかな小さな手で彼女の目元をぬぐった。「ママ泣かないで。陸ちゃん、すぐ大きくなるから」息子の聞き分けのいい言葉を聞いた瞬間、胸の奥の痛みが波のように押し寄せた。玲奈は必死にこらえ、息子に悲しさを悟らせないようにして、懸命に笑った。「ママは泣いてないよ。さっき目に埃が入っただけ」「ママ、陸ちゃんがふーってしてあげる」陸哉は彼女の頬を両手で包み、唇をすぼめた。あたたかな息がまぶたの縁を撫で、彼女の目元はいっそう熱くなった。――私は潰れたりしない。この結婚は、必ず終わらせる。暮らしだって、きっとどんどん良くしていける。やっぱり馨には感謝しないといけない。この茶畑の仕事を紹介してくれたのだから。茶を育てて作ることについては、彼女はまったくの初心者だった。でも学べる。給料はそれほど高くないけれど、この仕事が好きだった。ここは空気が澄んでいて、景色もいい。人間関係もシンプルで、彼女にはこれ以上ない環境だった。それに、馨の叔父の内木賢人(うちき けんと)に弟子入りして、茶づくりを専門に教わっていた。賢人はとてもいい人で、馨と同じタイプの性格だ。義理堅くてさっぱりしていて、教え方も辛抱強い。そして陸哉はここに来てからというもの、まるで遊園地にでも入ったみたいだった。茶畑はあまりにも広く、思いきり走り回れる場所がそこにあった。普段、玲奈と陸哉は茶園が用意した寮に住んでいた。青い煉瓦の家で、広くはなく一間だけ。文男が買った大きな家とは比べものにならない。でも清潔であたたかく、一日働いてくたくたになったあと、何の遠慮もなく倒れ込んで眠れる場所だ。もう、あの人が今日はどの女と一緒にいるのか、何時になったら帰ってくるのか、そんなことを考える必要はない。午前中ずっと、彼女は茶園で作業をしていた。水やり、虫の駆除。内木家の茶園は農薬を使わない。だから虫退治は昔ながらの方法に頼るしかなく、夏の茶園で最大級の仕事の一つだった。昼になり、茶園で体よく「手伝い」と呼ばれている陸哉も連れて山を下り、昼食をとろうとした。ところが、茶園に客が訪れてい
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