皐月の笑みがわずかに固まる。腕に抱いていた猫をソファに下ろし、静かに言った。「せっかく帰ってきたと思ったら、他に言うことはないの?」「答えてください」倫也の声が、いつもより鋭く重くなる。物音を聞きつけた使用人が慌てて台所から出てきた。リビングに漂う張り詰めた空気に、思わず足を止める。倫也と皐月は、しばらく睨み合ったまま動かない。使用人が恐る恐る近づき、なだめるように言う。「坊ちゃん、奥様にそんな怒り方をなさっては……」「あなたには関係ないでしょう」一歩も引かないその態度に、皐月の胸がかすかに震えた。やがて彼女は先に折れ、声を和らげる。「少し反省させようと思って、閉じ込めただけよ」「郊外のあのワイナリーにですか?」「ええ」倫也は奥歯を噛み締める。「本当に、それだけですか?」皐月は一瞬戸惑い、怪訝そうに彼を見る。「もう心に決めた女性がいるんでしょう?他の女のことに、どうしてそこまでこだわるの?」「心に決めた女性?」倫也は眉をひそめた。「違うの?」皐月は驚いた様子で続ける。「稲垣家のあの子が言っていたわ。最近、あなたが気にしている女性がいるって。しかも同じ職業の子だって。長門さんは医者だし、本人も認めていた。違うはずがないわ」その言葉を聞いた瞬間、倫也の目つきが変わった。底知れない冷たさが宿る。やがて彼は、ふっと笑った。「もし本当に彼女が好きなら、三日も放っておきますか?」「……違うの?」皐月はソファに座り込み、顔色を失う。倫也はことの一部始終を把握した。そのまま振り返り、玄関へ向かう。「待ちなさい」皐月が呼び止める。「こんな夜中にあなたが行く必要はないわ。今すぐ警備に連絡して、解放させるから――」倫也はドアの前で足を止め、振り返った。「こんな時間まで待たされていたら、とっくに死んでいますよ」彼の車が庭を出ていくのを見送りながら、皐月は眉を深く寄せた。すぐにスマホを取り、運転手へ電話をかける。「あなたたち、あの女をワイナリーに連れて行ったあと、何もしていないわよね?」「……ええ、何もしておりません。長門さんに協力するよう言われましたので、連れて行ったあとすぐ戻りました。その後のことは、長門さんに任せています」皐月は一瞬で理解した。自分が、あの計算高い娘に利用されたのだ。通話を切
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