「長谷川さん、検査の結果、あなたは不妊症ではありません」医者の口にしたその言葉は、鋭い刃のように長谷川夏子(はせがわ なつこ)の胸を貫き、その場に立ち尽くすしかなかった。彼女はバッグから過去の健康診断書をすべて取り出し、医者に差し出した。「そんなはずはありません。ずっと白野財閥傘下の私立病院で定期的に検査を受けてきたのです……」医者はきっぱりと言った。「誤診か、あるいは検査結果の取り違えでしょう」彼女は慌てて、ラベルのない薬瓶を取り出した。「これ、見ていただけますか?何の薬でしょうか?」医者は錠剤を砕いて匂いを嗅ぎ、「複合型レボノルゲストレル錠ですね」と答えた。夏子はわずかな医学知識から、すぐにすべてを悟った。彼女が長年服用していたのは、栄養補助剤などではなく、長期的な避妊薬だったのだ。しかし、ここ数年ずっと彼女に薬を処方していたのは道則のかかりつけ医であり、そんな初歩的なミスが起こるはずがない。ある疑念が頭をよぎった瞬間、夏子は茫然とした。そんなはずはない。結婚してからの数年間、白野道則(しらの みちのり)は彼女に本当によくしてくれた。五年前に彼女が不妊と診断されたとき、道則は彼女を慰めただけでなく、施設へ連れて行き、男の子を養子に迎えて白野明(しらの あきら)と名付けた。実の子のように愛情を注いで育てていた。子どもが大好きな道則が、どうしてわざと彼女に避妊薬を飲ませるようなことをするだろうか。夏子は検査報告書を手に、疑念を抱えたまま家に戻った。ちょうどドアに手をかけたそのとき、中から声が聞こえてきた。それは白野家のかかりつけ医の声だった。「社長、奥様の薬はこのまま続けさせますか?」夏子の手が宙で止まった。しばらくして、道則の低く沈んだ声が響いた。「俺が薬をやめろと言ったか?そのまま続けろ。ただし、気づかれないように慎重にな」かかりつけ医が警告した。「薬は毒にもなります。このまま飲み続ければ、奥様は本当に子どもを産めなくなるかもしれません。それでもよろしいのですか……」道則は目を伏せ、しばらく沈黙した後、口を開いた。「夏子に、自分は子どもを産めないと思い込ませるしかない。そうすれば明が正々堂々と白野家にいられる。何と言っても、自分の息子だ。このまま隠し子にしておこうと思うのは、無理だ」
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