忘却は、悲しい罪だ。なら、忘却を願った人間は大罪人である。 そして自分の意思で忘却を願ったというのに、願い通り忘れてくれた相手に対して八つ当たりをするなど、とんでもない極悪人だ。 そんなヤツどこにいる?ここにいる───ツグミのことである。*「……あーあ、やっちゃった」 闇市場の更に奥。人気のない路地裏でしゃがんだまま、ツグミは頭を抱えている。 引っ込みがつかなかったとはいえ、本当に馬鹿なことをしてしまった。呆れるくらい阿保なことをしてしまった。自己嫌悪で、このまま消えてしまいたい。 (違う、違う!その前に、エルベルトさんに謝らなくっちゃ……) あれだけ失礼な態度を取ってしまった手前、彼の怒り顔をすると身体が震える。ぶっちゃけ、怖い。でも怖さより、謝りたい気持ちの方が強い。 本当は今すぐにでも引き返して、エルベルトに地面に額をこすりつけて謝罪したい。でも、ツグミはそれができないでいる。道に迷ってしまったからだ。 迷子になってしまったら、その場で動かずじっとしているのがセオリーだ。しかしサギルに絡まれたエルベルトが、自分を探しに来てくれるかどうか怪しい。 人に道を聞くのも有効な手段だが、ここは闇市場。フランクに声をかけられそうな人はいない。「……どうしよう」 市場に着いたのは昼前だったけれど、今はだいぶ太陽が西に傾いている。加えてツグミは、所持金ゼロ。「そもそも買い戻すことすらできないじゃん……」 こんな当たり前の事実に今頃になって気づくなんて、我ながら情けない。一人で旅をしていた時は、こんな凡ミスはしなかった。 気を抜きすぎていたと反省する。でも、なんかしっくりこない。気を抜いていたというのは結論で、そうしちゃった理由があるはずだ。それは──(そっか、エルベルトさんに甘えてたんだ、私……え?マジ!?) 自分の出した答えが信じられなくて、ツグミはガバッと顔を上げた。なんか、頬が熱い。 聖女時代にロクに会話をしたこともなく、一緒に住みだしてまだ二か月も経っていないのに、無意識にガッツリ甘えてるだと? いやいやまさかと、ツグミは一度は否定したものの、もう一人の自分は「絶対にそうだ!」と断言している。……認めたくはないが、多分そうだ。 だってエルベルトは、一番辛いときに助けてくれた。しかも二度も、自分を救ってくれた。 そん
最終更新日 : 2025-10-17 続きを読む