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第7話

Author: 昔の昔
夏子が目を覚ましたとき、道則は袖をまくり、散らかった庭を掃除していた。

彼女は静かに彼のそばへ歩み寄り、立ち止まって言った。「ごめんね、あなたの赤ワインを何本か飲んじゃったの」

道則は驚いて振り返り、彼女を抱きしめた。

「ワインくらいどうでもいいさ。お前が喜んでくれるなら、全部割れても構わないよ。

ごめん、夏子。昨日はあんなひどいことを言うべきじゃなかった。俺も焦ってたんだ。母さんが、玲子がお前のせいで怪我したって知ったら、またお前を責めるんじゃないかって……」

本当に?

夏子が責められるのを恐れていたのか、それとも明の実の母親に何かあったら困ると思ったのか?

夏子はもう白野家の複雑な関係をはっきりさせようとは思わない。どうせもうすぐこの泥沼から抜け出すのだから。

「うん、私は大丈夫。牧野先生に会いに行きたい」

牧野(まきの)先生は児童養護施設の園長だ。

道則は彼女をそっと抱き寄せて言った。「よし、それじゃあもう一度チャリティー資金を追加して、お前の名義で児童養護施設に寄付しよう。俺なりの償いのつもりだけど、いいかな?」

夏子は微笑んで答えた。「もういいの、既に寄付したわ」

彼女はさっき、昨日中古品販売サイトに出品した品々を確認していたが、一晩で全て売り切れていた。

総額で十億円、児童養護施設の改修と増築には十分な金額だ。

道則はそれ以上は言わず、地面の灰を見つめて尋ねた。

「この灰は何?何か燃やしたのか?」

「ただのいらないゴミよ」

道則はアシスタントに指示を出し、トラック一台分の寄付品を児童養護施設に届けさせた。夏子は牧野先生に別れを告げに来た。

今回イギスタンへ行ったら、もう二度と戻って来られないかもしれない。

牧野先生はその言葉を聞いて顔色を変えた。「もしかして、白野さんに何か酷いことされたの?」

夏子はうつむいたまま、黙っていた。

牧野先生はため息をついて言った。「いい子ね、安心して行きなさい。私のことなど心配しなくていいわ」

道則は寄付品を降ろし終えて近づいてきた。「どこへ行くの?」

夏子は牧野先生と目を合わせて話題をそらした。

「子どもたちにプレゼントを届けに行くの」

道則は夏子の手を取り、「じゃあ、俺も一緒に行くよ」

三人がちょうど出発しようとしたそのとき、一台の車が目の前に停まった。

玲子はシャネルのスーツを身にまとい、ヴァレンティノのピンヒールを履いて車から降りてきた。彼女は腰をくねらせながら、わざと首のサファイアのネックレスに触れた。

「どうしてチャリティーに私を誘ってくれなかったの?私、こういう善いことをするのが一番好きなのに」

玲子は夏子を押しのけて、道則の腕に絡みついた。

道則は後ろにいる夏子や牧野先生のことなど忘れたかのように、玲子を支えながらそのまま前へ進んでいった。

「まだケガが治ってないのに、勝手に出歩いて。母さんに知られたら、また責められるぞ」

玲子は体を半分道則に預け、甘えるように言った。「今朝、お兄ちゃんが予約してくれたサファイアのジュエリーが届いた瞬間、もうどこも痛くなくなっちゃった。ありがとう、お兄ちゃん!」

そう言って、周囲を気にすることもなくつま先立ちになり、道則の頬にキスをした。

道則は顔を曇らせ、慌てて彼女を突き放した。「何してるんだ!?」

玲子は気にも留めずに口をすぼめ、振り返って笑いながら夏子に尋ねた。

「夏子さん、気にしないでしょ?」

夏子は目を伏せて、「ご自由に」と答えた。

昼食時、夏子は児童養護施設の子どもたちと一緒に食事をすることになった。

道則はどうしても付き添うと言い張った。彼には夏子の様子がどこかおかしく感じられたのだ。

玲子も「お腹すいた!」と騒ぎ出した。

児童養護施設の食事はどれも質素だが、夏子は子どもの頃から慣れ親しんでいるため、特に気にしなかった。

一方で玲子は文句ばかり言っていた。

「ちょっと、これ何?野菜の根っこ?こんなの人間が食べるものなの?

夏子さん、ほんとに何でも食べられるのね。こんな豚のエサみたいなものまで?」

夏子はさすがに我慢できずに口を開こうとしたが、牧野先生に引き止められた。その時、玲子の向かいに座っていた女の子がテーブルの端を回って彼女の前に来ると、茶碗と箸を片付け始めた。

玲子はすぐに立ち上がり、「あんた、何してるのよ、このガキ!」と怒鳴った。

女の子は無邪気な表情で彼女を見つめ、「だって、私たちのご飯は豚のエサだと言ってたでしょ?じゃあ、食べなきゃいいじゃん。ブスのくせに文句ばっかり言ってさ」と言い返した。

その場にいた全員がこらえきれずに大笑いした。

玲子は怒りで顔を真っ赤にし、「この躾の悪い野良犬!」と吐き捨てた。

そう言うなり、なんと片足を振り上げ、女の子を勢いよく蹴り飛ばした。

「きゃっ!」

まだ六、七歳の女の子が、尖ったハイヒールの一撃に耐えられるはずもなかった。

彼女は地面に倒れ、苦しそうにお腹を押さえてうずくまった。

「玲子!」

夏子はついに我慢の限界に達し、彼女の前に駆け寄ると腕を振り上げ、平手打ちをしようとした。道則は突然立ち上がり、夏子の手首をつかんで、険しい表情を浮かべた。

「夏子、落ち着いてちゃんと話そう。お前は玲子の義姉だろう?どうして身内を差し置いて他人の肩を持つんだ?」
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