許すとでも?私を15年愛す極上の夫を選ぶわ のすべてのチャプター: チャプター 71 - チャプター 80

168 チャプター

第71話

さっき、大地は自分の気持ちを無視して、無理やり渉の相手をさせようとした。今度は、彼が企画案に目を通し終わった途端、用済みだとばかりに切り捨てようとしている。世の中、そんなに甘くはない。「プロジェクトは実力勝負よ。渉とのプライベートな問題と仕事は別。契約はちゃんと書面で交わすんだから、彼が約束を破るなら違約金を払ってもらうだけ。二宮グループも私も損はしないわ」大地はぐっと言葉に詰まった。葵がバンと机を叩いて立ち上がった。「お姉さん!なんて恩知らずなの!お父さんが特別にあなたを今の地位に引き上げてあげたことを忘れたの?」「二宮グループを守ったのは私の母なのよ。だから私がどんな立場にいようと当然のこと。それに比べて、二宮家で生まれたわけでもないあなたが、私に向かって机を叩くなんて、何様のつもり?」凪の冷たい視線がナイフのように葵の胸に突き刺さり、葵は思わず息を呑んだ。カチャッ――再びドアが開き、葵はこみ上げてきた怒りをぐっとこらえた。悔しさで胸が張り裂けそうだった。渉は、会議室の異様な雰囲気に気づいた。「凪と二人きりで話したいです」「でも、このプロジェクトは私が……」葵は不満そうに言った。「決定権は俺にあります」渉は冷たく言い放ち、葵を全く相手にしなかった。それを見た大地は、慌てて葵を隣の会議室に連れて行こうとした。しかし葵は大地の手を振りほどいた。「お父さん!お姉さんに馬鹿にされて、他の人にもいじめられてるのを黙って見てるだけなの!?」「プロジェクトが最優先だ。まずは契約を済ませる。君のことは、後でお父さんが何とかしてやるから」大地の視線は会議室に向けられた。白い壁を見つめながら、まるで中にいる渉と凪の姿が見えるかのようだった。十三年という絆は、利用する価値がある。……会議室。渉は凪の向かいに座り、二人の視線が交わった。「彼らは君に強い敵意を抱いている。君を追い出したいんだろう」「知ってるわ」凪は気にも留めない様子で答えた。あまりに率直な彼女の態度に渉は一瞬言葉を失ったが、すぐに口を開いた。「もし、俺がこれまでしてきたことを全て許してくれるなら、このプロジェクトは君に一任する。そうすれば君は二宮グループで確固たる地位を築けるし、もっと自分のやりたいことができるようにな
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第72話

そんな言葉を言い終えると、渉は、少し自信を取り戻した。冷酷な男の愛人でいるよりも、気心の知れた自分とよりを戻す方がいいに決まっている。彼はそれが当然のことだと考えていた。しかしその言葉に、向かいに座っていた凪はふっと笑い出した。「あなたと結婚したところで、直美が愛人として残るんでしょ?ひとりの男を共有するなんて、空さんの愛人でいることと何か違いがあるの?どうせ一人の男を共有するなら、空さんの方があなたよりよっぽど見た目もお金も権力も上よ。あなたの妻になるくらいなら、彼の愛人でいた方がマシだわ」話しながら、凪はゆっくり立ち上がった。テーブルの端に手を置き、少し体を前に傾けるとその瞳は危うい光を宿し、まっすぐ渉を射抜いていた。「それに、あなたは私を利用して空さんに近づこうとしてるでしょ……私を取り戻すよりも、今はおとなしく私のご機嫌をとるべきよ。もしかしたら私が情けをかけて、紹介してあげるかもしれないわ」渉の瞳から、自信が瞬く間に消え去った。彼は怒りのあまり体がかすかに震え、握りしめた拳はゴキリと音を立てた。男としてのプライド。そして、かつての恋人の選択。その全てが鋭い刃物のように、渉の心をずたずたに引き裂いた。「凪、よくも、堂々と愛人なんかやってられるな!」「心変わりした元カレさんが、今さら未練がましいフリして、本当はコネ目当てで近づいてきてるんでしょ。あんたって本当に、お綺麗事で――」最後の言葉を、凪はわざと引き延ばした。その瞬間、渉は怒りのあまり、バンッと机を叩いて立ち上がった。「凪!君のためを思って言ってるんだぞ!」「私もあなたのためを思って言っているのよ。私のご機嫌をとることが、あなたのやるべきこと。二宮グループで、市場の喧嘩屋みたいに騒ぎ立てるのはやめてちょうだい」凪は彼を冷ややかに一瞥した。その気迫はまったく引けを取らない。かつての恋人。そして今日の、この刺々しいやりとり。渉は複雑な心境になり、すごく動揺していた。空気が張り詰め、一触即発というその時。会議室のドアが、再び開かれた。二人の言い争う声を聞きつけ、葵が早足で入ってきた。「中島社長、お姉さん。せっかく一緒にお仕事するんですから、仲良くしましょうよ。そんなに怒らないでください」彼女は優しさを装って
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第73話

渉は、しばらく何かを言いかけては口をつぐんでいた。でも、最後には凪の目も見ることができずに、背を向けて部屋を出ていった。ドアが、バタンと大きな音を立てて閉められた。その途端、葵が吹き出した。「可愛さ余って憎さ百倍って言うけど、まさにあなたのことね。見事に証明したわ。「凪、今頃になって渉のために全てを捧げたこと、後悔してるんじゃない?さっきのあの剣幕、聞いてるこっちが怖くなっちゃった。あんなに気性が荒い人だなんて、昔、暴力とか振るわれたりしてたんじゃない?」葵は一歩、また一歩と詰め寄り、そのハイヒールのつま先が凪の足を踏みつけんばかりだった。凪は答えるのが面倒で、何も聞こえないふりをした。葵は思った通りの反応が得られなかった。彼女は少し屈んで凪の顔に自分の顔を近づけ、相手が動揺している証拠を探そうとした。「渉さんはもう行っちゃった。あなたが彼と一緒にいた十三年は、まるで笑い話みたい。このプロジェクトも水の泡になったし、あとは譴責処分を受けるのを待つだけね……」葵が言い終わる前に、凪が、すっと手を高く振り上げた。殴られる。葵はとっさに頭をかばって後ずさり、悲鳴を上げた。でも、痛みはやってこなかった。葵がおそるおそる目を開けると、凪が肩のほこりを軽く払いながら、皮肉な表情で葵を見ていた。「臆病ね。肩のほこりを払っただけなのに、何をそんなに怖がってるの?」「だって、さっきは明らかに殴ろうと……」「殴ろうとしたって、私が?」凪はとぼけた顔で数歩近づくと、身長差を利用して葵を見下ろした。「私が、あなたを殴ると思ったの?」そう言いながら、凪は疲れた手首をさすり、今にも殴りかかりそうな素振りを見せた。葵には凪が何を考えているのか分からない。その様子を見て数歩あとずさりした拍子に、ヒールで足をひねりそうになった。みっともなくテーブルの端にしがみつき、憎しみを込めて凪を睨みつけた。「やっぱり殴るつもり!今すぐお父さんに言いつけてやる。そしたらきっと……」「泉、ドアをロックして」凪が、そう命じた。ドアの外にいた泉が部屋に入ってきて、落ち着いた様子でドアに鍵をかけた。カチャリと鍵がかかる音が響く。葵は、恐ろしい目をした凪と、ドアの前に立つ冷たい目つきの泉を交互に見て、ごくりと喉を鳴らした。
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第74話

渉はイライラした様子で家に帰ると、ソファに体をうずめて黙り込んだ。彼の帰宅に気づいた直美は、甲斐甲斐しく水を差し出すと、優しくその身を寄せた。「渉さん、何かあったの?」「二宮グループとの共同プロジェクトの件だ」渉は差し出されたコップを払いのけ、胸の奥が締め付けられるように感じた。「俺は凪を助けたいだけなのに、彼女は分かってくれない。一体どうしたいんだ!」言い終える頃には、渉はさらに苛立ちを募らせた。もう直美と話す気にもなれず、自分の部屋に閉じこもってしまった。彼が部屋に入ると、すぐに、それまで優しげだった直美の表情が、途端に変わった。コップを握る彼女の手は、力を込めすぎて白くこわばっていた。「また凪!あなたって一体、どんなところが良かったのかしら?どうしてあんなにあなたに執着するの!」彼女は憎しみでヒステリックになりそうだった。でも、渉が家にいるから大声は出せない。爪が手のひらに食い込むほどの痛みで、どうにか理性を保っていた。痛み?そう、痛みこそが、一番リアルな感覚。直美の瞳に凶悪な光が宿った。彼女はコップを置くとキッチンへ向かい、あらかじめ用意しておいたメッセージを、渉とのチャット画面に打ち込んだ。そこには、はっきりとこう書かれていた。【渉さん、あなたがそんなに苦しんでいるのを見たくないわ。凪さんのことは、私の方でなんとか話をつけてみるから】そのメッセージを送信可能な状態にすると、彼女はキッチンを後にして、まっすぐマンションの最上階へと向かった。仕事を終えた凪が帰宅し、エレベーターのドアが開くと、目の前に立つ直美の姿に表情がこわばった。「警備員を呼ぶわよ」「待って、凪さん!ただ、ちゃんと話がしたいだけ。あなたを傷つけるつもりはないの」直美は大人しく両手を後ろに組み、用意しておいたラインを送った。そして、無邪気な瞳で凪を見つめてきた。まるで、凪が初めて彼女に会った時のような、素直な様子だった。凪は一瞬、ためらった。その隙に直美はさっと近づき、凪のスマホを押さえつけた。そして、凪を隅の壁へと押しやり、わざと監視カメラの死角に立つ。その瞳は、恐ろしい光を帯びていた。お互いの心臓の音が聞こえるほど距離が近い。ただならぬ気配を感じた凪が直美を突き飛ばそうとした瞬間、目の前で銀色の光が
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第75話

真っ赤な血が、ぽたぽたと床に滴り落ちていた。その場の空気が、しんと静まり返った。直美は信じられないというように数歩後ずさった。凪の手の甲から血が滲み出ているのを見て、怖ろしさで全身が震えていた。「違うの。私は……」チーン――エレベーターのドアが開いた。メッセージを見て駆けつけた渉が飛び込んできた。彼は直美を止めようとしたが、凪の傷口に気づき、ハッと息をのんだ。そして、彼女の肩を支えようと前に出た。「凪!怪我をしてるじゃないか。病院に連れて行くから……」「さわらないで」凪は痛みにヒッと息をのむと、とっさに肩を動かして渉の手を振り払った。彼女は空いている手で暗証番号を押し、家で手当てをしようと考えていた。血はたくさん出ているように見えるけど、ただの擦り傷で、たいしたことはなかったからだ。その時、エレベーターの扉が再び開き、隆が慌てて駆け寄ってきた。「二宮さん、お怪我を!社長は、まもなく下に到着されます。病院へお送りします!」「大丈夫よ。ただの擦り傷だから」凪は渉を突き飛ばした。隆がすぐに凪の肩を支え、渉を遮るように立った。「社長は警備員から連絡を受け、もしものことがあってはと急いで戻られました。こんなに大きな傷、病院に行く必要があります」「空さんが……」凪は驚いた。さっき念のために警備員に連絡を入れただけだった。まさか空にまで伝わって、こんなに早く駆けつけてくれるなんて、思ってもみなかった。凪が呆然としている間に、隆は彼女をエレベーターの中へと導いた。エレベーターは一階に直行した。ドアが開くと同時に、凪は空の温かい腕の中に引き寄せられた。彼の広い肩が冷たい風を遮り、その視線は彼女の手の甲の傷に、じっと注がれていた。「近くの診療所で手当てを」「ちょっと――」凪が言い終わる前に、彼女はもう近くの診療所に連れてこられていた。医師が手早く傷を手当てしてくれた。「たいして深い傷ではありませんよ。消毒して薬を塗ったら、いったん包帯を巻いておけば大丈夫です」「自分でやります。ありがとうございます、先生」凪は自分でやろうとしたが、空に手を取られた。「俺がやる」凪は断ろうとしたが、左手では思うように動かせず、結局、空が優しく包帯を巻いてくれるのに身を任せるしかなかった。
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第76話

凪はうつむいて、空に手当てしてもらった傷口を、ぼんやりと見つめていた。そこへ、ブリーズ・ガーデンズの管理会社から電話がかかってきた。「黒崎さんのご要望で、廊下に死角がないように監視カメラを設置いたしました。安全を守るため、警備員も増員しております」高級マンションの管理員は、いつも礼儀正しくて、緊急時でも冷静沈着だ。しかし、その短い言葉の中に、相手の明らかな動揺が感じ取れた。そして最後に、どうか自分たちを困らせないでほしいと、遠回しに懇願するような言葉を付け加えた。彼女が視線を移すと、空が隆と何やら小声で話している、その凛とした背中が見えた。「もうあのイカれた女を最上階に足を踏み入れさせないでください」凪はそう言い残して、電話を切った。自分が手当てをしてもらっている、ほんの僅かな時間に、空は管理会社の人たちに一体何をしたのだろうか。あんなに恐縮させるなんて。しばらくして。空が戻って来たので、凪はちょうど尋ねようとした。しかし、空は眉をひそめて彼女の隣に座った。オーデコロンの香りに、薬の匂いが混じっている。「明日の夜、黒崎家主催のパーティーがある。親しい身内が多く集まるんだが、君にも出席してほしい」まだ結婚式は挙げていないが、正式な妻を連れてこれほどの規模のパーティーに出席するのは、世間に向けて一つのメッセージを送るためだ。妻の座はもう埋まっているから、余計なちょっかいは出すな、と。それはセレブの世界における暗黙のルールで、凪も百も承知だった。それに、彼女には空に借りがあるという自覚もあった。「時間通りに行きます」「ああ。パーティーが始まるまでは家でゆっくり休んでいればいい。必要なドレスは隆に届けさせる」怪我をした体であちこち動き回る必要はない。後半の言葉、空は口に出さなかった。凪は気だるげに頷くと、空と共にブリーズ・ガーデンズへ戻った。最上階の廊下にあった血の跡はすでに綺麗に片付けられ、数人の警備員がエレベーターの両脇で、凪の安全を確保するように立っていた。凪は空に家まで送られた。そして、ドアが閉まる。凪は指の腹で傷口のあたりをなぞると、冷たい眼差しになった。直美は渉のために、体を傷つけてまで自分を陥れようとしている。なのに渉は馬鹿みたいに、彼女の手のひらの上で転が
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第77話

悠斗は眉をひそめ、調査の指示をした。秘書が息を切らしながら走って戻ってきた。「K市の不動産ですが、渉様と山下さんが一緒に住んでおられるようです」「あいつが、あの女に家を買い与えただと?」悠斗はカッとなって怒りを爆発させた。直美という女を思うと、声が荒くなった。「直美とああいう関係なのに、渉は、出張を口実にK市へ行き、あの女のために私用を済ませるなんて!女のために私用を済ますだけならまだしも、黒崎家を敵に回すとは何事だ!すぐに黒崎家の機嫌を取らせろと、彼に伝えろ!今すぐだ!」言い終えると、悠斗は激しく咳き込み、病院に運ばれそうになった。だから、誰がこの情報を知らせてきたのか、気にする余裕はなかった。中島家の一同は、この面倒事が渉のせいだと知った。一斉に悠斗に連絡を取り、激しく非難した。……その頃、ブリーズ・ガーデンズの最上階。隆はチームを作り、中島グループの様々なプロジェクトを手際よく潰していた。空は大きな窓の前に立っていた。そして、背後でキーボードを叩く音が止むと、腕時計に目を落とした。「終わったか?」「はい」隆はノートパソコンを閉じた。「中島グループは黒崎家の仕業だと突き止めたようです。今頃、中島さんに圧力をかけているでしょう。次はどうしますか?」「妻のために、似合うドレスとスタイリストチームを用意しろ」凪が自分の妻として、初めて公の場に姿を現すのだ。少しのミスも許されない。隆は承知し、部下と共に、次の任務に集中させて取り掛かった。中島グループを潰すことよりも、社長夫人を完璧にスタイリングする方が、明らかに優先度が高い。一方、階下の部屋では。渉は中島グループからの連絡を受け、ひどく焦っていた。なんで、こんな大ごとになってしまったんだ?まさか、午後の流血騒ぎのせいか?彼はすぐさま、ソファに弱々しくうずくまる直美に目をやった。「直美、どうして凪に会うのにナイフなんか持ってたんだ?まさか君……」「昔、私が病気の時に凪さんが看病してくれたんだ。その時、りんごを剥きやすいようにって、小さなナイフを持ってきてくれて……だから、ナイフを持っていったの。昔の思い出を思い出してもらいたかっただけで、まさかこんなことになるなんて……」言い終わると、直美は再び顔を覆って泣き出した。
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第78話

直美の目に、鋭い光が宿った。彼女は渉の首に回した指に、無意識に力を込めていた。嫉妬の炎が、胸の中でじりじりと燃え上がっていく。渉に飼われていた、ただの籠の鳥のくせに……それが今じゃ、自分たちに気を使わせるっていうの?身の程知らずにもほどがあるわ。凪は空の愛人になったからって、何でも思い通りになると思ってるわけ?いつか思い知らせてやる。愛人は所詮、愛人。本物の黒崎夫人の前では、ひれ伏すしかないんだってことをね。直美は渉の後ろ首を指でなぞり、ようやく少しだけ落ち着きを取り戻した。いいわ、どうせいつか渉は、凪なんかじゃなくて、自分を愛するようになるんだから。彼女は渉の胸にすり寄り、わざと甘ったるい声で語尾を伸ばした。「わかった、ぜんぶ、渉さん、あなたの言う通りにするわ――」「ああ」渉はすっと立ち上がると、直美から身を離した。「もう遅いから。ゆっくり休んで」……翌日の夜。空は急な仕事に追われ、自ら足を運ぶことはできなかったが、わざわざ隆を迎えに寄越して凪の送迎を任せていた。体のラインにぴったりと沿う、黒と金を基調にしたオーダーメイドのロングドレス。そして、プロのスタイリストチーム。隆がそのすべてを連れてきていた。凪の美しいボディラインはドレスに優しく包まれ、黒と金のコントラストが気品と華やかさを引き立てていた。艶やかな黒髪は高く結い上げられ、彼女は軽く顎を上げて、メイクを任せていた。メイクが仕上がると、凪の顔立ちは一層くっきりと彫りが深くなった。その輝く瞳に見つめられ、女性のメイクたちでさえ思わず胸が高鳴るほどだった。「やっぱり黒と金の組み合わせは素敵ですね」「奥様の顔立ちが整っているから、こんなに華やかなドレスもメイクも着こなせるんですよ」凪は褒められて少し恥ずかしそうにしながらも、彼女たちとなんとか話を交わし、隆と共にパーティー会場へと向かった。会場の前には高級車がひしめき合い、人々が絶え間なく行き来していた。隆が凪のために車のドアを開けると、入り口にいたドアマンが恭しく近づき、ドレスに合わせた仮面を差し出した。「こちらでご本人様確認を済ませた後は、素顔でお過ごしになるか、仮面をお着けになるか、ご自由にお選びいただけます。今夜のパーティーには名家のご令嬢や御曹司も多く
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第79話

渉は眉間にしわを寄せた。「ただの染みで、たいしたことじゃないです」「弁償します」凪の声は低く、落ち着いていた。もとの彼女の声とは、ほとんど分からないくらいだった。それはそれ、これはこれだ。渉に恨みはあるけれど、弁償すべきものに対して借りを作る気はなかった。「いや、大丈夫です。楽しんでください」渉はそう言うと、直美を連れてその場を去った。スマホを取り出そうとした凪は、その動きを止め、ぽつりとつぶやいた。「まあ、お金が浮いたと思えばいいか」彼女は向きを変え、シャンパンを手に取った。すると、背後から見知らぬ男が近づいてきた。「すみません、後で俺と一曲踊っていただけませんか?」凪は黙り込んだ。どうやら、今夜はゆっくりしてられないみたいだ。凪は振り返った。声をかけてきた男に悪意がないのを見て取ると、特にすることもないので、他の客たちと当たり障りのない会話を始めた。一方、その頃。渉は直美を隅に連れて行くと、険しい顔つきになった。「ここにいるのは大物ばかりだ。下手に手を出せる相手じゃないから、余計なことは言うな」「でも、あなたのスーツが……」「スーツなんてどうでもいい。人を怒らせる方がよっぽど面倒だ。直美、俺と約束しただろ」渉は、なだめるように直美の手を優しく握った。直美は、仕方なく頷くしかなかった。でも……彼女は納得いかない様子で、男たちに囲まれている黒と金のドレスの女に視線を向けた。外では、凪に我慢しなきゃいけないなんて。こんな豪華なパーティーに来てるのに、他の女にまで気を使わなきゃいけないの?「あの女、男たちにチヤホヤされちゃって。どうせ玉の輿狙いで来てるね。格式高いパーティーには、名家の令嬢しかいないと思ってたのに。まさか、あんな成り上がり狙いの女まで紛れ込んでるなんて……ねえ、渉さん、あなたもそう思うでしょ?」直美は、まだ後ろでぺちゃくちゃと喋り続けていた。しかし渉は耳を貸さず、人ごみの向こうに目をやった。会場に入ってきたばかりの葵を見つけ、彼ははっとした。二宮家の人間も来ているのか。もしかして、凪も今日のパーティーに来ているのだろうか?凪に許してもらえさえすれば、黒崎家も中島グループへの追求をやめてくれるかもしれない。そう思うと、渉は直美の愚痴を
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第80話

凪は少し話し疲れたので、その場を離れることにした。空になったグラスをウェイターのトレイに置き、新しいグラスは手に取らなかった。手ぶらでいるのは、もう誰とも話すつもりはないという意思表示だった。どこか隅のほうで休もうとした、その時、突然、大輔が現れて行く手を阻み、赤ワインのグラスを彼女の前に差し出した。「俺は黒崎大輔です。よかったら、少しお話ししませんか?」「少し、休みたいですが」凪は相変わらず声のトーンを落としたまま、なんとか大輔をあしらおうとした。彼女は以前から、大輔の自分を見る目つきが、どうも気になっていた。今、彼は片手をポケットに突っ込み、ニヤニヤしながら行く手を遮っている。断りの言葉を伝えたのに、自分が動くとまた一歩ずれて邪魔をする。凪は少し眉をひそめ、不快感をあらわにした。「会場には綺麗な方がたくさんいらっしゃるでしょう?どうして私に構うのですか?」「あなたは、俺の知ってる人にすごく似てるんですね」大輔は、じろじろと値踏みするように彼女を見た。体つきは、凪にそっくりだ。でも、声は違う。彼はなおも考え込んでいる。一方、凪は内心ひやりとしながらも、顔にはおくびも出さず平然を装っていた。「あなたのお母さんにでも似ているとか?手のかかる男の子って、大抵マザコンですものね」「やっぱり、あなたは彼女じゃないですね」凪は、自分に対してこんな悪意を向けてくるような女じゃない。それに比べて、目の前の女ときたら、口は酷すぎる。子供扱いされるのが何より嫌いな大輔は、その一言で一気に興味を失った。そして、すぐにその場を離れようとした。少し離れた場所から、葵が、その二人を食い入るように見つめていた。もちろん、仮面の女が凪だとは気づいていない。ただ、大輔のほうから声をかけられたことへの嫉妬に駆られ、周りの人たちに立て続けに尋ねて回った。返ってくる答えは、驚くほど皆同じだった。「知らないわね。男性のパートナーもなかったのに、名の知れたお嬢様でもない。一体どこの誰かしら」社交界の令嬢たちは、お互いの顔と名前をよく知っているものだ。彼女たちが誰も知らないというのだから、葵も困惑した。どこの馬の骨とも分からない女が。誰も知らないなら、自分で聞き出してやる。葵は、つかつかと凪に歩
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