All Chapters of 徒に過ごした六年間――去り際に君の愛を知る: Chapter 701 - Chapter 710

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第701話

夕闇がゆっくりと街を包み始めていた。もう夕食の時間なのに、真由美はいつまで待っても、奈々美が自分の部屋から出てこない。苛立つあまり、執事へ声をかけた。「奈々美を呼んできてちょうだい」だが執事はその場に立ったまま、なぜか動こうとしない。「聞こえなかったの?呼んできてと言ったのよ」真由美が顔を上げると、執事は躊躇いがちに口を開いた。「奥様……お嬢様ですが、本日お戻りになった時から少々ご様子がおかしくて……」真由美は鼻を鳴らした。今日のドレスの試着で、彰に置いて行かれたことは聞いている。どうせまた拗ねているだけだろう。「そんなことで取り乱すなんて、情けないわね」その時だった。「きゃあああっ――!」突然、二階から悲鳴が響いた。真由美の顔色が変わる。ただ事ではないと悟り、箸を放り出し、慌てて階段を駆け上がった。「来ないで!違うの!わざとじゃない!本当にわざとじゃないの――!」「奈々美!」真由美は勢いよく部屋の扉を開く。ベッドの上では奈々美が布団にくるまり、ひどく震えていた。顔は血の気を失うほど青白く、充血した目には怯えが張り付いている。まるで恐ろしい悪夢の中から抜け出せなくなったようだった。「お嬢様、一体どうなさったんですか?」執事が近づこうとした瞬間、「来ないで!」と、奈々美が頭を抱えて絶叫した。「私のせいじゃない!あなたを殺そうなんて思ってなかった!」その言葉に、真由美の表情が一変し、すぐさま奈々美の肩を掴んだ。「奈々美!」声を張り上げる。「私よ!お母さんよ!」だが奈々美は聞こえていないかのようだった。「お願い……来ないで……お願いだから……」脳裏に焼き付いて離れないのは、血の海に倒れた由夏の姿だった。あの光景を思い出すだけで全身が震える。真由美は娘を抱き寄せ、できるだけ優しく囁く。「大丈夫よ。怖くないわ。お母さんがいるから。誰もあなたを傷つけたりしない」そう言って執事へ視線を送り、部屋から出るよう合図した。扉が閉まり、真由美は根気よく奈々美を落ち着かせ続けた。どれほど時間が経っただろう。ようやく奈々美の呼吸が少しだけ整い、目の前にいるのが母親だと認識できるようになった。「……お母さん……」真由美は娘の手を握る。「何があったのか話してごらんなさい。大丈夫。どんなことでも
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第702話

数分もしないうちに執事は門の前まで出迎えに向かい、彰の車の横に立って恭しく頭を下げた。「影山様。申し訳ございませんが、お嬢様は体調を崩されておりまして、お薬を飲んで先ほどお休みになりました。今はお目にかかるのが難しい状態ですので、よろしければ先に応接間でお待ちいただけませんでしょうか」彰は陰鬱な顔のまま、執事に視線すら向けない。「彼女に用がある時に限って、体調不良なのか?」執事は返答に困りながらも、表情を崩さない。「ご迷惑をおかけして、大変申し訳ございません」彰は鼻で笑った。そしてようやく執事へ目を向けると、冷え切った声で尋ねた。「数日後の婚約パーティーには出られるんだろうね?」「もちろんでございます。そちらに支障はございません」執事は即答した。彰は何も言わず窓を閉める。ガラスが上がり切る直前、ただ一言だけ残した。「これ以上騒ぎを起こすな」窓が閉まると同時に、彰の顔からわずかに残っていた笑みも消える。車内に残ったのは、重苦しい沈黙だけだった。運転手はバックミラー越しに彼の様子を窺いながら、おそるおそる口を開く。「影山さん、丸上さんの件ですが……」「滝沢奈々美……」彰は目を閉じたまま低く呟いた。「僕の女に手を出した代償は必ず払わせる。滝沢家との昔の借りも含めて、婚約パーティーの日にまとめて清算してやる」奥歯が軋むほど強く噛み締められていた。彰が由夏をそばに置いていたのは、利用価値があったからだ。――いや、それだけではない。少なからず私情もあった。由夏の死を聞いても悲しくはない。だが残念とは思った。ようやく見つけた、自分の思い通りになり、しかもそれなりに気に入っていた「ペット」だ。まだ完全に自分のものにもしていないうちに、誰かに壊されてしまった。だから、由夏が死ぬ前に奈々美が人を連れて彼女のマンションへ押しかけていたと知った瞬間、真っ先に奈々美へ問い質しに来たのだ。しばらくして胸の内の怒りを押し込めると、彰は再び口を開いた。「由夏の件だが――父親にお金を渡しておけ。葬儀はできるだけ立派にしてやれ」「かしこまりました」……それから二日が過ぎた。由夏の死を知る者はほとんどいない。ごく普通の人間の人生がそうであるように、彼女の人生もまた、誰にも気づかれないまま静かに終わった。振り返る者もいなければ、気
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第703話

由奈は差し出された招待状を見つめた。最後の一言だけが妙に引っかかる。まるで彰が最初から自分の反応を予想していたかのようだった。彼は、由奈が婚約パーティーへの出席を断ると読んでいる。それでも招待状を送りつけてきたのは、何かを伝えたいからに違いない。そう思い至った由奈は、静かに手を伸ばして招待状を受け取った。「わかりました。出席します」「ありがとうございます」佐藤は深く一礼した。「それでは失礼いたします」そう言って車へ戻ると、そのまま走り去っていった。車が見えなくなるまで見送っていた卓巳は、由奈の手元にある招待状を覗き込みながら首をかしげた。「影山さん、何を考えてるんでしょう。丸上さんの自殺を隠蔽したかと思えば、今度はわざわざ招待状まで送ってくるなんて。嫌がらせとしか思えません。池上さんは本当に行くんですか?」由奈は金箔の縁取りにそっと指先を滑らせた。「この婚約パーティー――私たちが思っているより、ずっと騒がしいことになりそうね」……大晦日の夜、由奈と浩輔は二人で食卓を囲んでいた。食事の最中、浩輔のスマホには何度も着信が入る。だが彼は一度も応答しなかった。その様子を見ていた由奈は苦笑する。「せっかくの大晦日なのに、誘いを全部断るの?」「別に仲のいい相手じゃないよ。同僚同士で集まって飲むだけだし。いつもと変わらないから行かなくていいかなって」「でも職場の付き合いも大事でしょう?仕事もようやく軌道に乗ってきたんだし、これからは同僚との関係だって大切になるわよ」浩輔は箸をくわえたまま、ぼそりと漏らした。「姉さんさ……妊娠してから、母さんみたいに小言が増えたよね」由奈は目を瞬かせた。「え、本当に?」「うん。かなり」あまりにも即答され、由奈は思わず吹き出す。「そう?」そう言いながら浩輔の好きなスペアリブを一つ取り分けてやった。「じゃあ余計なお世話だったわね。ちゃんと考えてるなら安心した」浩輔は肉にかぶりつきながら答える。「俺が家にいるのは、姉さんと時間を過ごしたかったからだよ。もう少ししたら帰るんだろ?次にいつ会えるかわからないし」その言葉を聞いて、由奈の手が止まった。温かな照明が浩輔の横顔を照らし、そこには寂しさが隠しきれず滲んでいる。由奈の胸がじんわりと温かくなり、彼女は柔らかく微笑んだ。「今夜は
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第704話

「祐一はどうなの?楽しくないの?」由奈がそう尋ねると、祐一は一瞬だけ間を置き、それから振り返った。「いや、楽しいよ」「それならいいけど」由奈はコートの襟を合わせ、祐一の隣に立つ。「大晦日なのに、みんながここに来るなんて、誰かに知られたらどうするの?世間的には私たち、もう離婚したことになってるから」祐一は小さく笑った。「他のみんなだって年越しで忙しいんだ。誰も俺たちのことを気にしたりしないさ」「それもそうね」由奈は頷いた。ふと祐一が話題を変える。「卓巳から聞いた。影山が君に招待状を送ってきたんだって?」「そうよ」由奈は視線を落とした。「最初は断るつもりだった。でも、あそこまで意味深なことを言われたら気になるじゃない。だから少し覗いてみたくなったの」祐一は彼女を見つめた。「丸上さんのために行くんだろ?」そう言われても、由奈はちっとも驚かなかった。祐一が由夏のことを知っているのは当然だと思ったからだ。「あの二人の婚約パーティーは、たぶん相当面白いことになる」祐一は夜空へ目を向け、意味ありげに口元を緩めた。「俺ですら楽しみにしてるよ」「楽しみにしてるって……」由奈は呆れたように彼を見る。「あなた、また標的にされたらどうするの?」祐一は静かに彼女へ視線を戻した。「もし俺がみんなにいじめられたら、君は心配してくれるのか?」由奈は顔を背ける。「状況と場合によるね」祐一はそれ以上追及せず、ただ微笑んだ。由奈の顔を見つめていた視線が、不意に彼女の体へと落ちる。「それにしても、君は本当に少し太った――」「祐一」由奈が彼の言葉を遮った。「あけましておめでとう」そう言って微笑む。ちょうどその瞬間、遠くの夜空に大輪の花火が咲いた。漆黒の空を金と紅の光が鮮やかに切り裂き、降り注ぐ光の欠片が由奈の瞳を照らす。その目はまるで星を閉じ込めたようにきらめいていた。祐一はしばらく黙ったまま彼女を見つめた。やがて喉仏がゆっくり上下し、空いっぱいに広がる花火へ視線を移す。そして柔らかく笑った。「あけましておめでとう、由奈」……年が明けてから数日後、ついに彰と奈々美の婚約パーティーの日がやってきた。会場の手配から装飾、演出に至るまで、すべて影山家が主導して準備を進めたものだった。一方の滝沢家は招待客の選定と当日の運営を担当している
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第705話

彰は咄嗟に奈々美の身体を支え、その視線の先を追った。視線の先にいた由奈は、すでにこちらから目を逸らしている。それを見て、奈々美がなぜ動揺したのかを察した彰だったが、その瞳に浮かんだのは心配ではなく冷え切ったものだった。優しく奈々美を支えながらも、彼女にだけ聞こえる声で囁く。「君も怖いと思うことがあるんだな」奈々美の手がびくりと震えた。だが、何も言い返せなかった。異変に最初に気づいたのは真由美だった。駆け寄り、奈々美を支えようとする。しかし奈々美が母親の方へ身を寄せようとした瞬間、彰は先に肩を抱き寄せ、彼女を自分の胸元へ引き寄せた。傍目には、仲睦まじい婚約者同士にしか見えない。「お義母さん」彰は穏やかな笑みを浮かべたまま言った。「奈々美は僕の婚約者で、今後僕の妻になる女性です。体調が優れないのなら、僕が面倒を見るのが筋でしょう」笑顔は柔らかい。だが、その目の奥には毒でも流し込まれたかのような凄絶な憎悪が渦巻いていた。離れた場所からでは誰も気づかない。だが至近距離にいた真由美にははっきり見えた。その瞬間、彼女は悟る。彰は由夏の死を許したわけではない。むしろ逆だ。最初から奈々美への報復を企てていたのだ。真由美が口を開くより早く、将吾が歩み寄り、彼女を脇へ引いた。「二人の晴れの日だぞ。余計なことはするな」「でも――」「彰さん」将吾は真由美の言葉を遮るように続けた。「奈々美はまだ本調子じゃない。婚約パーティーとはいえ何かと気を遣うだろうが、よろしく頼みます」「ご安心ください、お義父さん」彰は微笑みながら頷く。「奈々美のことは、責任を持って面倒を見ます」その言葉を聞いた真由美は、その場に立ち尽くした。胸騒ぎがして、嫌な予感がどんどん膨らんでいく。……婚約パーティーが始まる直前になって、ようやく祐一が麗子を伴って姿を現した。滝沢家の婚約パーティーでありながら、将平は出席していない。祐一だけが代表として顔を見せていた。これまで囁かれていた滝沢家分裂の噂が真実かどうか――その光景を見れば、会場の誰もが察することができた。祐一は将吾の前まで歩み寄り、礼儀正しく頭を下げる。「叔父さんに直接お祝いを申し上げる機会がなかったので、本日は改めて、おめでとうございます」そう言うと、麗子が手にしていた箱を差し出した
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第706話

由奈は思わず目を見開いた。さすがに、こんな展開は予想していなかった。次の瞬間――視界を大きな手が覆う。「何見てるんだ」耳元で低い声が響いた。「そんなもの見てたら目が腐るぞ」婚約パーティーで、まさかこんな映像が流れるとは誰も思っていなかった。影山家が反応するより先に、将吾が顔を真っ赤にしてスタッフへ怒鳴りつける。「どういうことだ!今すぐ――」しかし、その声をかき消すように悲鳴が響いた。「いやぁぁぁっ!!」奈々美だった。彼女は耳を塞ぎ、顔面蒼白のまま震えている。真由美もその場に呆然と立ち尽くしていた。映像の女性は顔こそ隠されている。だが、母親である自分が見間違えるはずがない。あれは――奈々美だ。奈々美の異常な反応を見て、将吾もようやく事態を理解した。勢いよく振り返り、隣に立つ彰を見る。彰は奈々美を慰めようともせず、取り乱す彼女をただ冷ややかに見下ろしていた。「今の声、滝沢さんじゃないか?」「まさか……」「婚約パーティーでこれは洒落にならないぞ……滝沢家も大恥だな……」ざわめきが一気に広がる。将吾の身体がぐらりと揺れ、慌てて周囲の人間が支えた。その直後、敦がスタッフに命じてスクリーンの電源を落とさせた。杖をつきながらゆっくり前へ進み出ると、重々しい声で口を開く。「将吾さん。今日という日を、私は心から楽しみにしていた。これで両家が正式に家族になれるとね。だが、滝沢家はこういう形で我が影山家に恥をかかせるとはな」「ち、違います!」将吾は我に返ったように叫んだ。「敦さん、何かの間違いです!あの映像の女性が奈々美であるはずがありません!誰かが娘を陥れようとしているんです!」真由美もまた、震える足を必死に支えながら前へ出る。事実を知っていても、今は娘を守るしかなかった。「どうか信じてください」将吾の腕にしがみつきながら訴える。「奈々美があんな破廉恥なことをするはずありません。誰かがこの婚約を潰すために細工したんです。どうか騙されないでください」そう言いながらも、真由美は何度も振り返った。床に崩れ落ち、泣き叫ぶ奈々美を見るたびに胸が締めつけられる。いつもの傲慢さなど微塵も残っていなかった。「こんな映像、きっと合成です!」真由美が突然叫んだ。「AIで作った偽動画なんです!」そして会場を見回し、由
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第707話

将吾と真由美は、何が起きているのか理解できないまま顔を見合わせた。すると敦が後ろへ顎をしゃくる。傍らに控えていた秘書がすぐさま前に出て、一冊の書類を将吾へ差し出した。将吾は訝しげにそれを受け取り、ページをめくる。だが、わずか二行目に目を通した瞬間、その顔色は青ざめた。「こ、これは……何だ?」真由美は慌てて書類を奪い取った。それは、DNA鑑定結果だった。将吾と敦美のDNA一致率は25パーセント――すなわち、二人は異母きょうだいの血縁関係にある。「皆さま、本日は本来なら両家にとって喜ばしい婚約披露の席であり、私にとっても待ち望んだ祝いの日でした」敦は会場を見渡しながら、重々しく口を開いた。「しかし今日になって初めて知ったのです。この婚約で、最も大きな被害を受けたのは我々影山家だったと」会場が静まり返る。そして彼は一語一句を叩きつけるように続けた。「私の息子の妻である敦美は――もともと滝沢家の娘だったのです」その一言で、会場は一瞬にして騒然となった。真由美はその場にへたり込み、手から滑り落ちた鑑定書が床へ舞う。紙に記された鑑定結果は周囲の招待客の目にも入り、ざわめきはさらに大きくなった。「えっ、敦美さんが滝沢家の娘だったの?じゃあ彰さんと奈々美さんって……」「血縁者同士の婚約じゃないか。鑑定が出なかったら大問題だったぞ……」「でも滝沢家って息子は二人だけじゃなかったのか?いったいどうして……」驚きと憶測が飛び交う。それこそが敦の狙いだった。滝沢家に、敦美と彰の存在を認めさせるために。敦はゆっくりと祐一へ視線を向けた。「滝沢社長。この秘密については、君も和恵さんも知っていたはずだ。それなのに、両家の婚約を止めようとはしなかった。実に意外だったな」将吾と真由美も、はっとして祐一を見るが、今の二人には彼を責める資格すら残されていなかった。利益も計算も、この鑑定書一枚で跡形もなく吹き飛んでしまったのだから。そして二人は悟る。祐一がこの秘密を知っていたということは――自分たちと彰の関係を最初から知りながら、何も言わず傍観していたということだ。浮かれ、得意になっていた自分たちを、まるで道化のように踊らされている姿を、ずっと見ていたのだ。しかし祐一は小さく笑った。「敦さん、何か誤解されているのでは?婚約の話を水面下で進
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第708話

真由美と将吾は、あまりの展開に激しく動揺し、息が詰まりそうになっていた。一方の敦も杖の柄を強く握り締める。平静を装っているが、この探り合いでは明らかに自分が劣勢に立たされている。そして、祐一がここまで踏み込んでくるということは――何かを掴んでいる。そう考えざるを得なかった。敦は奥歯を噛み締め、低く言った。「さすがは滝沢社長だ。若いのにずいぶんと鋭い。実に感心させられる」祐一は微笑みながら軽く頷く。「お褒めにあずかり光栄です。ですので、敦さんも早めにご決断ください。冤罪を着せられてしまったら、困るのはあなたの方でしょうから」その言葉に、敦の顔へ陰鬱な色が差した。頬の筋肉もぴくりと震える。その時。「祐一!おばあさんとお母さんの事故は、全部この人の仕業だ!」圧力に耐えられなくなったのか、将吾が突然叫んだ。会場が静まり返り、誰もが耳を疑った。それは敦も同じだった。胸の奥に渦巻いていた怒りが一気に燃え上がる。彼は将吾を睨みつけた。まるで愚か者を見るような、軽蔑と憤怒の入り混じった目だった。「滝沢将吾……事が露見した途端、私に責任を押し付けるつもりか?」祐一の揺さぶりに耐え切れず、将吾は自ら口を滑らせた。そしてその一言で、敦の描いていた筋書きは完全に狂わされてしまった。「ふん、私と手を組んで、滝沢家を乗っ取ろうとしたお前こそが主犯だ!」将吾は顔を歪めながら怒鳴った。「事故の計画だって最終的に決めたのはお前だ!私はお前の筋書きに乗っただけ!今さら全部俺一人に罪を被せるつもりなら、そうはいかん!」今の将吾は、もはや同盟も協力関係も気にしていなかった。敦が自分たちの秘密を守る保証などどこにもない。ならば先に暴露するしかない。そう判断したのだ。「よくも父を侮辱したな、滝沢!」慎吾が堪えきれず前へ出た。「お前は実の母親の薬をすり替えて殺そうとしたんだ。そんなお前に、俺たちを責める資格があると思ってるのか?それに、我が影山家との縁談も提携も、お前自身が望んだことだろう?誰も強制しちゃいない。今までお前と良好な関係を築こうとしてきたが――まさかここまで卑劣な男だとはな!」「き、貴様……!」将吾の顔色が一気に悪くなる。胸を押さえた次の瞬間――「ぶっ……!」真っ赤な血が口から噴き出した。「あなた!」真由美が悲鳴を
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第709話

「見られたなら見られたで構わないさ」祐一はどこか投げやりな口調で続ける。「明日のニュースに『滝沢祐一、元妻を忘れられない情の深い男』なんて書かれても、俺は文句言わないよ」由奈は小さく舌打ちした。「ほんと、厚かましいんだから」会場の外では、卓巳と祐一の運転手がそれぞれ車の前で待機していた。中で何が起きたのかは知らない。だが、救急車が来て、招待客が突然散り散りになり、奈々美と真由美の車が裏口から出ていったのを見れば、ただ事ではないと察しはつく。そして祐一と由奈が手を繋いだまま出てくるのを見た卓巳は、「ああ、これは僕の出番じゃないな」と即座に悟った。気を利かせて祐一の車のドアを開ける。隣にいた祐一の運転手は数秒固まった。それを見た由奈が呆れて声を上げる。「ちょっと、私はこっちには――」「気が利くな」祐一が彼女の言葉を遮り、卓巳に満足げな視線を向けた。そして由奈を抱き寄せる。「俺が雇った人間だからな。察してやってくれ」「……」由奈は頬を膨らませて祐一を睨みつけたが、もう何も言わなかった。祐一は楽しそうに唇を緩め、そのまま彼女を連れて車へ乗り込む。由奈は座るなり後部座席の中央アームレストを下ろし、二人の間に壁を作った。「ここから先は禁止。越えたらダメだから」祐一は肘をアームレストに乗せ、身体をこちらへ傾ける。「越えたらどうなるんだ?」距離が近い。明るい車内灯の下では、肌も、かつての植皮手術の痕が残した小さな傷もはっきり見えた。けれど、それすら気にならないほど整った骨格と顔立ちをしている。年齢を重ねたことで生まれたわずかな瑕疵が、むしろ彼に深みを与えていた。由奈は思わず見入ってしまい、返事をするのも忘れる。その時だった。「滝沢社長、このままご自宅へ向かいますか?」運転手が唐突に尋ねる。由奈は我に返り、慌てて距離を取って背筋を伸ばした。祐一は視線を外し、短く告げる。「病院へ」……真由美は救命処置室の前を落ち着きなく行き来していた。目は真っ赤に腫れている。奈々美は長椅子に座ったまま、一言も発しなかった。婚約パーティーの会場を出てから、彼女は魂が抜け落ちたように虚ろだった。隣では家の使用人が必死に声をかけているが、反応はない。やがて医師が処置室から出てくる。真由美は駆け寄った。「先
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第710話

「どんな手術にもリスクはあります。助けようとして助からなかったのと、最初から見捨てて死なせるのとでは、まったく意味が違いますよ。なのに、考えもせずに夫の命を諦めようとするなんて、本当につれないですね」ゆっくりと歩み寄ってきた由奈が、淡々と言った。「余計なお世話よ!」真由美は激昂し、二人を指差した。「そうか、分かったわ!全部あなたたちの仕業なのね?影山家と結託して最初から私たちを陥れようとしたんでしょ!」「もういい」祐一の声には、はっきりと苛立ちが滲んでいた。「話があるなら、叔父さんが目を覚ましてからにしてください」そう言うと、彼は部下へ視線を向けた。「叔母さんと奈々美を自宅まで送り届けろ。叔父さんが目を覚ますまで、二人とも一歩たりとも外へ出すな」「祐一!あなたにそんな権利はないわ!」祐一は静かな目で真由美を見た。「もし警察署に行きたいなら、こちらとしては構いません。警察を介入させてもいいんですよ」「お義母さんの交通事故のことなら、私たちと関係ないわ!」「じゃあ、丸上由夏の死は?」その名が出た瞬間、奈々美の肩がびくりと震えた。真由美は指先が白くなるほど拳を握り締め、祐一を睨みつける。「あの子は自殺よ!」祐一は薄く笑った。「そうですか。では、彼女を襲わせるために数人のチンピラを差し向けたのは誰だったんでしょうね」一拍置き、さらに続ける。「俺に証拠がなくても、影山にはあるかもしれませんよ?」真由美は言葉を失った。祐一は、青ざめた二人の顔をもう見ることもなく、部下へ合図する。部下は真由美に「こちらへ」と手を差し示し、そのまま身体を強張らせた二人を連れて病院を後にした。由奈は目を伏せた。さっき自分の目で見ていなければ、真由美がここまで冷酷な人間だとは信じられなかった。親が親なら子も子。奈々美がここまで堕ち、一人の命を奪うところまで来てしまった背景には、真由美の後押しが少なからずあったはずだ。「祐一」そのとき、将平が秘書を連れて遅れて現れた。「将吾の容体は?」「肺塞栓症だそうで、これから手術に入ります」「そうか、手術になるとはな……」将平は眉をひそめた。婚約パーティーで起きた一連の騒動については、すでに耳にしている。実の弟が影山家の人間と手を組み、千代と和恵を死に追いやったことも。血
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