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至れり尽くせりな助手生活⑤

Auteur: 当麻月菜
last update Dernière mise à jour: 2025-10-12 20:12:32

 カサッ……カサリと書類を捌く音と、カリカリとペンを走らせる音。時折、決済のためにサインをし、シャッと線を引いて書き終える音が部屋に響く。

 どれくらい時間が過ぎただろう。ソファに座り空気と化したツグミは、そろそろ限界に近づいている。

「この一枚で最後だ」

 暇を持て余すツグミに声をかけたエルベルトは、一度もこちらを見ていない。恐るべき観察眼だ。

「……すごい」

「侯爵家の当主なら、これぐらい出来て当然だ」

「え?侯爵??」

「ああ」

「いつから?」

「1年前からだ」

 さらりと答えたエルベルトは、背を反らせて伸びをする。

 どうやら急ぎの書類は、全て捌き終えたようだ。

「お疲れ様。お茶飲む?」

「ああ、頼む」

 笑顔で頷いてくれたエルベルトに「待ってて」と声をかけて、ツグミは入り口近くにあるワゴンに移動する。

 ついさっきダンデがお茶一式をワゴンに乗せて運んできてくれたのだ。あとはポットからティーカップに移すだけ。

「はい、どうぞ」

 執務机で捌いた書類をまとめているエルベルトに、ツグミはティーカップを置く。

 両手で書類をトントンと叩いて束ねるエルベルトの手首から、シャンシャンと涼やかな音が鳴る。手首にはめられた腕輪からしているのだ。

(懐かしいなぁ……)

 エルベルトの左腕にはまっている腕輪は、皇帝アレクセルからの信頼の証。腕輪には石が埋め込まれていて、その石の色は皇帝が決める。

 聖女時代、ツグミもアレクセルから贈られ、ずっと身に付けていた。

 ちなみに腕輪の石は、エルベルトは青色で、ツグミは白だった。

「どうした?」

「ううん、なんでもない……ってこともなくって、あのさ」

 首を横に振ったツグミは指をこねながら、エルベルトに問いかける。

「ねぇ、エルベルトさんって結婚してるの?」

「してない」

「彼女はいるの?」

「いない」

「じゃ、好きな人いる?」

 最後の質問だけ、エルベルトの動きが止まった。

「……お前、暇なんだな」

 少し間を置いてエルベルトはそう指摘する。

 まさにその通りだが、暇つぶしで尋ねたわけではない。

 誘拐されかけて無一文になったツグミは、ボロボロの旅服しか持っていないはずなのに、今日は若葉色のくるぶし丈のワンピースを着ている。

 無論、自分で買ったわけでも、盗んだわけでもない。エルベルトが用意してくれた衣装だ。

 ただツグミの自
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