由奈の頭が、一瞬で真っ白になる。だがすぐ、背後から倫也の声が落ちてきた。「いつも通りにやってください。今こそ、自分ができると証明しないと」彼女は唇を引き結ぶ。やがて落ち着きを取り戻し、ドリルで頭蓋骨を開け、続いてメスで脳組織を一層ずつ切開し、血腫を丁寧に除去していく。目の前に広がる生々しい光景に、倫也は激しいめまいを覚えた。顔色は見る間に青ざめていく。それでも、必死に踏みとどまっていた。「白石先生、少し休まれますか?代わりの先生を呼んできます」看護師が小声で声をかける。倫也は表情を変えず、手にしていた器具を由奈に渡した。「大丈夫です」由奈は終始、神経を研ぎ澄ませたまま、一瞬たりとも気を緩めない。そのころ、手術室の外では、実里が声を上げて泣き崩れていた。美夏と別の看護師がそばで必死に慰めている。「どうしてなのよ……うちの人、急に脳出血だなんて。やっとこれからいい暮らしができるはずだったのに!あなたが倒れたら、私はどうすればいいの……!」しゃくり上げながら泣き続ける彼女に、美夏はティッシュを差し出した。「石川さん、どうか落ち着いてください。きっと大丈夫です」「でも、頭の手術なんて……!」「先生方はみんな専門家です。信じましょう」実里はすすり泣きながら、ようやく口を閉じた。――四時間後。由奈は傷口の縫合を終え、患者のバイタルが安定しているのを確認する。その瞬間、室内にいた全員がようやく安堵の息をついた。そんな中、みんなを最も驚かせたのは倫也だった。重度の潔癖症で、血を見ることすらできない彼が、四時間も耐え抜いたのだ。由奈は微笑み、声をかけようとした。だが次の瞬間、倫也の体がぐらりと揺れ、そのまま彼女のほうへ倒れ込んでくる。由奈は慌てて彼を受け止めた。「白石先生!」……病室に運ばれた倫也に、裕人はずっと付き添っていた。そこへ皐月と夫、白石総司(しらいし そうじ)が慌ただしく駆け込んでくる。二人が入室するなり、裕人は立ち上がった。「総司さん、皐月さん……」「倫也はなぜ倒れたの?」皐月は顔色を変え、焦りを隠せない。「白石先生は……手術に入ったんです。血の匂いをずっと我慢していて……」「……正気なの?」皐月は愕然とした。「血を見ると発作を起こすって、本人が一番よく分かっているはずでしょう。
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