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第5話

Author: 昔の昔
料理がテーブルに運ばれてくるまで、道則と玲子はなかなか離れようとしなかった。

道則は夏子の隣に座り、豚の角煮をそっと彼女の皿に取り分けながら、「お疲れさま、夏子」と声をかけた。

玲子は嫉妬を隠さずに言った。「夏子さんは本当に幸せね。私なんて、ずっと一人ぼっちよ」

夏子は、テーブルの下で玲子の足が道則の足に絡みつき、彼のスラックスの裾の間を擦り上げているのを目撃した。

その瞬間、夏子には皿の中の豚の角煮が生臭くて脂っこく感じられ、黙って端に寄せた。

明は玲子にぴったりとくっついて、「おばちゃん」と何度も呼びかけた。

「おばちゃん、お肉食べて!」

「おばちゃん、お寿司食べて!」

夏子は冷ややかな目でその様子を見つめながら、何気なく口を開いた。「明と玲子、本当に親子みたいに仲がいいわね」

この一言で、食卓は水を打ったように静まり返った。

道則は顔をしかめて言った。「夏子、何を馬鹿なことを言っているんだ?」

夏子は笑みを浮かべて言った。「冗談よ。そんなに真に受けないでよ。本気にしたみたいな反応ね」

食事が終わる頃には、それぞれが胸に思惑を抱えていた。

食後はいつものように、白野家恒例の「子孫への訓戒」の時間となった。

京子は夏子から差し出されたお茶を受け取り、一口すすった。

「女にとって一番の失敗って、何かわかる?」

夏子は手を下げて脇に立ち、「夫の家のために子を産めないことです」と答えた。

京子は満足そうにうなずいた。「少しは自覚があるようね。あの時、道則が取りなしてくれなかったら、あなたは白野家に残れなかったでしょうね」

夏子が京子の話を遮った。「だから私は感激の涙を流し、明を大切にして、義理の両親に孝行しなければならないのですね?」

京子は言葉に詰まった。「もういいわ、帰ってちょうだい」

夏子は無表情のままリビングに戻った。道則は父親に書斎へ呼ばれたまま、まだ戻っていない。

リビングでは玲子が明と一緒にテレビを見ていた。

玲子は両手を胸の前で組み、「あら、今日はずいぶん早くお説教が終わったのね?お母さんも年を取って、気が弱くなったのか?家に卵を産まない雌鶏がいても、我慢できるようになったなんてね」

明は彼女の袖を引っ張って、「ねえ、おばちゃん、卵を産まない雌鶏ってなに?」と聞いた。

玲子は何気なく夏子を指さして、「ほら、ああいう人のことよ」

夏子が抗議しようと前に進み出たとき、玲子は彼女の背後をちらりと見た。次の瞬間、前に歩み寄ってくるかと思うと、そのまま真っ直ぐ後ろに倒れた。

玲子の手のひらがちょうど大理石のティーテーブルの鋭い縁にかすめ、血がにじむ長い傷ができた。

道則は素早く駆け寄り、呆然としている夏子を押しのけて、玲子を抱き上げた。

「玲子、大丈夫か?」

玲子は泣きながら悔しそうに訴えた。「私はただ、夏子さんにお母さんの言葉を気にしないでって慰めたかっただけなのに、どうして私に当たるの、うう……」

道則は怒りのこもった目で夏子を睨みつけた。「玲子は善意で言っただけだろ。お前はなぜそんなに攻撃的になったんだ?子どもを産めないのは事実だし、母さんが少し小言を言うのもお前のためだ」

その言葉は鋭い刃のように、夏子の心に深く突き刺さった。

彼女は聞きたかった――自分は本当に産めないのか?それとも、彼が産ませたくなかったのだろうか?

しかし結局、口を開いたものの、言葉は喉に詰まったままだった。

明は手に持っていたおもちゃを夏子に投げつけた。「この悪い女!おばさんをいじめるな!」

夏子は避けず、鋼製のウルトラマンが彼女の額に激しくぶつかった。

目まいがした。

道則がぼんやりと玲子を抱えて外へ出ていき、ひと言だけ残した。

「自分で仏壇に行って跪いてろ」

バタンと音を立てて扉が閉まり、夏子は額から温かいものが流れ落ちるのを感じた。

手を伸ばして触れると、それは血だった。

彼女は袖口で乱雑に拭い、白野家の本家の仏壇へと向かった。

仏壇には白野家の歴代の先祖様の位牌が並んでいる。

道則と結婚して以来、夏子は京子にさまざまな理由で何度も跪かされてきた。手に持っていた携帯が震え、玲子からGIF画像が送られてきた。

道則が心配そうな顔で彼女の傷を手当てし、そっと息を吹きかけている。

続けてメッセージが届く。【夏子さん、兄がどれだけ私を大事にしてるか見てよ。時々、我慢できず、伝えたかったのよ。実は私と兄……】

それ以上、メッセージは送られてこなかった。

これが玲子の狡さだ。

彼女はほんの二言三言で、道則と夏子の関係に楔を打ち込み、言いかけてやめることで、巧みに夏子の好奇心を煽った。

白野家の奥様になりたいだけでしょう?

なら、望み通りにしてあげる。

夏子は玄関にあったほうきを手に取り、白野家の仏壇をめちゃくちゃに叩き壊した。

最後に、彼女は仏壇の中央に立ち、倒れかけた白野家の先祖の位牌を見渡した。「道則のような人間のクズを育てたお前たちも、まともじゃない!」
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