All Chapters of 暗殺騎士は、忘却聖女を恋願う: Chapter 11 - Chapter 20

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予想外の再会からの、あれやこれ⑧

「エルベルトさんから助手をやれって誘ったくせに、なんか嫌っぽく見えるのは私の気のせい?」 拗ねたツグミは、わざと可愛げのない質問をしてやった。「まさか。カナほど適任者はもう二度と現れないと断言できる」 真顔で答えるエルベルトに、ツグミは面倒くさい質問を重ねる。まだちょっとだけ、腹の虫がおさまらないのだ。 「ふぅーん……私、暗殺なんてしたことないのに?」「だろうな。見るからにどんくさそうだし」「その通りですけど、もう少し言葉選びません?」「すぐカッとなるところも暗殺に向いてないな」「自分だってすぐ怒るくせに」「俺はカナに合せてやってるんだ」「……へぇ」 その割には目が本気でしたけど?と言い返そうと思ったが、やめた。ツグミだって、もう子供じゃないのだ。「助手っていっても、カナは人殺しには関与しなくていい。俺の雑務をやってくれればいいだけだ」「例えば?」「……うーん……そうだなぁ……まぁ、その時になったらで」 言葉を濁すエルベルトに、ツグミは少々不安を覚えてしまう。 しかしポジティブに考えるなら、すぐに助手の使用方法がわからないというのは、しばらく暗殺をする予定がないということだ。 正直、そっちのほうがありがたい。「わかった。じゃあその時は頑張る」 任せて!と言いたげにツグミは自分の胸を軽く叩いたが、エルベルトは思いつめた表情を浮かべた。 てっきり「ああ。期待してる」と、ニヒルな笑みを返されると思っていたのに。「ねぇ……どうし……っ……!」 エルベルトの顔を覗き込もうとした瞬間、素早い動きで手首を掴まれてしまった。「一度だけ、訊く」「う、うん」「本当にいいのか?」 エルベルトの藤色の瞳が、心の奥底まで見透かしているようで、ツグミはソワソワしてしまう。「この提案は俺にとったらとてつもなく僥倖だが、カナにとったら違うことはわかっている。危険な目に合わせることはないと誓うし、カナが嫌だと思うことはしなくていい。だが断るなら、今だ。機会は一度しか与えない。慎重に考えてくれ」 胸の内を吐き出すエルベルトの声音は、少し震えていた。 この人は優しい。本当に、馬鹿みたいに優しい。 力でねじ伏せることも、権力で囲い込むことだってできるのに、こんな小娘に選択を委ねてくれる。(……あ、なんかこの表情、どっかで見たことある) 記
last updateLast Updated : 2025-10-07
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至れり尽くせりな助手生活①

 新月の草原は、空と地平線の境目が曖昧で、ぽっかり自分が宙に浮いている感覚になる。 でも時折、草原独特の草と土の香りを孕んだ風と、さわさわと揺れる草々の音が、ここが地上なんだと教えてくれる。 空を見上げれば星があって、風は同じように吹いている。敵国ヴォルテスの民にも、同じ夜空が広がっているはずだ。 それなのに、どうして争っているのだろう。皆、平和を望んでいるというのに。  こんな風に漠然とした疑問を持てるようになったのは、自分に余裕が生まれたからなのだろう。そして、こんな闇夜でも外に出れるようになったのは、戦況が好転した何よりの証拠だ。「ツグミ様。風が冷たくなってきましたので、天幕にお戻りください」 振り向けば、リュリーアナが布を手にして立っていた。連日の戦いで疲れているはずなのに、リュリーアナは鎧を脱ぐことはない。帯剣もずっとしたままだ。 重いそれを絶えず身に着けているというのに、ちっとも疲労の色をみせない。向けられる視線は、凪いだ海のように穏やかだ。「ありがとう。でも、もう少しここにいていい?」 戻りたくない理由はないが、なんとなく、まだここにいたい。 そんな曖昧なツグミの気持ちを汲み取ったリュリーアナは、穏やかに微笑んだ。「もちろんです。でもその代わり、これを」 リュリーアナはそう言って、手に持っていた布をふわりと肩に掛けてくれた。なるほど、これはストール代わりに持ってきてくれたものか。 今のツグミは聖女の衣装ではなく、膝下までのシンプルなワンピースを着ている。 なぜ、聖女の衣装ではないのかというと、それは単純にツグミがすぐに汚すからだ。  聖女になった当初はそうあろうと努力して、ずっと聖女の衣装を身につけていた。けれど、裾を踏んでコケて泥を付けるし、食事中に食べこぼしをしてシミを作ってしまう。 大切な衣装だから気を付けてはいるが、なにぶん白というのは汚れが目立つ。もちろん汚したのは自分だから己の手で洗おうとするが、リュリーアナがそれを許さなかった。 貴族出身の彼女がジャブジャブ洗濯するのを何度も目にして、必要最低限の時しか着ないことに決めた。ツグミのその主張は、満場一致で可決された。 今、ツグミが着ているのはワンピースといったけど、実はサギルの上衣だ。サギルなら太股までのこの服も、ツグミが着れば膝下丈のワンピースにな
last updateLast Updated : 2025-10-08
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至れり尽くせりな助手生活②

 ピチチ、ピチッ……チュンチュン……。 鳥のさえずりと、窓から差し込む朝日の眩しさで、ツグミは目を覚ました。 懐かしい夢の余韻から抜け出せないまま、枕から頭を上げずに数回瞬きをする。見慣れない天井と、微かに薬品の香りが漂う。(……ここ、どこ?) 意識が完全に覚醒していないツグミは、ぼんやりと辺りを見渡し、視線が一か所に留まった。「起きたようだな」 窓枠にもたれて外を見ていたエルベルトは、ツグミの視線に気づいてベッドに近づいてくる。「3日も意識が戻らなかった。どうしたらこんなボロボロの身体になるんだと、医者が呆れてたぞ」 口調こそ不機嫌だが、エルベルトの目の下にはひどい隈がある。こちらを見つめる表情は、心から安堵しているようだ。 心配かけたことに、くすぐったさと申し訳なさを抱えるツグミだが、口から出た言葉は全く違うものだった。「私が、誰だかわかるの?」「いうに事欠いて、それかよ」 なんだコイツ、という視線が痛い。でもエルベルトのその表情と、言葉が泣きたくなるほど嬉しい。「ありがとう。私のこと、覚えててくれて」 忘却魔法の副作用は自業自得だから、悲しんでも悔やんでも仕方がない。そう自分に言い聞かせて、諦めていた。 でも、ちゃんと覚えてくれる人がいたという現実は、身体の力が全て抜けるほど安堵する。「……当たり前じゃないか」 ツグミの呟きで、一度動きを止めたエルベルトだが、大股でベッドの前に立つ。「俺が、お前を忘れることはない」「……名前はお忘れのようですけど?」「お前の名前は、カナ。しゃびしゃびのスープがご不満だった流れの治療師。これでいいか?」 完璧な返答に、ありがとうと言うべきだ。でもツグミは、エルベルトがスープのことをまだ根に持っていたことに、ちょっと引いてしまう。「言っておくが、しばらくはスープ生活が続くぞ」「嘘!なんで!?まだ助手の仕事をしてないから??」 なら、今すぐにでも働かせてほしい。 食堂のテーブルにあった血の滴るステーキを思い出したツグミは、ガバリと起き上がる。しかし、すぐに強い眩暈に襲われて蹲った。「おいこら!無理をするな」「……肉」 エルベルトは、ツグミの肉への執着に降参した。「わかった、わかった。軟らかく煮た肉を用意するから、頼むから動かないでくれ」 はぁーと溜息を吐きながら、エルベル
last updateLast Updated : 2025-10-09
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至れり尽くせりな助手生活③

『今は身体を癒すのが仕事だ』 エルベルトの言葉に従って、ツグミは一ヶ月ほど療養に専念した。 おかげで、身体がびっくりするほど軽くなった。夜中に、何度も起きることはなくなった。ちょっとの物音で、過敏に反応しなくなった。気合を入れなくても、眩暈を起こさなくなった。 医者も認める健康な身体を手に入れることができたツグミは、その頃になって自分はかなり疲れていて、疲れすぎて体の不調すらわからなくなっていたことを知った。「もぉーおぉーーー!ツグミ様は、医者の不養生だったのですねぇー」 顔色が良くなったツグミに薬膳茶を淹れながら、侍女のルインは頬を膨らませる。 しかし鏡台に座るツグミは、反省するどころか「いやぁー照れるな」とモジモジする。「あの……なぜ、喜ぶのですか?」 ツグミの髪を結いながら、リビナは奇怪な虫を見るような目つきになる。鏡越しでも、その視線はちょっと胸に刺さる。 「……だって一人前の治療師って認められたような気がしたから」 ツグミが素直な気持ちを吐き出した途端、ルインとリビナは同時に変な顔をした。さすが双子。そういうところは、息ピッタリだ。(それにしてもさぁ……) 二人の微妙なリアクションをスルーして、ツグミは小さく息を吐く。 助手というのは上司の雑用をこなすのが一般的なのに、医者が「もう大丈夫」と太鼓判を押した今でも、ツグミは上げ膳据え膳の生活が続いてる。 ルインとリビナに起こされ、二人がかりで身支度をされ、食堂に行けばいつでも美味しい料理が用意され、自ら掃除をしなくても屋敷は常に清潔に保たれている。 両親と過ごしていた頃は小さな家に住んでいたとはいえ、母親の手伝いを率先してやっていたし、父の厳しい白魔法の指導も頑張って受けていた。 聖女時代は、二年という月日があっという間だと思えるほど、毎日がバタバタのピリピリだったし、その後は治療師としてそれなりに忙しかった。 とどのつまり、のんびりした時間を過ごすことがなかったツグミは、助手という肩書をもらった途端、こんなに暇な生活になってとても戸惑っている。 豪奢なエルベルトの屋敷は、庭だって無駄に広い。 それらを執事のダンデと数人の使用人で切り盛りしている。貴族の生活がどのようなものかはわからないが、さすがに過酷だ。母が生まれ育った世界で言うならブラック企業というものだ。 今
last updateLast Updated : 2025-10-10
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至れり尽くせりな助手生活④

「ほんと、違うから!ダンデさんから、エルベルトさんが戻ってきたって教えてもらって、すぐにここに来ただけなの!エルベルトさんがお風呂入ってるって知らなかったし!知ってたら部屋に入らなかったし、廊下で待ってたし!」 言い訳をすればするほど、部屋は微妙な空気になっていく。(ああ、もうっ!!) 何も言ってくれないエルベルトに、苛立ちが募る。 地団太を踏みたくなるツグミだが、心の隅で「あれ?」と自分自身に対して疑問を持つ。(私、なんで恥ずかしがってんの??) 異性の上半身裸の姿なんて、これまで嫌というほど目にしてきた。治療のために、時には自分でシャツや肌着をむしり取ったし、ズボンまで脱がせた経験は数知れない。 でも一度たりとも、恥ずかしいとは思わなかった。こんな赤面して、無意味な言い訳を並べまくることなんて自分じゃないみたいだ。「おい、ずっとそこにいる気か?」「っ……!」 不機嫌なエルベルトの声で、ハッと我に返ったツグミは再び彼の裸体をガン見してしまった。 美しく盛り上がった胸筋、綺麗に割れた腹筋。まだちゃんと髪を乾かしていないせいで、首筋からお湯が滑り流れて、彫刻のような彼の身体に艶めかしさを加えている。「っ……!!」 やっぱり恥ずかしいと、ツグミは声にならない悲鳴を上げる。 なら部屋を出ていけばいいのだが、ツグミはそうしたくない理由があった。「うん、ここにいる。だから早く服着て」「図々しいな」「わかってる。でも、出ていかない」 だってちょっと目を離したすきに、またエルベルトが逃げるかもしれないから。 そんな気持ちを声に出せない代わりに、ツグミは目についた椅子にドスンと座る。「安心して、薄目でいてあげるから」「なんだそれ、却下だ。俺は他人がいる部屋では着替えをしない主義だ」 折衷案を提示したのに、すげなく断られてしまった。「……でも、出ていきたいない」 シュンと肩を落として最後の主張をすれば、エルベルトは小さく息を吐く。 呆れられたかな?それとも嫌われたかな?と不安に思うツグミに、エルベルトは近づくと手を伸ばし頭をポンポンと叩いた。「執務室で待ってろ。すぐに行く」「ほんと?」「ああ」 強く頷いたエルベルトから、嘘の匂いは感じられなかった。 なら、信じるしかない。「わかった、すぐ来てね。でも、ちゃんと身体拭いて、
last updateLast Updated : 2025-10-11
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至れり尽くせりな助手生活⑤

 カサッ……カサリと書類を捌く音と、カリカリとペンを走らせる音。時折、決済のためにサインをし、シャッと線を引いて書き終える音が部屋に響く。 どれくらい時間が過ぎただろう。ソファに座り空気と化したツグミは、そろそろ限界に近づいている。「この一枚で最後だ」 暇を持て余すツグミに声をかけたエルベルトは、一度もこちらを見ていない。恐るべき観察眼だ。「……すごい」「侯爵家の当主なら、これぐらい出来て当然だ」「え?侯爵??」「ああ」「いつから?」「1年前からだ」 さらりと答えたエルベルトは、背を反らせて伸びをする。 どうやら急ぎの書類は、全て捌き終えたようだ。「お疲れ様。お茶飲む?」「ああ、頼む」 笑顔で頷いてくれたエルベルトに「待ってて」と声をかけて、ツグミは入り口近くにあるワゴンに移動する。 ついさっきダンデがお茶一式をワゴンに乗せて運んできてくれたのだ。あとはポットからティーカップに移すだけ。「はい、どうぞ」 執務机で捌いた書類をまとめているエルベルトに、ツグミはティーカップを置く。 両手で書類をトントンと叩いて束ねるエルベルトの手首から、シャンシャンと涼やかな音が鳴る。手首にはめられた腕輪からしているのだ。(懐かしいなぁ……) エルベルトの左腕にはまっている腕輪は、皇帝アレクセルからの信頼の証。腕輪には石が埋め込まれていて、その石の色は皇帝が決める。 聖女時代、ツグミもアレクセルから贈られ、ずっと身に付けていた。 ちなみに腕輪の石は、エルベルトは青色で、ツグミは白だった。「どうした?」「ううん、なんでもない……ってこともなくって、あのさ」  首を横に振ったツグミは指をこねながら、エルベルトに問いかける。「ねぇ、エルベルトさんって結婚してるの?」「してない」「彼女はいるの?」「いない」「じゃ、好きな人いる?」 最後の質問だけ、エルベルトの動きが止まった。「……お前、暇なんだな」 少し間を置いてエルベルトはそう指摘する。 まさにその通りだが、暇つぶしで尋ねたわけではない。 誘拐されかけて無一文になったツグミは、ボロボロの旅服しか持っていないはずなのに、今日は若葉色のくるぶし丈のワンピースを着ている。 無論、自分で買ったわけでも、盗んだわけでもない。エルベルトが用意してくれた衣装だ。 ただツグミの自
last updateLast Updated : 2025-10-12
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危険だらけの初仕事①

 出かけるといった先は、帝都の市場だった。初仕事だとエルベルトは言っていたけれど、ここで何をするのだろう。 行きがけの馬車で、それとなく尋ねてみたけれど「行けば分かる」の一点張り。エルベルトは秘密主義なのだろうか。それとも、事前に説明しても理解できないと思われているのだろうか。後者だったら傷つくけれど、正解だ。 帝都の市場は、格段に規模が違う。露店の数もさることながら、扱っている品々も圧倒的に多いので、必然的に人も多い。 真っすぐに歩くこともままらないほど、人でごった返していて、ちょっと気を抜くとエルベルトを見失いそうになる。 「エルベルトさん、待って!」 小走りになりながら声をかけても、前を歩くエルベルトは振り返ってはくれない。黙々と歩き続けている。マントをさばきながら颯爽と歩く後ろ姿に腹が立つ。「置いていかないでったらっ───っ!……ぅわ」 足元を見ていなかったツグミは、小石に躓いてしまった。 バランスを崩したツグミは、地面に倒れこみそうになる。でもすぐに、強い力で腕を引かれ難を逃れた。「まともに歩くこともできないのか?」「……ごめんなさい」 反射的に謝ったツグミだが、言葉とは裏腹に首をひねってエルベルトを睨みつける。(じゃあ、置いていかないでよ) 不慣れな場所ではぐれないよう必死だったこっちの気持ちも、ちょっとは慮ってほしい。「でもエルベルトさんが、歩くの早いから」「ああ、お前の足は短かったな。すまない」「……比率は、標準だよ……」 ツグミの精一杯の抗議を無視して、エルベルトは辺りに視線を向けている。「まぁ、そんなことはどうでもいい。いくぞ」「はーい……ん?」 エルベルトは歩き出した途端、ツグミの手を握った。こういうの、ツンデレというのだろう。 どうせなら、別にお前のためじゃないんだから的なことも言っていいのに。「あのね、エルベルトさん」 名を呼ぶが、期待していなかったけど、やっぱり返事はもらえなかった。でも、ツグミはヘコたれずに言葉を続ける。「私ね、ほんの少し前にあなたによく似た人と出会ったことがあるんだ。でも、その人とは全然お話しすることができなくて、私ね、寂しかったんだ……」 聖女だったあの頃、エルベルトは近くにいるのに、とても遠い存在だった。 会話をしたのは、数えるほど。しかも全部、ツグミから声を
last updateLast Updated : 2025-10-13
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危険だらけの初仕事②

 ヘラヘラと締まりのない顔のまま、ツグミはエルベルトと並んで歩く。 市場は大勢の人で賑わっていて、色とりどりのお菓子や、美味しそうな匂いのする軽食。それに可愛いらしい小物やアクセサリーを扱う屋台が連なっていて、いつの間にかツグミは、エルベルトに引っ張られる形で歩いてしまっていた。「それが食べたいのか?」  季節の花を象った焼き菓子に目を奪われていたら、ふいに頭上から声が降ってきた。はっと我に返って見上げると、エルベルトが不思議そうにこちらを見ていた。(しまった。仕事中だった!) 慌てて首を横に振るツグミを一瞥したエルベルトは、パッと手を離すと焼き菓子の屋台に近づき、それを手にして戻って来た。「まだ焼きたてで熱いから、気を付けろよ」 そう言って包みごと渡してくれる。「……ありがと」 手にした包みから、熱と甘い香りが伝わってくる。バターの甘い香りを嗅いだら、くぅっと小さくお腹が鳴った。「ははっ、火傷するなよ」 エルベルトは歯を見せて笑うと、包みの中から菓子を一つ摘まみ上げる。そして、ツグミの口の中に放り込んだ。「おいしい!」「……そうか」 パッと笑顔になるツグミを見て、エルベルトは眩しそうに目を細める。「欲しいものがあるなら、遠慮せずに言え」 そうすることが当たり前のように言われ、ツグミはブンブン首を横に振る。「ううん!いいっ、これだけで十分だよ!」 仕事中なのに甘い物に現を抜かした自分を恥じるツグミに、エルベルトはつまらなそうな鼻を鳴らす。「足りるわけないだろ」「でも、今は──」「仕事のこと気にしなくていい」 いや、普通に気にするでしょ!?しかも、これは暗殺者助手ツグミの初仕事だ。 聖女時代も緊張感がないと良く言われていたツグミだが、職務放棄をしない程度に責任感は持っている。「エルベルトさんの目には、私はどんな風に映ってるの?」 ジト目で睨んだツグミに、エルベルトはふっと笑う。「可愛い」「……え?」「何をしていても、どんな表情をしていても、いちいち可愛い」「っ……!!」 何を言うんだこの人は!?驚き過ぎて、トキメイちゃったじゃないか!馬鹿!! 心の中で悪態を吐いたツグミは、赤くなった頬を誤魔化すように、エルベルトから顔を背けて菓子を口に含む。 ゆっくり咀嚼している間も、絶え間なく彼の視線を感じる。(
last updateLast Updated : 2025-10-14
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危険だらけの初仕事③

「ねぇーおじさーん、コレどこから仕入れたの?」 露店の前にしゃがみ込んだツグミは、無邪気な表情を浮かべて店主に尋ねる。 目の前で胡坐をかいて座っている店主は、この世の悪事という悪事をやらかしたような凶悪顔だ。しかも頬に傷まである。 気を抜いたら取って食われそうな恐怖を感じて、ツグミの笑顔は痛々しいほどぎこちない。「お!お嬢ちゃん、いい目してるね」 不安に反して、店主は警戒せずにノッてきてくれた。いい調子、いい調子。「あら、おじさんありがとう!嬉しいっ」 キャハッと笑ってぶりっ子までかましたツグミは、自分の大事な何かを失ったような気がするが、気づかないふりをする。 今は、穏便に私物を取り戻すことが先決だ。 「今ね表の市場見てたんだけど気に入るものがなくって……でも、これとこれとこれ全部私好み!」 目をキラキラさせたツグミは、並べられた商品ならぬ私物を一つ一つ指でさす。 露店の店主といえば、ツグミが指さす毎に「いいカモ、キター!!」と、引くほど笑顔になっていく。 そこに思うところはあるが、ツグミは「おいくら?」と首をコテンと倒す。店主は、片手を広げた。「……銅貨5枚?」「お嬢ちゃん、冗談はよしてくれや」「銀貨……5枚?」「惜しいな」「え?金貨5枚!?」「ご名答!」 パンッと手を叩いた店主に「この、ぼったくり!」と叫びたい。 しかしその衝動をグッと堪えて、ツグミは身体をひねって手のひらを、ある方向に向ける。その先には、エルベルトがしかめっ面で立っていた。「じゃあ全部買う!支払いは、あの人がする──」「おい!」 ツグミが言い終える前に、エルベルトの怒声が路地に響いた。 でもエルベルトは、舌打ちしながらも支払いをしてくれた。ありがとう。「お兄さん、毎度ありぃー」 ご機嫌に手を振る店主に見送られ、露店を後にしたエルベルトは、直視できないほど不機嫌だった。 それから表通りに出るまで、二人は無言のまま歩く。 ツグミは買い戻すことができた私物を抱えているので、エルベルトと手を繋げない。 そんなツグミの半歩後ろを、エルベルトは歩いてる。剣はいつでも抜けるように、左手を柄に添えて。 この立ち位置は、リュリーアナがよくやってくれていた護衛スタイルだ。どれだけ不機嫌になっても、エルベルトはツグミの身を案じてくれている。それがたま
last updateLast Updated : 2025-10-15
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危険だらけの初仕事④

 今にも泣きそうな顔になったツグミに、エルベルトは「高価なものだったのか?」と問いかける。「わかんない。貰ったものだから……」「大切だったのか?」「うん……すごく……」 唇を噛んで俯くツグミの瞳には、涙が浮かんでる。 痛々しいその姿を見て、エルベルトは長い前髪をかき上げながらこう言った。「まぁ、それは残念だな……だが仕方ない。新しいのを買ってやるから諦めろ。ここなら、気に入るものが一つや二つあるだろう?もし気に入らなければ、屋敷に戻って外商を呼べば──」「なんでそんなこと言うのっ」 自分でもびっくりするぐらい尖った声が出た。エルベルトも驚いたように目を見開くが、すぐにいつもの表情に戻り、静かに口を開く。「ここにないならガラクタだと判断されて、捨てられたんだ」「ガラクタじゃない!私の宝物なのっ。それに全部見て回ったわけじゃないじゃん!他のところで売ってるかもしれないじゃん」「お前があの露店商と馬鹿話をしてるうちに、一通り見ておいた。でも髪飾りなんて一つも売ってなかった」「でも、もしかしたら見えないところで売ってる可能性だってあるじゃん!」 噛み付くように叫ぶ私に、エルベルトは今度は驚かなかった。ただ静かに、諦めろと繰り返す。「やだ!」「おい」「諦めたくない!まだ探す!!」 子供みたいに地団駄を踏むツグミに、エルベルトはあからさまに溜め息をついた。 それはまるで、言うことの聞かない子供に手を焼いている大人の態度だった。 エルベルトに子供扱いされるのは嫌いじゃない。でも、蔑ろにされるのは、たまらなく辛い。(やっぱり私が聖女だったこと、覚えてないんだ) 仮にエルベルトが聖女の記憶を持っていたら、こんな冷たい言い方なんて絶対にしない。 だって聖女衣装を身に着けるときは、必ず髪飾りも着けていた。いつでも、どんな時だって。 その姿をエルベルトは何度も目にしているはずだし、ツグミが髪飾りを大事にしていたことは戦場にいた者なら誰でも知っているはずだ。  なのに。それなのに……。「もう、いいよ……エルベルトさんには頼らない」 ほんの僅かでも、彼が聖女の記憶を持っているかもと疑った自分が馬鹿みたいだ。 心がズキズキと痛みつつも、ツグミはちゃんとわかってる。 聖女の記憶を持たないエルベルトなら、こういう態度を取ることを。そして自分
last updateLast Updated : 2025-10-16
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